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ダークサイズ「蒼空の城ラピュマル」計画・後編

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ダークサイズ「蒼空の城ラピュマル」計画・後編

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 ユグドラシルの王宮前の広場では、毎日ではないがフードコートが展開される。
 シャンバラとエリュシオンの関係悪化のせいで、その回数はかなり減ってしまったものの、というかそのおかげで、今日のようなたまの開催には多くの人で賑わう。
 自然、警備の衛兵の数は増え、少しでも不穏な動きは許さない、といった雰囲気。

「ロゼ、ヴァン……正気かい? 本当にやる気なのか?」

 テーブルで食事中の一般人を装いながら、冬月 学人(ふゆつき・がくと)は、できれば止めてほしいとの願いを込めつつ、二人の顔を見比べる。
 九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は、決意の揺るがない眼差しで学人を見返す。

「当然だろ? 勢いで突っ走ればダイソウトウを奪還できるなんて、そんな甘くはないだろう、エリュシオンは。平和的に恩赦による解放。それに越したことはないさ。なんせ、こんなことしてる場合じゃなくて、私たちは浮遊大陸を手に入れに来たんだからな」
「で、その手段が署名活動ってわけか……?」

 学人はローズの前に積まれた紙束を見て、額に手を当ててやれやれ、と頭を振る。
 ローズは、作戦の本題に入るため、顔の前で手を組んで肘をテーブルにつく。

「そういうわけで、ダイソウトウ解放のための署名活動を始めるが……署名を集めるには注目を浴びないと話にならない」
「ああ、いくぜぇ〜。劇団☆ダークサイ座の番外公演『いきなりミュージカル』だぁ」

 ヴァンビーノ・スミス(ばんびーの・すみす)がぺろりと舌を出して、今回の発明アイテムをテーブルに出す。

「どじゃああああ〜ん。こっちの小型マイクはこないだの公演の使い回しだけどぉ、今日のメインはこいつだ。名付けてローラーシュー、あ、『スペクタクルブーツ』ぅ〜」

 と、ヴァンビーノは底にローラーを埋め込んだ靴を見せる。
 学人はすかさず、

「おいヴァン、なぜ言いなおした? つまりあれだな? それただのローラーシューz……」
「らーららららーらー! うん、発声練習はバッチリだぜぇ」
「……」
「ったくよぉ……マジでやんのか」

 学人のツッコミをスルーしたヴァンに、シン・クーリッジ(しん・くーりっじ)が呆れながらほおづえをつく。

「……で? オレは何すればいいんだよ」

 と、まんざらでもないシン。

「へっへっへぇ、あんたにはこれだ」

 と、ヴァンビーノはタップシューズをシンに見せる。

「あれ、おい! それオレのスニーカーじゃねえかよ! ヴァン、てめえ! オレの靴勝手に改造してんじゃねえよ!」
「しょうがねえだろ〜。お小遣い足りなかったんだからよぉ」
「だからって、てめ」
「だ〜いじょうぶだって、シンちゃん。あんたにゃお得意のタップダンスを披露してもらうからなぁ」
「いやちょっと待て! オレタップダンスなんて見たことしかねぇよ! あとシンちゃんって言うな!」

 さらにローズが学人に指示を出す。

「このどっきりミュージカルに乗って署名活動だ。学人には私と一緒にメインボーカルと作詞だぞ」
「な、僕も歌うのか!?」
「もちろん」
「いや、百歩譲って旅日記があるから作詞はよしとして……歌、か……」
「何を迷ってる? 学人もダークサイズには世話になってきただろう。ダイソウトウに恩を返すのに、今やらないでいつやるっていうんだ」

 と、熱く説き伏せるローズ。
 それを言われると、結局ダークサイズが気に入っている学人も腹を決め、

「よし……よし分かった! やってやろうじゃないか! 旅の恥はかき捨てだ!」

 と、ついにパフォーマーとして立つことを受け入れる。
 ヴァンビーノが皆にマイクを取り付け、立ち上がる。

「よぉし、それじゃぁ行くぜぇ〜」
「いや待て、僕の作詞がまだ……」
「心配ねぇって。あんたの日記、そのまま歌詞で採用すっからよぉ」
「な! 日記をそのまま歌うのか!?」

 日記をもとに歌詞を作成しようと思っていた学人。日記をそのままとなるとさすがに恥ずかしい。
 しかしローズも学人の方を叩き、

「大丈夫だ。なんとかなる」
「いや、さすがに恥ずかしいんだが!」
「心配ない。ちゃんと伴奏もお願いしてある」
「いよいよ始めるかい?」

 と、ローズの後ろで立ち上がる五月葉 終夏(さつきば・おりが)
 ヴァイオリン奏者として、何となくエリュシオンに同行してきた彼女は、ローズの企画の手伝いを依頼されていたようだ。
 ダークサイ座の旗揚げ公演でBGMの演奏に紛れ込んでいたのを、ローズに見染められた形になる。

「ふふ。この大勢のギャラリーの前で、ゲリラミュージカルか。私も初めてだから楽しみだ」

 終夏はさっそくヴァイオリンを取り出し、演奏態勢に入る。
 学人は慌てて終夏に手を振り、

「待ってくれ、日記そのままというのはちょっと……」

 それをローズが止め、

「大丈夫だ学人。どっきりミュージカルは、ノリとテンションで大体何とかなる!」
「ロゼ……ダイソウトウの適当さが感染ってないか……?」

 学人が別の不安に襲われると共に、終夏はヴァイオリンの弓をひく。

『あーあー! カリペロニア出発の日〜、ダイソウトウの準備は雑だったぁ〜♪』

 マイクをしっかり効かせて、ローズたちの歌声と、終夏のヴァイオリンが広場中に響き渡る。
 雑踏の中で、突然の歌声に何だ何だと周りを見始める群衆たち。
 『スペクタクルブーツ』で、器用に人々の間をすり抜けるローズ、学人、ヴァンビーノ。
 シンはテーブルに飛び乗って、勘でタップダンスをはじめ、隣では終夏の華麗な演奏が響く。
 フードコートのイベントかと早々に乗り始める人もいれば、何かテロ的行為かと警戒し始める兵もいる。

「お! やっとるなぁ。よーし、こっちも負けへんで〜!」

 ローズたちのミュージカルを遠目に観察しながら、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は大きな袋をどさりと地面に置く。

「泰輔、やっぱりやるのかい? ここのところ、興業ばっかりだなぁ」

 と、ぶつぶつ言いながらも泰輔の企画のため、ピアノをセッティングしているフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)
 その傍では、讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)もおひねりを集める入れ物を用意しながら、

「小銭を塔のようにうずたかく積み上げる芸、か。泰輔よ……確かに難易度の高い技術であるが、ずいぶんとみみっちい興業を選んだな……」

 と、ローズたちの派手なパフォーマンスと見比べる。
 泰輔は袋からコインをざらざら出し、自信たっぷりな顔をしている。

「何言うてんねん。一見地味でも宮殿に迫るほど高ぁく積めば、それはそれは圧巻やで。ローズたちのミュージカルと合わせて広場が盛り上がれば、アスコルド大帝も無視はでけへんやろ。それに、僕の『保釈金積み芸』を盛り上げるのが、君らの仕事や」
「普通に謁見して交渉すればよかろう」
「いーや。こっちから『お願いします、ダイソウトウ解放してください』言うたかて、にべもないやろ。肝心なのは、向こうさんに興味を持たせることや」
「そういうものなのか?」
「ここは大陸一の強国エリュシオンやで。人もぎょうさんおる。普通にやったかて埋もれてまうだけや。さあ、準備できた。いくで! フランツ、ミュージックスタート!」

 泰輔の合図で、フランツが軽快にピアノを弾き始める。
 不思議なもので、それは終夏のヴァイオリンとも綺麗にハーモニーを奏でているように聞こえる。
 演奏をしながらフランツの口上。

「さあー、いらはいいらはい! バカじゃできない利巧はやらぬ、世にもアホらしい『保釈金積みます』興業だよー! こんな芸事、他でもここでも二度と見られない! 寄ってらっしゃいお兄さん! 覗いて行ってよお姉さんー!」

 続いて顕仁が静かな語り口で、

「軽い罪とはいえ、保釈金とて安くはない。そなたらの小銭、この『保釈の塔』の一部としてみぬか? この泰輔が『ぎねすぶっく』に名を連ねれば、それは小銭を差し出したそなたらの栄誉でもあるのだ」

 と、泰輔の小銭積みを指しながら、観客を引き留めてはおひねり袋を差し出す。
 広場の民衆たちは、徐々にそれがパフォーマンスだと理解し始める。
 ローズたちのミュージカル、終夏の演奏、泰輔の小銭積み上げには、人だかりができ始める。
 エリュシオンは今有事である。ショーとはいえ、群衆が集まるのは決して歓迎することはできない。
 衛兵は泰輔の元へ駆け寄り、

「おい! 今すぐそれを中止しろ! 誰の許可でやっている!?」

 と、強い口調でとがめる。

「誰の許可、ですって?」

 レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)が衛兵に立ちふさがり、目の前に一枚の書面をパッと開いてみせる。

「もちろん、公安の許可ですよ? それはつまり、大帝からの許可ということです」
「む……しかし、お前たちは人を集め過ぎだ。平時ならいざ知らず……」
「これはただのショーです。この許可証にあるとおりです。私たちは何も法律違反はしていませんよ?」
「とにかくまず一度ストップだ」
「……そうですか」

 レイチェルはおもむろにフードコートのテーブルを引き寄せて、公安から許可を取った時と同じように、

バギイッ!

 と、テーブルを拳で砕く。

「もし必要でしたら、ミュージカルの許可証も取ってきましょうか?」
「……」

 衛兵は『こいつら、何かやばい……』と思いつつも、うかつに手が出せないようである。