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雨音炉辺談話。

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雨音炉辺談話。
雨音炉辺談話。 雨音炉辺談話。

リアクション



24


 茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)の工房にて。
 メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)は準備を進めていた。
 衿栖には、何も伝えていない。
 ただ、場所を貸して欲しいと頼み込んで、詳しいところは全て伏せて作業させてもらっている。
 準備の最中、脳裏をよぎるは不安が多く。
 だけど、メティスはただ信じた。
 ――二人は必ず来てくれる。
 信じて、自分に出来ることに、ただ向き合う。
「…………」
 他人から見れば、今の自分はひたむきに頑張っているように映るのだろうか。
 そんなこと、ないのに。
 ――本当は、私は。
 メティスがやろうとしていることは、ただのお節介なのではないか、と。
 リンスやリィナを傷つけることになるのでは、と。
 そう思ったら、とても怖くなった。
「レン」
 メティスは、同じく工房で作業中だったレン・オズワルド(れん・おずわるど)に声を掛けた。
「リンスさんを迎えに行ってください」
 ――ああ、私は、本当に。
 ――情けないくらいの、意気地なし。


 機晶姫の素体。
 作り上げた、リィナそっくりの顔。
 リィナ・レイスを生き返らせるための条件は全て揃った。
 あとは、役者の到着を待つばかり。
 メティスは行った。
「リンスさんを迎えに行ってください」
 と。
 メティスが迎えに行ったほうが、画にはなるのだろうけれど。
 ――あれで、ショックだったんだろうな。
 先日、リィナに打ち明けた際に言われたことが。
 良しとして打ち込んできたことに、即答をもらえると思っていたことに、ストップがかけられたことが。
 ――わからなくもないがな。
 大事なことだ。
 考えさせてほしい、とリィナが返答することは、至極自然なこと。
 だけど、それでもショックを受けた。メティスの気持ちも、わからなくもない。
 これでリンスにも断られたら、メティスはきっと立ち直れないから。
 だから、言われなくともレンが迎えに行くつもりだった。
 代わりに、メティスには作業に集中してもらう。
 役割分担は、大事なことだ。
 工房について、室内を見渡す。遅い時間だったせいか、工房に人気はほとんどなかった。
「大切な話がある。少し時間をもらえるか? できれば、他の人のいないところで話したい」
 レンの言葉に、リンスは小さく顎を引いて座っていた椅子から立ち上がる。
 クロエが心配そうに二人を見ていた。おいで、とレンは手招きする。
「レンおにぃちゃん、いいの?」
「いいさ。『家族』の話だからな」
 クロエはリンスの家族だから、話を聞く権利はあるはずだ。
 リンスの部屋に入る。リンスとクロエはベッドに、レンは椅子に腰掛けて。
 最初から、一つ一つ語り出す。


 これまでの冒険で、機晶石に人の魂を、記憶を、記録できることが判明していた。
 その石に、リィナの魂を込めたら?
 機晶姫の身体に、リィナの魂を移すことができる、ことになるのではないか。
 そう考えたメティスは、レンたちに相談した。相談を受けて、レンはフィルの力を借りることにした。『情報屋』であるフィルの力を。
 フィルは、レンの依頼どおり、リィナと同じ背格好の機晶姫の身体を見つけてきた。
 細かいところの調整は、今、メティスが行っている。
「リィナ本人の意思もあるが、弟であるリンス自身の気持ちも無碍にしてはならない」
「俺……ってまさか」
 レンは、頷く。
 リィナの身体から、機晶石に魂を移し変えるのは、他ならないリンスなのだ。
「そんなこと、したことないよ」
 とリンスは言った。
「できないか」
「正直わからない。けど――」
 リンスが、目を閉じる。長いまつげが震えていた。
「……もし、それを姉さんが望むなら。俺は、無理でも絶対にやる」
「よく言った」
 立ち上がる。リンスの背を叩き、部屋を出た。間をおかず、リンスがレンの後を追う。
 役者の片方は、舞台へ上がった。
 もう片方は、はてさて。


 リィナ・コールマン(りぃな・こーるまん)は、リィナが眠る霊園にいた。
 彼女を迎えに来たのだ。
「いるんだろ」
 姿はないが、そこに。
 呼びかけると、木の陰から長袖のワンピースを着た女性が現れた。リィナだ。
「迎えに来た」
「はい」
「話も、聞いてやりたいと思う」
「話? ですか」
 ああ、とリィナは頷いた。とはいえ、ほぼ初対面である相手に語ってはくれないだろうな、とも。
 なのでリィナは自ら話し出す。
「生と死の倫理観――それは誰しもが持っている悩みだ。
 メティスの提案した生き方を、生身ではないからと否定する者もいるだろう」
 老いることない、機械の身体。
 それは、限られた『生』を全うする人間からすれば、至極当然の考えである。
「だが、『生きる』とは、肉体だけの話ではない。
 例えば、お前が出会ったメティスという少女。お前は彼女が『死んでいる』と思うか?」
 違うだろう。言わずとも、リィナは首を横に振った。
「機械の身体であっても、彼女は生きている。
 老いることはできないが、それでも同じ時間を共に過ごし、喜びと悲しみを味わうことは出来る」
 大切な時を、大切な人と共有すること。
 それが、当たり前に出来る道を、メティスは提示した。
 リィナが、現世に留まり続ける不安定な状態から、リィナ自身が自分自身の生き方を選べるようにする、そんな可能性の提案。
 その可能性を結果に繋げられるかは、それはまた別の話。
 それこそ、リィナ自身の努力によるものだろう。
 だけど、そこをクリアすれば、待っているのは。
「……さて、雨に濡れて風邪を引く前にそろそろ行かないか?」
 傘を、差し出した。
「弟さんも待っている」
 二つ並んだ傘が、工房への道を辿る。


 入り口では、ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)が『幸せの歌』を歌っていた。歌いながら『護国の聖域』を張ることで、工房内に余計な浮遊霊が近付かないようにと、清浄な状態を維持し続けてくれている。
 椅子に座ったリィナに、レオン・カシミール(れおん・かしみーる)は近付いた。
「死に対する考え方。黄泉返りに対する考え方。それは十人十色だろう」
 リィナの青い目が、真っ直ぐにレオンを見た。話を促されているように感じ、レオンは静かに言葉を続ける。
「私は肯定派だ。死んだとしても、遣り残したこと、遂げたい想いがあるのなら、生き返るチャンスは無駄にしない方が良い」
「英霊さんが言うと、なんだか深い言葉ですね」
「どうかな。結局、決めるのはリィナ、君だ」
 決して、後悔だけはするな。
 そして、後悔するような選択は絶対にするな。
 言い残して、一歩、下がった。


 茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)は吸血鬼だ。
 永遠に近い寿命を持つ、吸血鬼。
 否応なしに、出会いを別れを繰り返すことになる。
 ――別れたくなくても。…………。
 朱里は、選ぶことができなかった。
 選択の余地も無く、ただ、吸血鬼になる道しか、許されなかった。
 だけど、リィナは、選べる。
 一歩踏み出して、リィナの前に立った。
「今さっきレオンも言ったけど、後悔だけはしないでほしいな」
「…………」
「リィナは選べるんだから。……だからこそ、後悔をしない、覚悟を決めた選択をしてね」
 迷ってもいいから。
 でも、決めたからには、振り向かないで。


 話も終えて、リィナの決断を聞くときとなった。
「リィナさん」
 メティスが、呼びかける。目を瞑っていたリィナが、静かに目を開け微笑んだ。
「ずっと、考えてたの。
 ……答え、出たよ」
 小さな、だけど、工房全体に届く、不思議な透明度を持った声は。
「私には、この生き方、できないな……って」
 静かに、静かに、否定した。
 どうしてだろう。
 なにが、いけなかったのだろう。
 最善を尽くしたはずなのに。
 一番いい方法を、考えたはずなのに。
「ごめんね、メティスさん。貴方の気持ち、すごく嬉しかった。ううん、貴方だけじゃない。みんなが私のことを思って、考えて、行動してくれたことが、すごく嬉しい。
 だけど、私は、『これは選べない』」
 ごめんね。
 もう一度だけ、謝罪して。
「私、これから死ぬの」
 リィナは、工房から忽然と姿を消した。


*...***...*


 答えを出す、数時間前。
 リィナはウルス・アヴァローン(うるす・あばろーん)に会っていた。
 生前、リィナが愛した場所で。
 傘を差して、雨の音を聴きながら。
「リィナはさ」
「うん」
「『今』、俺とずっと生きられるか?」
 答えは、NOだ。
 だよな、とウルスが笑う。少し寂しそうに。
 リィナには、リィナの胸には、業が深く刻まれているから。
「償いもしないで、好きな人の手は繋げない、ね」
 もう、とっくに死んでいたのに。
 その死を認めず、目を逸らし続け。
 あまつさえ、生者に関わり。
 また、『生』を望んだ。
 それが悪いことだとは、わかっていたけど。
「だって、みんな、死ぬもんね。死にたくなくても」
 倣わなければならなかったのだ。
 せめて、最初の約束を果たしたときに、別れていれば。
「やっぱり、悪い子だぁ」
 そうしていれば、今、こんなに苦しまなかったのにね。
 泣き笑いの顔で言うと、抱きしめられた。傘が飛んで、雨が二人を濡らす。
「ウルスく、」
「俺は感謝するよ?」
「……」
「じゃなきゃ、リィナに二度と会えなかったわけだろ。どんな風に考えていたのか、どんな気持ちだったのか、何もわからないままだった」
「……っ、」
 息が。
 言葉が。
 詰まる。
「今は、ちゃんと理解できた。
 『生きたい』んだろ?」
 頷く。何度も何度も。頷くたびに、涙が零れた。
「償ってくるよ」
 今のままじゃ、自分で自分を赦せないから。
 それじゃあ、いくら『生き』ても後悔しかしないから。
「ウルスくんと、幸せになりたいもん」
 今度こそ、きちんと死のう。
 それで、輪廻の輪をぐるぐると回って。
 いつか、また、『生きる』んだ。
 それは一体、どれほどの時間を必要とするのだろう。
 何年、何十年、何百年?
 ――怖いなぁ。
 もし、転生可能になった時。
 ――誰も、待っていてくれなかったらどうしよう?
 居場所がすっかり変わってしまって、自分のことを、受け入れてもらえなかったら……。
「待ってるよ」
 不意に、ウルスが言った。抱きしめた手に、力がこもる。不思議なことに、『生きている』と思った。
「待つのは得意なんだ。ほら、三年だってあっという間だったしさ。一万年と二千年だって待ってやるね」
「あ、はは。……一億と二千年でも?」
「それはちょっと長すぎね? 待つけどさ」
 その言葉があれば大丈夫だと、確信できたから。
 手から離れ、一歩下がり。
「いってきます」
 笑顔で手を振り、別れた。


 少し離れていた場所で話を聞いていたテスラ・マグメル(てすら・まぐめる)は、思う。
 リィナの転生先は、どこの、誰になるのだろう。
 ――幸せな家庭に生まれてくれたら、いいんですけれど。
 もし。
 もしも。
 ――私の娘だったら、……。
 とびきりの愛を注いで、世界中の誰よりも幸せな子に育てよう。


 一方で、マナ・マクリルナーン(まな・まくりるなーん)はディリアー・レッドラムを訪ねようとしていた。
 場所は、いつものように『Sweet Illusion』の奥の部屋。
 何度も呼ぶと引き込まれちゃうよ? とフィルは笑っていたけれど、それも上等。むしろ好都合だとばかりにマナも笑った。
 ドアを開けると、既にディリアーはそこにいた。何を言われるのかわかっているのだろう。楽しそうに、愉しそうに魔女は嗤っている。
「そろそろ、リィナ様にお暇を差し上げてはいかがですか?」
 少し長めの有休を。
「期限は、『次に生まれてから死ぬまで』って?」
 察し、先に言葉にしてきた魔女に対し、マナは「はい」と従順に頷く。
「何時の日か、生まれ変わったリィナ様が思い出し、ここに戻るためには」
 遥か未来まで、誰かがメッセンジャーになる必要がある。
 しかしそれは、定命のある者には務まらない。
「ディリアー様には、可能でしょう」
 そして、そこに付き添うことができたなら。
 気の遠くなるような時を要すことなく、逢瀬は叶う。
「まァ、でも、メリットがないわねェ。アタシにとって」
「メリットになるかはわかりませんが。
 私が、貴方様の傍に仕えましょう」
「大変よ?」
「想像に難くありませんね」
「でしょう。……それでも?」
「はい」
 そうすることが、マナにとっては最善だ。
 ディリアーは、笑った。いつものような厭らしいものではなく、無邪気に。
「面白いのね」
「それは重畳」
「貴方、嫌いだけど好きよ。だから要求、飲んであげる」
 宙に浮いた契約書にサインして。
 魔女との契約も、終了。
 あとはどうか、躓くことなくハッピーエンドまで進んでくれますように。


担当マスターより

▼担当マスター

灰島懐音

▼マスターコメント

 お久しぶりです、あるいは初めまして。
 ゲームマスターを務めさせていただきました灰島懐音です。
 参加してくださった皆様に多大なる謝辞を。

 もうすっかり梅雨も明けてしまいそうな(明けたのかしら?)昨今。
 皆様は、梅雨をどう過ごされましたでしょうか?
 灰島は、あちーよ雨うざーいよ、と文句ばかり垂れ流しておりました。
 雨の日の外出が、苦手です。はい。
 室内で雨を見るのは、大好きなのですけれどね。

 さて今回は、色々な「雨の日の過ごし方」を書かせていただきました。
 なるほどそうきたか、と思うものもあって、今回もとても楽しめました。
 みなさまに、感謝です。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。