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【魔法少女スピンオフ】魔法少女クロエ!

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【魔法少女スピンオフ】魔法少女クロエ!

リアクション



レッスン7 実践してみましょう。


 クロエが魔法少女になったと聞いて、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は歓迎するつもりでいた。
 歩の隣には魔穂香の姿もある。豊美ちゃんが、「あれ? 魔穂香さん、今日はおうちにいらっしゃるって」と尋ねると、魔穂香がふいっとそっぽを向いた。
「……歩に誘われたから来ただけよ」
「おねぇちゃん、おこってる?」
 クロエが心配そうに問い掛けてきた。歩はふふっと悪戯っぽく笑い、
「魔穂香ちゃんはあね、こんな風に見えるけど、実はね〜……」
「ちょっと、歩!」
 どんな子なのかを教えようとしたら、止められた。
 ちぇー、と思いながらも改めて、
「クロエちゃん、ようこそ豊浦宮へ!
 彼女は魔穂香ちゃん。前は違う組織にいたけど、今は私と同じで豊浦宮に所属する魔法少女なんだよ」
 歓迎と紹介を始める。魔穂香が相変わらずの無気力具合で、「……馬口魔穂香よ」と平淡な挨拶をクロエに向けた。
「魔穂香ちゃん、この子はクロエちゃん。今日から魔法少女になったんだって。まだあまりわかってないみたいだから、一緒に案内してくれないかな? パトロールからなら危険も少ないでしょ?」
「そうね……歩のことだから、ゆるゆるとしたものになるでしょうしね」
「そ、そんなことないよ?」
「どうかしらね」
 やり取りを見ていたクロエが笑う。魔穂香が不機嫌でないことを知った影響もあるだろう。リラックスした様子で、楽しそうにしていた。
「……ほら、笑われたじゃない」
「私のせいなのー?」
 口を尖らせつつ、和んでくれたならまぁいいか、と思いなおして。
「よーし、出発するよー」
 パトロール、開始。
「あっ、クレープ屋さんだ! あそこのクレープとっても美味しいんだよ、みんなで食べよう?」
 そして早速の脱線に、「ほらね?」と魔穂香がクロエに言った。


「まほうしょうじょのおしごとって、いつもこんなかんじなの? ほかにもある? どんなかんじ??」
 クレープを食べながら歩く道中、クロエが歩に問い掛けてきた。
 魔法少女のお仕事。もちろん、こんなゆるゆるぽやぽやしたパトロールばかりではない。さて何から言うべきか、と考えた。
「人によって、いろんな答えがあると思うけど」
 変な先入観を与えてしまわないよう、前置きひとつ置きながら。
「あたしは、『誰かを幸せにすること』なんじゃないかなって思う」
 歩は歩なりの答えを出した。
「だからやることもホントにいろいろ。告白したいけど出来ない男の子の背中押したり、迷子の案内してお母さんのところまで連れて行ったり、お年寄りが荷物持ってたらちょっと手伝ってあげたり……」
 指折り数えていく。どれもこれも、テレビで出てくるような大きな活躍なんかではない。どちらかというと、地味かもしれない行動で。
「ぱっとしないなって思うかもしれないけど、そんなことはないんだよ」
 だって、当たり前に起こることで、そしてそれを辛く思う人もいるわけで。
 助けてほしい人がいる。差し伸べられる手がある。だったら、地味だとか派手だとか、関係ないと歩は思う。
 それに。
「テレビみたいな活躍もすごいけど、それって悪い人がいるからなんだよね」
 ぽつり、前から思っていたことをこぼす。クロエがきょとんとした顔で歩を見ていた。
「……何ていうのかなぁ。誰かを懲らしめるっていうのは、相手の思いを全部無視しちゃうことだから。
 あたしは皆……って言っても、やっぱり近い人のことのほうが大事だけど、それでも皆が笑顔でいてほしいし、誰かが犠牲になるのは苦手だなぁって」
 だから、最後の手段にしなければいけない。
 それを当たり前にしちゃいけない。
「たとえ、それがあたしたちから見たら悪いことをしようとしてる人でも、話してみたら何とかなるかも……なんてね」
 わかりやすい、でもクロエの考えを呑み込んでしまわないように言葉を選びながら話しをまとめて。
 思いの外、難しい話になってしまったことに苦笑。
「ごめんね、難しい話しちゃって。でも、これはあたし個人の考えだし、皆と違うところもあるかもしれない」
 もちろん、クロエと考えが一致するとも限らない。
「クロエちゃんは、クロエちゃんの思うように動いてほしいな」
 自由に、自分で考えて。
 思うような魔法少女になってほしい。
 いつの間にか、一周してパトロールを始めた場所まで戻ってきていた。
「本日のパトロール、終了。ご苦労様でした」
 ぺこり、頭を下げる。クロエも歩の真似をした。
「ありがとうございましたっ」
「どういたしまして。
 クロエちゃん。魔法少女って、いろいろ大変かもしれないけど。頑張ろうね」
 最後に優しく微笑みかけて、今日はお別れ。


*...***...*


「リンスにおようふくをかいたい?」
 クロエに要望を復唱されて、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)はこくりと頷いた。
「リンスおねえちゃん、いつもお仕事の服です。かわいくなくてざんねんなんです」
「それはおもうわ。シンプルなのよね」
「なんですー。それで、いつもお人形のお医者さんとしておせわになってるから、かわいいお洋服をプレゼントして可愛くなってもらうですよ♪」
 だけど、どんな服なら喜んでくれるのかなとか。
 どんな服なら似合うかなとか。
 一人で考えるのも、つまらないし限界がある。
「だからクロエちゃん、ボク、こまってるんです。たすけてほしいのです。リンスおねえちゃんに似合う可愛いお洋服、いっしょにえらんでくださいっ」
 改めてお願いをした。クロエの隣に控えていた豊美ちゃんが、「クロエさん、初めてのお仕事ですねー」とにこやかに笑いかけて背中を押す。
「がんばってくる!」
 クロエがヴァーナーの隣に立った。きゅっと手を繋いで歩き出す。
「めぼしはつけてるですよ」
「どこのおみせ?」
「ここなのです」
 探し歩いていた時に見つけた可愛い洋服屋さん。
 たくさん並んだ服の中から、二着を選び出した。
「これと、これなんです」
 白いレースのワンピースと、白いフリルのワンピース。
 どっちも似合うと思うのだ。だけど、どっちがいいのか選びかねている。
 服を前にして、クロエがうぅんと唸った。
「どっちもかわいいわ」
「なのですよー。迷ってしまうのです」
「リンスだったら、……レースかしら」
 クロエが選んだのは、繊細なレースがあしらわれたワンピース。
「とよみちゃんならどっちをえらぶ?」
「私もクロエさんと同じでレースを選びますねー。似合いそうですー」
 クロエだけでなく、豊美ちゃんもそちらを選ぶならもう迷う余地はない。
 フリルのワンピースを棚に戻し、レースのワンピースをレジに持っていった。お会計の前に、クロエと豊美ちゃんのところへ戻ってぺこりと頭を下げる。
「クロエちゃん、豊美ちゃん、いっしょにえらんでくれてありがとうなのです」
 どういたしまして、とクロエが胸を張った。初仕事を完了させたからか、妙に誇らしげである。
「じゃあ、わたしたちもういくわ。いろいろがんばるの!」
「はいっ。ふたりとも、魔法少女のお仕事がんばってくださいです〜!」
 店を出て行くクロエと豊美ちゃんに激励の言葉を投げながら、ありがとうと手を振った。


 余談だが、後日工房にて。
「といういきさつがあって、クロエちゃんと豊美ちゃんにえらんでもらったのです! ふたりのおすみつきです。きっと似合うと思うのです」
 クロエの活躍を話しながら、ヴァーナーがワンピースをリンスに手渡す。同じデザインでクロエとお揃いになるようにサイズを変えて二着買ってきた。喜んでくれるかな、とリンスの反応を待つ。
「……ヴォネガット。これはね、女性用の服なんだよ」
 リンスが、困ったように、諭すようにそっと言う。
「? はい。リンスおねえちゃんに、よく似合うと思います。クロエちゃんにも似合うと思います。おそろいで着てもらったら、紺侍おにいちゃんに写真を撮ってもらうのです」
 にこにこ、にこにこ。
「あー……えっと。……うーん」
 曖昧に、言葉を継げずリンスが唸る。そのままするりと視線を流し、豊美ちゃんを見つめた。
「……飛鳥。止めてくれても良かったんじゃないの」
「でも、せっかくのヴァーナーさんのご好意ですから」
「俺がこれを着るの?」
「いけませんかー? お似合いになると思いますー」
 やり取りを聞いて、紺侍がくっくっと笑っていた。
 クロエと二人、顔を合わせて首を傾げる。
「似合うと思いますけどねー?」
「ねー」
 なのにどうして、リンスは着たくないと言って、紺侍はああやって愉快そうに笑うのだろう?
「クロエちゃん、お着替えいきましょー」
「うんっ。リンス、わたしがもどってくるまでにきがえててね! やくそくよ!」
「クロエ、それは約束じゃない。強制っていうん……」
 リンスの言葉は最後まで聞かず。
 ささっと着替えに向かう。
 リンスがワンピースを着たかどうかは、一枚の写真がかく語る。


*...***...*


 工房には、いやリンスの隣には今日も今日とて女の子が居て。
 リラックスした雰囲気で、ちくたく時が流れていく。
「…………」
 その様子を、皆川 陽(みなかわ・よう)は遠巻きに眺めていた。
 ――みんな、リンスさんのことが好きだって言う。
 別に、彼女らはリンスの契約者でもなんでもないのに。
 なのに、好き、と。
 きっとその好きは、本当の『好き』なのだ。
 本物なのだ。
 ――ボクがテディに言われたような、嘘じゃなくて。
 リンスが相手じゃなくてもいいはずなのに、あの人じゃなきゃだめだというように傍に寄って。
 好きだと言って、いつも一緒で。
 ――いいな。
 それは、幸せそうだから。
 ――……いいな、いいな。
 それは、リンスが相手の言葉を信じる強さを持っているから。
 信じるのも疑うのも苦しいなら。
 ――ボクはどっちを選んでる?
 前にもした自問を、また繰り返し。
「…………はぁ」
 無自覚に、ため息が漏れた。
 自分と、テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)を結ぶもの。
 それは契約ただひとつ。
 そこに『好き』という気持ちも、『愛』という感情も、きっとないのだ。
 大昔に死んだ彼が、現世で肉体が欲しかったから契約しただけ。
 だから陽じゃなくても良かった。
 契約者が死ぬと困るから、守るって言っているだけ。
 結婚しようと言うのだって、家族をなくした代わりにしたいに違いないって。
 ――期待しちゃいけない。
 期待して、裏切られるのは、痛いし怖い。
 そして、こんな風に疑ってしまう自分は、
 ――汚いなぁ。
 心が、きっと、誰より。
 ――見た目も別に、いいわけじゃないのにね。心までだめとか何それもうどうしようもないね。
 自虐的な笑みを浮かべながら、頭を抱えた。
 でも、だって、自分には何もないじゃないか。
 人より優れているところも、ひいては価値も、何も。
 ――だからねテディ。
 ――きみが何を言ったって、僕の心には引っかからないんだよ。
 ごめんなさい、とほんの少しだけ、思う。
 何も感じなくて、ごめんなさい。
 ――でもきみだって、ボクのことちゃんと見てないよね。
 ――ボクがそのとき一番近くにいたから、って理由だよね。
 だからこう思っても仕方ないよね?
 期待することを諦めてしまっても、仕方ないよね?


 以前一度だけ、陽と一緒に話した少女が魔法少女になったらしい。
 さらには困っている人を助けようとしているらしい。
 その話を聞いて、テディは街へ出向き。
「はいはい魔法少女さん! ここですここに困ってる人が! 僕のことなんだけど!」
 クロエに向けて、盛大に自分の存在をアピールした。クロエが自分に気付いたと知ると、ベンチの空いたスペースを叩いて座らせる。
「テディおにぃちゃん。おこまりなの?」
「うん。現在進行形で、僕はとっても困ってるんだぞ! というわけでちょっと聞いてください」
 ぺこり頭を下げて、お願いします、と。
 つらつらと、ここ最近の陽とのやり取りを、現状を、話す。
「僕には好きな人がいるんだけど、何回好きだ好きだって言っても、『そんなの違う』とかって言うばかりで、その人は僕の気持ちに応えてくれないんです」
 ヨメと呼んで、好意を向けて。家族になりたいと願って、一緒に居たいと思って。
 気持ちもはっきり伝えたのに。
「彼は決して僕の言葉を受け入れてくれないんだ」
 曖昧に言葉を濁したり。
 迷って、結局断ったり。
「でも、だからといって『二度と近付くな』って拒絶するわけでもないんだ」
 いつだって、宙ぶらりん。
 だめなら、いっそはっきり断ってほしいと。
 願うのはいけませんか。
 少しの希望が残ってる。
 その事実が、どうしてこんなに苦しいんだ。
「……僕はどれだけの謝罪を口にすれば、言葉を真っ直ぐ受け入れてもらえるようになるのかな。
 どれだけの愛を口にすれば、今の気持ちが前とは違って本物だって信じてもらえるの?」
 わからないんだ。
 だから、ねえ、魔法少女さん。
 答えをくれませんか。
「えっとね。わたし、まだすきとかむつかしくてわからないんだけど」
 前置きひとつ、クロエが言った。テディは黙って彼女の言葉を聞く。
「ひとのきもちって、おおきなものだから。おしつけてしまうのはよくないとおもうの」
「……僕が押し付けてたっていうの?」
「いまはちがうかもしれなくても、まえにおしつけられてしまったぶぶんがひっかかっているんじゃないかしら」
「それはどうすればなくなるの?」
「なくならないわ。いちどしてしまったことだもの」
 そっかぁ、と肩を落とす。
「ずっとこのままなのかな。僕、そろそろ苦しい」
 本当の言葉を受け入れてもらえないのは、すごく。
「はなれちゃだめなの?」
「え?」
「ふたりでずっといっしょにいたら、ともだおれしちゃうようにみえるんだもの」
「……無理かなぁ。だって僕、これだけ辛くても陽のことが好きだから」
 離れるなんて考えられないや。
 そう言って、ベンチから立ち上がった。
「ありがとう魔法少女さん。少しだけすっきりしたよ」
 誰かに話せただけで、いくらかは。
「おやくにたてなくてごめんなさい」
「そんなことないさー。いくらか楽にはなったし」
「わたしでよければはなしをきけるわ。だからためこみすぎてもいけないの」
「……うん。肝に銘じておくよ」
 ありがとね、と手を振って。
 陽が帰ってくる家へと、戻る。