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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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第1章 地下の街

(真っ暗ね)
 窓の下に置かれてある長櫃の上に座って、アナト=ユテ・アーンセトは眼前に広がるロンウェルの街をそう評した。
 今は夜。しかも真夜中を回っている。暗くて当然と考える人もいるだろう。しかしここは魔神 ロノウェ(まじん・ろのうぇ)の統べるザナドゥの街・ロンウェルだ。この地に案内されて以来、アナトはここが明るく輝いたのを一瞬でも見たことがなかった。
 おそらくこの街であかりを必要とし、灯しているのはアナトだけだ。
 それでもずっと見ていると、建物自体がぼうっと白く発光しているおかげでうすぼんやりと、輪郭の濃淡だけは判別できる。
 昼間――空を渡る太陽も、月すらない世界で昼夜を区別するのはおかしくあったが、住民が活発に活動している時間が「昼」なのだろう――はまだ、活気があった。がやがやと談笑する人々の声、荷を運ぶ手押し車の音、石畳を走り回る少年少女の笑い声。
 だが今は、自翼を用いて飛ぶ魔族の姿すらない。
「とても静か……」
 夜風を入れようと、窓を押し開けようとする。それを止めるように、女の細腕が顔の横を越えて前に伸びた。
「危険です」
 独り言のようにつぶやいて、窓に鍵をおろす。彼女を、アナトは横目で見た。
 彼女――何という名前だったろう? アナトはほんの数時間前の出来事を振り返る。
「夜分遅く申し訳ありません。もうお休みでしたでしょうか」
 ドアをノックし、現れた異国風の衣装をまとった少年は、礼儀正しくそう断りを入れた。アナトが首を振るのを見て、にこっと笑う。
「僕は高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)といいます。実は、あなたを狙っての襲撃があるかもしれないとの情報が入ったのです。まだ事実か確認中ですが、もしもの場合に備えて、あなたを護衛する者をお連れしました」
 さっと身をずらし、背後にいた女性の姿が見えるようにする。
 無表情でアナトを見返し、わずかに頭を下げた彼女――ティアン・メイ(てぃあん・めい)と名乗ったか。
 2人の姿を、アナトは何度か見かけたことがあった。それは城の中だったり、城から出て街へ向かう姿だった。だがそのいずれの場合も2人の仲の良さを伺わせるような雰囲気はなく、いつも彼女はうつむきかげんで彼の一歩後ろを歩いていた。
「客分であるあなたにご迷惑をおかけするのははなはだ恐縮ではありますが、明日の昼までには真偽がはっきりするでしょう。それまでこのティアンをおそばにつけることをお許しください」
(……客分?)
 その皮肉な言葉に、アナトは内心くすりと笑う。城の中は自由に歩けるが、街へ出ることは許されない。一歩部屋から出ればメイドという名の監視人の目がどこまでもついてくる、この状況が「客」とは。
 好きでいるわけではない。ほかに居場所がないから身を寄せているだけだ。だが、かといって何か強要され、虐待されているわけでもない。
 今さら護衛という名の監視人が1人増えたところで大差はないだろう。そう考えて、アナトは彼女を部屋に入れたのだが。
 ティアンはぼそぼそと「ソファをお借りします。あなたは休んでください」と言ったきり、ひと言も口をきかず座っているだけだった。
 言われるまま寝台に入ったものの、見知らぬ人間が同じ部屋で無言で座っている中で、1人寝られるはずもない。アナトは早々に眠るのをあきらめて、長櫃の上に移動したのだった。
「……無防備だった?」
 内側の鎧戸まで閉じるティアンの横顔に話しかけたが、案の定、応えてはもらえなかった。
 釣り上ったまなじり、逆三角形のスッとした顔立ちの、美麗な女騎士だ。遠目であれば青年騎士と見誤る者もいるに違いない。でも冴えない表情はどことなく陰気で、瞳は翳ってくすんでしまっている。にこやかな表情ではきはきとしゃべる、あの玄秀という少年とは正反対だ。やはり2人に接点があるようには思えないのだが……。
「あなた、そういえば何度か街へ出ていたわね。街の様子はどう? よかったら教えてもらえないかしら」
 ふと思い出して、会話のきっかけになればと期待する。しかしそんなアナトの努力もむなしく。
「何も」
 ティアンは素っ気なく終わらせた。
「何も目新しいものはありません。ただの石造りの街です」
「アガデのような?」
 アガデは白壁と赤屋根、そして曲線が多用された優美な都だった。この窓から覗ける限りだが、ここもまた、同じように石造りの街らしい。建設工法は違っているが、それでも石畳のたてる音は変わりないように聞こえた。
「人間の街のような美しさがあるはずありません、ここはザナドゥなんですから」
「……魔族が嫌いなのね、あなた。なのにどうしてここにいるの?」
 ソファへと戻っていくティアンの背中に話しかける。しかしティアンは答えず、先までのようにそこに座した。守るべきアナトにちらとも視線を投げず、まるでうたた寝でもしているようにうつむいていたが、手は剣のそばに置き、いつでも握れるようにしている。歴戦の騎士を思わせる姿。なのに、それでもその姿は、どこか悄然とした、置き忘れられてしまった人形のような印象を受けた。
 会話をして、仲良くコミュニケーションを図ろうとする気分ではないようだ。アナトはついにあきらめ、音をたてないようにこそっと鎧戸をずらして窓を少しだけ押し開けた。
(わたしを狙う襲撃者……それってもしかして……?)
 わずかに入ってくる夜風にほおをあてながら、まさかと打ち消す。ここへは彼女が自ら選んできたのを知っているはず。だから、そんなはずがない。
 そう思ってはいても、考えずにはいられなかった。胸に思い浮かべずにいられなかった。もしかして、と……。