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雪花滾々。

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雪花滾々。
雪花滾々。 雪花滾々。

リアクション



14


「何でも、雪みたいに真っ白で、口どけもふわりとしたレアチーズケーキがあるらしいよ」
 それも数量限定でとなれば、食べないわけにはいかないと。
 清泉 北都(いずみ・ほくと)が言ったので、クナイ・アヤシ(くない・あやし)は表には出さないように喜んだ。
 北都とデート、と思っていたのも束の間、
「二人も行くでしょ?」
 と、さも当然のように彼はソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)リオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)を誘った。一瞥。
「甘いのは結構好きなんですよ。北斗、ありがとうございます」
「僕も甘いの好きだし。でも一人では行きづらいから」
「そうだよねー」
 しかも北都はリオンと話し始めてしまった。割り込みむのも気が引ける。二人に気付かれない程度に小さく息を吐いた。
「貴方は? 甘いもの、お好きでしたか」
「いや、別に」
 なら来なければいいのに。とは思っても言わない。ソーマが来なかったところで、どうせ二人きりにはなれないのだし。
 ただ、やっぱり、二人で行きたかったという気持ちはあるけれど。
「…………」
「そんな目で見るな。俺もリオンもお前等の邪魔をする気はない」
 なら上手いこと言って二人きりにしてくれればいいのに。
 考えが伝わったのか、ソーマは眉を寄せた。
「リオンがさっき言っていただろう? 『一人では行きづらい』」
「でしたら貴方と彼の二人で」
「いらぬ誤解を受けたらどうする」
 確かに。
「まあ、今更何か言うつもりはありません。美味しいケーキを堪能させていただきましょう」


 店内に入ると、雰囲気の良さに北都は顔を綻ばせた。
 ケーキ屋というと可愛らしいお店が多いが、ここはどちらかというと『綺麗』な印象だった。上品で、落ち着いている。それも自然な感じで。
 入り口であまりきょろきょろしていると不躾だと思い、さっと見渡したらショーケースの前へ。
 ――どのケーキにしようかな?
 ケースに並んだ色とりどりのケーキ。どれもこれも美味しそうだ。
 何がいいだろうか? まず、噂のチーズケーキは外せないとして。
「桃系のもので、お勧めってありますか?」
 フィルに訪ねてみることにした。
「桃ですか。うーん、旬ではないから、果実ごろごろのものはないのですけど。こちらのヨーグルトムースケーキはいかがですか?」
「じゃあ、それとコーヒーをブラックで。みんなは何にする?」
「俺はこのチョコレートケーキがいい。果物と組み合わせたものがあると嬉しいんだが、あるか?」
 ソーマの問いに、「そうですねー」とフィルが間延びした声を上げ、
「こちらはココアスポンジの上にダークチェリーのシロップ漬けが敷いてあります。濃厚なチョコレートと甘酸っぱいチェリーの相性は抜群で、とても美味しいですよ」
 すらすらと淀みなく説明し、勧める。ソーマが頷き、「それとコーヒーを」とフィルに告げた。
「私は苺の生クリームケーキを。これに合うハーブティーがありましたらそれをお願いします」
 次いでリオンが注文し、残るはクナイのみ。どうする? と目で問うと、
「季節のお勧めがあればそれを。飲み物は紅茶で。香りの強いものをお願いします」
 と答えた。
 全員がオーダーを終えてから、ちらりと後続を見遣る。自分たち以外に、並んでいる人は今いない。なら、いいだろうか。
「あと。レアチーズケーキを人数分」


 席に着き、各々の前にケーキと飲み物が並べられ。
 四人は、ちょこちょことお互いのケーキをつまんで食べ始めた。
 お店的にはあまり良い食べ方ではないだろうけれど、でも他のも気になったから。
「美味しい……」
 どれを食べても美味しかった。自分の選んだ桃のケーキも、ソーマのチョコレートケーキも、リオンの苺ショートも、お勧めだったタルトタタンも、限定のチーズケーキも、どれも。
 ケーキを食べながら、窓の外を見た。
 また、ちらちらと降り始めたようだ。
 積もった雪から連想して、故郷の雪国を思い出す。
 懐かしい思いはあったが、帰りたいとは思わなかった。
 ――あの家に僕の居場所はないからなぁ。
「北都?」
 隣に座ったリオンが、どうかしましたかと北都の目をじっと見た。
 なんでもないよと手を振って、
「タシガンにも積もるかな?」
 ぽつり、呟く。
「たくさん積もっていたら、リオンのためにかまくらを作ってあげるね。それで、かまくらの中でお茶会をしよう」
「かまくらですか。どんなものでしょう? 楽しみにしています」
「うん。大きなの作ろう。みんなが入れるくらいのね」
 かまくら作りは重労働だけど。
 その後は絶対楽しいだろうし、楽しみにしているし。
「みんなで作ろうね」
 言って、笑った。
 みんな? とクナイとソーマが顔を見合わせたので、「みんな!」と頷いた。


*...***...*


 昨日降った雪の影響か、今日はとても寒い。
「こんなときはフィルさんのお店で温かい紅茶と限定チーズケーキを食べる。至福のひと時よねぇ〜。癒しだわぁ」
 うっとりとした様子で、師王 アスカ(しおう・あすか)が言った。実に幸せそうである。
 次いで、彼女はホープ・アトマイス(ほーぷ・あとまいす)の顔を覗き込み、
「……だから、そろそろ元気だしてよぉ」
 心配そうに声をかけてきた。何も言えず、ホープは黙る。
「そんなに落ち込んでても仕方ないわよぉ?」
 と、言われても。
 ホープはアスカから顔を背け、息を吐いた。
「お前に何がわかるのさ」
「もぉ〜。身体からネガティブさん溢れさせてぇ。美味しいチーズケーキに謝りなさい〜」
「いや、意味わかんないし」
 本当、つくづくどうしてこんなお気楽な人間と契約したのだろう。契約さえしなければ、兄――ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)と会うこともなかったのに。
 ついてない。
 等と言い出すと、死ぬ間際からずっと、そうなのだけど。
 ――あんな病気にかかるわ、死んだと思えば悪魔に魔鎧にされるわ……で、今はこうだし……。
 悪いこと続きじゃないか。
 思い出して、余計に落ち込む。ケーキが美味しいと言われたけれど、手をつける気にもならない。
「ホープ、げんきだして……?」
 あまりの落ち込みように、ラルム・リースフラワー(らるむ・りーすふらわー)がホープの服を引っ張った。こんな小さい子からも心配されるとは。
「……ラルムはいいよなー。まだ小さいから、悩みも少なそうで」
 膝に座った彼女の頬を、つん、とつつく。ラルムは言葉の意味を解していないようで、こくん、と首を傾げた。うん、悩みなんてなさそうだ。
「早くルーツに会って仲直りすればいいのにぃ。いつまで逃げてるの〜?」
「……逃げてるっていうか」
「長引けば長引くほど、会いづらくなるものよ〜?」
 あれから九百年も経つというのに、長引くも何もなかった。
「私、お茶のお代わりもらってくるわ〜」
 話に飽きたのか、それとも純粋にお代わりを所望したのか、アスカが席を立つ。ラルムと二人になった席で、ホープはまた、考えた。
 無茶なことを言って。
 裏切り者だと罵って。
 同族殺しの罪をかぶせて、逃げ出して。
 意図があってやったことだとしても、酷いことには変わりない。
 どんな顔をして会えばいいのだ。
 なんて言って会えばいいのだ。
 わからない。
「…………」
「ホープ。……ルーツは、ホープのこと……おこってないよ、……たぶん」
「かもな」
 けど、そういう問題でもなくて。
 会いたいとは、思うけど。
 ――会ってもいいのかな?
 何度考えても、答えは出ない。


「あの子、放っといていいのー?」
 紅茶を淹れながら、フィルが呟いた。
「う〜ん。私が言っても聞かないからね〜」
 堂々巡りなの、と嘆息。
 何故か知らないけれどライバル視されているようで、なおさら。
「ねぇ、フィルさんに姉妹とか、いる〜?」
「いるよー、お姉さん」
「アドバイスがほしいんだけどぉ……」
「うん?」
 なぁにー、と人懐っこい笑みを向けてくれたフィルに話をしようとしたところ、来客を告げるベルが鳴る。と同時、
「せいやーっ!!」
 ホープの声が、店内に響いた。また、同じくしてアスカとフィルの目の前をすごい速さでラルムが飛んでいった。ラルムは来客――ルーツの顔面に直撃し、へろりと床に落ちる。
 唖然と出来事を追いかけていたら、ホープは目にも止まらぬ早業で魔鎧姿となった。アスカの装備品となり、隠れる。
「……ら、ラルム? 大丈夫か? ていうか、なんで飛んできたんだ……?」
 ルーツは何が起こったのかわかっていないようで、ラルムを抱き上げて店内を見回していた。
「あ。アスカ、今何が起こったんだ?」
 問われ、ホープに目を落とす。バラしてやろうか。一瞬思ったが、「さぁ〜?」とはぐらかしておくことにした。しかし、よほど会いたくないらしい。
「そうか。……にしても、二人で来ていたのか? ここ」
「そうよ〜。寒い日は温かい紅茶と美味しいケーキに限るもの〜」
「ずるいな、我にも一声かけてくれてもよかったのに」
 そのつもりだったんだけど、と内心で答える。
 誤魔化し笑いを浮かべていると、「その魔鎧」とルーツがホープを指差した。
「本当に、好きなんだな。ここへは落ち着きに来たのだろう? なのに装備しているなんて」
 確かに。ケーキ屋ですべき格好ではない。ごめんね〜、と目でフィルに謝ると、フィルは可笑しそうに笑っていた。
「まだその子とは対面したことがなかったな……いつか顔合わせしたいものだ」
 ホープに、魔鎧に話しかけるように、ルーツが言う。
「…………」
 ホープは黙ったままだった。アスカも、適当なことを言うわけにもいかず、つい黙る。
「あ、そうだ。今日は寒いから晩御飯はお鍋にしようと思う。後でスーパーに付き合ってくれないか?」
「お鍋か。お鍋、いいね〜。行こう行こう」
「何鍋にしようか。ラルム、何か希望あるか?」
「んと……みんなでなかよく、たべられるもの……」
「ラルムらしい」
 ラルムの言う『みんな』には、ホープのことも入っているのだろうな、と思うと。
 ――みんなに心配されてるわよ? ホープぅ。
 何かしらのけじめをつけたらどうかしら、とホープを見遣った。
 ホープは、最後まで沈黙を貫いていた。


*...***...*


衿栖の近況報告に来たの」
 紅茶のお代わりを注いでもらいながら、茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)はフィルに言った。
「本人が報告に来るわけじゃないんだー?」
「忙しいんだって」
「つまーんなーい。たまには女子トークしたいよーって伝えておいて☆」
「うん、わかった。って、フィル、立ち話の方がいいの? 座ればいいのに」
 ちょっと座っていきなよ、と朱里は自分の正面の席を指差す。お気遣いどうもー、とフィルは明るく笑い、椅子を引いた。着席。
「あのね。今、衿栖、自分の工房を持とうとしてるんだ」
「へえー? じゃ、リンちゃんところではもう働かないの?」
「んー。もうすぐ区切りがつくから、って」
「そっか。そういう時期なんだねー」
「もうすぐ春だしね」
「旅立ちの季節ってやつー?」
「あはは。そうそう。たぶん。
 ……うん、だからさー。衿栖、そろそろ告るんじゃないかな?」
「わお。マジでー」
「マジでー」
「腹括ったねー」
 確かに、と頷く。
 自ら、関係が変わるであろうことをする。
 それはきっと、易しいことではないだろうに。
「応援するよ。朱里は、衿栖のこと」
 フィルが、うん、と微笑んだ。微笑み返し、立ち上がる。
「ケーキご馳走様。そろそろ帰るよ、長居すると迷惑になっちゃうから。……あ、みんなへのお土産にケーキ買っていこうかな」
「見繕う?」
「うん、お願い」


「こんにちは!」
 と、『Sweet Illusion』のドアを元気よく開けたら見知った顔がショーケースとにらめっこしていた。
「おや、朱里さん。奇遇ですな」
 どうも、と挨拶するハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)に、朱里は「今から帰るとこだけどね」と笑いかける。
「それは残念」
「ね。だからまた今度、ゆっくり話そ」
「いいですな。その時はまた、ここで」
 短いやり取りの後、朱里はフィルからケーキの箱を受け取って出て行った。
「はい、お待たせー。今日は何を買っていくのー?」
 カウンターから、フィルが人好きのする笑顔を向けてきた。つられて笑顔になり、
「雪の夜のピクニックのお供になりそうなケーキを探しているのですが」
 抽象的なオーダーの相談をもちかける。
「ピクニック? 早いんじゃない?」
「と思いますでしょうな。わたくしもそう思いましたとも」
 あら、とフィルが口元に指先を当てた。疑問符を浮かべて首を傾げる。
 ハルは、お使いを命じてきた人物――未散のことを思い出し、苦笑いを零した。
「実は、ちょっとわがままな子がいましてねえ……その子の無茶振りなんですよ」
 フィルが、「あー」と間延びした声を上げる。思い当たるところがあったらしい。
「けど、こうやって無茶を言ってくれるのも信頼されてる証ですよね!」
「うんうん。私もそう思うよー。私にだけ見せてくれる面っていうか。私だから言ってくれるんだろうなーとか。嬉しいよね!」
「ええ、もちろん!」
 思わぬところに共感できる人がいた。なんだか嬉しくなる。
「本当、その子のためならなんでもしてあげたくなっちゃうんですよ……」
「わかるよー。すっごくわかるー」
「店長さんも、そう思えるくらい大切な方がいらっしゃるんですね」
「うん。だぁいすきな子がいるよー」
「どんな方なのです?」
「どんな? えー、内緒にしておきたいなー」
「よほど大切で、大好きなのですね」
「うん☆」
 とてもイイ笑顔で言うので、その後は何も言えなかった。フィルのアドバイスを聞きながら、ケーキを選ぶ。
 ケーキを買って、店を出ようとした時に。
「すっごく警戒心が強い猫みたいな子」
 と、フィルが言った。はい? と振り返り、フィルを見遣る。
「ハルちゃんはおんなじ感じだから、ちょっとだけ教えてあげるー」
「光栄ですな」
「でも、これ以上は秘密。今日はね。また気が向いたら教えてあげるよー」
「楽しみにしております。では、ケーキ、ありがとうございました」
 お使いも終えたし、予期せぬ話も聞けたし。
 今日も楽しい日になっている。
 ハルは、満足そうに笑った。