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リアクション
それぞれが準備を整える中、天幕からやや離れた物陰に、数人のグループが固まっていた。
「さて、いよいよみたいね」
シェリエ・ディオニウス(しぇりえ・でぃおにうす)が呟く。今回協力することについては、ルドルフにはすでに申し入れ済みだ。
もっとも、彼女たちの目的はレモではない。あくまで、フルートを手に入れることにあった。
「さっきの人たちと一緒に、先に入っちゃえばよかったんじゃない?」
パフューム・ディオニウス(ぱふゅーむ・でぃおにうす)があっけらかんと言うのに、「やめておきなさい」とフェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)が釘をさした。
「……レモとかいうショタ坊主に会う奴についていくほうがいい。色々細工されていても、元々は薔薇の生徒の領域。……なら、案内役としては無知な私達よりいくらかはアテになる」
そう口にしたフェイは、無表情のまま、シェリエのポニーテールに結い上げた髪に触れている。
「くすぐったいわ、フェイ」
シェリエは苦笑するが、フェイはやめる気はないらしい。
「フェイちゃんの言うとおりだと思いますわ。わたくしたちは、あくまで協力者。目立たぬように振る舞ったほうが、よろしいかと」
ディオニウス三姉妹の長女、トレーネ・ディオニウス(とれーね・でぃおにうす)が、おっとりした口調で賛同を示す。
「そうだな。そのためにも、オペラハウスに侵入することは伏せておいたほうがいいだろう。俺たちは外周の支援攻撃をすると申請済みだ。そっちは?」
「ワタシたちは、薔薇の学舎の生徒さん方の護衛、としたわ。実際、そうするつもりだしね」
「そうか」
匿名 某(とくな・なにがし)は頷いた。おそらく、レモの突然の乱心は、あのフルートに原因がある。
とはいえ、ルドルフから頼まれているのは、あくまでレモを救い出すこと。フルートの奪還については、別の話のはずだ。
「原因解決に貢献できたら野郎達から感謝され、楽器は手に入って三姉妹は満足。一石二鳥だ……やろうどもの感謝はいらないがな」
「感謝なんて、おこがましいですわ。……あえていうなら、利害の一致、ですかしら」
「なるほど、利害の一致、ですか。ものは言い様な気もしますけど」
そう、彼女らの会話に割って入ったのは、湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)だった。傍らには、エクス・ネフィリム(えくす・ねふぃりむ)とディミーア・ネフィリム(でぃみーあ・ねふぃりむ)、セラフ・ネフィリム(せらふ・ねふぃりむ)の三人もひかえている。
「あなたたちは……」
見知った顔の登場に、シェリエはほんの少し驚いた顔をする。
「今度の目的は、あのフルートでしょう? ただ、今度はまたずいぶんと派手です。手を貸そうかと思いまして」
「シェリエ」
どうする? とフェイがシェリエとトレーネの表情を伺う。
「かわりに、情報がほしいだけです。作戦を立てる手助けにもなりますし、どうですか? 悪い取引じゃないと思いますが」
「なにが知りたいの?」
「ストラトス楽団の楽器について、です。あのフルートは、とても普通とは思えませんが」
「…………」
シェリエはすぐには答えない。そんな彼女らを、凶司は値踏みするような目で、めがね越しにじっと見つめる。
「ま、答えなくても個人的に手助けはしてあげるけどねん。解決の糸口探しと少しの興味ってとこ」
あえて茶化した口調で、セラフがそう言い添えた。
「でも……私も、気になってる。ショタ坊主は楽器に支配されたっていう。そんな危険な楽器を集め続けて、シェリエたちは大丈夫なのか?」
無表情ながら、心から案じている様子のフェイに、トレーネが穏やかに微笑みを返した。
「わかりましたわ。……あのフルートは、おそらく、ストラスト楽団で使用されていたものですわ。ストラスト・フルート。そう呼ばれていますわ」
「それには、特別な力がある、と?」
「魔力を帯びているのは確かですわ。ですが、……今回は、特殊なケースと思われますの」
「特殊?」
エクスが小首をかしげると、トレーネは頷いた。
「ええ。おそらくは、レモという少年の持つ力と、フルートの魔力が共鳴して……このような事態になったのかと思われますわ」
そう口にすると、トレーネの視線は、低い雲と霧が立ちこめたオペラハウスに向けられる。
「ねぇ、パフューム。元々の送り主とかは、知らない?」
エクスの問いかけに、パフュームはふるふると首を横に振った。
「それは、全然。あたしたちも知らないんだ」
パフュームの表情や、トレーネたちの様子からいっても、嘘をついているようではない。もっとも、もし知っていたら、こんな大事になるまえに、そちらにあたっていただろう。
「結局、つっこんでいって、レモって子からフルートを引きはがす。それしかないんでしょ」
ディミーアが、つっけんどんな口調でまとめる。確かに実際、そういうことなのだ。
「そういうことね」
シェリエは頷き、表情を引き締めた。
一方、その頃。
「これが、その音楽ってわけ?」
「ええ、そうです」
軍用車に搭載したCDデッキから、おごそかな楽団の音色が響く。それを、煙草をくわえ、叶 白竜(よう・ぱいろん)は静かに耳を傾けていた。
「へー、まぁ、オレにはそういうお行儀いい音楽の善し悪しとかわかんないけど」
世 羅儀(せい・らぎ)もまた、愛煙の煙草に手を伸ばしつつ、そう肩をすくめる。ギターやハーモニカで演奏をするのは好きだが、クラシックに詳しいわけでもない。
楽団の名前は、ストラスト楽団。今回の騒動の原因であるフルートもまた、この音色のなかにある。少し調べたところ、CDはどこでも手に入るものだったので、こうしてタシガン市街の店で買い求めたというわけだ。
「別に、なんてことないな」
「そのようですね」
白龍はともかく、羅儀は精神面で影響を受けやすい部分がある。だが今のところ、彼はまったく平然と、紫煙を立ち上らせていた。
「つまり、あのフルートは、レモの手にあることによって、その影響力を最大限に引き出している……というところですか」
白龍はそう結論をつけると、煙草を消した。そろそろオペラハウス方面に戻る時間だ。
「で、ルドルフ校長には報告するのか?」
「もちろんです。……不思議な話ではありますが」
ルドルフならば、むやみに疑ったりはすまい。それはわかっている。
このCDを購入する前に、白龍が調べていたのは、フルートの送り主についてだった。楽器の調査については、現在はエネルギー装置付近にいる、黒崎 天音(くろさき・あまね)からの依頼でもある。
だが、その結論は、不可思議なものだった。
送り主は、案外すぐに判明した。タシガンに住む、古い貴族の末裔だ。ただし現在は没落しており、かつての財はほとんど逸してしまっている。そのため、現状に不満を持ち、ウゲンを未だ信仰し続けるという面もあったらしい。
だがそれも、かつての話だ。……その人物は、すでに死んでいた。しかも、ストラスト・フルートがレモに贈られたのは、その死亡直後だったのだ。
冷静に考えれば、持ち主の死後に、勝手に誰かがやったことなのだろう。
だがしかし、それはまるで、フルート自身が、不甲斐ない主人を見放し、自らレモを選んだかのようでもあった。
――己の呪われた力を、思う存分にふるうために。
タシガン市街から離れた、山間のとある谷に、その施設はある。
エネルギー装置『カルマ』の眠る場所は、以前とはかなり様変わりしている。かつてはなにもない、荒涼とした谷であったが、今は周辺の整備も進み、それなりの規模の研究所も作られている。
もっとも、いまだ『カルマ』の制御に関しては不明瞭な点も多く、実用にはとうてい至っていない。そして、なにより……。
「かなり、増えてきているようだね」
研究所の上層階の一室から、窓の外を見下ろし、黒崎 天音(くろさき・あまね)は呟いた。せんだって研究所に到着したハルディア・弥津波(はるでぃあ・やつなみ)からも、周辺の変化については報告を受けている。
レモがオペラハウスを占拠してすぐは、ここの近くに現れるモンスターは少ないものだったが、じわじわとその数を増やし、包囲をはじめているようだ。
「なに。心配は無用であります、あまねん」
いつものように勝手に黒崎にあだ名をつけつつ、マリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)が筋骨たくましい二の腕を組んでそう言った。二人は、この場の防衛計画を打ち合わせしていたのだ。
「そう願うね」
たしかに、この場にはジェイダスとラドゥがおり、そして、なによりこの装置を案じて協力を申し出た人間たちも多い。とはいえ、油断は禁物だろう。
そこへ、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が戻ってくる。
「天音。連絡があったぞ」
ブルーズが携えてきた情報は、オペラハウスにて待機している早川 呼雪(はやかわ・こゆき)と、先ほどフルートについて調査をした白龍からのものだった。
「オペラハウスでは、まもなく突入を開始するそうだ。それと、フルートの件だが……」
「どうかした?」
「いや……たしかに、妙な話だ」
首をかしげつつ、ブルーズは白龍からの伝言を正確に天音に伝えた。
「面妖ですな」
マリーも眉根を寄せる。だが、天音はどこか楽しげに微笑んでいた。
「ジェイダス様にも、お伝えしなくてはね」
「そうでありますな!」
そう答えたマリーが、とっさに辮髪のつけねに手をやり、さっと整えている。オトメ(自己申告)心として、ジェイダス、ラドゥといった超美形の前では、やはり舞い上がる部分もあるのだ。……まぁ、二人にとっての恋愛対象ではないのはわかっているが。
(ああ、切ないオトメココロ……)
はぁ、と身長3メートルの巨漢(と書いてオトメと読む)はため息をつくのだった。
「ジェイダス様、よろしいでしょうか」
天音たちは、連れだって、研究所所長室……つまり、ジェイダスの部屋へとやってきた。そこには、ジェイダスとラドゥだけでなく、先客らしき人物たちがいた。宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)と、イオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)だ。
すでに天音たちとは、研究所に到着時に挨拶はすませている祥子たちは、軽く会釈して、ジェイダスの前をどいた。
「お話は、もういいのかな」
「ああ。フルートについての調査を頼まれたところだ」
ジェイダスが、祥子のかわりに答える。
「それならば、良いタイミングでした」
天音はそう前置きをすると、白龍の調査結果をジェイダスに伝えた。また、オペラハウスの現状についても、あわせて報告する。ルドルフからも連絡はきているかもしれないが、念のためだ。
「レモはまだ、なんにせよ不確定要素すぎる。こんなことになるとは、とんだお荷物だ!」
ラドゥはそうしきりに憤慨するが、結局は心配なのだろうことは、表情からもバレバレだ。
「フルートか……それが鍵であるとみて、間違いはなさそうだな」
一方で、ジェイダスは静かにそう告げると、天音をちらりと見上げた。
「なにか、提案があるんじゃないか?」
「……はい。理事長、ラドゥ様。ここを守り通したら……少しお願いがあります」
さすが、ジェイダスにはお見通しか。天音をそう微笑しながらも、とある提案をした。
それは、この騒動を終えたとき、フルートの処遇について三姉妹と交渉の場を用意してほしい、というものだった。
「三姉妹とは?」
「おそらく、フルートを欲しがっている女性たちです。かといって、たださしあげる、というわけにもいかないでしょう」
ジェイダスはあまり興味はなさげに息をつくと、「教導団の仕事ではあるか。……考えておこう」とだけ答えた。
「ありがとうございます。では、防衛計画のほうを、お話させていただきます」
祥子の注意も、すっと天音に向けられる。彼女にも聞こえるよう、先ほど書き込みをした地図を広げ、天音はマリーとともに、ジェイダスに今後の指針を話し出した。
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