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22


「いい加減、アーデルハイトの人形作成依頼をきちんとしなければ、と思いまして」
 工房に入るなり、風森 望(かぜもり・のぞみ)はそう言って作成依頼用紙を手に取った。
「……ああ。そういえばそんな話、してたね」
 作業中のリンスが、暢気に「懐かしいね」なんて言っている。
 そう、懐かしいと思われてもおかしくないほどに、前のことだ。アーデルハイト人形の作成を頼むような素振りをみせたのは。
 その後写真騒ぎだのなんだのといろいろあって、延びに延びたこの依頼。
 今日こそは、と用紙に記入し始めようとして。
「……ところで、この小さな人形はなんでしょうか?」
 普段工房に置いてあるようなものとは違う、シンプルすぎて売り物にはならないのでは? と心配になってしまうようなデザインのものに目が止まった。
 大きさは女性の小指ほどで、いつか見た外国の身代わり人形を思い出させた。
「ナラカから死んだ人が一日だけパラミタに来れるんだって」
「それがどう関係しているのです?」
「死んだ人ってことは魂の存在でしかないじゃない?」
「ああ。これが依り代というわけですね」
「御名答」
 キュウリの馬で帰ってくるわけではないのですね、とぼやきながら人形を指でつまんだ。
「まぁ私の場合、両親祖父母も健在ですからねぇ……姉が亡くなったくらいですし、そう会いたいと思っているわけでもありませんし。縁のない催し事ですね」
「姉が居たんだ」
「ええ。黒髪でポニーテールでちょっと子供っぽい方で、人を振り回す能力に長けていて――」
 次々と姉の容姿やら正確やらを指折り列挙して行く。
 しばらく特徴を挙げたところで、
「つまり、こういう人?」
 リンスが言った。顔を上げてリンスの示す人物を見て、
「そうそうそんな感じの、」
 と頷きかけて、気付いた。
「……って、ねーさんっ!?」
 久しぶりだから、一瞬気付くのに遅れた。
 姉は――風森 霞は悪戯っ子のようにニヤァと笑っている。
「久しぶりだねぇみーちゃん」
 ああ、変わっていない。声も、口調も、望を呼ぶ愛称も、何も考えていなさそうな能天気な言葉も何一つ。
「なっ、なっ、どうしてここに居るんですか!?」
「えー? なんか今日地上に戻れるらしいって聞いて、あーじゃあお散歩ついでにいこっかなーって」
 散歩。様々な死者や生者が会うか会わぬかで悩んでいるかもしれないこのシリアス時に、散歩。
 ――それでこそのねーさんとも言えますけど。
 脱力してしまう。本当に、昔からあれこれ悩むより先に行動するタイプなんだから。きっと後先も考えていない。だって変わってないのだから。
 ……変わってないということは。
「っとゆーわけで! 行くぞみーちゃん!」
 ぎゅっ、と望の手を握り、ぐいぐい引っ張って霞は歩く。歩くというより走り出しそうな勢いだ。
「行くってどこへですっ」
「祭りに決まってんじゃーん。お盆祭りなんでしょ? 散歩中に聞いたよー」
 ――ああ、やっぱり。
 何一つ霞が変わっていないのだとしたら、振り回されるのだろうと。
 予感的中。別に、当たってほしくもなかったけれど。
 そういうわけで、望はなし崩し的に祭りへ出向くことになり。
 アーデルハイト人形作成依頼は、今回も白紙のままなのであった。


「全く……昔からねーさんは人を振り回してばかりなんですから」
 すっかり軽くなってしまった財布の中身を見て、望は言った。
「後先考えずに食べて遊んでばかりいるから、そんな目に遭うんですよ」
 とは、ちょっとした皮肉だ。
 子供の頃。
 大人からは「危ないよ」と注意されていた洞窟に「面白そうだよ。行かなきゃ損だって」と霞に誘われ遊びに出掛けて、お約束のごときタイミングで土砂崩れが起きた。
 入口が、ぐしゃりと。
 砂浜に作った砂の城が波にさらわれるかのように呆気なく崩れ。
 その時奥に居た望は、洞窟内に閉じ込められて暗所かつ閉所恐怖症になるも生還したが――入口付近に居た霞は、土砂崩れに巻き込まれて死んだ。
「……もう少し考えていれば良かったんですよ」
 やれやれ、と呟く。霞は堪えた様子もなく、あははと軽く笑っていた。
「みーちゃんは薄情だねぇ」
「薄情なものですか」
「あっちはトラウマ転じてヒーローになっちゃったのに」
「愚兄と私は別の人間ですからね。考え方等違って当然」
 数度言葉を交わした後に、落ちる沈黙。
 それを破ったのは、霞だった。
「でもま、元気でやってるようで安心安心。昔のまんまだったしね」
「ねーさんもですよ、昔のままというのなら」
「そりゃそうだよ。僕、死んじゃってるんだから変わりようがないもの」
「それもそうですね」
 我ながら愚かなことを言ったものだとため息。
「それじゃ、僕はもう行くよ」
 霞が立ちあがり、望に手を振った。
「はい、さようなら」
「……軽いなぁ。お元気でー、くらいないの?」
「亡くなった人にお元気で、なんて言うのもおかしいでしょう」
 でもまあ、別れの言葉が一切ないのもひどい話か。
「では、また」
「……また?」
「ええ。いつか因果の交わる時にでも」
 今日みたいな日が、もう二度とないなんて言い切れないでしょう?


「姉が帰ったので、こちらの人形を返却に参りました」
「それはわざわざご丁寧に」
 リンスに人形を返し、望は一つ息を吐いた。
「お疲れ?」
「ええ。……周りを振り回しては楽しむような人でしたから」
 そういうわりには笑ってるよね、とリンスが言った。
 そう、それが一番困るのだ。
「始末に負えないんです、ねーさんは」
 だって、振り回されるのが楽しくなってしまうのだから。
「本当に、始末に負えない」
 ――だから、ねーさん。
 ――また、振り回しに来てもいいんですよ。
 感傷的な気持ちに侵されていくのを感じながら、霞の声の名残を聞いた。