葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

この場所で逢いましょう。

リアクション公開中!

この場所で逢いましょう。
この場所で逢いましょう。 この場所で逢いましょう。 この場所で逢いましょう。

リアクション



16


 お盆祭りの今日は、死んだ人に会える日。
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は、ふとマホロバの扶桑のことを思い出していた。扶桑も、また会うための祈りだと言っていた。
 幸いというかなんと言うか、歩には会いたいけれどどうしても会えない人は居ないのだけど。
 ――そういえば、クロエちゃんのモデルになった子は……。
「歩ねーちゃん、歩くのおそーい」
 前を行く七瀬 巡(ななせ・めぐる)が振り返って言った。考え事をしていたためか、歩調がゆっくりになっていたらしい。
「早くお祭りいこーよ。あそぶのー!」
「うん、そうだったね。ごめんごめん」
 小走りに、巡の隣に並んだ。
 巡の歩くペースに合わせながら、先ほど浮かんだ考えをまとめはじめる。
 一番最初の『クロエ』が作られた理由は、死んだ女の子の葬儀を行うためだった。
 ――あたし、最初は何かの拍子でクロエちゃんに死んだ女の子の魂が移っちゃったんじゃないかとか考えてたんだっけ。
 実際は、もっと辛い話だった。悲しい話だった。
 ――クロエちゃんも、何か思うところはあるのかな。
 今では全然気にしている素振りはないし、良い子だし、仲良くなれて嬉しいけれど。
 ――クロエちゃんになくても……リンス君には、何か感じるところがあったりしないかな。
 人形師であるリンスが作る人形は、作り手の意思に関係なく魂が籠もるという。
 だから、もしかしたら、今クロエの中に居る子は、あの死んでしまった子なのではないか、とか。
 もしそうだったら、歩は運命的だと思うし、素敵とさえ感じるだろう。
 けれど人によっては自分のせいで魂の流れをおかしくしてしまったのかも、と気にしてしまうかもしれない。
 ――リンス君がそういうこと気にしてなきゃいいけど、……。
 でも、彼はそういうことを人に話すタイプじゃないし。
 こっそり気にしていたらと思うと。
「…………」
「歩ねーちゃん?」
 ぴたり、足を止めた歩に巡が話しかける。
「巡、ごめんね。あたし、人探ししたい。お祭り行くのはそれからでもいいかな?」
「えー。お祭り行きたいー。……けど、ねーちゃんがそーやってボクに頼むのあんまないし、今日はつきあったげるー」
「ごめんね。ありがと」
「で、誰を探すのさ?」
 巡が早速首を動かしながら歩に問うた。
「クロエちゃん……じゃなくて、クロエちゃんみたいな子」
「へ? なにそれ。クロエじゃないの?」
「うん。クロエちゃんっぽいけど、クロエちゃんじゃない子」
「なんかトンチみたい」
 感想を漏らしつつ、二人は捜し歩く。


 果たして彼女が見つかったのは、それから一時間ほど後だった。
 けれど、どうやって声をかけよう? 歩は彼女の名前も知らない。
「あの子じゃないのー?」
「だと思うんだけど」
 黒髪ぱっつん、ストレートロング。着ている服は、クラシカルなワンピース。
 クロエのトレードマークでもある赤いリボンはなくて、代わりに白いレースのカチューシャをつけていた。
 そして、彼女の隣に居るのは両親らしき二人。
 右手に母の手。
 左手に父の手。
 表情は、とても幸せそうで。
「声、かけられそうにないね」
 今出て行ったら、お邪魔虫になってしまう。
 彼女は両親に会いに来たのだ。きっと、ちゃんと理解して。
「リンスにーちゃんに教える?」
「うん。電話するよ」
 登録しておいた工房の番号を呼び出して、発信。
「もしもし、リンス君? 歩です。今あたしね、懐かしい人見つけたんだ――」


 ひとしきり彼女のことを伝え、歩は電話を切った。
 大丈夫だったよ。歩がそう言った時、リンスはそっか、と柔らかな声を出した。歩が思うほどではなくとも、気にしていたのだろう。優しい人だから。
 電話をしまい、さあ祭りに行こう、と方向転換したところで、
「あ! あゆむおねぇちゃんだ!」
 聞き慣れた少女の声。
 音穏と手を繋いだクロエが、歩と巡に向けて手を振っていた。
「あ、本物のクロエだー」
「ほんもの? なんのこと??」
「なんでもなーいっ。ねークロエも祭り行くの? ボクたちもこれから行くんだよー。一緒にいこー」
「うんっ。みんなでいっしょ、たのしくてすてき!」
 そう言って、クロエが笑った。
 楽しそうに、嬉しそうに。
 だけどクロエも、魂だけの存在なのだ。今はリンスの異能のおかげでここに居るのが当たり前になっているけれど、本来ならこうして話せる存在ではない。
「ねえ、クロエちゃん」
「なぁに、あゆむおねぇちゃん」
「あたしね、クロエちゃんとお友達になれてよかった」
「?? いきなりへんなの! でも、うれしい」
 ――だから、居なくならないでね。
 心の中で呟いて、クロエの手を取って歩いた。