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リアクション
■ ずっと側に ■
月見。
それはフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)にとって、忘れられないフィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)との思い出だ。
あの頃のフレデリカは、少しでも立ち止まればそれだけ兄が遠くへ行ってしまう気がして、一時も心が安まらなかった。寝ている間でさえ兄に悪いことがあった夢ばかり見て、飛び起きたりしていた。
そんなフレデリカに、フィリップはお月見をしながら言ってくれたのだ。
――この月を、お兄さんが見ているなら。それは素敵なことですよね。
だって、同じ時間に同じものを見ているんですよ?
近くに居なくても、同時に同じものを見ている。距離なんて関係ないって、教えてくれているじゃないですか――
お兄さんと同じものを見ましょうと微笑んでくれたフィリップの言葉を、その日からフレデリカは噛みしめるようにしてベッドに入るようになった。
そうしたら、あれほど毎日苦しめられた兄に降りかかる災厄の夢を、ぴたりと見なくなったのだ。
フレデリカにとって、月見は特別の行事。
だからニルヴァーナで月冴祭があると聞き、どうしても一緒に行きたいとフィリップに頼んだのだ。
普段は気位が高くてしっかりしているフレデリカが、そういうおねだりをするのは珍しいから、フィリップは意外に思ったようだった。けれど、何も聞かずに頷いてくれた。
「お月見、ですか。フレデリカさんとゆっくりしたかったので良いですよ」
「ありがとう!」
そしてフレデリカはフィリップと共にニルヴァーナまでやって来たのだった。
2人で小舟に乗り込んで、ニルヴァーナの空を見上げる。
闇にぽっかりと浮かぶ満月は、目が離せなくなるほど見事なものだ。
「ねぇ、フィル君。前にもこうやって2人で月を見たの、覚えてる?」
フレデリカの問いに、フィリップはよどみなく答えた。
「もちろん覚えていますよ。この月も、あの夜と同じに綺麗ですね」
「そうね……本当にそうだわ」
フレデリカは月を見て微笑み、そしてフィリップに視線を移した。
「私がどうしてもフィル君と『もう1つの世界の月』を見たかったのはね、パラミタの月を見て大切なのは兄さんとの物理的な距離じゃなくて心の距離だと思えたように、ニルヴァーナの月を見てフィル君の近くに居られない時でも気持ちが通じ合えてることを確認したかったからなの」
「そうだったんですか。どうしてフレデリカさんが月冴祭に行きたいと言い出したのか、実は不思議に思っていたんです」
何かあるとは思っていたけれど、とフィリップは得心したように頷いた。
「ねぇ、フィル君」
「はい、何でしょう?」
「フィル君はどこにも行ったりしないよね? ずっと側に居てくれるよね?」
兄のように居なくなったりしないかと不安になって聞いてみれば、フィリップは穏やかにそれを受け止めた。
「はい、僕はずっとそばにいますよ」
フィリップの答えはフレデリカの不安を鎮めてくれた。
もう、あんな思いはしなくても良い。ずっとフィリップがいてくれる。
それはフレデリカにとって、何よりの幸せだ。
「私、なんだか幸せすぎて怖いの……」
思わずそう呟くと、フィリップは慌てた様子で言った。
「そ、そうですか? フレデリカさんを怖がらせるわけにはいきません。少し距離を置きましょうか!?」
まともに取られてフレデリカも驚いた。
「え? そういう意味じゃないわ」
「そうですか、良かった……」
ほっとした様子のフィリップにフレデリカは微苦笑する。
「もう、フィル君ったら……」
頼りがいがあるのかないのか。良く分からないけれどそれでも。
フィリップが一緒にいてくれることが、とても嬉しい。
以前月見をした時とはまた違う気持ちで、フレデリカはフィリップの隣で飽きず月を見上げるのだった。