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リアクション
小夜子は、まだ男にしつこく食い下がられていた。
それでも笑顔を絶やさない彼女だったが、このままだと注文を取ったり、料理を運ぶという店員の本業に支障をきたす事になる。
「お戯れも程々にってね。忘新年会で痛い目に遭いたくないでしょうし……」
笑顔のまま、握りしめた拳に力を込めていく。
「はいはいはいー、どうもーー!」
「え?」
夢悠が小夜子と男の間に割り込んでくる。
「宴会芸なら、オレ達を呼んでくれないとね!」
「何だ? お前は? 何か芸があるのか?」
「はい! でも、やるのは俺じゃなくて……この方達です!!」
背中が盛り上がったような羽織を着た瑠兎子が、愛想よく男に手を振る。
「えー、それでは、『二人羽織 with あつあつおでん』をさせて頂きまーす!」
「二人羽織だと?」
夢悠が瑠兎子の前に、ドンッとお鍋を置き蓋を開く。
「おでん?」
鍋を確認した小夜子が瑠兎子の顔を見る。
「これ……随分煮立ってますけど……?」
「大丈夫!!」
瑠兎子が小夜子に親指を立てる。……が、内心はかなり煮立っているおでんに心拍数が上がっていた。
「(夢悠……こんなに熱くすることないでしょうにぃ!)」
瑠兎子の後ろで羽織に隠れていた雅羅が呟く。
「瑠兎子、私はお箸で掴んで食べさせればいいのよね?」
首を回した瑠兎子が小声で返答する。
「そう。夢悠が指示してくれるから、あとはそれをワタシの口へ運んでね」
「わかったわ。こういう日本的なの、初めてだからよくわからないけど……」
「それは兎も角、雅羅ちゃん?」
「え?」
「また胸大きくなってない? 背中に凄く重量感のある球体を2つ感じるよ?」
「……お箸を鼻に突っ込まないよう、気をつけるわ」
男は、二人羽織に興味津々であった。
「面白そうだな、早く始めてくれ!」
夢悠が頷き、
「それでは二人羽織、ご覧下さいませー!」
雅羅が手を動かし、鍋に箸を突っ込む。
夢悠は、雅羅の手が熱い鍋に触れないように見張りながら、時折チャチャを入れる。
瑠兎子は目の前で鍋を漁る箸の行方を、神妙な顔で見ていた。
「(まずは、あんまり熱くなくて小さなモノよ……そうそう、そこのウインナーなんて素敵……え? ちょっ、ちょっと雅羅ちゃん!? イキナリ、こんにゃくなのー!?)」
雅羅の箸が器用にこんにゃくを掴む。
三角形に切られてあるが……実に大きい。
「おおっと、いきなり大物のこんにゃくか!?」
聞こえた夢悠の声に、雅羅が一瞬考えるが、そのまま瑠兎子の顔を目指して腕を動かす。
「ちょっ……も、もうちょっと下よ! 下!! ……そこは鼻ぁぁーーー!!」
ピトリッ!
「熱ッ、熱ッ!! わざとじゃないでしょうねー!!」
「ん? ここ、かしら……」
雅羅が箸を下に動かし、こんにゃくを瑠兎子の口にインする。
「フゥヒャヘホホホッ! ……ングッ!!」
前歯でこんにゃくを噛み、これ以上の侵攻を防ごうとする瑠兎子。
「あ、正解だったみたいね。けど、中々入らないわねぇ」
そのまま、箸でこんにゃくを押しこむ雅羅。
「ゴベヒャハヒャハァーーーッ!?」
口からこんにゃくの半身を出しながら悶絶する瑠兎子を見て、男は大ウケし、小夜子は瑠兎子の事を少し心配そうに見つめる中、夢悠は、姉の背後で奮戦する雅羅に思いをはせていた。
「(災難体質で凄く苦労してるのに、色々な仕事に挑戦して、頭も良くて戦闘も強くて綺麗で優しい、そんな雅羅さんをオレは尊敬してるし……正直、好きだ! けど……オレ達、雅羅さんに迷惑もかけてきたし、直接好きだなんて言える勇気も、ない。それでも、雅羅さんが皆と一緒に楽しく暮らせるよう、役に立てたら……それだけで……)」
完全に姉の事を忘れている夢悠は、すっかりこんにゃくを瑠兎子の口に押し込んだ雅羅の手を取り、
「まだまだ瑠兎姉は食べ足りないようだから、もう一つ、行こうか?」
「!?」
瑠兎子が夢悠をこれまで見せたことのない凄い形相で見つめるが、夢悠は即座に視線を外す。
やがて雅羅の箸がプスリとおでんの鍋にささり、煮え立つ出汁の中から、純白の卵が姿を現す。
「ホ……ホヘヒャ、ヒャメヘェェェーーー!?」
こんにゃくを咀嚼中の瑠兎子が、迫り来る卵に目を見開く。
…………結局。瑠兎子は雅羅との二人羽織を成功させ、小夜子の窮地を救った。
この一件は雅羅にとって大きな自信となったらしい。
「私、初めて人を楽しませる事に成功したわ! しかも、誰も不幸にせずに!」
長時間の仕事で疲れてきた時のためにと、用意していた栄養ドリンクを飲む雅羅と飲む夢悠が笑顔で頷く。
「そうだね! やれば出来るんだよ、雅羅さんは!」
厨房横で話す夢悠と雅羅。ただ、その影では、瑠兎子が大量の氷を口に含み、口内のヤケドにじっと耐えていた事を忘れてはいけない。
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