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【神劇の旋律】タシガンの笛の音

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【神劇の旋律】タシガンの笛の音

リアクション

第二章



「……これより、作戦を開始しよう」
 ルドルフの言葉に、緊張が走る。
 オペラハウスを取り囲むアンデットたちは、徐々にその姿を増やしている。笛の音は外までは聞こえないものの、建物を取り囲むようにして、恐ろしげな気配が大気に渦巻いていた。
「皆、怪我のないように。単独行動は危険だ。必ず、連携をとってくれ。心配いらない……私たちは、仲間だろう?」
 マリウス・リヴァレイ(まりうす・りばぁれい)が、生徒たちに呼びかける。内部への突入を志願した者には、念のための耳栓もすでに配布済みだ。
「よっしゃ! 諸悪の根源オペラハウスは焼き討ちだ!」
 やる気十分の南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)に、「だめだよー」とリン・リーファ(りん・りーふぁ)が突っ込む。
「そりゃ、燃やしちゃうのがてっとり早いかなーって最初は思ったんだけど。せっかく大事に育てられた薔薇とかまで燃えちゃったら嫌だし。なるべく器物損壊はナシの方向でー」
 多少の破壊に関しては、ルドルフから許可はでているとはいえ、やはり焼き払うというのは乱暴すぎるというものだ。
「ちぇ」
「ミナミオミーさんは味方になれなくてごめんね!」
 ぺろっと舌を出すリン。さらに。
「時空ががねじれているのだぞ。館を焼き討ちしたところで、内部には延焼はなかろう」
 オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)にまで追い打ちをかけられ、光一郎ははっとした後、頬を膨らませた。
「これも、全てウゲンが悪い! ウゲンの根性が曲がってるから時空も曲がってるんだ! 薔薇的な意味で!!」
 ……もはや意味が半ばわからない、だだっ子のような言いぐさに、オットーはやれやれとひげをふるわせた。
「でも、あれはウゲゲンじゃないでしょ」
 リンはそう言い切ると、「レモっちはレモっちだよ」と、いたずらっぽく笑った。
「わたしも、そう思います」
 関谷 未憂(せきや・みゆう)が同意する。
 この状況は、彼女にとって、つらい記憶を思い起こさせるものではあった。
(アーデルハイト様……)
 あのとき感じたのは、混乱と、痛み。
 それを今、薔薇の学舎の人々は感じているのだろうと思うと、いてもたってもいられず、末憂はこうして協力を申し出たのだ。
「プリム、準備は良い?」
「……うん。だいじょうぶ」
 プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)が小さく頷き、そっと小さな手を胸の前で組んだ。
 グールの声なき彷徨が大気を震わす。スケルトンたちが手に持つ錆びた剣とその骨が、がちゃがちゃと忌まわしい音をたてる。
 かつては華やかな薔薇の園は、今はおそろしげな化け物によって蹂躙されつつあった。
 今回は、先ほどの偵察部隊とは違い、大人数での突入計画だ。血路は広く、そして長時間保持する必要がある。きっと、未憂は表情を堅くした。
「まずは道を作らなければいけませんよね」
 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は、そう呟き、盾と槍をかまえて一歩前にでる。
「あわせていただけますか?」
「もちろんです」
 ロザリンドに、未憂は頷いた。彼女の手のひらに、聖なる光が宿る。
 そんな彼女たちのために、深く息を吸うと、プリムは歌声を響かせた。
『あなたのうえに、やさしいうたと、やさしいことばを
 あなたのむねに、ひとつぶのあかりを……』
「素敵な歌声ですね」
 伸びやかな声が、心にしみ入るのを感じ、ロザリンドは小さく呟く。だが、その瞳はまっすぐに、彼女の行く手を遮るアンデットたちに注がれていた。
 未憂の手がまっすぐに伸び、あふれ出した光が眩しくアンデットを蹴散らす。その光を追うようにして、ロザリンドの槍が勢いよく突き出された。
「……っ」
 グール一体を串刺しにしたまま、ロザリンドは身体をねじり、グールごと周囲のスケルトンをなぎ払うようにして押し退ける。
「退きなさい!!」
 そんな彼女に、一瞬の隙をつくようにして、スケルトンの錆びた剣が襲いかかった。
「!」
 盾をかまえようとした刹那、突如現れた氷の壁が、剣をはじき飛ばす。
「そう簡単にはやらせないもんねっ」
 リンが悪戯っぽく笑い、「ありがとうございます!」とロザリンドはすかさず礼を言った。
「この間に、行くぞ!」
 突入部隊が、その奮闘によって開いた道を駆け、一気にオペラハウスを目指していく。
 やや離れた場所からは、三井 静(みつい・せい)が、銃弾でもって援護を続けていた。ロザリンドとともに前線にいる三井 藍(みつい・あお)は、そんな彼の姿を時折伺い、彼の安全を確かめていた。
 自分の身を守ることを、静はあまり考えない。それをわかっているからこそ、藍はそばについていたかったのだが、戦ってほしいと望まれた以上は仕方が無い。
 仕掛け杖でもって、スケルトンを粉砕するかのようにしたたかに殴打しては、距離をとる。一つに結った長い黒髪が、その鋭い動きにあわせてしなやかに舞った。
(こうなったら、さっさと片付けるか)
 心の中で、藍はじれったさをこらえつつ、そう呟いた。
 レモや薔薇の学舎のことを考えないでもないが、藍にとってはなによりも静の安全のほうが最優先だ。
「大丈夫かい?」
 静と同じく、やや後方で指揮をつとめるルドルフが、静をそうねぎらう。
「はい。まだ平気です」
 そう答え、静は戦う藍と、突入していく学友たちを見つめた。
 レモとは、それほど親しいわけではない。けれども、薔薇の学舎は、自分の居場所でもあり、……ようやく手に入れた『居場所』をなくすことほど、つらいことはないと、静は知っている。
 薔薇の学舎を守り、レモがまた、戻ってこられるように。そのために、静は銃を手にしたのだ。
 突入は、無事成功しつつあるようだ。とはいえ、まだ、帰還までの間……気を抜くことはできない。
「……あれ?」
 ふと見れば、何故かオペラハウスの屋根の上に、見慣れない人物が増えている。それも、手に手に楽器を持って。あまり良い風体の者たちではないが、一体なんなのだろう。静は小首をかしげた。
 するとその中央に、すっくと仁王立ちをする人物がいた。
「さあさあ傾け者共! 中の怪音に負けず劣らずの怪音を鳴り響かせてやろう!!」
「……え?」
 戦闘中ではあったが、誰しも思わずぽかんと屋根の上を見上げる。その視線に、満足げにかの人物……クロウディア・アン・ゥリアン(くろうでぃあ・あんぅりあん)はにやりと笑った。
「……げごぉがごぅ?」
 クロウディアの後ろで、テラー・ダイノサウラス(てらー・だいのさうらす)が小首をかしげた。すわ戦闘、と身構えていたサー パーシヴァル(さー・ぱーしう゛ぁる)と、グランギニョル・ルアフ・ソニア(ぐらんぎにょる・るあふそにあ)も、ただただ唖然とするばかりだ。
「クロウディア様、なにしてんすの……?」
「クロウディア殿、何やってるのでしょうか……」
 呟いてはみたものの、まったくそれは無駄なものだった。いや、何をしようとしているかはわかる。一目瞭然だ。問題は、『なんのために』なのか。それがさっぱりわからないということで……。
 クロウディアが呼び集めたのは、タシガン市街にいた一般人だ。が、一般人といっても、クロウディアの提示した金額に惹かれて、命知らずにも集まったような連中なのだから、ようするにごろつきに近い。手にした楽器に対しても、それなりの心得はあるようではあるが……。
「音には音で。塵芥ども、その力を見せてやるがよい!」
 そう言うなり、クロウディアは白い腕を振り上げる。一斉に、急ごしらえの楽団が、その音を鳴らした。

ぼへええ〜〜〜〜!!!!

「な、なんですかこの音は」
「好かねえ演奏でありんすなぁ」
 至近距離のパーシヴァルとグランギニョルは、思わず両手で耳を塞いでうずくまる。ハーモニーとはほど遠い。というより、おそらくそもそも楽器のチューニングがなっていない。しかも各自好き勝手に演奏をするものだから、はっきりって、不協和音もいいところだ。
「うがぁぉ〜!」
 テラーにいたっては、目を回してひっくり返ってしまっている。
 だが、クロウディアはむしろご機嫌だ。
「魔の音に対抗するとなれば、かようでなくてはならぬよ。さあさあ!」
 クロウディアの指揮(?)の元、トンデモ楽団の音色はさらに大きくなる。
 調子っぱずれのどんちゃん騒ぎだ。
「……どうしますか? ルドルフ校長」
 ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)がそうルドルフに尋ねると、ルドルフは苦笑を浮かべて。
「内部にまで影響があるとは思えないが、さりとて害もなさそうだしね……。ひとまずは、あのお嬢さんの気が済むまでは、やらせてあげていいじゃないかな」
「そう、ですね」
 アンデットたちも、あそこには手を出せないようであるし、問題はないだろう。
 いや、あるとしたら、ひたすらにやかましいというだけで……。
「ただ念のため、彼らが待避するときには注意をしましょうか」
 とんでも楽団といえど、一般人だ。負傷者を出すのは避けたい。
「ああ、そうだな」
 ルドルフは頷いた。
 すると、屋上では。
「宴はまだ始まったばかりだぞ!! ……おっと」
 ご機嫌ながら、倒れたテラーに気づき、クロウディアは小柄な恐竜(着ぐるみだが)を抱き上げる。
「テラー? しっかりするのだ! おのれ、誰がこのような?」
「……ぎぎぃがぁ……」
「…………」
 貴方です、とは口にせず、ただ、パーシヴァルとグランギニョルは、視線を明後日に向けたのだった。



「なんの騒ぎでしょうかね」
 薔薇の学舎本校舎にまで、どんちゃん騒ぎの音は届き、西条 霧神(さいじょう・きりがみ)はやや訝しげにオペラハウスの方角に目をやった。
 彼は、本校舎のほうで、念のための警備を行っていた。混乱に乗じて乗り込む輩がいないともいえず、一応の警戒は必要と思ったのだ。
 レモの私室も、警戒対象になっている。なんらかの手がかりはないかとも思ったが、主のいない部屋は、ただひたすらにがらんとして、寂しげなだけだった。
 いつもは、誰かしらこの部屋にやってきては、レモと宿題をやったり、他愛のない世間話に興じたりしているから、なおのことそう思えるのかもしれない。
 楽しそうに学友たちと過ごすレモは、けれども、かつての呪縛から完全に逃れていたわけではないのかもしれない。
「……ここに来て、ウゲンですか……」
 かつて、鬼院 尋人(きいん・ひろと)の心に、深い傷を残していった人物。その影の濃さに、霧神はため息をつかざるをえない。
「元気なんでしょうかね、彼は」
 ウゲンの現状を知ることができるのは、ほんのごくわずかな者だけだ。
 あてのない問いかけを口にして、霧神はそれから、オペラハウスに突入しただろう尋人の無事を祈るのだった。