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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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第13章 つぐない

 そのころ、奪還部隊は侵入した西館から東館に向けて走っていた。
「また爆発音じゃ。今度は近いぞ」
 振動の激しさに立っておれず、だれもが壁に支え手をつく。
「上か?」
 床に倒れ込みかけたファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)を抱きとめたまま、ヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)が振り仰いだ。
 真っ暗な高天井からパラパラと粉塵が落ちてくるが、崩落してきそうな様子はない。
「こりゃ、相当やばそうだぜ。一体ここで何が起きてるんだ?」
「さあのぅ。わしとしては、むしろ魔族の1人も出てこんのが気にかかる。侵入を読まれていたわりにあっさり侵入できておるのもそうじゃが、メイドと出くわさんというのはどういうことじゃ?」
 もちろんそれは、おとりとして敵を引きつける役目に出た切たちのおかげでもあるだろう。しかしここまで無人とは?
「あかりが漏れていましたのは東館ですからね。もしかしたら全員アナトさんのおられる東館に集められているのかもしれません」
 ローザ・オ・ンブラ(ろーざ・おんぶら)が意見を述べる。
 それも考えられるか。ふむ、とファタは黙考する。可能性としてはかなり低いが、全くあり得ないということではない。が、兵はともかくメイドの方はそれでは説明がつかない。
「わしらの襲撃を予測して、何か起きたときには避難するよう申しつけておったのか?」
「それだと兵がいない説明がつかねーぜ、アネゴ」
「先からの爆発も、私たちが行っているわけではありませんしね」
 とすれば、何が考えられるか?
 ロノウェ軍、東カナン軍、そのほかに考えられる勢力は?
「……まさか、バルバトスあるいはパイモンか?」
「ええっ!? それ味方じゃんか。味方がなんで留守中に城を襲うんだよ?」
「あり得るかもしれねーな」
 ファタたちの会話を聞きつけた狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)が振り返った。
「あのバルバトスのクソババアのやりそうなことじゃねーか。戦いの最中に味方の本拠地を討とうとするなんざよ」
「それを阻止するためにヨミの軍が戻ってきた? ……いや、それだと数が少なすぎるか」
 グレアム・ギャラガー(ぐれあむ・ぎゃらがー)が独り言のようにつぶやいて考え込む。
 ここはロノウェの本拠地。そこを襲撃から守るのにしては防備が薄い。第一、バルバトスがそんなことをくわだてていると見抜いていたら、ロノウェは戦場でバルバトスをそばに置いているはずがない。
「よく分からないな……」
「あーもう!! みんな、ダッセーなぁ。んなの簡単だよ」
 前を歩いていた尾瀬 皆無(おせ・かいむ)が腰に手をあてて振り返る。
「番兵だっていたし、無人じゃないんだからそのへん捜して魔族軍兵なり何なり見つけて、縛りあげて尋問すればいーんだよ。それが一番簡単だろ? 憶測の域を出ないんじゃ、考えたってムダムダ」
 と、そこで自分を見る乱世とグレアムの表情に気づく。
「なんだよ? グレきち、ランちゃん」
「……いや、ずいぶんとまともなことを言うなぁと」
 尾瀬なのに。
「ひっどー!! ランちゃん、それひっどー!! 俺様はいつだって超マジメだよー?」
 とはいえ、感心してもらえたなら今がチャンス。
 すすす、と隣へ行って、肩を抱く。
「へへっ。惚れ直した?」
「最初から惚れてねぇのに直すものがあるかっ」
 なれなれしく乗った腕をはたき落とすと同時に、乱世はやわらかい壁にぶつかっていた。
 前を歩いていたルカルカ・ルー(るかるか・るー)の背中だ。
「……ぶっ」
「あら、ごめんなさい」
「いや、ぶつかったのはあたいの方で……何かあったのか?」
 全員が足を止めている。
 ルカルカの肩越しに前方を伺った乱世たちの目に見えたのは、廊下に立ちふさがったコントラクターの姿だった。




 前をふさぐように立つ、和装姿の女性。
 彼女をエシムは知っていた。
 あのときのように、金髪ではなかったが。
 額に鬼角も生えてはいなかったが。
 その面は、目に焼きついている。
「きさま……!!」
 アガデでの出来事がまざまざと浮かび、エシムは即座に腰のバスタードソードを抜こうとする。
 その手をウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)が剣柄ごと抑えた。
「まぁ待て」
「放せよ、あいつは城の騎士を大勢殺したんだぞ!」
「いいから待て。よく見ろ、武装しちゃいない。殺気もない。そんな相手に斬りかかるのが騎士か?」
「……っ、けど」
「まず相手の言い分を聞こう。それからだって遅くはない」
 ウォーレンは何でもないことのように、笑みまで見せてそうさとした。その手にこもった力は強く、エシムを抑えつけてびくともしない。
「……分かったよ」
「そうか」
 ぽんぽんと手を叩く。
 そうしてあらためて目を向けた和装の女性――獅子神 玲(ししがみ・あきら)は、やはりどう見ても悄然として見えた。前方をふさいではいるが、彼らを通すまいとしているようには見えない。その気概もうかがえない。うなだれ、逡巡しているようだった。
「きみは?」
 バァルが詰問する。
 自分に向けて発せられたその言葉に、玲はついに意を決して面を上げた。
「私、は……獅子神 玲、と、いいます。あの……教えて、ほしいんです……」
「何を」
「あの……よく覚えてないんです。あのとき、目覚めたら、クムジさんが死んでて……殺したのは騎士だって聞いたら、頭の中が真っ赤になって、それで……騎、士を……」
 小さな声でたどたどしく彼女の話す言葉に、バァルは首をかしげる。
「言っている意味がよく分からないが。そのクムジというのはだれで、騎士が殺したというのは? 魔族を殺したということか?」
「いえ、違います、クムジさんは人間で……あの……多分、街の人……」
「それを、騎士が殺した?」
「この嘘つきが!!」
 とたん、エシムが叫んだ。
 びくん、と玲の体が跳ね上がる。
「ふざけたことを言うな!! 騎士が街の者を殺すだと!? 自国の民を!! あの城で、命がけで戦った者たちをよくも愚弄してくれたな!! そんなデタラメ、いけしゃあしゃあと――」
「よせ、エシム」
 バァルの手が水平に伸びて、前へ出ようとしたエシムを押し戻す。
「まとめよう。つまり、きみはクムジという街の者が騎士に殺されたと思って騎士を殺していたということか? そして、それが真実か知りたいと」
「は、はい……」
「そうか」
 だれがそんなことを彼女に吹き込んだか、知りたいとは思わなかった。どうせバルバトスかその手の者なのは分かりきっている。今さらそんなことを知って何になるだろう。何も変わりはしない。
 バァルは嘆息する。
「あいにくと、わたしはその件について何も知らない。だからきみの質問に答えることはできない。ただ、わたしの騎士たちは決して民を傷つけたりはしないと確信を持って言える。彼らは1人残らず国と民に忠誠を誓った者たちだ」
「そんな……それじゃあ私は……」
 私のしたことは、ただの殺戮……?
『けだものに堕ちた者』
 きれぎれに覚えている記憶の中、洞窟のこだまのような、だれともつかない声がする。真っ暗な穴を反響する声。
 玲はよろけて壁に肩をついた。足ががくがく震えて、とても立っていられそうになかった。
「行こう」
 彼女が道を開けたので、バァルたちは先へ進もうとする。
「待って! 待ってください!!」
 横を通り過ぎて行く者たちを、あわてて呼び止めた。
「私も……連れて行ってください。誤解だったのなら、謝ります。つぐないたいんです……」
「謝るだと!」
 エシムの脳裏に、彼をかばって彼女に殺されたアーンセト家の騎士たちの姿が浮かんだ。
 カッと怒りの炎が走り抜ける。
「謝ったからと、あいつらが生き返るのか!? あんたがひと言「ごめんなさい」と言えば、あいつらの死はなかったことになるのか!? 痛みは!? 苦しみは!? 無念は!!」
「エシム、やめろ。
 おまえの言うとおりだ。今さら何をしても彼らの命は返らない。だが、だからといって彼らの死を悼んだり、つぐなおうとする心を持たずにいるよりは、ずっといい」
 そしてバァルは振り返り、玲を見た。
「あなたは? あなたは……私を、罰したいと思わないんですか……? 私はあなたの騎士たちを……殺しました。意味もなく」
 最後のひと言を口にするのは、玲にとって自ら心臓をえぐり出すに等しい痛みだった。
 自分は意味もなく、無実の人を殺したのだ。
 玲の瞳の中に苦しみを見て、バァルは首を振る。
「きみはすでに罰を受けているように見える。それ以上の罰をわたしが与えられるとも思えない。
 ただ、ひとつだけ言わせてもらうなら、きみの言う騎士たちを殺したつぐないがわたしたちについて来て魔族と戦うということを意味するとしたら、それは違うのではないかということだ」
 だれかを殺したり傷つけたりすることは、何のつぐないにもならない。
 がくりと玲の頭が落ちた。
 今度こそ、全員が彼女の横を走り抜けていき、だれも彼女を振り返りもしない。
「……ふ、ふふ……あ……はは……っ」
 玲は顔をおおった。
 謝罪も、つぐないも、受け入れてもらえなかった。ではこの身内で渦巻く思いはどう吐き出せばいい? どうすれば楽になれる?
「つぐないにならないと言われても……じゃあ私は、ほかにどうすればいいんです……? 分からない……どうすればつぐなえるんですか」
 ああ、これほどの罰があろうか。


「――ち。すんだことをいつまでもうだうだと引っ張り続けやがって」
 泣き崩れている玲を見て、ギーグ・ヴィジランス(ぎーぐ・う゛ぃじらんす)は舌打ちを漏らした。
「だが、まぁ、俺様のことがバレずにすんだことはギリでセーフってとこか」
 あれならまだごまかせる。
「ギグ〜、何そこでいつまでも考え込んじゃってるのー! お腹空いたー! 早く贄ちょうだい! 贄、贄、贄ーーーっ!」
 ぽかぽかぽか。リペア・ライネック(りぺあ・らいねっく)がギーグの胸を叩く。
「わーった、分かったよ、もうちょっと待て」
 リペアの両手を掴み止め、かわいい小さなこぶしにキスをして、ギーグは玲の前に姿を現した。
「ギグ……」
「シケたツラしてんじゃねーよ。さっさと立て。今、上で何が起きてるか仕入れてきたぞ。バルバトスの手の者がアナトとヨミ様両方を狙って来やがったんだ」
「……私は……もう、戦えません……。戦ってもつぐなえないと、言われました……」
 ぎゅっと床についた手をこぶしにする。うなだれたままの玲に見えないことをいいことに、ギーグは嘲った。
「なーにバカ言ってんだよ、このトンチキが。寝言は寝て言えっつーの。
 それはそれ、これはこれだろ。つぐないやりたきゃ別のときにしろ。今はヨミ様を守るために少しでも戦力が必要なんだよ」
 そうなのか? とまどいつつも、納得しかけたときだった。
「あ〜、もう! そんな、ボクが贄として食ったやつらのことなんていいから、早く行って贄食べさせて〜っ!」
 リペアが爆弾発言でひっくり返した。
「え? 今、なんて……」
「まぜっ返すな、ばかっ」
 これにはさすがにギーグもあせって口を押える。
「だってー、おなか空いたんだもーんっ」
「ギグ、どういうことですか。きっちり説明をしてください」
「……あー、くそっ。実は――」
 ギーグは頭を掻きながら、仕方なく白状する、というふうを装って説明した。
 クムジを殺したのはなだれ込んできたバルバトスの兵だということ、「騎士が殺した」と言わなければ殺すとおどされたこと、そして共犯の証として無理やり魂を食べさせられたこと。
「だから俺様は、ああ言うしかなかったんだよ。あ、けど、食べたのはクムジってやつのじゃねーぜ。別の女のだ」
「そうそう♪ 別の人ー」
 リペアも調子を合わせてうなずく。
「……そうですか。バルバトスの者が……。では、上の者たちに訊けば、犯人が分かるということですね」
 騎士たちを殺したことへのつぐないは、またあとで考えればいい。これは、復讐だ。恩人を殺した者に対する、正当な裁き。
 立ち上がり、乱れた裾を直した玲は、階上へ続く階段に向かって歩き始める。
「――けっ。ほんと、操りやすいヤツだぜ」
 あんなボケた女でも、こういうとこは利点だな。
「なんでもいいから、贄ーーーーっ!!」
 廊下いっぱい響く声で、リペアが叫んだ。