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【2021修学旅行】ギリシャの英雄!?

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【2021修学旅行】ギリシャの英雄!?
【2021修学旅行】ギリシャの英雄!? 【2021修学旅行】ギリシャの英雄!?

リアクション

「ローマに来ると、いつも良い天気で嬉しいわ」
 歩きながら青空を仰ぐ雪住 六花(ゆきすみ・ろっか)に、その傍を歩くウィラル・ランカスター(うぃらる・らんかすたー)が静かに尋ねる。
「前にも来たことがあるんですか?」
 ウィラルの問いかけに六花が笑顔で答える。
「ええ、ローマは本屋さん巡りルートに入っているの」
 知識欲が旺盛で旅行と読書が趣味の六花ならではですねと、ウィラルが納得し、浮かれる心のためか自然と早足になった六花を追う。
 ローマと言えば、歴史と芸術、美食、そして恋愛に満ちた街。年月を重ねた美しい石畳を歩いていると、どこからかオリーブオイルの香りが鼻をくすぐる。ついには道行く恋人たちの愛の囁きまで聞こえてくるというのに、前を歩く六花は今にも走り出しそうな勢いだ。
「そんなに早く歩くと危ないですよ」
 ウィラルの声にちらりと振り返る六花。
「だって待ちきれないのよ」
 基本的に紳士然としたフェミニストで、女性全般に優しいウィラルの言葉も、今のくすぐったそうに笑う六花にはどれほど届いているのか。
「このあたりの国にある、お気に入りの本屋さんを巡るルート。全部で……そうね、7カ国くらいかしら。ローマがその終着点なのよ」
「それはそれは壮大な……」
 ウィラルが苦笑いで六花の語尾を濁す。
 寿命が長いために歩く書架とも言える知識量を誇るウィラルにとっては、六花の初めて読む本ですら、彼の忘却の中にある『いつか読んだ一冊』に過ぎない。
 そんな想いを知らず、六花は彼の苦笑に「絶対呆れているでしょ、その顔……」と言いかけて口を閉じ、「(まぁ、いいわ。今の私は、機嫌がいいのよ!)」と直ぐ様、次の考えを口に出す。
「ちょうど探している本があるの。そういう時って、フェルトゥリネッリのような大型書店もいいけど、パラッツィオ・ロベルティ書店みたいな運命的なお店に行くのも素敵」
「本当に本が好きなんですね」
「ああ、アラルコ書店にもぜひ案内したいわ。一軒家になっていてね、落ち着いた空間がきっとウィラルさんも気に入ると思う」
「私も?」
「そうよ」
 まるでプレゼントを開ける瞬間みたいだわ、と瞳をきらきらさせる六花の無邪気な笑顔に、ウィラルは彼女の真意に気付く。
「(そうか……一刻も早く、私をお気に入りの店に案内したいのか)」
 六花の楽しみの中に自分自身も含まれている、と気付いたためか、自然と微笑みがこぼれる。
 ウィラルとしては、できればこの美しい街を六花と二人でゆっくり堪能したいと思っていたが、そんな考えが六花の言葉に青空を流れる雲の様に飛び去っていく。
 その知識量と年齢から、最近は六花に「便利な辞書」としか思われていないのではと気を揉んでいる事も、今は忘れよう。
「わかりました。お付き合いしましょう」
「当たり前でしょ? 二人で別行動するなんて選択肢は初めから用意してないよ」
 時々ズレた発言をすることがある六花だが、本人は気付いていない。ウィラルが深読みすれば、今の発言も中々際どい。
「では、六花。まずは慌てないことです。それとイタリアはスリ等の軽犯罪が多い街ですので、私の傍にいるのがよいでしょう」
「早足は駄目?」
「はい。ゆっくりと行きましょう、二人で」
「そうね、そうするわ」
 ウィラルと六花は並んで歩き出す。
 それでも、心踊る六花の足は自然に早くなるのだが、ウィラルは身長の差から彼女に合わせるのは容易かった。
「(結局は、彼女が笑顔なら、それに勝るものはないのだ)」
 マーストリヒトにある古い教会をリノベーションしたアラルコ書店に向けて、歩き出したウィラルと六花であった。

× × ×


 飛鳥 菊(あすか・きく)は露店で買ったジェラート片手にスペイン広場からトリニタ・デイ・モンティ教会へと続くトリニタ・デイ・モンティ階段、通称『スペイン階段』を昇っていた。
 このスペイン階段は、 フランチェスコ・ディ・サンクティスにより設計されたもので、波を打つような階段である。
「このスペイン階段って結構段数あるな……って、エミリオの奴遅すぎ!」
 菊が振り向くと、両手に大荷物を抱えたエミリオ・ザナッティ(えみりお・ざなってぃ)が後方に見える。
「荷物持ちとか聞いとりまへんがな! 僕は使用人とちゃう! ちょ、ちょい休憩……」
「だらしねー、中身は服とかだろーが」
「そら袋ばっかやけど、腕が……痺れ…っ。しかも階段は軽う拷問やて」
 エミリオが上にいる菊に抗議する。
「(イタリアかー。自分探……ごほん、武者修行の時は一番滞在日数多かったもんなぁ)」
 よっこらせ、といった感じでエミリオが階段に腰を下ろす。
 上から観たスペイン広場の中央には、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ作『バルカッチャの噴水』があり、今日も大勢の観光客で賑わっている。
 菊とエミリオに縁があるイタリアに向かう飛行機の中で、菊は他の生徒達が開く観光案内ガイドブックを横目で見ながら、エミリオに話しかける、
「まさか修学旅行でイタリアに来るなんてなー……。まあ、折角だ。ローマを観光するか!」
「あんさんも僕もイタリアは結構よう知ってはるのに、何でわざわざ選びはんねやろかぁ?」
「……ん、不満そうだなぁ、エミリオ。何か文句でもあんのか?」
「いいえ、なぁーんも」
「まあ、この俺が案内してやるんだ、有り難くついてこい! 絶対楽しませるからよ! ……ああ、そうだ。……スリには気を付けろよ」
「……」
 菊は不気味に微笑んで、目を閉じる。
 飛行機の窓から見える雲海の中、白々と夜が明け始めていた。
 そんな事を思い出しつつ、エミリオは、菊が言ってた「絶対楽しませる!」という言葉を反芻していた。勿論、その『楽しみ』が何かは知らされていない。
「(で、どこに行きますのん?って聞いとくべきやったなぁ……あんさんがめっちゃやる気やと…逆に嫌な予感しか……)」
「俺が何か?」
 エミリオが一息つくと、ジェラートをお腹に平らげた菊が階段を降りてくる。
「あ、いや……ナンデモアリマヘン」
「休憩かよ。……ま、いいか。俺の経験からするとそろそろ……」
「は? まぁ、ええどす。僕も何か買お……あれ? あれ? 確かこの辺、に……財布が、あらへん!? 僕とした事が……!」
 衣服のポケットを虱潰しに探すエミリオ。
「ほーらな! あーあ、スリには気をつけろよ? って言ってやったのに」
 菊がニヤニヤとエミリオを見る。
「ど、どないしよう!?」
「そうだな。じゃあ、俺にお願いしたら、お金を貸してやるよ」
「お、お願い!?」
「そう。……菊様、僕は菊様にアドバイスされたにも関わらず、お金をスラれてしまいました。何卒ご慈悲を! ……て言いな?」
「なっ!」
 既に半泣き状態であるエミリオの顔が更に歪む。
「(うっうっ……なんという屈辱や!)」
「ほらほら、どうしたの? 俺にお金を借りたいんだろう? 喉も乾くし、腹も減るし、お土産も買えないぞー?」
 ウリウリと菊が手にした財布で、ペチペチと軽くエミリオの頬を叩く。
「(くぅ!? ……しかし背に腹は代えられへん……)」
「……き菊様、僕は菊様に……」
「声が小さい」
「菊様、僕は菊様にアドバイスされたにも関わらず、お金をスラれしま……って、あーーーッ!?」
 エミリオが自分を叩く菊の財布を見て大声をあげる。
「そ、それ僕の財布!! い、いつの間に盗ったんや、そこのイタリア娘ー!!」
「ふふん、ぼーっとしてると盗られるって言っただろ?」
「い、いつ取ったんや!?」
「いつ盗ったって?くくく、さあなァ……って、泣くなー!」
「うう、妹分から財布すられるって……ああ、前が滲んで見える」
 菊にとっては軽い悪戯だったが、オイオイと泣くエミリオを見てムカついたから投げて返す。
「中身は使ってないからな! 休憩終わりだ。早く来い!」
「えぇぇ!? あんさん、まだ僕水も飲んでへん……」
「五月蠅い! 俺が案内してやるって言っただろう? その場所に行くには、時間が無いんだよ! ハーリーアップ!!」
 エミリオを指さすと菊はスペイン階段を駆け足で登っていく。
「はあ、何や不安やけど……菊が楽しそうやからええかなぁ」
 溜息をついたエミリオは、荷物を両手に持ち、ゆっくりと菊の後を追い出すのであった。
「待ってぇやー!」
「早く来い!」
 階段を駆け上がっていく二人を、同じ階段の隅に腰を下ろした歩夢とアゾートが見つめていた。


「あれって、『キャー、捕まえてみてぇぇー!』『ハッハッハ、こいつぅ〜〜!』てシチュエーションなのかな?」
「……多分違うと思うよ……うん」
 ローマ市街を昨日から仲良く観光していた歩夢とアゾート、二人は今日はスペイン広場にいたのだ。昨日は二人で買い物してイタ飯を楽しんだので、実質的な観光は今日が初めてである。
「(あ、アゾートちゃん。ほっぺたにジェラートが付いてる……)」
 歩夢がアゾートの頬についた白い物体を発見する。しかし、当のアゾートは気づいていない。
「(ど、どうしよう? こういう場合、指で取ってあげて……)」
 ベターな手段を歩夢が考えていると、アゾートが歩夢を見て小さく「あ!」と声をあげる。
「え?」
―――ペロリ
 歩夢の頬というか、かなり口に近い位置をアゾートが小さな舌で舐める。
「あ、あ、あああぁぁぁアゾートちゃん!? な、何を!?」
「うん。ストロベリー味も美味しいね」
「……え?」
「歩夢の顔に付いてたから、勿体ないしね」
 アゾートが無邪気に笑う。
「(そ、そうだよね! うん、付いてるなら、舐めても……いいよね!)」
 隣人の勇敢な行動に、歩夢が何かしらの覚悟を決める。
「……あ、アゾートちゃんも、付いてるよ? その左頬に……」
「え、本当? じゃあ取って?」
 アゾートが頬を差し出す。
「えっと、私から見て左だから、逆だね」
「こっち?」
 歩夢が体をアゾートの方へ移動させ、ゆっくりと顔を寄せていく。
「(こ、これって……キスするのと、変わらない……う、ううん! 違う! これは必然的な行動だもん!! いかがわしくなんかないもん!)」
 そう思っていても、アゾートとの距離の近さに顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。
と、その時。
 歩夢の傍を通りかかった観光客により、歩夢の体がドンッと押される。
「きゃっ!?」
「オー! ソーリー!!」
 押された歩夢がアゾートを押し倒す格好になる。歩夢の口はアゾートの頬に強く押し付けられている。
 一瞬であったが、歩夢は唇に柔らかな感触を長い時間感じていた気がした。
「歩夢?」
 下になったアゾートが歩夢を見つめる。
「あ、ごごご、ごめんなさい!! アゾートちゃん!!」
「頬のジェラートを取ってくれたのはいいんだけど、ボクのもキミのも……」
 歩夢が見ると、二人のジェラートは階段に落ちてしまっていた。
「わわわッ!?」
 起き上がったアゾートが落ちたジェラートを見つめた後、ふと笑う。
「仕方ないか……また新しいの、買いに行こう?」
「え?」
「ボクね、さっきのお店で別の味も気になっていたところだったんだよ」
 歩夢はアゾートに手を引かれて、長いスペイン階段を降りていく。
「(ま、またほっぺたに付いたら、どうしよう……あ、でもさっきのはセーフ……なのかな?)」
 全く気にしていないアゾートを見ながら、そう思う歩夢であった。