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雨音炉辺談話。

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雨音炉辺談話。
雨音炉辺談話。 雨音炉辺談話。

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14


 紫陽花が綺麗に咲いている場所があると、ヴィオラ・コード(びおら・こーど)は言った。
 スウェル・アルト(すうぇる・あると)は「紫陽花」と繰り返す。
 窓の外は、雨。
 雨でけぶる景色の中、咲き誇る紫陽花はどれほど美しいのだろう。
「みんなで見に行こう」
 誘いに、こくりと頷く。
 スウェルは、雨も、紫陽花も、どちらも好きだ。
 だから、表面には出さなかったけれど、この誘いはとっても嬉しくて。
 それに、みんなで出かけられるから、とっても楽しみで。
「ご機嫌ね、スウェル」
 ひょい、と肩に飛び乗ってきたランタナ・チェレスタ(らんたな・ちぇれすた)が言った。
「ランちゃん。わかるの」
「わかるわ、スウェルのことだもの」
「さすが」
「紫陽花、良いわよね。私も紫陽花は好きよ。私のこの花とも似てるもの」
 ランタナが、頭に咲いた花を指差して笑う。赤、橙、黄、白、と鮮やかな色や、大きさこそ違えど、葉の形や見た目は紫陽花にそっくりだ。
「どっちも綺麗。ランちゃんも、紫陽花も、私、好き」
「ふふっ、ありがとう」
 素直に気持ちを言葉にすると、ランタナが嬉しそうに微笑んだ。花の色と同じ、明るい笑顔だ。
「アンちゃんも紫陽花は大好きですよっ」
 唐突に、ひょこりと会話に混ざったのはアンドロマリウス・グラスハープ(あんどろまりうす・ぐらすはーぷ)だった。
「紫陽花の、雨に濡れたしっとりとした姿。素敵ですよね〜。ヴィオラっちもいいロケーションで誘ってくれました」
 アンドロマリウスは、大仰に手を広げて嬉しさを表しながら、言う。ふと気付けば、その手に傘が握られていた。傘を持った手が、スウェルに伸ばされる。
「これは?」
「せっかくなので! 全員にお揃いの雨傘を用意してみました!」
 受け取り、室内だけれど開いてみた。
 紫陽花柄の、綺麗な傘。
「もちろん、ミニマム花妖精にもですよっ」
「あら、サイズぴったり」
「お揃いですから! 普段使いできないとですし!」
 ――お揃い。
 心の中で、反芻する。なんとなく、幸せな気持ちになった。
 そういえば、こういった『お揃い』は今までに持ったことがなかった。
「アンちゃん」
「はい?」
「とても嬉しい」
「スウェルに喜んでもらえたなら、何よりですよ」
 ヴィオラも、ランタナも、嬉しそうにしていた。
 スウェルが感じているような、幸せな気持ちを抱いてくれていたら、もっと嬉しいな、と思った。


 お揃いの傘を差して、わいわい、お喋りに興じながら歩く。
 アンドロマリウスがランタナをからかって、ヴィオラがそれにつっこみを入れて。あるいはランタナが反撃して。
 仲の良い様子に、スウェルは静かに微笑む。
 そうやって歩いた道は、どれほどの距離だっただろうか。長くはなかったように思える。
「着いた」
 短く、ヴィオラが言った。足を止める。
 眼前に広がる、青や紫の花。緑の葉っぱ。
 灰色の世界で、紫陽花ははっきりとした色を浮かべていた。
 雨粒で化粧をして、さあ見てご覧と胸を張る。ところどころ虫食いの穴があるのはご愛嬌。
「…………」
 たくさんの紫陽花を見ると、思い出すことがある。
 たとえば、出会いの日のこと。
 ヴィオラと初めて会ったのも、こんな風に紫陽花の花に囲まれた場所だった。
 ――それで、あの日も雨だった。
 紫陽花や、雨のある場祖yでは、良い縁ばかりと出会う。出会える。
 そのことに、
「ありがとう」
 素直な感謝を。


 今、伝えられたありがとう、は。
 ――何に対してだ?
 ヴィオラは、軽く首を捻った。この景色を見せたことか。たぶん、そうだろう。
「……こちらこそ」
 だけど、礼を言いたいのはヴィオラの方だった。
 ――変えるきっかけをくれて、ありがとう。
 なんて、とても面と向かっては言えなさそうだけど。
 みんなに対して、『ありがとう』だ。
 ――俺が変われたのは、スウェルや、あいつらのおかげだから。
 ――俺は、あいつらのことが好きだよ。
 どっちもやっぱり、面と向かっては言えなさそうだけど。
 いつか、言えたらいい。
 言えるくらいに変われたら、その時は。


 スウェルとヴィオラが、紫陽花の花々を前にして会話している姿を、ランタナとアンドロマリアスは遠巻きに見ていた。
「それにしてもあの二人……」
 しばらくは、何も口出しせずに眺めていたランタナだったが。
「全然進展がないわよね」
 ついに、ばっさりと言ってのけた。
 二人きりにして、いい雰囲気になっても。
 交わす言葉が、ありがとう、とか、それくらいで。
 いくらスウェルがヴィオラの気持ちにまったく気付いていないとしても、それにしたって。
 ――進むのかしら。この関係は。
 と、思わざるを得ない。
「アンちゃんがヴィオラっちと出会った頃は結構ツンツンしてました」
 不意に、アンドロマリアスが口を開いた。
「猫が毛を逆立てているみたいな感じですねっ。ツンツン」
 側頭部に指を当て、笑う。それじゃ鬼の角みたいじゃない、と思ったけれど言わないでおいた。
「……でも今は、なかなかに良い傾向になってきていると、アンちゃんは思うのですよ」
「進んでるって?」
「はい。少しずつですけど」
「二人らしいわね」
「らしいですねっ」
 マイペースに、ゆっくりと。
 焦ることなく、急ぐことなく。
 それを見ている方だって、別に、嫌ではないのだ。
 ――あれくらいの関係の方が、むしろ落ち着くかもね。