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リアクション
■ ママとお母さんと娘たち ■
どこか和風な趣のある、小さな庭付き一戸建て。
それが広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)の育った家だった。
広瀬 刹那(ひろせ・せつな)にとっては、ここでファイリアの育ての母である広瀬 京に娘だと受け入れてもらえた、嬉しい場所である。けれど今日は、ここに来られたことをただ単純に喜んではいられない。
刹那はそっとウィノナ・ライプニッツ(うぃのな・らいぷにっつ)の様子を窺った。
今回の帰省の目的は、ファイリアの本当の母親であるウィノナと、育ての親である京との話し合いだ。
自分は京に受け入れてもらえたけれど、ウィノナは事情が事情とはいえ、ファイリアを置いていった事実は変わりない。それを穏便に京が受け入れてくれるかどうかと思うと、刹那は不安でいっぱいになった。
「ウィノナさん、大丈夫っスか〜?」
姿勢を正して京を待っているウィノナを、刹那はそっとつついてみた。
「ええ……覚悟は出来てるよ」
京から何を言われるのかは分からない。怒られるかも知れないし、もう二度とファイリアの母と名乗るなと言われるかも知れない。それでも、どんなに責められたとしてもこれはしなくてはならないことなのだと、ウィノナは自分に言い聞かせた。
「お母さんならウィノナお母さんのことも知ってますから、きっと受け入れてくれる、って思います!」
そうであって欲しい、とファイリアは願う。けれどもしそうでなかったら……。
ふと兆したその考えに、ファイリアは瞳を曇らせた。と、その手を刹那がぎゅっと握ってくる。
「不安っス〜、お姉ちゃん〜」
泣きそうな目をしている刹那に、自分がしっかりしなくてはとファイリアは刹那を安心させるように手を握り返す。
「ファイは信じますです! 2人のお母さんを」
自分を生んでくれたウィノナも、育ててくれた京も、どちらもファイリアの母。きっと分かり合えるはず。
今はそれを見守ろうと、ファイリアは心に決めた。
「あらどうしたの? みんなそんなに深刻な顔をして」
呼ばれてきた京は、神妙な面持ちの皆を不思議そうに見やった。
「私に話があるってなぁに?」
おっとりと首を傾げる京に、実は、とウィノナは話を切り出した。
「ファイリアを生んだのは、ボクなんだよ……」
「え? ウィノナさん、それはどういう……」
さすがに京も驚いた顔になった。
「ファイリアを生んだ頃、ボクは不老不死の秘密を求める集団に追われていたんだよ。生んだばかりのファイリアと別れるのは辛かったけど、このままだとボクの巻き添えをくって危険にさらすようなことになってしまうかも知れない……そう思って……」
思いあまったウィノナは、広瀬家の前にファイリアを捨てたのだ。
「そうすればボクが捕まっても、ファイは無事に生き延びられる……ボクと一緒にいるよりも幸せになれるって……そう思ったから」
それでも辛くてたまらなかった。
ファイリアと別れたことも辛かったけれど、捨てられたファイリアが悲しむのではないか、可哀想な思いをさせてしまうのではないかということが。
何日も眠れない日が続き、幾たびもファイリアを引き取りに行こうと考えては、思い直し。
そして……悲しみに耐えきれなくなったウィノナは、自ら記憶を封じたのだ。
「最近になって、ボクは封印を解いて記憶を取り戻したんだよ……ファイリアとの記憶を」
そこで知った事実に、驚きもしたし、昔のことが蘇って心を痛めもしたけれど。それよりも、まず、しなくてはならないことがあった。
ウィノナは京の前に手をついて、頭を下げる。
「ボクの身勝手で置いていったのに、きちんとファイを育てあげてくれて、ほんとうにありがとう。ファイがこんなにいい子に育ったのは、京さんのお陰です」
追われて毎日を恐々として過ごしていたあの時の自分だったら、ファイリアを今のように明るく思い遣りのある子に育てられただろうか。そう思うと、京への感謝の気持ちが一層強くなる。
「そう……ウィノナさんがファイちゃんの生みの母だったのね」
ウィノナの話に耳を傾けていた京は静かに頷き、そして尋ねた。
「それで、ウィノナさんはこれからどうしたいと思っているのでしょう?」
「……京さんにお任せします。母親と名乗るな、そう言うのであれば……それを受け入れるつもりでも……います」
覚悟してきたとはいえ、やはりこの言葉を口にするのは辛い。けれど、この先のことは京の意思にゆだねよう、ウィノナはここに来る前にそう決意してきたのだ。
ウィノナの言葉を聞いて、京は首を傾げた。
「ウィノナさんは、ファイちゃんの母でなくてもいいのかしら?」
「そんなことはっ……。わがままが許されるなら、ボクはファイの母でいたい。そう思っています」
「そうなのね。それなら、ファイちゃんの前で母と名乗らなくていい、なんて二度と言ってはいけませんよ」
京に諭されて、ウィノナははっと顔を上げた。
「えっ?」
「私はウィノナさんと一緒に母親をしたいと思っています。いいですね?」
優しく微笑む京に、ウィノナは胸が詰まって何も言えず、ただ何度も頷いた。
その後、料理があまり出来ないというウィノナに料理を教えようと、京は皆をキッチンに誘った。
「お母さんたちと刹那ちゃん、みんなで料理なんて夢みたいで嬉しいです〜!」
嬉しくてたまらないファイリアがはしゃげば、刹那もほっと胸をなで下ろす。
「話し合いが無事に終わって良かったっスね。前に帰ったときから鍛えた料理の成果、お母さんに見てもらうっスよ〜♪」
まだ戸惑っているウィノナを皆で引っ張って、4人はキッチンになだれこんだ。
「刹那ちゃん、ちゃんと向こうでも練習していたのね、えらいわ〜。ウィノナさんもこの機会に、料理のコツを覚えていってちょうだいね〜」
ファイリアも刹那も、京から料理を教えてもらってきた。今度はウィノナの番だ。
「お母さん、野菜を洗いましたよっ。あ、ウィノナお母さんの方です」
京とウィノナの2人が振り返ったので、ファイリアはちょっと考える。
「呼び方が紛らわしいですね。えっと、じゃあウィノナ母さんはママって呼びますです、はい!」
「じゃあお母さんとウィノナママ? でいいっスか〜?」
「そうね、そうしましょう」
刹那に答えたのは、京だった。
ウィノナに分かり易く料理の手順を教えながら、京はにこにこと言う。
「ファイちゃんのお母さんがひどい人だったらお仕置きも考えていましたけど、ウィノナさんなら大丈夫ね。一緒にお母さん頑張りましょうね、ウィノナさん?」
「はい!」
ウィノナはそう答えられることを嬉しく思った。
「じゃあまず料理から、頑張りましょう。ああ、材料の大きさは揃えて切ると、火の通りが一定になるのよ〜」
キッチンにとんとんと包丁の音が響く。
水道の音、鍋がぐつぐつ煮える音、フライパンはじゅうじゅうと音を立て。
けれどキッチンで一番賑やかなのは。
――4人の笑い声と弾む会話なのだった。
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