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お見舞いに行こう! さーど。

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11.大部屋お見舞い。3


「にゃーにゃー、にゃぉう」
 朝から、妙にちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)がにゃーにゃーと鳴きついてくる。
 そのことを、榊 朝斗(さかき・あさと)は疑問に思いつつもなんだろう? 程度にしか思っていなかった。
「どうしたの、ちびあさ? お散歩?」
「にゃー」
 違うらしい。
 ちびあさが、意思を伝えようと紙にペンを走らせる。それと同時に、
「リンスが入院したようです」
 アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が教えてくれた。
「入院?」
「冒険屋ギルドのメンバーから、前にも入院したことがあるとは聞きましたが……またですか?」
 アイビスの言葉に、ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)も反応する。儚そうな見た目通り、あまり身体が丈夫ではないらしい。
 そして入院という単語に、ちびあさが一際高く鳴いた。書き上げた紙も突きつけてくる。でかでかと、『お見舞いに行く!』と書かれた紙だ。
「朝斗。私もリンスの見舞いに行きたいです」
「アイビスも?」
 見舞いたいという意思に驚いて問い返す。ルシェンも驚いているようだった。アイビスがこくりと頷く。
「何かあったんでしょうか……」
「さあ……? 心配、してるの……かな?」
 ひそひそ、ルシェンと話す間にもアイビスとちびあさは着々と見舞いの準備をして。
 早く行こうとばかりにドアの前で待機。
 朝斗は、もう一度ルシェンと顔を見合わせてから家を出た。


 病室にて。
「リンス。いくら体力がないとはいえ、体調を崩すのはよくありません」
 パイプ椅子に座り、アイビスはリンスの目を見て淡々と告げた。
「少しは運動もして体力を作るべきです。散歩などがお勧めですね。それくらいなら大丈夫でしょう?」
「うん。どれくらいやればいいかな」
「三十分から一時間程度で良いのでは? ……やる気になってくれるのは良いのですが、まずは身体を治すことに専念してくださいね」
 うん、と素直に頷くリンスの頭を、ちびあさが撫でた。
「にゃぅ」
「あ。この子」
「にゃにゃぅ、にゃー」
「ちびあさです。あの後晴れて、私たちの家族になりました」
 クリスマスの日。
 作ってもらった人形には、魂が宿ったままだった。けれど皆それを受け入れて、今ではこうしてひとつの家族として成り立っている。
「幸せそうだね」
「にゃ♪」
 満面の笑みで頷くちびあさに、リンスが微笑みかけた。
 しばらくそうして静かな時間を堪能してから、
「クリスマスの時、貴方が言った言葉ですが」
 アイビスは話を切り出す。
「未だにわからないことが多々あります」
 人形にだって、感情や心があってもいいと言われた。
 人形と人間に違いなんてあまりないと言われた。
 だから、感情や心を宿しても良いのかと。
 疑問に思って、やっぱりそれはまだ疑問のままだけど。
「けれど、少しずつ得てきたものがあります。つい最近、イルミンスールでロック鳥の卵が孵化して、新しい命に触れる機会がありました。
 触れた時のロック鳥の鼓動。暖かさ。……今でも覚えています」
 自らの手のひらを見ながら、一つ一つ言葉を紡ぐ。
「それから……あの子が、無事に大空を羽ばたけるようにと考えるようになりました」
 この気持ちがなんというものなのかは、わからない。
 だけど、強くそう思ったのだ。
 無事に。健やかに。悠々と、自由に空を満喫してもらいたい。
「産まれたことを祝福できたんだね」
「……祝福?」
「違うの?」
「わかりません」
 だけど、言われてみるとそうなのかもしれないと思った。
 だって、幸せになってもらいたいと思っているのと同じようなものだから。
「にゃぅ?」
 リンスにくっついていたちびあさが、かくんと首をかしげる。
「ん……ちびあさにはよくわからない?」
「にゃー」
 頷いた。
「私からの現状報告は以上です。あとはちびあさと仲良くやってください」
「うん。教えてくれてありがとね」
「いいえ。……また報告に来てもいいですか」
「もちろん、いつでも」
 肯定されてほっとしたところで、
「アイビス助けてぇ! ルシェンがナースコスに目覚めそうで……っ!」
「衣装の参考に一着お借りできましたし、さあ朝斗、着てみてください。私にインスピレーションを……っ!」
「たーすけてぇー…………」
 廊下から、悲鳴。
「………………」
「……行かないの?」
「……行くべき、なのでしょうか」
「さあ」
「どちらでも良いなら、私はここに居たいと思います」
「そう。じゃあ、それでいいんじゃない?」
「にゃー、にゃっ」
 あっちはいつものことだから。
 ゆっくりとした時間を過ごさせてもらおう。


*...***...*


 リンスが入院したと聞いて、橘 舞(たちばな・まい)は見舞いにやってきた。
 顔を見て、なんだ元気そうじゃないですかとほっとして、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)金 仙姫(きむ・そに)を病室に残し飲み物を買いに病室を出たところ。
「……聞いた?」
「聞いたわよ。あと一ヶ月なんでしょ?」
 ナースステーションから看護師の声が聞こえてきた。『あと一ヶ月』という単語に、思わず足を止めて耳をそばだててしまう。
「クロエさん可哀想。あんなに一生懸命なのに、一人残されてしまうなんて……」
 ――クロエさん? 可哀想? 残されるって……あと一ヶ月って……。
 単語をいくつか抽出して、考えた結果。
 ――もしやリンスさんは不治の病!?
 元気そうに見えたのに。
 それは、クロエや見舞いに来た自分たちを心配させないための気遣いだったのだろう。
 思い返せば、どこか疲れているようにも見えたし、微笑みにも憂いの色があった。
 その理由がようやくはっきりした。
 ――私は、リンスさんにどんな風に接すればいいのでしょうか……。
 自販機で飲み物を買い、ペットボトルを握り締めたまま考える。
 何も知らないふりをするしかない。
 だって、うっかり涙でもみせようものならせっかくのリンスの気遣いが、心配りが無駄になる。
 じわりと浮かんだ涙を拭って、舞は病室に戻った。


 実際の話。
 あと一ヶ月、というのは医師の転勤までの期間で。
 クロエさん、というのは『黒江』というナースの名前で。
 可哀想なのは、黒江が医師に片思いをしていて、思いを伝えられないまま残されてしまうのだろうか……という、同僚看護師の心配だったわけだが。
 言葉の端々を聞いて、妄想が暴走して勘違いした舞にはひとまず関係のないこと。


 病室。
「リンスさん、何でも言ってくださいね」
 舞が、握りこぶしを作ってリンスに力強く言った。
「? ありがと」
「私に出来ることなら力になりますから」
「何よ舞。妙にかしこまっちゃってさ」
 ブリジットが怪訝そうに舞に言う。
 仙姫は、舞に問わずただじっと彼女の顔を見た。明らかに様子が変だからだ。
 この顔は、
 ――まるで、リンスが不治の病で余命数ヶ月だと思っている顔じゃな。
 と、ピンポイントに大正解をたたき出した。
 けれど、その思い込みが間違っているということは病室を見渡してみればすぐわかることだ。
 部屋の患者は、骨折などの軽傷や検査入院で泊り込んでいるような者ばかり。余命いくばくもない患者が入れられるような病室ではないのだ。
 ――またホームラン級の勘違いをしおって。舞は思い込みの激しいところがあるからのぅ。
「クロエちゃんのこともどうか心配なさらないでください。クロエちゃんが幸せになれるように私たちも頑張りますから」
「??」
「だから舞、どうしたのよ。リンスが戸惑ってるじゃない」
 勘違いは加速している。
 仙姫は苦笑しつつ、曲を流し始めた。
 フォローではない。
 煽るためだ。
 センチメンタルなメロディ。情感に溢れた声。
 舞の目から、涙がこぼれた。
「あ、ごめんなさい。目にゴミが……」
「舞、さっきから変よ? どこか悪いの? 大丈夫?」
 心配そうに舞を見るブリジットに、
「ブリジット……リンスさんに、伝えないといけないことがあるんじゃないですか?」
 舞は問い返す。
「伝えたいことって……ケロッPちゃんニューモデルの話? それはリンスが退院してからでも……」
「私、知っているんですよ」
「? 何を?」
「ブリジットはツンデレさんだから、素直じゃないけど、ずっとリンスさんのことが好きだったってこと……」
 舞の(こちらが勘違いかどうなのかは、仙姫にはわかりかねる)発言に、ブリジットが顔を真っ赤にした。
「ちょ、ちょっと、舞? いきなり何を言い出すのよ」
「今朝だって、ブリジットはリンスさんのために一生懸命サンドイッチを作って……」
「や、作ったけど。それは新商品の試作品だし、そのサンドイッチを今の時期は食中毒が心配だからって持ってこさせなかったのは舞じゃない」
「では顔が真っ赤なのは?」
「舞のトンデモ発言に対して行き場のない怒りが湧き上がっているせいよ」
 そのわりに、声に怒気は含まれていないが。
「そもそも。なんで、この私が、こんな無愛想で人形作りでしか自己表現の方法持たないような性別不詳の虚弱人間を好きにならないといけないの。
 私は、イケメンだけど気障すぎず、聡明だけど出しゃばらず、強くて優しくて、楽しい人がいいわ。あと、ポアロ好き、これ絶対」
 赤い顔のまま、すらすらと言うブリジット。
「…………」
 大してリンスは黙ったままで。
「なんで黙ってるのよ」
 つかっかると、
「いや否定できないなあと」
 平淡にリンスが返す。
「……してもいいのに」
 ぼそりと言った言葉はリンスに聞こえなかったようだが、仙姫には聞こえた。
 やはりツンデレなのか? と内心で小さく笑う。
「あ、でもポアロは好きだよ」
「え」
「インドア派だから。読書くらいする」
「……あっそう」
 二人のやり取りを聞いていた舞が再び泣き出した。
「だっ、だから舞は! 何なのさっきから!」
「だって……リンスさん、余命……ブリジットが可哀想で……」
「余命? ……え、あれ? ……もしかして、リンス、死んじゃうの?」
 ひとつの結論にたどり着くと、舞もブリジットも慌てだす。
 リンスがどうしよう、とでも言うように仙姫に視線を向けた。そろそろセンチな曲での煽りを止めて、この妄想劇に終止符を打とうか。
「舞はともかく、アホブリ。そなたらしくないのぉ。顔を真っ赤にしたり、必死になったり、慌ててみたり」
「だってこの状況じゃそうなるでしょ?」
「落ち着いてまずは自分の顔でも見てみぃ。熟れたトマトのようじゃ」
 鏡を突きつけて頭を冷ましたところで、
「病室を見るがよい。この部屋、余命数ヶ月の重病患者が入れられるような部屋か?」
「……言われてみれば」
「……ですね」
「じゃあ今までのは舞の勘違いってこと? ……ちょっとリンス、なんで言わないのよ」
「いや、俺橘がそんな勘違いしてるって思ってなかったし。元気だよ? 数日で退院できる」
 慌てる面々を見て。
「やー、愉快愉快」
 仙姫は、伽耶琴を片付けくすくすと笑った。