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ぼくらの刑事ドラマ

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chapter.5 無銭飲食について 


 一方、イベント会場の方はようやくステージの修復も終わり、次の演目が始まろうとしていた。主催側が心配そうな顔をステージに向ける中、ゆっくりと幕が上がっていく。



「第3部 外での食べ物はお金を払って食べよう」

 幕が上がると同時に観客の目に映ったのは、飲食店の店内らしきセットだった。テーブルやイスがところ狭しと並べられたその場所に、屋良 黎明華(やら・れめか)がひとりで登場する。黎明華の雰囲気は、セーラー服に長い黒髪と、パッと見はどこからどう見てもおしとやかな女の子だった。
「ここがあの有名なくうきょうランチなのだ〜! ここのフルーツ食べ放題コースが、ずっと前から食べてみたかったのだ!」
 が、それはどうやら外見だけだったらしい。声のトーンから話し方まで、彼女は一貫して明朗だった。無論、それはそれで良いことである。
 黎明華は席に着くと、早速目当てのフルーツ食べ放題コースを注文し、運ばれてきた美味しそうな果物の数々を遠慮なく口に放り込んだ。なんてことのない、可愛らしい日常の一幕だ。
 しかし、防犯イベントである以上、このまま終わるわけはない。一通り食べ終えてお腹を膨らませた黎明華は、ちらりとレジの方を窺った。
「……今ならいけるのだ」
 何やら不審なセリフを呟いた後、彼女はすっと立ち上がり、店外へと歩いていこうとする。その仕草は、「ちょっとトイレに行くだけ」と言っても通じてしまうような自然さに満ちていた。そのまま店内風のセットの外へ出た黎明華は、これまでと態度を一変させて大声を出した。
「ひゃっはあっ! この食い逃げのプロ、黎明華にかかればこんなのちょちょいのちょい、なのだ〜!!」
 そう、彼女は無銭飲食という犯罪を実践してみせたのだった。しかも黎明華は、自分でプロと名乗るだけあって、その腕前は確かなものであった。なにせ、このパラミタに来る前――日本にいた頃は、日本一周食い逃げの旅をしていたくらいだ。
「勝利の美酒を味わうのは、この黎明華なのだ〜!」
 ふふん、と勝ち誇った表情で体を仰け反らせる黎明華。だがしかし、その一部始終をじいっと見つめていた者がいた。黎明華が開けた店の中と外を区切る扉のセット、その陰に隠れ、顔だけを出していたその人物はカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)だった。
「と、とんでもないものを見てしまったよ……!」
 カレンは、客席から見えはしないもののメイド服を身にまとっていた。ちなみに彼女は別にメイドの職についているわけでもなければ、メイドとして生まれ育ったわけでもない。そんなカレンがこの格好をしている理由、それはただひとつ。
 この劇に、このポジションが必要不可欠だと判断したからである。
 もう言うまでもないかもしれないが、カレンが今演じている役柄、それは家政婦だ。家政婦カレンは見たのだ。黎明華の悪質な犯罪行為を。
「まさか、あの女の子が……!」
 カレンが再度呟く。一見清楚なお嬢様が実は犯罪者で、それをたまたま目撃してしまった家政婦。なんとも安心感のあるシチュエーションである。
 と、なにやらカレンが舞台袖に向かって小声で囁いているのが見えた。
「ほら、ジュレ、音楽! 音楽!」
 その言葉の直後、舞台に「ちゃらららっ、ちゃらららっ、ちゃーらー」という聞き覚えのある音が流れた。が、客席にいた子供たちはポカーンとしているだけだった。どうやらある年齢以上でないと馴染みがないらしい。
「パートナーの頼みとはいえ、何という裏方仕事……」
 客席から見えないところで音楽を流したのは、カレンのパートナージュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)である。この演目の音響役として、カレンに一仕事頼まれたのだった。
「しかしカレン……おそらくだが、カレンが影響を受けているそれは、そのような服は着ていないぞ」
 ジュレールが漏らしたその言葉は、熱演中のカレンに届くことはなかった。
「さあて、ここからどうしようかなー……っと」
 余裕で店から離れていく黎明華をこそこそと眺めながらカレンが言う。彼女にはいくつか選択肢があった。
 このまま見守り続ける。
 警察を呼ぶ。
 犯人が逃げ仰せた後、最後に告発する。
「うーん……やっぱり、逃げ得はダメだよね!」
 そう言ってカレンは警察を呼ぼうとする。しかしそれよりも先に、怪しい事件のにおいを嗅ぎ付けた刑事が黎明華の前に現れた。
「こらっ、待ちなさーいっ!」
 先に着いたのは、声だった。そこから少し遅れて、声の主が空から降りて来た。
「だっ、誰なのだ!?」
 まさか空中から追っ手が来るとは思っていなかったのか、慌ててきょろきょろと辺りを見回す黎明華。声の主がすとん、とステージに到着したところでようやく彼女は、その人物と対面を果たした。声の主が名乗りを上げる。
「私は魔法少女アイドル、マジカル☆カナ……またの名は、魔法少女デカ! 悪事を働く犯罪者は、この私が許しません!」
「なんか変なのが来たのだーっ!!」
「魔法少女デカって、何だそりゃ……ほら、変とか言われてるぞ」
 自らを魔法少女デカと名乗ったのは、遠野 歌菜(とおの・かな)だった。彼女の後を追うように空から着地したパートナー、月崎 羽純(つきざき・はすみ)は歌菜に冷静な反応を示す。
「ちょっ、羽純くんもしっかり警察役やってよ! ここは舞台の上なんだよ?」
「は? 俺も警察役をしろだ……?」
 彼はおそらく舞台に上がる気がそこまでなく、歌菜についてきただけだったのだろう。戸惑う羽純をよそに、歌菜は魔法少女デカたるゆえんを語りだす。
「ちなみに、さっき空から降りて来た時にスカートの中が見えちゃうんじゃないかって心配した良い子のみんな、魔法少女は決してパンチラしないというお約束があるから、平気なんです!」
「良い子のみんなって誰だ、って……パンチラとか……頭が痛くなってきた」
 ばっちり決めポーズまで取っている歌菜に、頭を抱える羽純。が、よくよく考えたら舞台中じゃなくても大体いつもこんな感じだった、と思い直し、歌菜にまずは冷静になるよう話しかける。
「演劇っていっても、あんまりずれてたらマズいんだろ? 誤認逮捕なんてことになる前に、状況を把握しよう。ちょうどいい、そこの扉の陰にいるメイドの人! 状況を説明してもらえるか?」
「え、ええっ、ボク!?」
 まさか存在がバレているとは、そしてまさかこんな登場の仕方をするとは。予想外の事態だが、ここで出て行かないわけにもいかない。カレンは意を決し、その姿を晒した。同時に、ジュレールが効果音を鳴らす。
「お昼やーすみはウキウキ……」
「ジュレ!! 気をつけて! それはどっちかっていうと家政婦がリビングで見たりする方のだからね!」
「す、すまぬカレン、前の音響の者が残していたものを間違ってかけてしまった。これか?」
「わぁーお」
「……なんだか雰囲気が変わったぞ」
 羽純につっこまれ、慌ててジュレールは音を消した。どうもカレンの登場に見合う音楽が見つからなかったようだった。二番目のものに至っては、完全にお色気シーンの音楽だった。
「で、状況は……?」
 溜め息を吐きつつ羽純がカレンに催促すると、カレンは「あれは、ボクが買い物に行った帰りのことだよ……」と意味深な口調で語りだした。あ、長くなるなこれ。その場にいた全員が察する。もちろんそれは、食い逃げ犯の黎明華もである。
「ひゃっはー! 今のうちに、逃げるのだ〜!!」
「あっ!」
 隙をついてぴょん、と飛び跳ねた黎明華は、そのまま客席へ飛び降り、スカートをひらひらさせながらダッシュした。またもやパンチラピンチだが、下にボディスーツを着込んでいるので問題ないとのこと。正に備えあれば憂いなし!
「と、とにかくあの子が犯人だよ!」
 カレンが話の9割を端折り、歌菜と羽純に告げる。歌菜はこくりと頷き、大きな声で言った。
「みなさん、ご安心ください! この魔法少女デカと……えーと……羽純くん、あだ名は?」
「は? あだ名? 俺はそういうのは……」
「真面目デカ! うん、真面目デカだね! 魔法少女デカと真面目デカが、お守りします!」
「真面目って、それはここにいる全員が不真面目だからそう見えるだけで……」
 言うが早いか、歌菜は羽純の言葉も聞かず黎明華を追いかけて客席へとダイブした。
「あ、おい!」
「お、思ったよりすぐ追いかけて来たのだ! でも今日は、準備万端なのだ〜! フルーツ食べ放題コースの恐ろしさ、味わうのだ!」
 黎明華は後ろを振り返ると、座席と座席の間の細い通路にバナナの皮を投げ捨てた。イッツ・ア・古典的トラップだ。
「ああっ、ポイ捨ても悪事ですよ! そんなことする人にはお仕置きです!!」
 トラップと認知すらされず、歌菜は歴戦の武術による斬撃で黎明華の横を通り抜ける一撃を放った。
「ほ、本気なのだ〜!!」
 まともに食らえばおそらく無事でないだろうその一撃を間近で見て、黎明華は全速力でステージに戻った。少しでも目立つ場所に行き、人目を浴びることで本気の攻撃を繰り出させまいとしたのかもしれない。
「犯罪者の方……私に出会ったのが運のツキでしたね。力づくっていうのは好きじゃありませんから、大人しく捕まってください」
「いや、たった今力づくだっただろ……」
 羽純が真面目デカとしての責務を果たすが、歌菜の耳にはやはり届いていない。
「悪いことをしたら、魔法少女デカに捕まるんだぞ☆」
 それどころか、すっかり魔法少女デカモードに入ってしまっている。これはまずい。羽純が思ったその時、歌菜らと同じように空中から舞台へと人影が飛び込んできた。
「その逮捕、ちょっと待ちなさい」
 それは、女性の声だった。「とうっ」と短い声を発しその女性はステージに着地した。同時に、グキ、と鈍い音がした。
「タ、タイム、足ひねった」
 格好つけておいてのこのグダグダ感に、一同はリアクションが出来なかった。ぽかんと口を開けたまま自分を見ている演者たちの視線に気付くと、女性はあろうことか、悪態をついた。
「見てないで大丈夫? くらい言いなさいよこのスルメイカ」
「だ、大丈夫か……?」
 そこでようやく、羽純が声をかけた。ちなみにスルメイカの真意はさっぱり分からない。
「あ、サンクス。私はね、正義なき世の中にもの言いたげな名探て……違った、怪盗、スプリングビューティーよ」
「スプリングビューティー……!?」
 カレンが一応家政婦ポジションとしてそれっぽいリアクションを取るが、当然よく分かっていない。なにせ目の前のスプリングビューティーと名乗る女性――霧島 春美(きりしま・はるみ)は、超感覚でうさ耳を生やし、目がチカチカするほど真っ赤でセクシーな衣装に身を包んでいたのだ。どちらかというと、怪盗というよりバニーガールの方がしっくりくる。周囲のそんな視線も気にせず、春美はぴょこぴょこと足を引きずりながら黎明華の隣へ移動して言った。
「というわけで、私怪盗なんで、今あなたたちが確保しようとした容疑者をいただくわ。スプリングビューティーとしてね」
「な、なんでそんなことをするんですかっ!?」
 せっかく魔法少女デカとして犯人を捕まえられると思った歌菜が問いつめる。すると春美は、あっけらかんとした態度で答えた。
「だってそれ、誤認逮捕だもの。この人は悪くないよ」
「え?」
「ほらやっぱり、状況をきちっと確認しないと……」
 春美の言葉に内輪もめを始める歌菜と羽純。とは言え歌菜も、ここは食い下がる。
「じゃ、じゃあこれが誤認逮捕だって証拠は……?」
「そもそも、この人がなんか盗んだわけ?」
 逆に聞き返す春美。歌菜は言葉に詰まった。それもそのはず、カレンから聞いたのは「あの人が犯人です」の一言だけなのだから。しかしここでカレンが、家政婦としての役割を果たす。
「でも、ボクは見たもんね! その人が、食い逃げしたのを!」
「あ、そなの? じゃあ仕方ないから皆が分かるように説明しましょう」
 あっさりと意見を変えた春美は、そこから流れるように長いセリフを言ってのけた。
「この人が盗んだもの、胃袋に詰めたもの……それはある国同士の戦争を止めるために必要なものなの。この人はある探偵に持ち出しを頼まれただけ。余命いくばくもないから役に立ちたいって、自ら汚れ役を買ってくれた人よ。いい? あなた方が正義と思っている依頼者こそ悪の根源。この戦争で私腹を肥やそうとしている悪党よ。だから、物事はもっと多角的に見なきゃダメ。視線や思考を枠に入れないで。この人を捕えれば一応の正義にはなる……でもそれは、多角的に見れば何万という命を奪うことになってしまうのだから……」
 じいっと春美の話を聞いていた一同は、奇遇にも同じことを思った。
 ――この人、何言ってんだろう、と。
 既に混乱状態となっているステージ上だったが、彼女らの演技を見て体を疼かせた女性がそこに何の前触れもなく飛び込み、そこはさらなる混迷の地となる。
「みんなお待たせ! 秋葉原四十八星華リーダーの、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だよ! なんだか今日は魔法少女ちゃんにメイドちゃん、それにセクシーな怪盗ちゃんまでいて豪華だね! 詩穂も、負けないように頑張るからね☆」
「……?」
 突如出現した詩穂に、共演者一同が言葉を失い、首を傾げた。
「あのー……な、何の役で……?」
 恐る恐る、歌菜が尋ねた。詩穂は自信満々にこう答える。
「詩穂? 詩穂はね、アイドル騎沙良詩穂ちゃんの役だよ」
「……?」
 周りのハテナ顔も何のそので、詩穂はマイクを持ち、歌う準備を始めている。もしかしてこの子は、ステージさえあればアイドルとしてライブをする、フリーダムな子なのではないだろうか。徐々に客席もざわつきだし、異様な雰囲気になってきた。それもそのはず、彼らは別にアイドルのライブを見に来たわけではなく、防犯の演劇を見に来たのだ。
「あっ、分かった! もしかしてこの人、劇中のアイドル役として、ストーカーとか、何かしらの被害に遭うアイドルっていうのを演じてるんじゃない!?」
 歌菜が閃いたように声を上げる。それでようやく、周囲の者も彼女の意図するところに気付いた。がしかし、問題は残ったままだ。おそらく彼女が想定しているであろう「性犯罪を他人に働く犯人役」が、誰もいないのだ。詩穂はそれを知ってか知らずか、気持ち良さそうに踊りながら歌っている。相変わらず客席は唖然とした表情が並んでいたが、一部の客は詩穂の短いスカートにテンションを上げ、ステージ前方へと詰めかけていた。
「あれ? 子供たちのための劇なのに、大人の人たちが集まってきちゃった……?」
 もしかしたら、このままではスカートの中が見えてしまうかもしれない。しかし、詩穂はその可能性をすぐに打ち消した。なぜなら彼女のはいていたスカートは鉄壁のスカート。重力の法則を無視し、どう頑張ろうと見えないようになっている代物なのだ。
「大丈夫、だって芸能界ではヘビーローテーションなんだから!」
 詩穂はそう言うと、より一層激しく体を動かし、ダンスで客席の一部を魅了した。ちなみに彼女のいうヘビーローテーションとは「よくあること」の意なのだろうだが、彼女以外にその使い方をしている人は見たことがない。
 魔法少女デカ、怪盗スプリングビューティー、家政婦メイドというわけの分からないラインナップが並んだことで、すっかりステージは異世界へと変貌していた。ここまでくると、食い逃げプロの黎明華が一番まともに思えてくるから不思議である。
「こ、これはなんなのだ〜!?」
「……まあとりあえず、私は怪盗としてあなたを連れ去らせてもらうわ」
 春美が、黎明華の腕をひいて舞台から去っていった。それから約数十分の間、詩穂のライブは続いたという。