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よみがえっちゃった!

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 道を歩ってると、脇からフードマントの者が近付いてきた。
 背丈は彼女より20センチほど高い。軽く猫背になっているせいもあるが、それでも人間にしては小柄な方だ。おそらく140センチないだろう。

「あのー、すみませーーん。ちょっといいですかー?」

「――ち。しゅーきょーの勧誘かよ、うっぜえ」
 無視して通りすぎようとしたが、その直後、フードマントの者が使った言葉にピタッと足が止まった。


「えwwwwwwww オレの忘れてる記憶wwwwwwwww」


 ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)のパートナークロ・ト・シロ(くろと・しろ)は完全に小ばかにした声と態度でフードマントの者に正面を向ける。

「マwwwwwジwwwwwかwwwwwよwwwww あんたできるのwwwwwww」
 言われた者でなくても耳にするだけでイラっとくる口調とテンションだが、フードマントの者は特に何も感じてないようだ。現れたときのにこにこ笑顔のまま、うなずく。

「できるのですよー」
 かなりの自信だ。

「前世か過去wwwwwwwww どっちかwwww 両方はwwwww あ、そこは駄目なんだwwwwww 使えねーwwwww
 じゃー前世見せてくださいよwwwww 前世wwww できるって今言ったッスよねwwwwwwwwwwww」

 フードマントの者はまたもうなずき、おもむろに糸のついた五円玉をぶら下げた手を持ち上げた。


「そうか、そうだったのか!」


 数分後、クロ・ト・シロはわなわな震えながら己の両手を見つめていた。
 いつになくマジだ。
 かつてないほど真剣だ。
 なにしろ語尾から「wwww」が消えている。


「今までこんなことにも気づけていなかったとは…! くそっ! オレとしたことが!」ぎゅっとこぶしをつくる。「こうしちゃいられねえ! すぐ行動に移らないと!
 あんたのおかげだ! ありがとうよ!!」

 クロ・ト・シロは笑顔で礼を言うと全力で駆けて行き――とある通りの真ん中で、カツアゲを始めた。


 ――あれ? いつもと大差ない?





「ああ? なんでてめーに金渡さなきゃいけねーんだよ!」
「いーから出せよ。四の五の言ってねーでさあ」


 路地裏でしているその会話を小耳にはさんで。
「むむ」
 リフィリス・エタニティア(りふぃりす・えたにてぃあ)は小さくうなった。

「ハルカちゃん、見て! あそこに悪がいるのです〜」
「えー?」
 呼ばれて振り返ったハルカは、リフィリスの指差すうす暗い路地裏に目を凝らす。

 ちなみにこの身長140センチ、黒髪ショートのかわいい女の子、ハルカちゃんは、ちぎのたくらみで幼児化した緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)である。


 暗さに慣れた目に入ったのは、数人のいかにもな外見をしたチンピラに囲まれているクロ・ト・シロだった。
 だがうす笑いで「金を出せ」とおどしているのはクロ・ト・シロの方だ。


 この場合、どっちが悪だろう?


「こんなときこそ魔法少女ハルカちゃんの出番なのですよ〜。
 早く早く〜! 早く魔法少女にヘンシンして、人助けするのです〜」
 内心首をひねるハルカの葛藤をよそに、リフィリスは急き立てる。

 リフィリスの場合、どちらが悪でもよかった。最近魔法少女をしてくれない――つまり自分を使ってくれない――ハルカに、魔法少女になって活躍してほしいだけだ。

「わ、分かったのですー」
 急き立てられるままにハルカは魔法少女に変身した。


「リリカル☆ マジカル♪ メイルアーップ!」

 ハルカの体が一瞬、強い白光に包まれる。
 フリルヒラヒラ、ミニスカキララ。
 本物の魔法少女コスチュームに遜色ないコスチュームとなってリフィリスはハルカに装着された。


「愛と勇気の魔法少女ハルカ☆ ここに見参! なのです♪」


 光に目を奪われた通りの人たちに決めポーズをキラッ☆ と見せて、ハルカは颯爽と路地裏へ飛び込んだ。



「だーかーら、とっとと出せっつったんだよ。おとなしく出してりゃ痛い目見ずにすんだってーのに。おめーらばかなの?」
 って、あ、ばかだったか。
 奪い取った札を扇にしてぱたぱた自分をあおぎながら、クロ・ト・シロは腹を押さえてうずくまったチンピラたちを見下ろす。
「ううう……くそ」
 傷を負ったほおをぬぐうチンピラ。
 怒りと、そしてぬぐいきれない恐怖が混合したその目を見て、クロ・ト・シロは不敵に笑った。

「なーんかあやしーなぁ。ほんとにこれで全部ー? もしかしてオレのこと、だまそうとしてない?
 出すんなら今のうちだよ? もしあとから出てきたら、承知しないよ?」
 あとからとは、つまりまだやる気だ。
 言外の意をさとったチンピラたちは身をこわばらせる。
 どうするか……ためらった末、チンピラたちはしぶしぶ尻ポケットから札を出した。
「やっぱ、まだ持ってやがったのかよ。さすがチンピラ。くさってやがる。
 こりゃマジで信用できねーな。全員ポケットの中布引っ張り出して見せろ」
 そのとき。

「そこまでにするのですー!」
 ハルカがそう言って、クロ・ト・シロに自分の存在を気付かせた。
 正義の魔法少女は不意打ちなどしない。いつでも正々堂々真正面からだ。
 そしてハルカは、事情を知らないなりにも無難にクロ・ト・シロを悪側と認定したようだった。(ま、そりゃそうか)

「その奪ったお金を彼らに返すのですよー」
「奪った?」
 面白い言葉を聞いたというふうに、クロ・ト・シロはぷっと吹き出す。
「奪ってなんかねえよ。これは、救出なの。救出。お札さまをやつらの手から救出してやったというわけ」
「それを奪ったというのですー」
「違うって。
 あ、おまえちょっとそこでジャンプしてみろ」
「え?」
「いいからしてみ」

 わけが分からないまま、とりあえずハルカはその場でぴょんぴょんジャンプした。

「へへへ。小銭の音がしねーぞ。おまえ、札持ちだな」
「……そりゃあ、街に出てきてるのですから、お金は持ってるのです…」
「はい、あなたは成金認定されました。おめでとーございまーす」
 ぱちぱちぱち。いぶかしむハルカの前、クロ・ト・シロは手をたたいて見せる。
「報酬は燃焼する権利でーす」
「燃焼?」
「そう。こういうこと」

 ――ぞわ。
 ハルカは一瞬で鳥肌立った。この路地裏だけ急速に空気が変化したのが分かる。
 次の瞬間、クロ・ト・シロの手を離れてひらりと舞った数枚の札が、ボッと音を立てて燃え上がった。

「!」
「ハルカちゃん、フラワシなのですよ〜」


 いやもうどう見ても完璧悪役のように見えるので、ここで説明しておこう!
 クロ・ト・シロはかつて自分がお札だった前世を思い出したのだ。
 しかも太った成金ハゲオヤジが、暗いなか、帰ろうとする彼の履物を揃えようしてなかなか揃えられずにいる女中たちに業を煮やし
 「これで明るくなるだろう?」
 と、ただ照らすためだけに燃やされた札だった。

 本来の用途とは違う使われ方をした怒り! ハゲデブチビのオッサンの脂ぎった手で握られ、マッチで火をつけられた怒り!

 しかしその憤懣を超えたところについに見出されたカタルシスの極みというか何というかで、我が身を燃やされながら昇天するのが意外と快感というか、マジで昇天というか、サディズムまじりのマゾヒズムというか。
 ちょっと凡人には理解できない論法で、燃焼=救出というのが開眼されちゃったらしいんだな、これが。
 こう、360度回転してみたら別次元に行き着いちゃったような。
……えーと。これで合ってますか? クロ・ト・シロさん。


「オラー! さっさとてめーらも札出せ! オレが燃焼(救出)してやっからよ!」


 旧神 バースト が1体現れた!
 旧神 バースト は我を失っている!
 旧神 バースト の攻撃!
 炎を纏った拳が迫る!!



「ハルカちゃん!」
「見えない敵であっても、攻撃はできるのですよー!」
 ハルカは手を高々と上げ、ファイアストームを自分以外の周囲に放った。
 いわゆる、ヘタな鉄砲も数撃ちゃ当たると似たような作戦だ。

 しかしこの犠牲になったのはチンピラたちだった。
「あーーーーっちゃっちゃっちゃ!!」
 狭い路地裏で前後をハルカとクロ・ト・シロにはさまれ、動けずにいたチンピラたちは服についた火をあわててたたき消す。
 そこに、さらにサンダーブラストの雨が。
「うわっ! うわっ! うわっ! ――ぎゃ!」


「そのお金を返すのですー!」
「いーんだよ! こういうモヒってるやつらは「紙幣なんざケツ拭く紙にすらならねぇぜ!」って普段から言ってんだからさあ! 紙幣がねーならトイレットペーパー使わせてりゃいーんだよ!」

 正論である。


 しかしだからといって、モヒカンのヒャッハーでないハルカまで紙幣を燃やされてはたまらない。
 これは自分のお金だ。

 ハルカは見えない敵フラワシを自分に近づけまいとファイアストーム、サンダーブラストなどなどを使って無差別攻撃しているうちに、ふと思った。
(このままではこちらの方が先にまいってしまうのです。やめさせるには術者を攻撃するしかないのです)
 でもクロ・ト・シロは強そうだ。
 フラワシも、焔や嵐だけじゃないかもしれない。
 そのクロ・ト・シロの意表をつくにはどうしたらいい?
 疲労した頭で必死に考えた結果、ハルカの頭をひらめきが走った。


「えいっ!」
 出力を絞って糸のように放出されたファイアストームが旧神バーストをかいくぐってクロ・ト・シロの元まで到達し、手のなかの札を燃やす。

「うわ! あちっ」

「ちょ! あれ、おれらの金!!」
 戦いの真ん中で消耗しきってぐったりしていたチンピラたちが、あわてて元気になる。

「今です!
 正義の裁きを受けるのですよー! シューティングスター☆彡!!」
 ハルカに導かれ、落下してきたお星さまのようなものが驚くクロ・ト・シロを直撃した。


「ついにやったのです…!」


 見事な本末転倒ぶりだが、一番に優先されるのは自分の(サイフの)勝利であるためしょーがない。
 正義の魔法少女はいついかなるときであろうとも悪に屈してはならないのだ。
 それが何より優先。


 悪を滅ぼしたと己の勝利を確信するハルカの周りでは。


「金! おれの金っ!! 今月の生活費!!」
 チンピラたちが燃えながらひらひらと舞っているお札の消火にあたふた走り回っていた。



*            *            *



「まったく、なんて真似を……ま、燃焼できたからいっか」
 しっかりミラージュで離脱していたクロ・ト・シロは、逃げ切った先の路地でぶつぶつぼやく。
 だが根に持つことなく、次の獲物をあさろうと通りへ向かいかけたときだった。

「クロ・ト・シロさん、でしたよね?」
「ん?」

 フードマントの者が、背後からクロ・ト・シロを呼び止めた。