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リアクション
その頃、厨房では、シリウスから受けた北都が特殊オーダーを、涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が調理していた。
「涼介、難しい注文だから、後回しにしてもいいと思うよ」
厨房を覗き込む北都に、フライパンを振るったり、皿に料理を盛り付けたりと大忙しの涼介が、額の汗を拭いながら苦笑する。
「最初に、メニューに無い料理もリクエストされれば対応しますよと言ったのは私だから、ここで引き下がる訳にはいかないさ。それに、他の料理ならオーダーを受けて直ぐ出せるようにしてあるし」
その言葉通り、涼介は店で出される基本的な料理の作り方を全て頭に入れ、注文の入った料理をスムーズに出せるようにしていた。基本的に和洋中何でも作れる涼介にとっては、この蒼木屋のメニューは作りがいがあったのだ。
涼介が作るズラズィ・ザヴィヤネは、ピクルスを薄切り牛肉で巻いて焼いたもので、地球のポーランドの料理である。涼介もこの料理自体は知っていたが、仕上げにかけるクリームソースの味を上手く作れず、限られた時間の中で試行錯誤を繰り返していた。
「私も居ること忘れないでね?」
涼介に背後から声をかけたのは、同じく厨房の店員として働く奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)である。料理を得意とする彼女も、「注文を受ければ何でも作らせて頂きます」と言い、シリウスから入った特殊オーダーも引き受けるつもりであったが、涼介とジャンケンの末、ズラズィ・ザヴィヤネを彼に譲り、ピエロギを焼いていた。
「助かる。それに、スイーツの方はエイボンが担当してくれてるから楽だ」
涼介が厨房で振り返ると、クレープをこしらえていたエイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)が銀のセミロングの髪を揺らして優しく微笑む。
「はい。兄さま。スイーツの方はわたくしにお任せ下さい」
「その料理は……?」
「北都様。これは、クレープシュゼットと言いまして、注文を受けたお客様の目の前で最後の仕上げをする料理になりますわ」
焼き上げたクレープを、オレンジソースの入ったコッヘルの様な小さな鍋に移してエイボンの書が、パンと小さく手を叩く。
「少し行って参ります、兄さま」
涼介に会釈したエイボンの書に、リオンが声をかける。
「料理を運ぶなら、私が行きますよ?」
「……リオン、それは僕が行くよ。リオンは出来上がった料理を持って行くことだけに集中してね?」
「わかりました、北都がそう言うなら……」
「それと……あのテーブルには、これも持って行ってくれる?」
北都がリオンにキツネ色のチップスが入った小さな皿を差し出す。
「林檎ですか……北都?」
「うん。蜂蜜酒のおつまみとして『林檎チップス』はどうかと思ってね」
北都が空いてる時間を見つけて作ったのは、スライスした林檎を、クッキングペーパー敷いた皿の上に重ならない様に並べて水気を切り、レンジで乾燥させたもの。
「油で揚げてないし、ヘルシーで甘い酒にも合うんじゃないかなぁって」
「はい、わかりました」
二人を見ながら料理していた沙夢が、「へぇー」と呟く。
「蜂蜜酒は甘そうなお酒よね。それに合うおつまみとしては良いアイデアだと思うわよ。北都も新メニュー考えてたんだねー」
「新メニュー?」
「働く時に言われただろ? 蜂蜜酒に合うローカロリーなおつまみなら、きっと他の酒にも合うだろうって事で、人気なものは採用されるって話だ。ああ、ツアコンにも何たらって聞いたな……」
北都に言った涼介がクリームソースを味見して、「よし!」と小さくガッツポーズをする。
「私も一品考えてきたけど、涼介、あなたは?」
「二品だ。沙夢には負けないぜ?」
沙夢と涼介が厨房の真ん中のテーブルでお互いの料理を盛りつけながら会話する。
「へぇー、そんな事が……と、お待たせ、エイボンの書。行こうか?」
「ありがとうございます、北都様。それでは、お皿とフォーク、ナイフをお願いしますわね」
エイボンの書が、北都と一緒に注文の入った客席へ向かって歩いて行くのとほぼ同時に、沙夢の作っていたエピロギ、涼介の作っていたズラズィ・ザヴィヤネが出来あがる。
「出来たぜ!」
「こっちも完成! って、弥狐ー!? どこ行ったのー!?」
スッと2つの皿が差し出され、これをリオンが持つのを、北都は時折厨房を振り返りながら心配そうに見つめるのだった。
北都に付き添われたエイボンの書は、注文をしたテーブルの前に行くと、北都が設置したミニコンロにクレープとオレンジソースが入ったコッヘルを置く。
注文した客達が興味津々と見つめる中で、エイボンの書は軽く説明する。
「ご注文、ありがとうございます。それではこれより『クレープシュゼット』を作りますわ」
「これから作る?」
「ええ。これは注文を受けてからお客様の目の前で仕上げをさせて頂くんです」
エイボンの書がコンロに火を点けると、すぐにオレンジソースが煮立ち、酸味と甘味の混じった良い匂いがテーブルに漂う。
「うわー、良い香り!」
次に、エイボンの書はオレンジの皮を伝わせて、火をつけたブランデーを鍋へとゆっくり注いでいくと、鍋の中に薄っすらと炎が立ち上がる。
白い粉砂糖をその上から振っていくと、次第に鍋の中の炎が消えて行き、
「完成です! さぁ、冷めないうちに魔法少女のクレープシュゼットを召し上がって下さい」
北都が皿にクレープを移し、バニラアイスを添えて客の前に置いていく。
「どれどれ……う、……美味い!!」
「美味しい!!」
「ありがとうございます!」
エイボンの書が客と感想やレシピについて会話する中、北都は一足早く厨房へと引き上げていく。
「元々、派手な演出なデザートですので見た目でも楽しめると思います」
そう語っていたエイボンの書の言葉を思い出す北都は、「……リオンがドジったとしても、演出の一環だとしたらOKになるのか……なら、リオンに注文を取らせてみようかなぁ」と考えていたが……。
―――ガッシャァァーーンッ!!
「ああッ!! し、失礼しましたーー!!」
「……リオンにはまだ早いかなぁ」
聞きなれた声にやはり頭を抱える北都だった。
幸いだったのは、リオンが躓いて割った皿は空の皿だったことだろう。
シリウスの頼んだズラズィ・ザヴィヤネとピエロギは無事にシリウスのテーブルに届けられていた。先ほどまでと同じく男性陣が裸なのは変わらないが、暴れて腹が減ったためか今は運ばれてきた熱々の料理に夢中になっていた。
「うおおー!! 美味いぞ、このズラズィ……」
「ズラズィ・ザヴィヤネだぜ、セっさん」
「うむ! 実に蜂蜜酒に合う!!」
ラルクはピエロギを豪快にほう張っていた。
「へぇ、肉は入ってねぇから、淡白な味かと思っていたが、味がしつこくねぇからいくつでもイケるな!」
「その上、餃子より具にボリュームあるだろう? ソースも色々あるんだぜ? 今回はバターて焼いてあるけど、サワークリームや、国によっちゃメープルシロップをかけるとこもあるんだ」
シリウスに何度か作って貰ったことのあるリーブラが尋ねる。
「デザートにもなる料理なんですよね?」
「アップルソースをかけたら、まるでパイのように食べられるぜ」
シリウスもピエロギを一つ摘む。
「それにしても……厨房にこれの作り方を知っているヤツが居るとは驚きだ」
「え?」
「ピエロギってのは茹でで終わりでもイイ料理なんだ。ま、それでも美味しいんだけどな。今回は蜂蜜酒に合うように焼いてくれって言ったけど、ちゃんと、バターで焦げ目を絶妙に付けて焼いてる。普通に頼んだら油でさっと焼くくらいなもんだと思ってたのに……」
シリウスは厨房をチラリと見る。
「サービスで頂いた林檎チップス。わたくしはこの味、クセになりそうですわ」
リーブラが林檎チップスを食べて笑みを見せる。
「シンプルイズベストってやつだな。酒のツマミの鉄板として、今もナッツやチーズが人気あるのがわかるぜ」
そこに、パタパタと弥狐が駆けてくる。
「セルシウスさん、女将が呼んでるよ」
「む……私にナイフを刺した女ではないか」
「あれ、あたしのせいなんだ……まぁ、いいよ。それより女将が店の裏まで来てって言ってるよ」
セルシウスが息を吐いて立ち上がる。
「セっさん、もっと飲もうぜ」
「なんでぇ、セルシウス! 俺たちと飲み明かすんじゃなかったのか?」
「貴公達、済まない。私は所詮雇われの身なのだ。楽しい時間をありがとう」
哀愁漂うセルシウスが、ラルク、闘神の書、シリウス、リーブラとそれぞれ握手を交わし、
「ふむ……そう言えば、私は店員として、大切な事を忘れていたな」
「大切なこと?」
「宴会芸というものだ。一つ、私がエリュシオンに伝わる笑い話をしてみせよう!」
「おお! イイじゃねぇか!! 皆も聞きたいだろう?」
シリウスの言葉に一同が頷く。
「では……笑い死ぬなよ?」
余程自信があるのか、セルシウスが不敵に笑う。
「とある古い龍騎士の話だ。かの者はエリュシオン帝国最強の龍騎士謳われ、幾多の戦場で戦果を残し、戦場で彼を見たら皆すくみ上がってしまうと言われていた」
「ほう……」
「だが、とある戦場でその龍騎士は小さなトカゲに驚き、一目散に逃げ出してしまった。……何故か? 訳を知りたい従龍騎士は彼の家を訪ね、真実を知った」
「……」
「何と、そのトカゲの顔は彼の嫁の顔とソックリだったのだ……プフッ、ハーッハハハ!!」
「……」
「…………」
「……は」
「……ハハッ」
「え、終わり?」
店内には厨房の料理の音はおろか、瞬きする音ですら鮮明に聞こえる程の静寂が降りたった。
「え? え?」
周囲を見回すセルシウス。
時が止まったかの如く、グラスを持ったまま、料理を口に運んだまま、固まっている客達の視線が痛い。
「ば、馬鹿な!! エリュシオンの至高の笑い話が……!!」
静まりかえった店内に、ツカツカと靴音が響く。
「おい、セルシウス。蜂蜜酒より油売ってんじゃねぇぜ!」
バックヤードで女将の卑弥呼のサポートとして働いていた店員の弁天屋 菊(べんてんや・きく)が、セルシウスの頭を軽く叩く。
「ほら、ちょっと裏まで来い……ん、何だ、この静けさは?」
菊は店内を見渡しながら、セルシウスをそのまま店のバックヤードに連れて行くのだった。
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