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リアクション
「あー、いたいた! バァルーっ!!」
居城正面の階段を下りた先、車回しでバァル・ハダド(ばぁる・はだど)の背中を見つけて、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は走る速度を速めた。
「美羽」
彼女に気付いたバァルが馬車のステップから足を下ろす。
駆け寄り、はあはあと切れた息を整えたあと、美羽はにっこり笑った。
「よかった、見送りに間に合った」
「きみも来てくれていたのか」
「当然だよ! アガデのためだもの!」
「そうか」
迷いもなく即答する美羽の姿に、バァルはうれしげに目を細めた。
「でもバァルはどこか行くんだね」
バァルの、いかにも旅装束という姿を見て、美羽は小首を傾げる。
「ああ。せっかくきみたちが来てくれたのにすまない。この日しか時間がとれなかったんだ」
「ううん。仕方ないよ、バァルは忙しいんだから」
美羽の横から緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が進み出た。
「遙遠もご一緒していいですか?」
「それはかまわないが…」と、ためらう。「戻ってくるのは早くて明後日の夜だぞ?」
「かまいません」
遙遠は肩をすくめ、バァルの前をすり抜けると馬車へ乗り込む。
「3日!? バァル、どこへ行くの?」
「テセランだ」
バァルの返答に、その場にいるだれもが腑に落ちた。
テセラン――アーンセト家直轄の町だ。つまりバァルは、エシム・アーンセトとアナト=ユテ・アーンセトに会いに行こうとしているのだ。
(そっかぁ…)
美羽は内心ほっとして、口元をほころばせた。
ロンウェルでのいきさつを知っているから、あの2人がその後どうしているのか美羽も少し気がかりだった。だから騎士役剥奪とか無期限軟禁といった処分が下されたというのを聞いたときは心を痛めたりもしたが、バァルが直々に出向くのであれば、それが悪いことであるはずがない。
「んー。じゃあワイもこっちにしよっかな」
「切くん?」
ひょひょいとバァルの傍らについた七刀 切(しちとう・きり)に、リゼッタ・エーレンベルグ(りぜった・えーれんべるぐ)が目を瞠る。
「私たちは復興のお手伝いに来たのですよ?」
「まぁまぁいいじゃん。そっちは帰ってからでもできるしさあ。
いいよな? バァル。ワイらはアルバトロスでついてくから、邪魔にもならんだろ?」
「それはべつにかまわないが」
少しうさんくさそうな目で見ているのは、東カナン領主のなさけない写真を領民に向けてばら撒くという、例のおどしのせいだろう。
あれから数カ月が経ち、切が実行していないことからやはりあれは彼らしいただの悪ふざけだったに違いない、とバァルは結論して内心胸をなで下ろしていたのだが、こうしていざ切本人を前にすると、それがただの思い込みにすぎないような気がしてきていた。
もちろん切もバァルの向けてくる視線の意味を理解した上で、にこにこ無邪気に笑う。
なにしろ切としてはあれはあくまで厚意の表れであって、なんら後ろめたいことではないのだ。だからもちろん、アルバトロスには大量に印刷した例の写真が積み込んである。
(ま、あれを今回ばら撒くかどうかはバァルの見せる誠意によるけどねぇ)
(まったく、切くんったら)
長いつき合いのリゼッタだけが理解して、ふうと息を吐く。
「車寄せからアルバトロスをとってきますわ」
「ありがと、リゼ」
門へ向かうリゼッタと入れ替わりで現れたのはエルシュ・ラグランツ(えるしゅ・らぐらんつ)とディオロス・アルカウス(でぃおろす・あるかうす)の2人だった。
「ああ、まだいてくれた。よかった」
書類の束を片手に駆け寄ったエルシュは、あいさつもそこそこに一番上の書類を広げて見せる。
それは、居城内部の見取り図の一部だった。
持出禁止のはずだが……と少し眉を寄せるバァルに気付かず、エルシュは図の一部を指さし、つーっと引く。
「この部屋のここからここまでケーブルラインを通していいかな? もちろん外部には極力影響出ないようにするから。ああ、あとここにも」
「実は、これを機会に城内のインフラ整備を考えているんです」
エルシュの言葉を補うように、ディオロスが説明を加える。
「北カナンのサーバーにつながるようにすれば、リアルタイムで東・西・南・北が連絡を取り合うことができるようになります」
北カナン首都・キシュにサーバーを設置する、という話はバァルも耳にしていた。シャンバラのネットワークにもつなげて、双方向で情報のやりとりが即時可能となるように。そうすれば書状を用いなくとも、シャンバラにいる彼らとのやりとりが簡単に行えるようになる。
「だがそれが開通するのはまだ先のことだと聞いていたが」
「ええ。ですが、いずれ必要になるのは間違いありません。工事だけでもしておくべきかと」
「だが…」
バァルの面は晴れなかった。
問題は財政だ。ここ1年、復興続きで東カナンの懐具合はかなり厳しかった。カナン内乱で国内全体が荒れていたため、それ以前から税の徴収はほとんどしていない。その上で、今回のアガデ復興だ。修復費用の大半は国庫から出ている。
バルバトスに破壊された塔や内部の補修は当然としても、これは…。
「大丈夫だよ」
バァルが何を憂えているのか読み取って、エルシュは請け負った。
「ケーブルラインを埋め込むだけだし、設置場所は会議室とバァルたちの居室だけにしておくから」
だから彼はバァルを捜していたのだった。会議室の方は側近のセテカや留守預かりの騎士団長の許可でもかまわないが、奥宮の方はそうもいかない。
「それに、こういったことはたしかに平時には不要かもしれないけど、緊急事態っていうのはある日突然やってくるものだしね」
エルシュの言うことももっともだった。
「分かった。このことについてはきみのしたいようにしてくれてかまわない」
じゃあ、と見送りに立つ彼らにうなずいて馬車に乗り込もうとしたバァルを、再びエルシュが呼び止めた。
「あ、待った待った」
「なんだ?」
ガサゴソ広げた地図を折り畳むのはディオロスに押しつけて、エルシュはとびきりの笑顔を浮かべる。
「これは提案なんだけど。今、シャンバラでろくりんピックっていう競技が開催されてるんだ。これにバァルたちも参加してみない?」
「よくあんな図々しい提案ができましたね」
バァルと遙遠を乗せた馬車が去ったあと、ディオロスは幾分あきれを含んだ声で言った。
「え? 何でも言ってみないと始まらないでしょ。勝手に判断するのはよくないよ。
それに、いいじゃない、ろくりんピック。参加すれば東カナンのアピールになるし。メディアを通じて現状を知った人々から寄付が集まるよ。ボランティアの数も増えたら言うことなしでしょ?」
「それはまぁ、そうですが」
「それに、バァルも今回ばかりはやぶさかでない様子だったし」
と、さっきのバァルの見せた反応を振り返る。
『きみたちシャンバラ人がわたしの来訪を望んでくれるのなら』
しばし黙考したのち、バァルはそう答えた。
ただし『女神様よりご下命があって』という条件付きではあったが。
「イナンナも誘いに「喜んで参加する」って答えたそうだし」
「違います。「喜んで選手を派遣する」です」
それがどう違うのか分からないと、エルシュはきょとんとなる。だって選手が来るということは、イナンナがシャンバラの行事に好意を持って参加しているのも同然じゃない?
「その選手がバァルってことは、彼の飛び抜けた身体能力を考えれば十分あり得そうだよね」
「彼が今の状態のアガデを放り出してスポーツをしに来ると思うんですか?」
あくまで楽観的なエルシュと対照的に、ディオロスはとことん懐疑的だ。
「他国訪問よりまずは国内安定。当然だね。そのためにも復興がんばろう。それだけ早くバァルがシャンバラへ来れるようになる」
「そうですね」
颯爽と前へ歩き出したエルシュの意気込みに笑いを誘われて、くつくつ含み笑いながらあとをついて行く。
「さあ、わたしたちも行きましょう、美羽さん。グラディウスで城門を直すお手伝いをするのでしょう?」
「あ、うん…」
ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)に急かされて、ようやく美羽は馬車の消えた坂道から目を離した。
「バァルさんなら大丈夫ですよ。悩んだり、つらそうな顔をされてなかったじゃないですか」
「うん。そうだね」
でも、笑顔でもなかった。最後、馬車の窓越しに
「行ってらっしゃい。道中気をつけて。2人によろしくね。でも、笑顔で戻ってこなかったら城門を閉めて中に入れないぞ?」
と茶化して言ったとき、ちょっと笑ってくれたけど。
「……まぁでも、考えてみたらバァルってあんまり笑わない人だし」
せいぜいがほほ笑むくらいで。あれが素のバァルなのかも。
「けど、アガデがもとどおりになったらきっと喜んで、笑顔見せてくれるよね!」
自分のした考えに、うん、と意気込んで。美羽は少し先で待ってくれているベアトリーチェの元へ向かって駆け出した。
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