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リアクション
chapter.10 三駅目(5)
四駅目には、まだ着かない。
再度述べるが、三駅目と四駅目の間は諸事情により異様に長いのだ。ほんと失敗した。
痴漢車両ではあられもない戦いが起こり、最後尾車両ではパラレル的な戦いが起こったりと激化する戦いの中、丁度中間あたりの車両では、戦いに疲れた者たちが集っていた。
「おほん。えー、御機嫌よう皆様。サバイバルバトルイン鉄道、面白いわねぇ」
改まった口調で周囲に告げるのは、雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)。彼女の目の前には、ずらりと食材が並んでいた。一体彼女は何をしようとしているのだろうか。
リナリエッタは続きを話す。
「でもでも、常にピリピリムードだったら精神がやられて、さらにお腹もペコペコになっちゃうわぁ。てなわけでぇ、今日はサバイバルをしている人にぴったりなレシピを紹介しちゃうわね!」
言い終えたところで、リナリエッタはカメラ目線でウインクし、人差し指をピンと立てた。まるでどこかの料理番組のようだ。
というか、まるでも何もその通り、彼女はなぜかこの場、この状況で、料理をしようとしていたのだ。きっと誰か食べにくる人がいれば、料理を食べさせ、その隙にイクカを取ってしまおうなどと考えているのだろう。
「それで先生、今日のメニューは?」
パートナーのベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)も、完璧にアシスタントポジションだ。
「今日はねぇ、本格イタリア風のサバイバル炒めよ」
「サバイバル炒め! それはまた野性的で美味しそうですね!」
立派にアシスタントとしての立ち回りをするベファーナ。だが悲しいことに、ふたりの料理コント――否、クッキング作戦に食いつくものはまだ現れていなかった。
それもそうだ、このシチュエーションで他人がこれ見よがしにつくった物を食べたがる奇特な者がいるだろうか。
「やぁ! そこのお嬢さん! 今から料理作るんか?」
いた。
リナリエッタのところに無防備にもやってきて声をかけたのは、日下部 社(くさかべ・やしろ)だった。実はこの男、乗車前は一番目立っていた。
最初の駅に電車がまだ止まっていた頃、社は「へい! その電車! 俺を空京まで乗っけてってくれへんか?」とホームで親指を立てながら声を張っていたのだ。
通常なら「ヒッチハイクかよ!」「電車だよこれ!」くらいの声がかかってもいいのだが、いかんせんこの時は皆ロイテホーンにしてやられた直後で、若干気が立っていた。そのため、社のボケに付き合う心のゆとりがなかったのだ。
そのため彼が放ったこの渾身のボケは、冒頭でピックアップされることもなかったという。
そんな不遇を乗り越え、今彼はここにいる。
何のために? 決まっている。イクカを奪うため。終点まで乗り続けるため。否、そうではない。
ひと夏のアバンチュールを求め、一発いてこますためである。
とはいえ彼にはちゃんと思い人もいる。きっとこの夏の陽気のせいで、魔が差したのだろう。まだ夏じゃないけど。
「そうよぉ。出来たらぜひ食べてってね」
「もちろんや! そうそう、俺も偶然食材持ってるんや。良かったら使ってくれへんか?」
リナリエッタの言葉にそう返した社が取り出したのは、生卵だった。本当は冷凍みかんが欲しかったけれど、引き当てられなかった。
だがその名残りか、もしくは主催者側の気まぐれな嫌がらせか、社に渡された生卵だけ、なぜかキンキンに冷えていた。
「これ、冷たいけど……」
「まぁそんなん気にせんでほら」
微妙に拒否するリナリエッタに、社は半ば強引に生卵を渡した。そして彼はここぞとばかりに、乗車中思いついたとっておきの口説き文句を告げた。
「大丈夫、冷たくなった手は、俺が温めたるから。な?」
しいんと、電車に静寂が訪れた。
できれば彼には、女性の手より場の空気を温めてほしかったものである。リナリエッタは反応に困ったので、とりあえずスルーして料理に移ることにした。
「まず、オリーブオイルでスカイフィッシュの干物を戻すわね。この時、スカイフィッシュのうま味が含まれたオリーブオイルは残しておくのがポイントよぉ」
「なるほど、オリーブオイルが大事なんですね」
ベファーナの相槌を受け、リナリエッタは続けた。
「次にどぎ☆マギノコをざっくり切って、スカイフィッシュの干物と一緒にオリーブオイルで炒めて……あれ?」
と、ここでリナリエッタの手が止まった。ベファーナが首を傾げると、彼女は「しまった」といった顔で言う。
「フライパン、持ってくるの忘れちゃったわぁ……」
なんというイージーミス! まさかの調理器具忘れである。すかさずここで、社が名誉挽回に出る。
「安心してええで! さっきも言ったけど、全部俺が温めたるから」
「あ、うん温めるっていうか炒めたいんだけどね」
挽回ならずだった。フライパンイコール温めるの発想がもうダメである。というかリナリエッタの説明を聞いてなかったのかよという話だ。
「困ったわねぇ……」
社はもう気にしないことにしたが、リナリエッタは腰に手を当て、悩んだ。作りかけのまま止めるのもなぁ、と彼女は残念そうな表情だ。
すると、そこに救世主が現れた。
「お、お師匠様、やっぱり心細いです……」
「何を言う! 我輩がいるのだ、もっと堂々としておれ!」
そんな会話をしながらリナリエッタの車両に入ってきたのは、リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)とパートナーのアガレス・アンドレアルフス(あがれす・あんどれあるふす)だ。
リースは、びくびくと落ち着かない様子を見せている。アガレスはそんなリースに活を入れるが、それでもリースの不安は拭いきれない。何を隠そう、アガレスはパッと見、どう見てもただの鳩なのだ。別に鳩もアガレスも軽んじるつもりはないが、このサバイバルでは一緒に行動する人がもう少し欲しいと思うのが自然だろう。
そんなふたり――ひとりと一匹? がなぜ救世主なのか。それは、リースが持っていたクジ引きのアイテムだ。
彼女はなんと、偶然にもフライパンを引き当てていた。それを見た瞬間、リナリエッタの顔が明るくなる。
「ねぇねぇ、そのフライパン、ちょっとでいいから貸してくれなぁい?」
突然話しかけられ、びくっとなるリース。当然警戒心もあるため素直に首を縦には振らないが、リナリエッタに事情を説明され、「そういうことなら」と差し出した。
元より誰かと共に行動したかったリースは、これをきっかけに目の前のリナリエッタと一緒に行けたら、と考えたのだ。派手な出で立ちだが悪人には見えないし、いざとなればお師匠様もいる。他の理由も、大方そんなとこだろう。
「貴公、もしも下手な真似をすれば、この白の剣の錆となると思え!」
「?」
リースをより安心させるため、また釘をさす意味でもアガレスが堂々とした物言いで告げる。が、リナリエッタの視界には入らなかったようで、「なんか守護霊でもいるのかな」程度に思われただけだった。
ともあれ、無事フライパンを手に入れたリナリエッタは、クッキングを再開した。
「じゃあ続きよ。オリーブオイルで炒めたスカイフィッシュの干物とどぎ☆マギノコがしんなりとしてきたら、塩胡椒で味付けしてねぇ。そして、ここからが大事よ」
言って、リナリエッタが取り出したのは、硬焼き秋刀魚だ。
「これは、あらかじめオリーブオイルに漬け込んであるから、身をほぐすだけね。ほぐした後は、さっきつくったこれに乗せて」
「先生、さっきからやたらとオリーブオイルが出てきますけれども」
「料理ってそういうものよ」
「あと、塩コショウかなり量かけましたけれども」
「こういうのはファサーってやっちゃっていいの」
豪快な味付けをベファーナにつっこまれつつ、リナリエッタは仕上げにかかった。
「それで、最後にこれも大事! 風味付けに、オリーブオイルよ」
「まだかけるんかい!」
これには思わず、社も口を挟まずにはいられなかった。
こうして出来上がったリナリエッタの料理であったが、想像以上にオリーブオリーブしたものとなっていた。何かの料理番組に影響でも受けてしまったのだろうか。
まあでも「雷霆スマイル」とか言い出さなかっただけマシだと思うことにしよう。
「さあ、食べて食べて」
リナリエッタが率先して盛り付け、その場にいた全員に振舞う。そして、自分の分もよそうと、真っ先にそれを口に運んだ。
「うん、これはうまい!」
二つの意味で、それは毒見だった。騙そうとして変なモノを混入していないよというアピールと、見た目に反してオリーブオリーブしてないよという。
それを見て安心したのか、ひとり、またひとりと料理を口にしていく。概ね、彼女の料理の評判は上々だった。
和やかな会食ムードの中、ふと社が気になったことを聞いた。
「そういえばパッと見、イクカを表に出してへんみたいやけど、皆ちゃんとうまいこと隠しとるんやなあ」
一緒に食事をし、ちょっとした仲間意識が芽生え始めたのだろう。社のそんな言葉にも、訝しがることなく、リースはイクカの在り処を告げた。
「あ、私はお洋服のな、中に……」
言って、服からすっと出してみせるリース。ここまでは実に平和的だったのだが、続くベファーナが、やらかしてしまう。
「ふふ、知っていました? カードって、ぶらさげていればどこでもいいみたいですよ」
「え?」
意味深なベファーナの発言に、一同が短く声を上げる。と、ベファーナは何を思ったか、急に股間のあたりをもぞもぞさせ始めた。
「私は、ここにカードをぶらさげてます」
「!!?」
曲がりなりにも百合園の生徒が、そこにぶら下げる!? ていうか男装の麗人って名乗ってる人じゃないっけ!?
あらゆる疑問が沸き起こるが、ベファーナは一笑に付して平然と言い放った。
「まあ、気合と根性でこういうのってどうとでもなるじゃないですか」
ならない。そこに何かが隠されているか、さもなくばリアルに生えているかのどちらかしかないのだ。
「き、気合と根性って」
「ほらほら、そこの殿方、私のどこにカードがぶら下がっているか、知りたくないですかぁ?」
調子に乗ったベファーナが、下半身をふりふりさせる。この時点で、アガレスは見切りをつけていた。
「なんという下劣な男よ! 許せん!」
怒りを込め、声を荒げるアガレス。が、悲しいかな鳩サイズの彼の怒りに気づくものはいなかった。小さくて。
「なんか天の声でも聞こえたのかな」と思われただけだった。
だが、たとえ小さくともそこは剣を持った勇敢な戦士。アガレスは、ベファーナに剣の一撃を見舞った。サイズ的にそれは、ちょうどベファーナのお尻に剣の切っ先がヒットする形となってしまった。
「っっっ!!?」
ベファーナは飛び上がるほどの刺激に襲われ、失神した。いきなりパートナーが倒れては、さすがにリナリエッタも穏やかではいられない。
元より、ここにいる全員からイクカを奪おうとしていたのだ。タイミングが少しずれただけの話なのだ。
「一応、私のイクカもそこにあったんだけど」
言って、ベファーナの股間を指差すリナリエッタ。その瞳は、さっきまでとは違い冷たさを含んでいた。いち早くそれを察した社は、「ここしかない!」とリナリエッタの前に出た。
「お嬢さん、そんな冷たい瞳は似合わへんで〜。そうや、その冷たい瞳も俺が温めたるから」
「うっさい!」
ボフ、といい感じの一発が入り、社は車両のドアに叩きつけられた。
「う……」
ふら、とよろめく社。たぶん彼は、「温めたるから」って言いたいだけなんだと思う。そして、アガレスとリナリエッタのこの攻撃が呼び水となり、さっきまで仲良く食事していた一同は、争い合うことになってしまった。
ふとしたことで争いは起こってしまう。人は、争うことを止められない。なんと醜い生き物なのだろうか。こうして争いが起こっている今この時ですら、きっと世界のどこか別の場所で違う争いが起きているのだろう。
争いの連鎖は、止めることはできないのだろうか。この醜い世界の、醜い生き物たちの。
という話をしている間に、争いは終わっていた。
ダイジェストで振り返ると、必死にフライパンで頭を守るリースや、パンをこんがり焼けるほどの温度を放つ魔法を繰り出したアガレス、しびれ粉で対抗するリナリエッタ、それぞれがそれぞれの技を競い合い良い勝負となっていたが、結局みんなやられてしまった。
そう、争いはこうして犠牲者を増やすだけなのだ。平和って大事だよね。
ということでリナリエッタ、ベファーナ、リース、アガレス脱落。
しかし、ただひとり。
「ううん……あれ?」
序盤に戦線を離脱していた社だけが、幸運にも生き残っていた。漁夫の利で四名分のイクカを結果手に入れることになった彼は、性懲りも無く次なるアバンチュールを求め再び車内を徘徊するのだった。
【残り 28名】
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