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ぼくらの刑事ドラマ

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chapter.6 わいせつ罪について(1)・露出 


「アイドルとか怪盗とかいらないから、もっと現実的な感じでやってもらえるかな」
 幕が下りた後、舞台裏で生徒たちは注意されていた。もはやお馴染みの光景である。実際にありそうなシチュエーションで、かつ観客を惹き付けるようなものを。それが、主催者側から新たに出された指令だった。
「なるほど、観客を惹き付ける……」
 次の演目に出演する生徒たちは、それを聞き目を輝かせる。もう主催者側は、その輝きに不安しか見出せなかった。



「第4部 性的行為には気をつけよう」

 幕が上がり、現れたセットはのどかな公園であった。真ん中にはベンチが置いてあり、そこにはふたりの生徒が肩を寄せ合って座っている。
 Tシャツの上からジャケットを羽織り、下はホットパンツにブーツ、シルバーのペンダントとニット帽をアクセサリーにしたボーイッシュなスタイルをしている方が佐伯 梓(さえき・あずさ)。一方ワンピースの上にカーディガンを着て、ロングヘアにはカチューシャをしているお嬢様風の服装をしている方がナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)だ。
 ふたりは、時折互いの体に触れ合ったりしながら笑顔をこぼし、楽しそうに会話をしていた。どこからどう見ても、仲の良いカップルの休日風景である。
「ウェルー、ご飯つくってきたんだー。食べよ?」
「アズ、気が利くなァ」
 梓が差し出したバスケットを見て、ナガンが微笑む。ふたりのその表情は、演技ではなく私生活でも付き合ってるんじゃないか、というくらいの睦まじさを見せていた。
「こっちがタマゴでねー、こっちがツナかな」
 梓がバスケットの中を指差しながら言う。と、ナガンがバスケットの中に、箱で覆われた部分があるのを疑問に思った。
「ん? これなんだ?」
「あ、これ? これはねー、ケーキだよ。サンドイッチと一緒につくってきたんだよ」
 ふたを開けると、梓の言葉通り、美味しそうなケーキが姿を現した。ナガンは素朴な疑問を口にする。
「なんでまた、ケーキなんだ?」
「えっと、それはほら、そのうち分かるよー」
 梓は一瞬口ごもると、会話を遮るかのように、やや強引に「はい」とケーキを一口サイズに切ってナガンの口へ向けた。ナガンは口を大きく開くことでそれを受け入れ、梓がフォークを引っ込めたと同時に口を閉じた。
「……どう? おいしい?」
 瞳に期待と不安を混じらせ、梓が尋ねる。ナガンは素直に「おいしい」と答えるのが恥ずかしくて、けれど感情を伝えたくて、咄嗟に梓の頬にキスをした。
「わっ」
 不意の感触に、目を丸くする梓だったがすぐに目を細め「へへー」とにやけると、その唇をナガンの顔に近づけた。
「クリーム、ついてるよー」
 梓の舌が、ナガンの頬に触れた。ナガンは顔を真っ赤にし、その照れを誤魔化そうとキスで応戦することにした。
「アズ、ちょっと膝の上に座れよ」
 自らの上に梓を招くと、ナガンは梓を包むように体を丸め、梓の首筋にもう一度キスする。
「あー、やったなー」
 梓が仕返しとばかりに耳たぶを舐めた。どこからどうみても、ふたりはバカップルだった。梓とナガンははたして、このバカップルぶりを見せつけるためにステージに上ったのだろうか。それはおそらく違う。たぶん。
 ふたりの役柄は、バカップルではなく囮捜査中の刑事なのであった。襲われやすそうなカップルを演じ、犯人をおびき寄せたところで検挙する……といったところだろう。
「……まだ来ないのか」
 が、舞台に上がって既に十数分。この間続いた芝居は、梓とナガンのラブラブデートだけである。犯人役に襲ってもらいたいナガンは、堪えきれずそう呟いた。こうなったら、襲われるまで熱演するしかない。ナガンはそう判断し、さらに梓との密着を強める。
「なんか暑いみたいだから、服を」
「こ、ここで脱ぐのー?」
 口では戸惑いつつも、本気で嫌がっている風ではない梓。ナガンの態度は、エスカレートしていく一方だった。
「犯人を呼び寄せるため……ひいては犯罪抑止のためだから仕方ないよな」
 仕方ない、とは口にしているが、ナガンの息づかいは思いきり荒かった。ここだけ見たら、ナガンこそ犯罪者である。ナガンの手が梓のジャケットを脱がし、梓の腕が露になった。ここから先に進んでしまったら、おそらくアウトだ。
「ん……?」
 このタイミングで、ようやく待ちに待った犯罪者役が舞台に登場した。梓とナガンの座っているベンチの後ろをすっと横切るように姿を現したのは、樹月 刀真(きづき・とうま)だった。しかし彼は驚くべきことに、パッと見全裸だった。梓とナガンの展開を待たずして、既に登場シーンからアウトだった。
「下ネタはダメだと……!」
 主催した大人たちが止めようと舞台に駆け寄るが、そこで彼らが見たものは刀真の皮膚ではなかった。そう、彼は、肌色の服を着て全裸に見せかけていただけだったのだ。もちろんちゃんと服は着ているし陰部も露出していないため、セーフである。
「出た、犯人! 露出狂の犯人!」
 しかし、そんな真相を知ってか知らずか、ナガンは囮捜査をしているという演技を貫こうとしていた。
「な、何をっ……!?  俺はただ全裸で歩いていただけ……」
 刀真もそのノリに応え、卑猥な犯人を演じる。陰部を露出していないとはいえ、この流れがセーフかどうかは際どいラインであった。
 ここから、ナガン、梓と刀真の捕り物劇が始まるか……に思われたが、犯罪を取り締まろうとしていたのはナガンたちだけではなかったようである。そう、新手の刑事の登場だ。
「あなたが変質者ね! 今すぐその行為をやめなさーい!」
 声と共に飛んできたのは、棒手裏剣だった。刀真の足元にそれが刺さり、彼が手裏剣が投げられてきた方向を見る。そこには、婦警のコスチュームを着こなした久世 沙幸(くぜ・さゆき)とパートナーの藍玉 美海(あいだま・みうみ)が立っていた。婦警は婦警だが、なぜかやたらとスカートの丈が短い。沙幸はそのミニスカートからすらりと伸びた美脚を惜しげもなく晒しながら言った。
「ふふふ、そう簡単に逃がさないんだから! 他人に迷惑をかける人は……お仕置きしちゃうぞ☆」
 沙幸がウインクをしながら片足を外側へ跳ねさせた。その様子は、さながらアイドルのようであった。
 前方にミニスカートの婦警、後方にバカップルだった刑事。刀真はそれでも抵抗するかと思いきや、「ここまでか」とあっさり大人しくなった。なぜなら、彼の本当の出番はこの後からだったからだ。しかしそんな個人的事情を知らない刑事側は、犯人の逮捕に一生懸命になる。
「ここかっ!? ここが悪いのか!!」
 ナガンが両手を挙げている刀真の股間に狙いを定め、足で蹴り飛ばそうとする。さすがにそれは危険だ。咄嗟に刀真は身をよじらせかわすが、段々何の演目かよく分からなくなってきた。一方で沙幸はといえば、犯人逮捕のため立ち回るかと思いきや、ぼんやりと客席の方に目を向けている。
「……沙幸さん?」
「ひゃうっ!?」
 美海が耳元で呼びかけると、沙幸はびっくりして意識をステージに戻した。
「演劇中ですのに、よそ見はいけませんわ」
「あ、うん、ごめんね美海ねーさま」
 沙幸は、別にぼんやりとしていたわけではなかった。ただ、どうしても探してしまうのだ。カメラを、そして以前自分を面接してくれた、動画会社の社員を。
「テレビ局が取材に来るっていうから、グラビアアイドルになるためのアピールが出来るかなって思ったの。誰かの目に留まってくれないかなあって」
「……それで、客席を?」
 美海の問いに、こくんと沙幸は頷いた。彼女が口にした「誰か」という単語。それは不特定の者を指してはいたが、彼女の頭にはひとりの男性がはっきり浮かんでいた。
 そして、運命というべきか奇跡というべきか、彼女の思い浮かべていた人物は、客席にちゃんといたのだ。
「あの子は……前に、うちの会社に面接に来た子じゃないか! 子供のイベントと思ってひやかし半分だったけれど、来てみるもんだね」
 観客席の、ステージから遠く離れた席に、その男は座っていた。
 シーン・ドディー。動画コンテンツの運営をしている会社の社員であり、かつてグラビアアイドルを軽視していた沙幸を叱った人物である。
「あれからまたオーラに磨きがかかっている……きっと色々な地で色々な経験を積み、成長したんだろうね」
 目を細めてそう呟いた彼は、隣にいた部下と思われる男性に耳打ちし、一枚の紙を渡した。
「舞台が終わったら、彼女にこれを……」
 おそらく紙には、彼の連絡先が書いてあるのだろう。つまりスカウトということだ。
 この後、沙幸は「豊満なのに貪欲ガール!」というキャッチコピーと共にネット界でアイドルデビューを果たすことになるが、まだ少し先の話である。
 そして、このスカウトのくだりは演劇とまったく関係のない話である。
 舞台上では、いつの間にか刀真がナガンに捕まり、袖へと退場させられていた。美海が去り際に「女性の皆さん、このような犯罪者の被害に遭わないよう、普段から自衛を心がけてくださいね」と締めたことでどうにか防犯劇としての体裁は保てたのだった。
「でないと、わたくしが食べちゃいますわよ」と付け加えた言葉が一言余計ではあったが。



 幕はそのままに、一旦照明が消えた。
 ドタドタとセットを片付ける音がし、それが一分ほど続いたところで再び舞台に明かりが戻る。次に観客たちが目にしたセットは、取調室だった。次の演目が始まったのかと思いきや、出演者に刀真がいたことから、先程の話の続きであったことが分かった。
 刀真は取調室の椅子に座り、俯いたまま黙っている。机を挟んで、その正面に座っているのはブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)だ。どうやらこれは、刀真が露出狂として捕まった後の話らしかった。
「近頃空京の街を騒がせているという、全裸男はお前か」
「いや刑事さん! これがシボラでは普通なんです! 本当ですって! この開放感をなんで分かってくれないんですか!?」
「……まず落ち着け。ここはシボラなどではない。それと、その格好では取り調べにならん。これでも着ておけ」
 興奮気味に話す刀真に、ブルーズは国軍の制服を手渡した。刀真は「シボラでこんなものを着たら、ベベキンゾが……」などと意味不明なことを呟きながらも、一先ず言うことを聞き入れた。彼がまともな格好になったところで、ブルーズは質問をした。
「お前、なぜこんなことをしたのだ。契約者なんだろう? パートナーが泣いているぞ」
 ブルーズの言葉通り、刀真のパートナー、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)はセットの外側ですすり泣いていた。もちろん演技だが。
「刑事さん、あいつはこんな時、泣くようなヤツじゃありません。きっと今頃、俺を懲らしめるためにボディブローとかアッパーの練習でもしてると思います」
 刀真がそのセリフを言うと、呼応するように月夜はその場でシャドーボクシングを始めた。何という息の合った演技であろうか。刀真の悲しい言葉を聞いたブルーズはというと、色々な意味で不憫に思ったのか、ゆっくりと席を立った。
「大変だな……カツ丼でも食うか?」
「あっ、はい頂きます……! カツ丼といえばお袋を思い出すなあ……なんだか刑事さん、俺のお袋みたいだ」
 ピク、とブルーズが眉を潜めた。お袋。それは、彼が仲間内で呼ばれている通称だったからだ。返事を返さないブルーズの背中に、刀真は語りかける。
「確かにここはよく考えたら、シボラじゃない。シャンバラだ。向こうのルールをそのまま持ち込んじゃ駄目ですよね!」
「あ、ああそうだ。なんだ話が通じるじゃないか」
「今度は、別の方法で裸になれないか考えてみます!」
「いや、考えなくていい。前言撤回だ。おい脱ぐな脱ぐな」
 勢いに任せ制服を脱ごうとした刀真を、慌ててブルーズが止めに入った。このままではラチがあかないと感じた彼は、別の者に取り調べを一任することにした。
「我のパートナーが取り調べを引き継ぐので、我はもう帰るぞ」
 ドアを開け、舞台からはけるブルーズ。入れ替わりでドアを開けたのは、彼の契約者、黒崎 天音(くろさき・あまね)だった。
「やあ、ようこそ僕の取調室へ」
 妖しい笑みを浮かべながら、天音はゆっくりと刀真の周りを一周した。特にその動きに意味はない。
「うん? 僕が周りから何て呼ばれてるのか、知りたいのかい?」
 そして天音は、誰も聞いていないのに勝手にひとりで小芝居を始めた。
「いや、別に知りたくは……」
「人は僕を、BLデカと呼んでいるよ」
 客席のごく僅かな大人が、ぶふっと吹き出した。しかし会場に多くいる子供たちは一様にハテナを浮かべている。
「……ふふ、小さい子にはちょっと早かったかな。それはそうと」
 ぽん、と天音は刀真の後ろに立つと、その肩に手を置いた。
「随分、国軍の制服が板についてるね……似合ってるよ」
 耳元でぼそっと呟く天音。客席には聞こえなかったセリフだが、顔のそばで響いたその声に刀真はぶるっと反射的に体を震わせた。
「あま……刑事さん!?」
 思わず役柄ではなく名前を呼びそうになった刀真を見た天音が、ふふっと笑った。
「これが、歴戦の必殺術ってヤツだよ。さて、君の罪状は……わいせつ物チン列罪か」
「え、今発音がなんかおかし……」
「うん? 気のせいだよ。それより、一体どんな格好で空京の街を歩いていたのか、少し実況見分する必要があるね」
 言うと、天音は刀真の襟元へと指を伸ばし、流れるような動きでボタンを上から順々に外していく。鎖骨から胸へと、刀真の肉体が露になっていくと客席は言葉を失った。
「え、これ、え? 何してたか説明するだけじゃ……」
「ふふ、実況見分だって言ったじゃない」
「だってここシボラじゃないし、ここで脱ぐ必要が……っ! 刑事さん、刑事さん一旦離れましょう!? 近いから。近いから!」
 慌てて席を立ち離れようとする刀真だが、天音が歴戦の立ち回りを見せたことであえなく彼は逃走に失敗してしまった。
「さっきは自ら脱ごうとしていたよねぇ。ありのままの君でいいのに」
「すいませんさっきはアレです、調子乗りましたすいませんほんとマジすいません! てかこれおかしいですよね? 取り調べじゃないですよね? アンタ、何調べるつもり……って、ちょっ、そこっ、あっ」
 刀真は、机の影に押し込まれ、客席から見えなくなった。ガタガタと机が揺れていることで、何か裏側で暴れていることだけは分かる。そして、これが危険なレベルになっていることも。もちろん主催者側は、全力でダッシュしていた。
「やめ! 一旦やめだ! 下ネタは駄目だって、何度言ったら分かるんだ!?」
 照明が強制的に消され、「しばらくお待ちください」というナレーションが会場に流れた。観客たちは「自分たちが今見たものは何だったんだろう」としばらくあの光景が頭から離れなかったという。

 舞台袖。
「刀真、セットの中で何してたかは分かんないけど、怪しい雰囲気だったっていうのは会話から充分……」
 戻ってきた刀真に、月夜が腕組みしながら話しかけていた。
「まっ、月夜、アレは演技! 演技だから! ぶっ!?」
 弁明のチャンスすらもらえず、刀真は思いきり月夜にボディブローを食らった。顔が下がったところで、彼女のアッパーが入る。まさに練習の成果が発揮された瞬間だ。
「きっと刀真は今正気じゃないに違いない……ここは私が頑張らないと! 正気に返れ!」
 二発、三発と立て続けにパンチがヒットし、刀真は倒れた。
「天音、助け……」
「ああ、月夜さん、さっきのは演技だから」
「え、そうなの!?」
「いや、だから俺最初に言っただろ……」
 なぜか天音の言葉は素直に受け入れた月夜は、笑ってごめんと謝ったが、既に刀真は意識を失っていたのだった。