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【2021修学旅行】ギリシャの英雄!?

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【2021修学旅行】ギリシャの英雄!?
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リアクション

「ここだ」
「うむ」
 既に外観から高級感が漂う一流店『マルアーニ』の前にアキュートとウーマが仁王立ち(?)で立っている。
「いいか? ここで駄目ならもう地球じゃ無理だ」
「わかっておる」
 決意に満ちたウーマ……だが、気持ちとは裏腹にその面持ちはいつもの様にとぼけたままの眠そうな顔である。
 実際、アキュートはウーマが起きてると思ったら寝ていたということや、横になっているから寝ていると思ったら、実はただの日光浴だった等、その手のエピソードは枚挙に暇がない。
 そんなウーマでもいいかな?と考えていたアキュートであるが、一点だけずっと気になっている事があった。
 『服』である。
「(誰も気にして無いってのは分かってんだがよ。マンボウの奴も一着位、服を持ってても良いんじゃねえか?)」
 今まで正式な場では、ウーマは布を巻いて誤魔化していたのだが、ココはファッションの最先端、イタリアである。
「最高のデザイナーと職人に頼めば、奴の服を作って貰えるかも知れねえ!!」
 決して口にはしないが、アキュートなりの優しさであった。
 何しろ、かつて、パラミタ中のデザイナーを訪ねて交渉した時は、「どうデザインしていいか、カケラさえも浮かばない」と断られた苦い過去がある。
 そんなアキュートの想いはウーマも同様であった。
 現に、先程立ち寄った店では、店員にストールっぽい布を被せられ、「それがしの美しき鱗に、布を被せるなど、無粋な!!」と、暴れたのだ。
 そしてその後、アキュートに止められ、「いや、まぁ、正式な場で、と言うなら反対は出来ぬな……」と小さくなっていた。
「(マンボウめ、本当はすっごく欲しいんだな)」
 アキュートにそう確信させるのに言葉は要らなかった。
 因みに、リアルな魚のマンボウは、手で触れられたら、跡がクッキリ残るほど敏感でデリケートな肌をしているらしい。
「では、入るぜ?」
 扉に手をかけたアキュートがウーマに確認する。
「うむ」
―――ガチャリ。
 ドアが開いた先には、一面赤いマットの上に、様々な高級服が並ぶ空間があった。
「いらっしゃいませ」
 キチンとした身なりの店員が丁寧にお辞儀をする。
「ああ、スーツを作りたいんだ」
「畏まりました。では、採寸を……」
「いや、俺じゃなくてマンボウがな」
「え?」
 店員が見ると、フワフワ浮かぶウーマがいる。
「それがしに相応しい、気高くも美しい衣を頼むぞ?
「魚……魚用のスーツで御座いますか? ……少々お待ち下さい」
 店員が奥に引っ込む。
「……大丈夫だろうか?」
「俺は信じるぜ! このイタリアのデザイン力って奴をな!!」
 アキュートがウーマを励ましていると、奥から、白鬚姿の老人が杖を付いて出てくる。
「フォッフォッフォッ、これは良い形のマンボウじゃな」
「爺さん、誰だ?」
「わしはこの店のマルアーニのデザイナーじゃよ。いや、正確に言えば、デザイナーじゃった……だがな」
「どういうことだ?」
「今日で、この店を引退したのじゃ。今は店の裏で他の職人たちに挨拶をしていたところじゃ」
 そう言うと、老人はウーマに近づく。
「ふぅむ……しかし、魚のスーツとは。他の店では対処できんじゃろう?」
「ああ、何処に行っても断られた……」
 アキュートが肩をすくめる。
「そうじゃろう、そうじゃろう……かつてわししか作った事がないからのぅ」
「え!? 爺さん、魚のスーツを作った事があるのか!?」
 遠い目をした老人が笑みを浮かべる。
「一度だけな。馴染みの客が釣り上げたカジキマグロの剥製のために、一度だけ作った事があるのじゃ」
「カジキ……」
「あれは大変だったぞい? 当時マルアーニの人気デザイナーじゃったわしの鼻っ柱を見事に折ってくれたわ」
「鼻っ柱を?」
「うむ。なにせ魚のスーツ等初めて。わしは自信を無くし、酒浸りになり、妻に逃げられ、そして……わしの手には魚用スーツを創り上げる技術だけが残ったのじゃ……最もその後、一度も使う事は無いと思っていたが、まさかこんな事になろうとはな……」
「じゃ、じゃあ!」
 杖でドンッと床を突いた老人が笑う。
「うむ……そのマンボウのスーツ、10万Gでこのわしが仕立ててやろう!」
 アキュートは暫く開いた口が塞がらなかった。
「そなた? これは交渉成立ではないのか?」
 ウーマにヒレでペチペチ叩かれ、ようやく我に返る。
「ありがてえ。アンタに断られたら諦めるしか無かったんだ。時間ならいくらでも掛けてくれ。頼んだぜ!!」
 アキュートが老人とがっちり握手する。
「いやいや、わしもまさか人生で二度魚のスーツを仕立てられるとは思わなんだ」
 歯が数本しかない口を豪快に開いた老人が笑う。
「そなた、今、笑ったな?」
 ウーマが老人に歩み(?)寄る。
「楽しい時、物事が上手くいってる時に笑うは、誰でも出来る。だが、槍折れ矢も尽き、策・知謀ことごとく上手くいかない時に笑って見せるのが、真の漢というものだ」
「フォッフォッフォッ、しかし長生きはするもんじゃな。まさか会話出来る魚と出会えるとはな」
 老人はウーマが差し出したヒレをしっかり握り締める。

 ウーマの服は完全オーダー品ゆえ、出来上がりにここから数ヶ月要するのだが、時間を早めて完成した時の詳細を描写する。
 完成したという連絡を受けて、アキュートとウーマは、初夏のイタリアのマルアーニ本店に再び来店していた。
「待っておったぞ……」
 老人は車椅子で店の奥から出てくる。
「爺さん、体大丈夫か?」
「フォッフォッフォッ、仕立ての腕はまだまだ上昇するというのに、体の方がな。……やはり歳には勝てぬか……お二人に例のモノを」
 老人が指示すると、店員達がマルアーニの紋章が入った箱を持ってくる。
「着てみるのじゃ。それがマルアーニのプライドを全て賭けたわしの渾身の作品じゃ」
「……マンボウ」
 アキュートに促されたウーマが箱を持って試着室に向かう。当然、一人では着替えは辛いので、店員も後の続く。考えてみればウーマにとっては初めての着衣であった。
「あとは……これを」
 老人がアキュートに封された手紙を見せる。
「これは?」
「謂わば服の設計図じゃ……今回は一着だけじゃが、ひょっとしたらわし以外にも魚のスーツを仕立て上げられる人間がいるかもしれんじゃろう?」
 手紙を持つ老人の手はやせ細り小刻みに震えている。
「……すまないな」
「職人にとって、最も幸福な事は服が作れ、それを着た人間が喜んでくれるという事じゃよ」
 老人は上質なオペラの開演を待ちわびる目で、ウーマの試着室のカーテンを見つめる。
 やがて、カーテンが開き、ウーマがその姿を現す。
 赤い蝶ネクタイが付いた燕尾服であり、胴体から尻尾までカバーされている。
 服を着て登場したウーマの姿に、堪え切れずアキュートが吹き出す。
「ブッ。クッ。クックックッ。ブアーッハッハッハッ!!」
 見ると、店員も苦笑している。
「似あってないか?」
 ひとしきり笑ったアキュートは目の涙を拭きつつ、
「いや、似合ってるぜ? スマン。見慣れないんでな、笑っちまった」
「ウム、見るほどに良くなる。それが本物というモノだ」
 渋く語るウーマだが、鏡の前を何度も行き来しているところを見ると、相当気にいってるらしい。
「ありがとうな、爺さん? ……爺さん……?」
 アキュートが傍の老人を見ると、老人は穏やかな顔のまま目を閉じていた。

 尚、アキュートとウーマが、この老人こそがマルアーニの創業者兼デサイナーであるジョージ・マルアーニだという事を知ったのは、彼が日課のお昼寝から起きた後であったという。