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【2021修学旅行】エリュシオン帝国 龍神族の谷

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【2021修学旅行】エリュシオン帝国 龍神族の谷

リアクション



第一の試練 勇気の試練


 眼下に広がる深い緑の谷。
 その谷の中に切り開かれた龍騎士のための試練場は、一つの都市のようにも見える。
 薄い靄に沈み厳かな空気を漂わせている。
 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は知らず感嘆の息をもらす。
「ここがエリュシオン発祥の地か〜」
 ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)もそれぞれに思いを馳せ、試練場を眺めていた。
「ぃよおおっし、探検だあああ!」
 グッと両腕を突き上げ、ふくらむ期待のままに叫ぶアキラ。
 さっそく谷へ下りる道へ駆け出し──。
「ぐえっ」
 襟首を容赦なく引っ張られた。
 こんなことをするヤツなど一人しかいない、と咽ながら振り向きその人物をうらみがましく睨む。
「何じゃその目は。貴様、パビモン リラード(ぱびもん・りらーど)のことはどうするつもりじゃ」
「ルーシェ、たかが一人が二人に分裂したくらいで大騒ぎしてたら修学旅行は楽しめないぞ。あいつなら大丈夫さ」
「貴様、リラードの何を知っておるというのじゃ。日暮れまでに元に戻さんと世界が滅亡するのじゃろう? 滅亡したら探検もできなくなるんじゃぞ」
「その時はまた考えるよ」
「滅亡したら、その時も何もなかろうと言っておるのじゃ!」
 ズバーン!
 と、ただのハリセンにしては重すぎる音が響く。
 それもそのはずで、このハリセンは光条兵器だ。
「あっ、アキラさん……! まだ探検も始まっていないのに、そんなっ」
 ルシェイメアの激しすぎる喝により半ば地面にめり込んだアキラのもとへ、セレスティアが心配顔で駆け寄る。
「ルーシェ……何しやがる」
「さあ、行くぞ」
 ルシェイメアは勇ましく言うと、まだ地面に沈んだままのアキラの足を掴み、ずるずると引きずって歩き出す。
「イテテテッ! こら、ルーシェ! これじゃ俺、下に着いた頃には再起不能だ! 世界より先に俺が滅亡する!」
「なーに、セレスがおる。心配無用じゃ」
 甘やかせば逃げ出す、とばかりにルシェイメアはアキラの足を掴む手にいっそう力をこめる。
 セレスティアはルシェイメアを止められない代わりに、せめてきちんとアキラを治療してあげよう、と命のうねりをすぐに発動できるようにしたのだった。

 ボロボロになったアキラもきれいに復活したところで、三人は巨大な祭壇を前に立ち尽くしていた。
 祭壇も巨大だが、この第一の試練の間もとんでもなく広かった。
 石造りの建物は古代ギリシアの神殿を思わせる造りをしている。
 上を見れば、高いところにある窓から光が帯状となって幾筋も差し込み、この試練の間を淡く息づかせより神秘的に見せていた。
 祭壇の正面にある石のレリーフは、勇壮な龍騎士の姿。
 その両脇に龍の石像が置かれていた。
 そして肝心の次の試練場へ続く扉はというと、右側の壁にある。おそらく、ここに集まった契約者達全員の力を持ってしても開かないだろう。
 開けるには、祭壇に向かって自身の勇気を示さなくてはならない。
『さあ、勇気を示せ』
 祭壇の脇に立つスパルトイが厳かに促す。
「示せって言われてもなぁ……」
 途方に暮れたようにアキラは頭をかくと、その前に、とスパルトイに質問した。
 エキーオンは制約によりここには入れず、外で契約者達がリラードを元に戻すことを待っている。
「参考のために聞きたいんだけど、過去にここを突破した龍騎士はどんなことをしたんだ?」
『飲めば死ぬだろう猛毒を飲み、それに耐える。決して誰にも知られたくない秘密を明かす──それぞれだ。だが、それを判断するのは我ではない。あの龍が決める』
 スパルトイが示したのはレリーフの両脇にある龍の石像。
 そして、話は終わったとばかりにアキラ達の行動を待った。
 どうしようかと悩むアキラの横を、赤羽 美央(あかばね・みお)が通り過ぎていく。
 そして祭壇に最も近い位置で立ち止まると、手を胸に当てて高らかに叫んだ。
「我は射す光の閃刃!」
 あらかじめ龍鱗化を施していたがすべてを防げるわけもなく、踏ん張っていたはずの足がぐらつく。
 たとえ自分がどれだけ傷つこうとも、仲間を守る覚悟が騎士には必要だと美央は思っている。
 自らの槍と盾、今までの経験を信じてどんな攻撃でも受け止める。決して背は向けない。
 一度ならず、二度三度と自身に攻撃をする美央の衣服はすでに赤く染まり足元には鮮血が散っているが、それでも石の龍が応えてくれるまでやめる気はなかった。
「我は、射す……ひか、り、の……」
 もう何度目かわからないほどの魔法攻撃で、ついに美央の体は前に傾く。
 彼女はとっさに足を出して持ち堪えようとしたが、自身の血だまりで足を滑らせとうとう倒れた。
 それでも胸に当てた手はそのままで、その手にはかすかに光を帯びている。
「おい、もうその辺で」
 思わずアキラが止めに入ろうした時、ぽん、と肩を押さえる手があった。
「ここは私が」
「え? ……スパルトイ?」
「いいえ、魔鎧でございます」
 丁寧に訂正して魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー)は、ゆったりと美央の傍へ歩み寄る。
「勇気と無謀は紙一重……」
 サイレントスノーは美央の横に膝を着くと、そっと抱き起こす。
「戦場にて討ち死にすることは誰にでもできること。生きるべきを生き抜いて、死すべき時に死ねる者が真の勇気がある者だ、とかの徳川光圀様もおっしゃりました」
 いまだ流れる美央の血でサイレントスノーの白い手袋が赤い色を吸っていく。
 美央は、意識は保っているが目は虚ろで現状を認識しているか怪しい。
 サイレントスノーは眼球のない真っ暗な二つの穴を美央に向けている。
「義勇、蛮勇、知勇など勇気にもさまざまありますが、恐れを知らぬ者は勇気を語ることもできないでしょう。恐れを知り、そしてそれを前に立ち向かえるかどうか……。そこが、分かれ目なのでしょう」
 美央の頬にかかっている髪を静かに払う。
 サイレントスノーはレリーフを見上げた。
「恐怖、不安、躊躇を知ることでしょうな」
 その時、二体の龍の石像の尾が青白く輝いた。
『龍が勇気を認め、この像のすべてが輝いた時、次の試練への扉が開く』
 感情のない声でスパルトイが告げた。
 サイレントスノーは石像を確認すると、美央を抱き上げ祭壇の前からゆっくりと下がっていく。
「……一人で千葉の夢の国へ行くとか、限界までペットボトル入りの炭酸飲料を振り続けるとか、そういう示し方を呟いていたことは、あなた様の流した血に免じて内緒にして差し上げますよ、美央様」
 周りにしっかり聞こえるように言っていたのは、サイレントスノーのお茶目なドジか意地悪か。
 アキラの視線を受け、セレスティアが美央の治療に向かった。
「戦う勇気なら、私にもあるわ」
 カツン、と靴の踵を鳴らし祭壇の前に進み出る宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)
 ピンと背筋を伸ばし、凛とした眼差しでレリーフの龍騎士を見上げる。
 祥子が何があっても守りたい人が一人いる。
 初めてその人に会った時、その人の悲痛な心の中を見た気がした。
 結果的に、それは本当に『気がした』だけだったのだが、重要なのはそこではない。
 彼女のために何ができるのか。
「私の大切な人のために、傍にいて、戦って、支えようと決めているの。蛮勇を示せと言うなら持てる限りの力を奮おう。知勇を示せと言うなら受けて立とう。けれど、カタチに表せるものだけが勇気ではないはず」
 今後も決して途切れることのない祥子の決意が、どこまでこの石像に届いているかはわからない。
 けれど、大切なティセラのためになるなら何でもする覚悟はある。
 祥子にとって、この祭壇の前に立ち、それを口に出し試練を受ける意志を示すことも、勇気のカタチの一つだった。
 と、その覚悟を試すかのようにレリーフの龍騎士から、全身から冷や汗が噴き出るような威圧感が放たれた。
 思わず一歩引きそうになったが、祥子はハッとして引きかけた足を戻し、踏ん張る。
「それくらいのプレッシャーじゃ、私を怯えさせることなんてできないわよ」
 余裕を見せるように、笑みさえ浮かべてみせる。
 すると、レリーフが動き出したとでもいうのか。
 頭上から龍騎士の持つ巨大な槍が突き下ろされた。
 祥子にはこれが幻なのか本物なのか区別がつかなくなっていた。
 迫る槍の速さに、よけるのも受けるのも間に合わないと悟る。
 それなら最後まで目をそらすまい、と祥子は体を貫く槍を精一杯睨みつけた。
 ふと気づくと、そこは自分が立った時と何も変わらない祭壇の前。
 ただ、祥子だけが呼吸を乱し、頬を伝った汗が一雫落ちた。
 レリーフの龍騎士も静かにそこにあるだけだ。
 周りで見ていた者達には、レリーフと向き合っていた祥子の体が突然強張り、そして息を乱したように見えていた。
 試される時間は終わったと判断した祥子は、ふらりと祭壇に背を向けた。
 龍は足まで青白く輝いていた。
 祥子を見送ったルシェイメアが肘でつついてアキラを促す。
「そろそろ貴様もやったらどうじゃ」
「俺にあの三人みたいなマネができると思ってんのか? だいたい勇気なんてものは持ち合わせてねぇよ」
「ならば、勇気がないことを示してみればよい。『最初の勇気は──』じゃよ」
「あー、あれか〜」
 ボソボソと話し合うルシェイメアとアキラを、スパルトイがじっと見つめている。
 アキラはその視線から逃げるように顔をそむけ、なおも渋る。
「どうしても嫌なら好きにするがよい。だが、自分に勇気がないことを知っており、それを宣言することは充分に勇気のいることじゃと思うがの」
「おだてて乗せようったってな……」
 言いかけた言葉は途中から諦めのため息に変わった。
 美央の治療から戻ったセレスティアが、期待のこもった目で見ていたからだ。
「龍の輝きが消えたら三人で土下座だからな」
 言い置き、アキラが祭壇と向かい合うとルシェイメアとセレスティアは彼を挟んで立った。
「俺には勇気なんてものはねぇ。度胸もねぇ。一人じゃ何もできやしねぇ。時々自分が凄く嫌になるけど、それでも俺は、俺のままで、みんなと一緒に、ずっと、歩いていく」
「右に同じじゃ」
「左に同じです」
 アキラの言葉に続き、二人もそう言った数秒後、龍の輝きは消えてしまった。
 息を飲み、目を見開く三人。
 ──と、思ったら石像は胸のあたりまで輝きを増していた。
 三人の視線は石像からスパルトイへ。
 しかし、骸骨の表情などわかるわけもないのだった。