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リアクション
■ 里帰りコンサート ■
「ふっふっふ〜♪」
駅を歩く秋月 葵(あきづき・あおい)は、いつもの帰省時が嘘のように上機嫌だった。
「葵お嬢様、今日は随分とご機嫌ですね」
雪だるまたちの入ったクーラーボックスを肩に掛けているイレーヌ・クルセイド(いれーぬ・くるせいど)に言われ、そりゃあねと葵は答える。
「こんな自由な里帰りなんて初めてだもん。いつもは駅につくなり、SPのみなさんにずらーっと取り囲まれて、半ば強制連行されちゃうから」
「確かに、今日はSPの方々の姿はないようですね」
エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)も周囲を確認してそう言った。
駅からSPに囲まれての帰省になるのが常だったけれど、葵は今年は『SPがいたら家に帰らない』宣言をして、護衛はイレーヌだけにしてもらったのだ。
葵を溺愛している姉の秋月 梓にとって、家に帰らない宣言は効果覿面だったようで、今年は駅を降りてもSPが駆け寄ってくることはなかった。
「駅を探検してみたかったんだよねー」
嬉しそうに駅見物する葵に、仕方がありませんねと笑いかけてから、イレーヌはこっそりと周囲に視線を投げた。
葵は全く気付いていないけれど、店員にも通行人にも巧妙にSPは紛れている。
何があってもばれないようにとの梓の厳命を受けている為、誰もがさりげなさを装いながら、葵に気を払っているのだ。
「梓さまも葵お嬢様にだけは激甘ですから……」
「ん? イレーヌちゃん、何か言った?」
「いいえ、何でもありません。さあ葵お嬢様、そろそろタクシーに乗りませんと」
「あ、そうだねー」
何も気付いていない葵を、イレーヌは……もちろん運転手はSPが変装しているタクシーに、押し込んだのだった。
秋月家に到着すると、葵はずらりと並んだメイドたちが頭を下げる間を通って屋敷に入り、梓にただいまと挨拶する。
「お帰りなさい。予定より遅いから、何かあったのかと心配してたのよ」
そう言いながら抱きしめてくる梓に、葵は笑いながら反論する。
「遅くなったって、10分くらいだよー」
「10分も、よ。エレンディラもお帰りなさい。向こうで葵はちゃんとやっていた?」
「はい、梓義姉さま。パラミタでの葵ちゃんの様子は、いつものようにこちらに……」
エレンディラは梓に袋一杯のビデオや写真をお土産として渡した。梓が何よりも喜ぶプレゼントだ。
「いつもありがとう」
梓は名残惜しそうに葵に回していた腕を解くと、エレンディラからの土産を受け取った。
ここまではSPが表だって姿を現していないことを除けば、いつも通りの里帰り風景だ。
けれど今回、梓は特別の企画を用意していた。
「エレンディラから聞いたわよ。葵は歌が上手いって。だから今日の為に、プールの一部を改造したの」
「プールを改造って……梓お姉様一体なにするつもり?」
「警戒しなくても大丈夫よ。葵のショーが出来るように水上ステージを作ってみただけだから」
「そう、だったらだいじょ……え?」
頷きかけて固まる葵を、梓はメイドたちに引き渡す。
「葵の準備をお願いね。あ、エレンディラもよ」
「私も、ですか?」
いつもの微笑ましい姉妹の一幕だと眺めていたエレンディラは、自分に向いた矛先に戸惑う。
「もちろんよ。楽しみにしてるわね」
メイドたちに囲まれて連れて行かれる葵とエレンディラに、梓は軽く手を振った。
「うわ、本格的……」
プールに連れてこられた葵の目に入ったのは、立派な水上ステージだった。照明係のメイドたちが調整の真っ最中だ。
「葵お嬢様とエレンディラ様はこちらでお召し替えをお願いします」
先に立って更衣室に案内しようとするメイドの顔を見て、エレンディラは首を傾げた。
「あら、イレーヌさん。先ほど庭にいませんでしたか?」
連行されてくるとき確かに、葵の部屋に飾る花を選んでいるイレーヌを見かけたはずなのに……と訝るエレンディラに、メイドは微笑んだ。
「私はイレーヌではありませんわ。エレンディラ様とは、過去に何度もお会いしているはずですけれど」
エレンディラにはその人はイレーヌにしか見えないのだが、そう言われれば誰なのかは予測が付く。
イレーヌとそっくりとなれば、それはイレーヌの母、イリア・クルセイドに違いない。
「エレン、判ってなかったの? さっきすれ違ったのがイレーヌちゃんで、目の前に居るのはイリア母さまだよ」
葵は当然のように言った。
茶目っ気のあるイリアは、たまに娘のイレーヌと入れ替わって遊んだりすることもある。頭首である梓も姉の茜も入れ替わりに気付かないほどイレーヌとイリアはそっくりなのだが、唯一葵だけは、2人を見間違えたことが無い。イリアは葵にとって母代わりの人だから、どんなにそっくりでもイレーヌとは別人にしか見えないのだ。
そんな葵を嬉しそうに見つめた後、イリアは2人を促した。
「さあ、梓様もお待ちかねですから、まずは衣装を選んで下さいませ」
「うん。ってこれ……全部水着っ?」
部屋を埋め尽くす水着の量に、葵は唖然とした。さすが梓、やることが派手だ。
「私は水着はちょっと……」
しり込みするエレンディラに、何をおっしゃいますかとイリアは微笑する。
「女性しか居ませんので、恥ずかしがることはないですよ。……という訳で皆さん、エレンディラ様の準備を」
イリアが手を1つ叩くと、控えていたメイドたちがさっとエレンディラに寄り。
……あっという間にエレンディラも、水着に着替えさせられてしまったのだった。
華やかなライトが、ステージを、プールの水面を輝かせる。
曲の前奏が流れ始めると、観客である梓とメイドたちが一斉に手を叩いた。
「いくらプールと言っても、水着で歌うのは恥ずかしいですね」
「平気だよー。ほら、観客のメイドさんたちもみんな水着だし」
まだ衣装を気にしているエレンディラの手取ると、葵はステージへと躍り出る。
「いっ、くよー! 私の歌を聴けぇー!」
拍手と歓声に包まれる。秋月家の人たちのまなざしに囲まれて、葵は気持ちよく歌い出した――。
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