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シルバーソーン(第2回/全2回)

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シルバーソーン(第2回/全2回)

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第5章 解放の時 4

 アバドンにはもはやわずかな力しか残されていなかった。
 それでも彼女はしぶとく猛威を振るう。闇の魔法による邪の蛇を放ち、エンヘドゥの肉体ゆえに操ることが出来る剣技をもってして、迫り来る契約者たちに斬りかかる。
 だが、そんあアバドンも幾多の攻撃の前には、劣勢にならざる得なかった。
 押し込まれていくアバドン。それに迫るは、全長2メートルの巨大な大剣を振るう少女――小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だった。
 彼女の振るう剣は光に包まれて輝いていた。それは、強化型光条兵器ゆえの光である。
 黒夢城に満ちた魔と闇の気配を全て押しのけるように、美羽の剣は何度もアバドンに振るわれた。
 そんな彼女をサポートするようにして、美羽の光条兵器を生んだ剣の花嫁ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)と、ヴァルキリーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)も一緒に攻撃を仕掛けていく。
(これで終わりにします。こんな惨劇はもう……!)
 ベアトリーチェは心の中でそう誓った。
 普段は温和で心優しいコハクも、このときばかりは怒りに震えている。
 全員の胸にあるのは、アバドンを必ず討ち倒すという決意だった。彼女がいる限り、悲劇は繰り返される。それを何度も見てきた契約者たちは、ここで必ず終わりにしてみせると、己の心を奮い立たせてた。
(1度目は取り逃がし……2度目は返り討ちにあって惨敗……だけど……!)
 美羽の脳裏にこれまでのアバドンとの戦いが蘇る。
(だけど……3度目はない!)
 そして――
「美羽、いまだよ!」
 コハクの声が聞こえたとき、アバドンへの道が切り開かれていた。
 美羽は頭上に大剣を振りかぶる。渾身の力を込めて、
「これで終わりよ! アバドン!」
 実態なき敵を打ち破る技――ライトブリンガーの光の力を叩き込んだ。
 大剣は確かにエンヘドゥを頭上から両断した。だが、エンヘドゥ自身は傷ついていない。代わりに、アバドン=エンヘドゥはおぼつかない足取りでふらつき、苦しみに呻きだした。
「グ……オオオオオォォォ……!」
 瞬間。
 エンヘドゥの体から何か禍々しい邪悪な影が飛び出した。
 そして、ふっとその気配が消えたと思うと、エンヘドゥは床にバタンと倒れた。
「エンヘドゥ!」
 仲間たちは駆け寄る。
 シャムスがいち早くエンヘドゥを抱き上げて、その様子を確認した。
 彼女は気を失ってはいるようだったが、決してそれ以上に傷ついてはいなかった。むしろどこか誇らしげにも見えるような顔で、すーすーと寝息を立てている。
「ったく……」
 その様子に仲間たちの顔がゆるんだ。
 しかし、その時――
『まだだっ! まだ終わってはいない!』
 反響するような部屋全体に響き渡る声が聞こえたと思うと、部屋の中央に浮かんでいた壺が地に落ちた。ガシャンと音を立てて粉々に割れ、そこから七色の魂の光が拡散する。
 一瞬、シャムスたちはそれはシャドーの魂の供給がなくなったことによって起こったことかと思った。
 だが、違っていた。
『……フフ……ハハハハハハハ! ハハハハハハッ!』
 それはある男が行ったことであって、そいつは割れた壺から漏れた幻想の光の中から出てくると、声高に笑ったのだった。
 全身を黒に染めた男であった。漆黒の黒髪のもとに、闇へ沈んだような黒い双眸を抱いている。黒いマントをはためかせて、男は闇色に染められた剣を握り締めてそこに立っていた。
 その表情は精悍な顔つきをしているものの不敵に歪められている。
 誰だ……? という思いがあると同時に、契約者たちはその男にどこか見覚えがあるように思えた。
 そう……どこかで……。
「お前は――」
『……フン』
 誰かが声を発そうとしたそのとき、男が剣を宙に振るった。
 すると、剣から発生した闇の気が部屋全体を覆い、そこに闇だけの空間を作り上げた。
(これは……!?)
 見覚えのあるそれにシャムスの目が見開くと、予感が確信になるものが現れた。
 無数の〈影〉――薄汚れたローブを纏ってそのフードの奥から紅い瞳を光らせる、醜悪なドブネズミたちだった。
「まさかお前は……!」
『フン、そのまさかだ』
 男は剣を振るい、闇の空間は完成した。
 周りを取り囲むのは〈災厄〉と呼ばれた魔族の分身たち。
『我が名はアバドン。そしてこの肉体は魔族モートが残した置き土産だ』
「モートが残したものだと……」
『魔族は生まれ持って魂を手にする術を持っているものでな。今回の黒夢城もその応用に過ぎなかった』
 モートがザナドゥで残した肉体を手に入れたアバドンは、いまはそれに憑依して動いているのだ。
 心なしか、その口調も影響を受けて変化しているようだった。
『〈運命の輪〉さえ完成されれば、魂の輪廻は壊されたというのに……。まったく、惜しいことをしてくれたものだ』
「黙れ、アバドン。貴様がいる限り、人々に安寧の時は来ない。モートの肉体もろとも、ここで倒してくれる!」
『出来るか、契約者ども!』
 アバドンの剣が三度振るわれると、その憤怒に呼応するように魔の波動の衝撃波が契約者たちをゴウッと打った。
『このアバドン=モート。最後の力を持って、貴様らを滅してくれる!』
 契約者たちは黒い男に向かって身構える。
 そして、彼らとアバドンの戦いは始まった。