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終点、さばいぶ

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chapter.11 三駅目(6) 


 ようやく、というべきかついに、というべきか、四駅目の近くまで電車が進んだ。
 長い駅間であった。でもまあ、イクカの残高上これは仕方ないことなのだ。

 あれだけいた乗客も、いつの間にか三分の一ほどにまで減っていた。とはいえ、やはりこれだけ乗客がいると、行動は自然と似通ってくるものである。
 クジで大人のDVDを当てていたリクト・ティアーレ(りくと・てぃあーれ)は、他の者がやっていたように、それを餌にしてイクカを手に入れようとしていた。
「んー、思ってたよりうまくいかないなー」
 しかし、彼はがっくりと肩を落としている。彼の作戦は今のところ、不発に終わっていた。
「これ貸すから、イクカ譲ってくれよ」
 それが、リクトの交渉だ。まあこの状況でそれを呑むものはいないだろう。無論リクトもそれは織り込み済みで、拒否する者には急所蹴りも辞さない覚悟であったが、なにぶん現時点で車内の男女比は大分女性に偏っている。
 つまり、リクトが望むようなターゲットに出くわすことが極端に少なかったのだ。
 そうしてギリギリまで追い詰められた彼がようやく遭遇した相手、それがクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)だった。
「え、なんだろーあいつ……」
 最初に向こうから歩いてくるクドを見つけた時、リクトは思わずそう言葉を漏らした。何を隠そう、クドは、電車という公共の交通機関の中でも、堂々とパンツ一丁で歩いていたのである。
 さらに驚くべきは、その股間部分だ。
 クドは、ベファーナが似たようなこと――あるいは同じことをやっていたように、その股間にイクカをぶらさげていた。しかも、クドはそれによって上機嫌になっていた。
「いつもひとりで淋しい思いをさせていましたからね。やっと君にも、友達をつくってあげられました」
 自らの股間にそう話しかけるクドは、紛れもなく変質者だった。言ってることだけはちょっとかっこいいのが、また腹がたつ。
 ただ、尊敬すべき点もある。クドは乗車してからここまで、ずっとこの場所にイクカをぶら下げてきた。それはどういうことか?
 彼は、その部位がずっとイクカを「ぶら下げることができる」状態に保っていた、ということだ。これは脅威の持久力であり、賞賛に価するだろう。
 さらに驚くべきは、クドのはいているパンツだ。これには、大いなる秘密が隠されていた。
「まーいっか、とりあえずせっかく見つけた男の客だし、やってやるぞー!」
 クドのその秘密に気づくはずもないリクトは、勢い良くクドの前へと駆けていった。
「なあなあ、いきなりだけど話があるんだ!」
「な、なんですか?」
 堂々と正面から話しかけるリクトに一瞬クドが驚く。その様子を見て「勢いで押しきれるかも」と踏んだリクトは交渉へと移った。
「これ、なんだと思う?」
 言って、クドの前に例のDVDを持ってくる。
「お、おおこれはっ……!」
 クドがカッと目を見開いた。同時に、ぶら下がっていたイクカが揺れる。その反応を見て、リクトは確信した。
 ――こいつはいける感じがするぞ!
「なかなかすごいパッケージだろー? これ内容もすごいんだぞ? 見たいよなー?」
 こくこく、とすごい勢いでクドは首を立てに振った。
「じゃあこれも何かの縁だし、貸してやろっかな」
 言って、リクトはすっとDVDを渡す素振りを見せる。受け取ろうとするクドは、隙だらけだった。リクトが狙っていたのは、この瞬間である。
「なーんて! 本当に貸すわけないだろー!」
 素早くDVDを引っ込め、リクトが思いっきりクドの股間を蹴り上げた。これでこの男のイクカはゲットだ、そうリクトが内心ほくそ笑んだ時だった。
「……お兄さんを、騙したんですね?」
「!?」
 目の前のクドは、倒れるどころか、痛がってすらいなかった。これにはリクトも驚きを隠せない。そう、これが、クドのパンツの秘密なのだった。
 彼は、クジでパンツを引き当てていた。
 これはもうはくしかないということで、クドは乗車するや否や、自らのパンツの上からパンツをはいたのだ。つまり現在クドは、パンツオンパンツ。最新鋭のデュアルパンツ状態なのだった!
 堅固な要塞と見間違えてしまいそうなそのデュアルパンツは、たとえこの世のすべてを貫く矛であろうとも弾き返してしまいそうな強靭さを想起させる。それほどまでに、デュアルというのはすごい。らしい。
 まあ実際は、龍鱗化であの部分を強化しているっていうのが大きいんだろうけど。
「な、なんでだよー!?」
 すっかり混乱してしまったリクトは、二度、三度とクドの股間を蹴り上げる。時には握りつぶそうとすらした。しかし、クドのデュアルパンツはそれらすべてを防いでいた。
 イクカを股間にぶら下げるという発想だけなら他にもいた。が、デュアルパンツになるということを誰が思いつくだろうか。まさに発想の勝利である。
「くっ、くそー……!」
 いくら打撃を与えても一向に痛がらないクドを見てリクトは、すっかり自信をなくしてしまった。フルパワー股間キックがノーダメージでフィニッシュなのだ。無理もない。
「はぁ……はぁ……俺、そんなに非力なのかー……」
 かつてないショックを受けたリクトに、戦う意思と気力はもう残っていなかった。
「ふふ、お兄さんの勝ちですね。では、これはもらっていきますよ」
 言って、クドはリクトからイクカを中心に色々なものをかっぱらっていった。その中にDVDがあったのは、言うまでもない。
 そしてさらにクドはその後、最後尾車両を切り離したノアと出くわす。彼の姿と状態を見たノアは、「やっぱりこの列車には変な人しかいないんですね……」と言葉を漏らすと同時に、この人も精神病院いくのかなあ、と思った。
 ノアはそんな思いを抱いたことで、この列車の行き先が精神病院であるという疑いをより強めていた。
「あれ……でもそれって、私まで連れていかれるってことですよね?」
 ノアは、この先を想像すると怖くなった。
 もしや、周りに変な人が多すぎて、自分まで変になってしまったのではないかと。さらにそこへ、股間絶好調のクドである。
「どうしました? 何か怯えているみたいですけど、お兄さんでよければ力になりますよ?」
「い、いやぁあああああ!!」
 クドのその言葉が余計に怖く感じられ、ノアは慌てて電車から飛び降りた。
 リクト、ノアの二名がここで脱落。



 嵐は、忘れた頃にやってくる。
 四駅目までもう残り僅かという、そんな時だった。
「こんにちは、お元気ですか? ティフォンです」
 礼儀正しい挨拶と共に、再びティフォンが電車の外に登場した。
「おめーさっきも来ただろ!」
「お前が来たことで元気なくなったよ!」
 口々にティフォンへの不満を漏らす乗客たちだったが、そんなことティフォンはお構いなしである。
「久々なので、ちょっと張り切っちゃいます」
「いいよ張り切らなくて!」
「むしろ帰れよ!」
 そんな罵詈雑言が飛ぶ中、スウェル・アルト(すうぇる・あると)は物怖じすることなく真っ直ぐティフォンに一番近い車両まで進んだ。
 窓から、ティフォンを見上げる。高い。スウェルは思った。
 ――顔の辺りまで登ると、きっと見晴らしが良いのだろうと。
「ライオリンも、登り心地が、良かった」
 ぼそりと、スウェルが呟く。
 どうやら彼女は、以前その名前の珍獣と出くわした際によじ登った時の感動が忘れられないらしい。スウェルの目は、ティフォンの頭に向いていた。
「ス……スウェル?」
 花妖精のパートナー、ランタナ・チェレスタ(らんたな・ちぇれすた)は嫌な予感がして、こわごわと名前を呼んだ。彼女の言わんとしていることを察したのだろう、スウェルは大丈夫とでも言いたげな顔でランタナに対し口を開いた。
「あの頃よりも、私は、少しだけ、学んでる。誰かに関わる物事を行う時は、承諾を得ないと、いけない」
 そう、彼女はこれまで、割と無許可で遠慮無く珍獣にまたがってきていた。しかし月日が立ち、スウェルは成長したようだ。
 失礼がないように、頼む時は丁寧な態度で、承諾を。
 スウェルは言い聞かせるように心の中で反芻する。同時に、ティフォンが爪で電車の窓を突き破った。
「っ!!」
 周囲に破片が飛び散り、乗客は慌てだす。しかしスウェルはむしろこれ幸いとばかりに、割れた窓から外へ体を乗り出し、ティフォンと顔を合わせた。
「……」
「……」
 しばし、見つめ合うふたり。ティフォンがやがて口を開こうとしたが、それよりも少しばかり早く、スウェルが声を出した。
「スウェル・アルトです」
 そう名乗り、深々と頭をさげる。確かに丁寧な態度だ。ティフォンもつられて、挨拶を返した。
「あ、どうも、嵐を起こすもの ティフォンです。大学の学長をやっています」
 また、少しの沈黙。自己紹介の後の話し出しとは、大体こんなものである。スウェルは何かワンクッションとなる話題を探ろうとも思ったが、目の前にあるティフォンの頭を見ていると、登りたい衝動がもう抑えきれなくなり、早速質問をしてしまった。
「……登って、良い?」
「はい?」
「登って、良い?」
「え、どこに」
 要領を得ないティフォンに、スウェルがぴしっと指差す。それは疑いようもなく、彼の頭頂部を示していた。
「ここにですか!? いやそれはちょっと……学長の威厳とかそういうのもあるんで」
「登って、良い?」
「……」
 ダメだ、この子、何言っても聞かない。ティフォンは思った。その質問、意味あるのかなと。
 沈黙を続けるティフォンを見て、「承諾を得られなかった」と判断したスウェルは、とうとう強攻策に出た。つまり、勝手によじ登るのである。
「スウェル! 最終的にそうするの!? 学んでない! それどう考えても学んでないわ!!」
 慌てて止めようとするランタナだったが、こうなったスウェルを静止させることはもはや不可能である。
「きっと、見晴らしが、良いはず」
 電車からティフォンの胴体に飛び乗ったスウェルは、早くも登頂を始めていた。
「……ティフォン学長、怒ったりしないかしら」
 ランタナのそんな心配を背に受けて。

 スウェルが首付近まで登ったあたりで、ティフォンが声を出した。
「あの、振り落としていいですか」
 だが、スウェルは首を横に振る。意地でもてっぺんを目指すつもりだ。心配になりスウェルの肩に飛んできたランタナが、代わりに返事をした。
「すみません、すぐ降ろすので……ほらスウェル!」
 耳元でそろそろ止めるよう促すが、もちろんノーリアクションだ。仕方なくランタナは、後でお詫びをするため、ティフォンの好物でも聞くことにした。
「ところで、ティフォン学長の好きな食べ物とかは……?」
「好きな食べ物? ええと、肉です」
 言って、ふたりを見下ろすティフォン。その答えが妙にリアルで、怖かった。しかしスウェルはそんな言葉にも動じない。
 もうどうしようもないと、ティフォンがスウェルを振り落とそうとした時だった。
「ティフォン学長!!」
 威勢の良い声が、辺りに響いた。ティフォンが声の主を探ると、電車の天井部分に、天空寺 鬼羅(てんくうじ・きら)が仁王立ちしているのが見えた。
「なんですか?」
 至って普通のテンションで返すティフォン。その余裕が、鬼羅の怒りを一層煽った。そう、彼は、怒っていたのだ。
「てめぇ、ゆるせねぇ!!」
「え?」
 突然喧嘩腰で睨まれ、ティフォンは思わず聞き返した。鬼羅は、怒りの理由を告げる。
「そんなでけぇ図体して、オレより目立ちやがって……!!」
 どうやら鬼羅は、ティフォンの人目をひく外見に憤っているようだ。とはいえ、セーラー服で電車天井に立っている彼も相当目立っているはずだが。
「ゆるせねぇ……しかも常に、常に全裸で!! 全裸の上にでけぇ図体で目立ちやがって! ゆるせねぇ!!」
「全裸……?」
 言われてみれば、ティフォンはノー衣服だ。本人にその意識はなかったが、鬼羅としては許せないポイントなようだった。もうここまでくると、ほぼ言いがかりである。
 何しろ、「全裸なんて破廉恥、許せねぇ」ではなく「全裸で目立つなんて許せねぇ」なのだから。絡まれた方は、溜まったものではない。
「そう言われても……」
「ええいグダグダ言うんじゃねぇ! こうなったら勝負だ!!」
「勝負?」
「そうだ、勝負して、てめぇをぶっ倒して、それでオレの方が露出卿として上だということを思い知らせてやる!! 嵐を起こす紳士として!!」
 ティフォンは、頭が痛くなってきた。別に自分は露出が趣味のつもりはない。なのに勝負しろという。そもそも、露出卿だの嵐を起こす紳士だの、自分の理解を超えている。
「よく見てろ!! これがオレのマグナムだ!!」
 さらに鬼羅は、がばっとセーラー服を脱ぎだした。褐色の肌が顕になる。もうこの言動の前では、そもそもセーラー服がおかしいだろなどという疑問は吹っ飛んでしまう。
「さぁどうした!? てめぇのデリンジャーをここに出せ!! どっちが大きいか、勝負だ!!」
 えぇー、とティフォンはひいた。勝負って、そういう勝負なんですかと。まあ彼が脱ぎだした時点で嫌な予感はしていたけれども。
 ティフォンが眉間にシワを寄せたのを見て、鬼羅は臆したと思ったのか、さらに挑発した。
「漢なら引き下がるわけはあるまい!? とっとと拝ませやがれ!!!」
「えっと、い、嫌です」
「なんだとぉ!? てめぇ、露出卿の風上にも置けねぇな!!」
「そ、そんなものになった覚えないです。もう無理です。ほんとキツいです」
 ティフォンが「もうこの人そろそろ無視しよう」と方向転換しようとする。鬼羅はだがしかし、諦めない。無視しようとするなら、無視できなくさせるまでだ。
「この野郎もう我慢ならねぇ!! くらいやがれぇぇぇぇ!!! うおぉぉおおおおおおおお!!! オレのマグナ……」
 ばしん、と小気味良い音がして、鬼羅の声は途切れた。あまりにひどいと判断したティフォンが、その翼で引っ叩いたのだ。
 鬼羅は、断末魔を上げる間もなく電車の側面に叩きつけられ、気絶した。全裸のまま。まあ彼にとっては一番幸せなやられ方だろう。きっと。
 鬼羅、至高の脱落。

「な、なんだかさっきからすごい音がしてるね……?」
「なんだろう、外の方から聞こえるけど」
 リキュカリア・ルノ(りきゅかりあ・るの)とその契約者、五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)は、一連の騒音に反応し、そんな会話を車内でしていた。
 彼らはまだ、ティフォンの襲来に気づいていない。
「そういえば、東雲、何を引き当てたの?」
 故にか、こんな時でも、話の内容はそんなまったりしたものだった。ちなみにリキュカリアのアイテムは、ハサミだ。
「俺は……」
 言って、東雲はごそごそとアイテムを取り出した。出てきたのは、ティッシュボックスだった。
「それただの身だしなみじゃん!」
「知らないよ」
「もうー! 危機感持ちなよ東雲! キミ、自分の貧弱さ分かってる!?」
「……じゃあなんで連れてきたんだよ?」
「え、それは」
 少し沈黙の後、「今後の参考のために」と答えるリキュカリア。「何を参考にするんだ」と東雲は解せぬ様子だったが、それよりも外の騒音の方が気になってしまった。
 そう、この時危機感を持たなければならなかったのは、東雲だけではない。リキュカリアもだったのだ。
「あっ、ねえアレ見て東雲!」
 不意に、リキュカリアが声を上げた。彼女が指差したのは、車窓の向こう側。その方向を東雲が見ると、そこにはティフォンが今にも電車に攻撃してきそうなオーラを携え羽ばたいていた。
「アレは……関わらないほうがよさそ」
「あそこ、行ってみようよ!」
「……本気?」
 怪訝そうな顔をする東雲の腕を引っ張り、リキュカリアが外へと身を乗り出す。
 彼女の本来の目的からしたら、その行動はおかしいとは言い難かった。
 今回のバトルロワイヤルに参戦したのも、体の弱い東雲を守るには、自分をもっと鍛えたいと思ったからだ。その点で、目の前のティフォンは、鍛錬の相手としては申し分ないだろう。
 が。いざティフォンを目の前にすると、やっぱりちょっと怖かった。迫力がありすぎたのだ。
「……東雲、この大きさ反則じゃない?」
「だから関わらない方がいいって言ったのに」
 冷や汗をかくリキュカリア。さらにその目に飛び込んできたのは、いつの間にかティフォンの後頭部まで登っていたスウェルだった。
「あ、あの女の子、こんなおっきい生き物を乗りこなしているの!?」
 それは、リキュカリアにとってカルチャーショックだった。もしかして、自分はめちゃくちゃ弱くて、他の皆は軽々とあのくらいの芸当が出来るのではと勘違いしてしまったのだ。
 しかし、東雲の見方は違っていた。
「いや、思うにアレはたぶん召喚してるんだよ。この大きな生き物も、どこかから呼び出された霊とかじゃないかな」
「れ、霊……!?」
 信じがたい、といった表情でリキュカリアは東雲を見る。そう改めてリアクションされると、東雲としてもつらい。割と思いつきで、適当言ってしまっただけなのだから。
 しかし、ここまで言ってしまったからには引き下がれない。東雲は、仕方なく霊を鎮める歌を歌うことにした。
「鎮まりたまえー、鎮まりたまえー」
 ディーヴァである東雲の鎮魂歌は、しゃくりがうまい具合に入っていて上手かった。ただティフォンからしたら、勝手に霊扱いされてたまったものではなかった。
「……あの」
「れ、霊が喋ったー!?」
 びっくりして飛び上がるリキュカリア。そこに、頭上からスウェルの声が降ってくる。
「これは、霊じゃない。言うなれば、シャンバラ・レールウェイズ、ティフォン駅」
「ティフォン駅……駅!? これが!?」
「いや、駅じゃないです」
 霊の次は駅か。ティフォンはなんだか疲れを感じてきた。なんで駅なのか、意味が分からない。と、スウェルがアイテム「メモ帳」を取り出した。
「ここに、サイン、ほしい」
「サイン……?」
「登った、記念に。駅で時々見かける、あのスタンプのように。だから、駅」
「……結局、霊? 駅?」
 もどかしい感覚に襲われた東雲が、ティフォンに問いただす。ティフォンは思った。
 何その二択、と。霊か駅かで迷うこと、ある? と。
「これ以上話をややこしくしてもアレなので」
 このへんで収集付けないと、とティフォンが大きく体を捻り、翼を振るった。その横薙ぎの一閃で、東雲とリキュカリアは気を失ってしまったのだった。
 ギリギリまで登っていようとスウェルも粘るのだが、そこは嵐を起こす者ティフォン。たかだか少女ひとり振り落とせないようでは、嵐は起こせない。
 ということで、スウェル、そして肩に乗っていたランタナも、地面に落とされるはめになった。
「ふう……あ、あとその車両の下に隠れてる人、残念ですけど、見つかってます」
 続けざまにティフォンが狙いを定めたのは、ひたすら車両下に潜伏しポイント切れでも終点まで乗ろうとしていた綾乃だった。
「……ダメなんですかこれ」
「当たり前です」
 タダ乗りは許さない。そのためのティフォン学長なのだ。爪の先でちょちょいと小突かれ、綾乃はボトっと地面に落とされた。ティフォンはふう、と息をひとつ吐いた。役目を無事果たした男の顔だ。
 そして彼は、別れの挨拶を告げた。
「ではまた、いつか嵐を起こしにきますね」
「もう来んな!! マジで!!」
 満足そうに去るティフォンの背中にかかる声は、残った乗客たちの非難の声であったという。
 東雲、リキュカリア、スウェル、ランタナ、綾乃、脱落。
【残り 20名】