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4.大切な人のお見舞い。2


 岬 蓮(みさき・れん)の目の前で、アイン・ディアフレッド(あいん・でぃあふれっど)が突然倒れた。
「あ、アイン? アインっ」
 あわてて救急車を呼んで、病院に搬送され。
 下された診断は。


「貧血だって」
「……貧血……?」
 一度家に帰り、お見舞いの品として大量のたい焼きを持って蓮はアインの病室を訪ね。
 その際入院の原因となった病名を告げると、アインが心底嫌そうな顔をした。
「吸血鬼だから、ずっと前から血を吸わなかったせいで貧血起こして倒れたのかもね。それとも片思いの人から勘違いされたショック?」
 思い当たる節がたくさんあるねとたい焼きを差し出しながら明るく笑って言うが、アインは俯いてしまった。たい焼きはしっかり受け取ったが。
 たい焼きを食み、咀嚼し。一口飲み込んでから、アインが口を開く。
「自分は吸血鬼としてではなく、普通の人として生きたい。……だから吸血鬼としての貧血なんて、正直認めたくない……」
「じゃあ、勘違いのショックかな」
 片思いの人に告白するはずだったのに、事故で蓮にキスをしてしまい失敗したあのことが原因?
「……フラレたからといつまでも落ち込むわけにはいかん……」
 嘘だ、明らかに落ち込んでいる。
「……だが事故チューのことは……正直心が痛んだ……」
「事故チューなんて気にしない気にしない! 事故チューごときで勘違いするなんて間違いだよ!」
 ――……たぶん!
 後半の一言は、心の中で付け足しておく。すると、わずかながらアインの表情が柔らかくなった気がした。一口齧っただけだったたい焼きを、二口三口と平らげていく。
 食欲はあるみたいだし、打ってもらった増血剤や栄養剤のおかげか顔色も良い。
「もう二度と、私の目の前で倒れないでよ? アインが倒れるなんて、もうまっぴらなんだから」
 変わらず、明るい調子で言ってみる。
 本当は、不安で不安でたまらなかった。
 アインは前にも倒れたことがある。それも、今回のような軽い事態ではなく、命に関わる重大なものだった。
 ――放っておいたら、アインは私を置いてあの世へ行っちゃいそう……。
 そんなこと、本人には間違っても言えないけれど。
 ――嫌だな……どうして私、こんな風に考えて不安になっちゃうんだろう。
 今こうして、目の前にはアインが居て。
 たい焼きを食べているし、元気そうなのに。
 悪い方へ、悪い方へと考えて、勝手に不安になって。
「……蓮? どうした」
 不安な表情は隠していたつもりだったのだが、アインに伝わってしまったらしい。
 声に心配の色を混ぜて、「蓮」再び名前を呼ばれて。
「ん?」
 誤魔化すように笑ってみせた。
「そんな笑い方、するな」
 しかしアインはむっとしたような顔で蓮の頬に手を伸ばし、
「泣き面も、うそ笑いもいらんわ。あんたは笑顔が一番似合うねんから笑ってろ」
 そのまま頬をつねってきた。
「いひゃっ!? いひゃい!」
「ほら笑えて。あんたの笑顔を失うようなことしたないんや」
「この行為が一番笑顔を奪ってるよ! 痛いよ!?」
 手から逃れて抗議の声を上げる。
「あーもう。騒ぐなや、頭痛くなる……」
「誰のせいだー! 事故チュー気にしてしょぼくれてればいいんだ、アインなんて!」
「何やて? だいたい事故チューはあんたのせいやろ、このアホ蓮!」
「あ、アホって言ったー!!」
 ぎゃんぎゃんと騒ぐと、次第に不安も薄れてきた。アインに言われた『うそ笑い』も本当の笑顔に変わる。
「あーもう。騒いで疲れちゃった。今日はここで寝て行こうかなー」
 はあ? とまた嫌そうな顔をされたが、止められはしなかった。
 そうやって受け入れてもらえることが嬉しくて、また笑う。
「早く良くなってよ!」
「言われなくとも」


*...***...*


 折れた足や外れた肩、その他大小さまざまな裂傷、打撲は治療してもらった。後遺症が残るようなこともないらしい。
 しかし現在、伏見 明子(ふしみ・めいこ)は高熱を出して伏せっていた。
 ――からだがあつい……。
 ――だるい……。
 自分の意思で自由に動かせない身体に辟易しつつ、熱にうなされる。
 しかしこんな形で町に戻ってくるとは思わなかった。とはいえ、パラ実の医者に任せたら最後改造されてしまうだろう。それはまだ遠慮願いたい。
「なんで熱なのよーぅ……」
 風邪なんて引いた覚えはない。うぅ、と唸ると、「当然だね」と九條 静佳(くじょう・しずか)が冷めた声を出した。
「矢傷や刀傷に慣れていないんだ。熱だって出すさ」
「今まで平気だったじゃない」
「今まで平気だったことの方が驚きなんだよ。
 ……それにしても明子、僕らの見ていないところで無茶しすぎじゃない? 連絡を受けた時、本当に驚いたんだから」
「あの時はあーするしかなかったのよぅ……伝令が間に合わなきゃ、最悪マルドゥーク側が全滅だったし……」
 事情はあったのだが、
「知らない」
 取り付くしまもなく、つんと言われた。
「うう……九郎が冷たい……」
「そりゃあそうだ。怒っているからね」
 じろり、睨まれた。
 ああ、うん。怒っている。
「一歩間違えば……というか、相手方の出方次第では確実に命を落としていたんだよ、今回は。
 明子の命は僕らと繋がっているんだ。七人の命を預かる対象だということを忘れてもらっては、困る」
「ご、ごめんなさい……」
 確かに、そこまでは考えが至らなかったかもしれない。
 だけど。
「……何かあったの。最近ちょっと無茶が過ぎるよ。昔はもう少し常識的な範囲で動いていた気がするけどな」
「ん……ちょっと、欲が出てきたのよ」
「欲?」
 そう、と明子は頷いた。
 常識的な範囲のことは、他の誰かでも出来ること。
「私が思いつくようなことなら、他の誰かだって思いつくのよ」
 そして誰かで代用可能というのなら、その仕事は譲ってしまおう。
 だけど、思いついても馬鹿みたいに力がなければ出来ないことがある。
「せっかく鍛えたんだし、私しか出来ないことっていうのを探してみたかったの」
 その結果が無茶に繋がったというのは否定できない。
「ふむ、よーするにマスターは今、自分探しをしているのですね」
 明子の独白に応えたのは、それまで黙って林檎を剥いていた鬼一法眼著 六韜(きいちほうげんちょ・りくとう)だった。
「じ、じぶんさがし?」
「はいー。青春ですよー青い春ですよー。彼氏さん探した方が前向きなのですー」
「まあ……全身バッキバキにされて砂漠に転がされる青春よりは有意義かもしれないけれど……青春? 自分探し? そうなの?」
「ですよ? 自分にしか出来ないことを探しているんでしょう、マスター。それは立派な自分探しなのです」
 ぴしり、細い指を突きつけられた。
 そうなのかもしれない。
「無茶の理由は納得なのですよ。ね、紗那王?」
「まあ……理解はしたよ。でも」
「はいです。無策は良くないのですよ、マスター。
 一人でやるより皆でやる方が確実に成果が上がるのですから、単騎で暴れるにしても後続が戦いやすいような状況をですね」
「う、あ。はい。ごめんなさい」
 ものすごく、正論だった。先陣を切って突入しても闇雲に暴れられただけでは後に続けない。それでは意味が無い。
「強けりゃ強いで孤独に戦う必要はないのですよ。思考停止、ダメゼッタイなのです」
「……うん。今度からはもっと頭使って無茶します」
「はいなのです。素直ないい子ですね、マスター」
 にこー、と六韜が微笑みかける。
「でも」
「?」
「彼氏探せとかいうな」
「あはは。そこは冗談、するりと流せる技量を試したものなのです」
「嘘つけ。……っていうのはともかく。二人とも、夜まで居てくれるよね……?」
 周りを見渡しながら、明子は問う。
 聖アトラーテ病院には、百合園女学院の生徒の姿が多く見られた。見舞い客や看護師、あるいは入院患者にも。
 ――あのお嬢様方、容赦ないんだ……動けないと知られたら、何をされるか。
 その懸念を知ってか知らずか。
 静佳と六韜が、顔を見合わせた。
 それから――にこりと、とても良い笑顔を浮かべた。ぞくりとする。
「え、な、何その笑顔。ねえ、」
「さ、僕らは帰ろうか」
「そうですね、長居してもマスターのお身体に障りますです」
「あ、ちょ!? まっ、帰らないで!? 一人はいやー!?」
 明子の叫びが響き渡ったが、無情にも病室のドアは閉められた。
 一人病室に取り残された彼女がこの後どんな目に遭うのかは、また別の話。