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【ザナドゥ魔戦記】ゲルバドルの牙

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【ザナドゥ魔戦記】ゲルバドルの牙

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第4章 三人の娘たち 6

「朝斗! ルシェン! サポートを頼む!」
「はい!」
「分かった!」
 バルバトスの配下たちを相手に立ちまわるシャムスとともに、榊 朝斗(さかき・あさと)ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)は戦っていた。
 当然、そこにはアムドゥスキアスと〈漆黒の翼〉騎士団の姿もある。アムドが大剣を振るい、アムドゥスキアスは魔笛を使って援護魔法を放っていた。
 敵の狙いは自分たちだけではなく、ナベリウスにもある。彼らは、彼女たちを守るようにして、円形の壁を作って戦っているのだった。
(ナナは……どこにいるんだろう?)
 気がかりなのは、ここにいるナベリウスはモモとサクラの二人だけということだった。
 朝斗はアムトーシスで歌の練習をしていたとき、エンヘドゥがナナとの思い出を楽しそうに話していたのを覚えている。
 彼女がいないということは、バルバトスが何か裏で動いている可能性も思わせた。
(ナナと戦うことになったら……きっと彼女は悲しむ)
 ほんのわずかとはいえ、エンヘドゥは彼女と一緒にいてあんな笑顔を見せてくれたのだ。彼女が敵になるようなことがあったら――。
(それだけは、避けなくちゃいけない!)
 朝斗は自分にそう言い聞かせて、目の前の敵を切り裂いた。
 ナナを探す。そして、そのためにもいまは、このバルバトスの配下たちを追い払わなくては。そう思う度に、自然と身体が突き動かされるのだった。
 朝斗のそんな思いは、まるで互いの心を共有しているかのようにルシェンの胸のうちにもあった。
(エンヘドゥさんは私たちを信じている)
 だからこそ、それを裏切るようなことはしたくなかった。
 月雫石のイヤリングを握っていたエンヘドゥの姿を脳裏に浮かべて、ただ一心にルシェンは戦った。〈天のいかづち〉や〈アシッドミスト〉といった魔法による援護攻撃が、朝斗たちをサポートする。
 そんな朝斗たちに囲まれて守られるナベリウスを、ぎゅっと抱きしめていたのは蓮見 朱里(はすみ・しゅり)だった。突然のことに混乱している彼女たちを、彼女は優しく包み込んでいる。
「大丈夫。みんながいるから」
 そして、そう言い聞かせる。
 そんな、子どもを守る母親のような朱里を、さらに守るべく戦うのは彼女のパートナーであるアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)黄 健勇(ほぁん・じぇんよん)だった。
 アインは朱里に向かって手を伸ばしてきた敵を叩くようにはじき飛ばし、健勇は弓矢をもってそれを後方から貫いた。
(しかし……この数は……)
 アインは怪訝そうに眉をしかめる。
 明らかに、こうなる展開を予想していた数だ。ということは、この場に姿の見えないナナも、すでに手が打ってあるのかもしれない。
(カグラ……と呼ばれる魔導書や、あのモードレットとかいう男の姿が見えないのも気になるね)
 アインのわずかなつぶやきを聞き逃さず、横で魔法を放つアムドゥスキアスが小声で言った。
(……確かに)
 彼女たちはこれまで、バルバトスの配下として数々の現場にいた。その姿がまるで見えないというのは、不吉な予感を感じさせる。
(こちらは時間稼ぎか? あるいは……)
「父ちゃん、危ない!」
(!?)
 考えにふけっていた隙を突いて、敵の刃が眼前に迫っていた。健勇の言葉を受けて、とっさにアインは身を引き、なんとか反撃することに成功する。相手を吹き飛ばして、彼は安堵の息をついた。
「助かった、健勇」
「どうってことないぜ。それより、さっさと片付けちまおう!」
 健勇は快活にそう告げて、矢の雨を敵に降り注いだ。
 ふと後ろを見ると、朱里はナベリウスたちの頭をなでであげている。
(そうだ。いまは……)
 余計なことを考えている暇はない。眼の前の敵を蹴散らして、そして考えるのはそれからだ。
「アムドゥスキアス、強化を頼む」
「……うん、任せといて」
 アムドゥスキアスに身体の強化魔法をかけてもらって、アインはよりいっそうのスピードで敵を叩き伏せた。翼を持った魔族たちが空から襲いかかってくるのを、次々と切り裂いていく。朝斗やシャムスも、その気合に乗るように、いっそう激しい戦いを繰り広げた。
 そうして――

 やがて、シャムスたちはバルバトスの配下たちを退けることに成功した。
 だが、まだ安心は出来ない。ナベリウス軍の獣の兵たちが、混乱の末にシャムスたちを囲んでいたからだ。
 彼らにとっては当初の命令である南カナン軍こそが敵なのである。ナベリウスがシャムスたちのなかにいることもまた、『大将をとられた』という認識から、余計な怒りを買っていた。
 余計な血を見るまいと、シャムスたちはそれに弁解しようとする。
 が、そのとき――。
「おいおい、これが見えねえのか?」
 ナベリウスのもとから下卑たような男の声が聞こえた。
「大石……鍬次郎……!?」
 アムドが目を見開いた。
 そこにあったのは、モモの首をひっつかんで刀の刃を喉に添える、大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)の姿だった。
 〈漆黒の翼〉騎士団に協力するという約束で、この戦いに望んだ狂気の殺人鬼は、まさしくその英霊の伝説を体現するかのような鋭い目で、周囲の連中を睨み据えた。
「ハツネ、やれ……」
「分かった、の……」
 いつの間にか鍬次郎の横にいた斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)が、暗殺用のダガー・タランチュラを使って、モモの腕や腹を切り裂いた。
 モモの悲鳴があがる。
「きさま……!?」
 誰という敵もなく、南カナン軍とナベリウス軍の両軍が踏み込もうとした。
 だが、その足元に向かって、瞬時に銃弾が撃ち込まれる。思わず、彼らは足を止めた。
 弾の軌道は森の向こうから。鍬次郎のパートナー仲間である東郷 新兵衛(とうごう・しんべえ)が、対物ライフルを使ってシャムスたちを狙っているのだった。
 その威力は地をえぐるほどである。
 一歩間違えれば、吹き飛ばされることは明らかだった。
「葛葉。よく見張ってろよ」
「はい……です……」
 更に、鍬次郎とハツネを守るようにして天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)が影に潜んでいる。彼女は擲弾を放つ銃〈バルバロス〉を握って、敵から常に照準を外さなかった。
「さてと。それじゃあ、こちらの要求を伝えようか」
 鍬次郎は、両軍が動かなくなったことを確認してようやく本題に入った。
 それは、ナベリウス軍の全面降伏と、南カナン軍への全面協力。ナベリウス軍がそれを断ったら、モモを殺すということも彼は告げた。本来ならハッタリだと考えることも出来たが、鍬次郎の狂気と先ほどのハツネの行動から察するに、彼は本気である。
 ナベリウス軍はそれを本能的に理解して、そして――武器を捨てた。
「それじゃあ、離してやるか」
 鍬次郎は捕まえていたモモを解放する。
 もはやこの場において、悪人は鍬次郎ただひとりのような空気だった。そしてそれはおそらく、間違っていないと彼は思っている。
 ただ、ナベリウス軍の戦意を完全に消失させたのもまた、彼のおかげだった。
 モモの解放を喜ぶ仲間たちを一瞥して、鍬次郎はその場から立ち去ろうとした。
 と、その正面に立つのは、アムドだ。
 敵意を持って睨んでくる騎士団長に、鍬次郎は苦笑を漏らした。
「言ったはずだぜ? 俺のやり方にケチはつけないってな」
 そう言って、彼はアムドとすれ違い、その場から消えた。
 男によって両軍の被害が少なくなったのは確かな事実だ。そして、アムドはそれを理解してしまっている。
 だが、心はそれを認めることを良しとはせず……彼は、歯がゆい思いを噛み締めて、鍬次郎が消えた森の闇を見つめていた。