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月冴祭の夜 ~愛の意味、教えてください~

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月冴祭の夜 ~愛の意味、教えてください~

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 ■ 月に祈りを ■



「こうして落ち着いて見ると、ニルヴァーナも随分豊かに様変わりしましたね」
 月を映す池の上。
 小舟に身を預けながらレムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)がしみじみと言う。
 開発が進むニルヴァーナの変貌ぶりにはめざましいものがある。
 昨日より今日、今日より明日。
 日に日にニルヴァーナは開発され、それに伴い流れ込んでくる人々の数も増加の一途を辿っている。
「人って凄いですね」
「そうだな。太古のニルヴァーナに少しは近づいたんだろうか」
 リア・レオニス(りあ・れおにす)も小舟から月や周囲の景色を眺めて呟いた。
 滅びてしまったニルヴァーナの過去を知るのは、もはやラクシュミだけか。いや、そうではないとレムテネルは煌々と照る月に目をやる。
「月はずっと見てきたのでしょう。太古の景色も、今私たちがしていることも。太陽と違い静かに、けれど真実を隠せない針のような鋭さを秘めて……」
 レムテネルのように美しい風景を詩的に表すことは出来なくて、綺麗だな、とだけ、リアは相づちを打つ。そして満月を含めて、周囲の風景をビデオに収めていった。
 このビデオは自分で見るためのものではない。
 この場所に来られない大切な人に贈るためのものだ。
 とはいえ、シャンバラ宮殿にビデオを届けたとて、祈祷に専念しているアイシャがそれを見ることはないだろう。女官が受け取って終わりというところだ。
 それでもリアは、国から離れられないあの人の為にとビデオを撮る。ロイヤルガードとしてアイシャの騎士として、なにより個人として、リアは活動したいと常日頃から思っている。今回のビデオ撮影もまたその一環なのだ。
「この映像から月の模様は分かるかな? 地球だと月の模様をうさぎとか、カニとか、ライオン、ワニに見立てるんだ。ラクシュミに聞いてみたら、ニルヴァーナでも月の模様をうさぎに見立てているらしい。思わぬところで共通点があるもんだな」
 予め調べておいた解説を交え、リアは月、風景、月冴祭を楽しむ人々の様子を撮影する。
 その間、レムテネルは撮影を邪魔しないよう、静かに月見を堪能した。

 一通り撮り終えると、リアもレムテネルとのんびり船遊びをした。
「リア。池に映る月、天空の月。どちらに真実を感じますか?」
 レムテネルにふと問いかけられ、リアはあっさりと答える。
「空の月が本物に決まってるだろう」
「そんなことは私だって知ってます。もう、仕方ないですね貴方は」
 レムテネルは苦笑した。
「貴方と哲学的な観念論的な話をしようというのが間違いでしたね」
 月があまりに綺麗だから、禅問答のようなことがしてみたかったのだが、現実を踏みしめて歩いているリアには不向きな話題だったようだ。
 己の内で2つの月の真実を自問自答し始めたレムテネルをよそに、リアは空の月……本物であり真実である月を見上げる。
 ここはテレパシーすら届かない、遠く離れた大陸。
 けれど月はパラミタと同じく大きな光の円を夜空に描いている。
 月に顔を向けたまま、リアはそっと目を閉じる。
 アイシャの幸せを祈って――。

 月に祈りを捧げるリアに気付いたレムテネルは、小舟に置かれているビデオカメラを取り上げた。少し前までリアが月冴祭の様子を収めていたカメラだ。
 そこに追加でリアが祈る姿を収めると、レムテネルはリアが気付かないようにとそそくさと録画を止めて、再びビデオカメラを元の位置へと戻しておいた。
 一心に祈るリアはレムテネルの行動に気付く様子もない。
(1人の女性を一点の曇りなく、そんなにも愛せるなんて……)
 その姿に厳かな神々しさすら感じつつ、レムテネルは月に祈るリアを見守って、夜を過ごすのだった。