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リアクション
「そうだ。出かけるなら携帯ちゃんと充電しときなさいよ。バッテリー切れで音信不通とか、あなたが行方不明になったら、本末転倒なんだから。前科あるでしょ、前科」
それでは私も、と部屋を出て行こうとするアナスタシアに、ブリジットが再び、背後から一声かける。振り返った彼女の顔は、あからさまにむっとしていた。
「……私だって前の私とは一味違いますわよ。充電くらい自分でできるようになりましたもの!」
「それできて当然でしょ」
「……そこまで仰るなら! お昼までにどちらが早く多くの方を探し出せるか、勝負ですわ!」
こともなげに言われて、腹が立ったのだろう。アナスタシアは意味もなく胸を張ると、びしっと扇をブリジットに突き付けた。薄いロシアンブルーの瞳が挑戦を突きつけていた。
「当然お受けになりますわよね、名探偵さん?」
ブリジットもガタッと音を鳴らして椅子から立ち上がる。
「受けて立とうじゃないの。──舞、連絡するからデータ頂戴」
「凛さん、私にも別の方の依頼書を見せて下さらない?」
二人はそれぞれから探し人の依頼書をコピーして受け取ると、手には探し人のファイルのコピーを挟んだクリップボードを手に、足早に──それぞれ真逆の方向へと歩いて行った。
アナスタシアとブリジットが妙な意地を張って校内を駆けまわって周囲をハラハラさせている間、舞はのんびりと、本部に相談に来た人の要件を聞いていた。
校内放送での呼び出しの依頼を受けて放送部にお願いしたり、そのことや新規に受けた案件を、携帯や内線を使って伝達していく。
それから先程のように、時間ができたら紅茶を本部で待っている人たちに提供した。三時のティータイムを欠かさないためか、美味しい紅茶を煎れることには自信がある。
凛も、依頼人の方に寛いでお待ち頂けるように、と紅茶や緑茶などを出して行った。
ハーブティーは、二種類。リラックス用にラベンダーやリンデン、アクセントにローズヒップをブレンドしたものと、気分をスッキリさせたい方用にペパーミントとレモングラスをブレンドしたもの。
少し陽が陰って来たなと感じたら、特に寒そうにしている方に、隠し味にほんのりスパイスを利かせたジンジャーミルクティを。
彼女自身がブレンドしたのは初めてなので、口に合うか心配だったが、喜んでもらえているようだ。
それに忘れてはいけないのは、お茶うけのクッキー。ただのバタークッキーだけでなく、チョコチップや、ジャムやドライフルーツが乗った凝ったものもある。味の方は、凛は甘いものが苦手だったけれど、シェリルのお墨付きだ。
お茶とお菓子は、不安な心をほっとさせる効果がある。
ともすればぴりぴりした緊張感が漂いそうな待合室は、小さな子を泣き止ませる効果があった。
やがて昼になって、二人が帰って来た時。
「はぁはぁ」
「や、やりますわね」
息を切らせて睨み合っている二人に、それぞれのパートナーがお茶を出してくれた。
校内の人探しから帰って来たシェリルがアナスタシアに「お疲れ様」と凛の淹れてくれたジンジャーミルクティを、舞はブリジットにハーブティーを出す。
わざわざ隣に置いたのに、二人がちょっと顔をそむけあってお茶を飲んでいると、アナスタシアの携帯が鳴った。
「何かしら?」
開くと、それはヨルからの写真付きのメールだった。
写真は、彼女が注文したカレーやその他の料理だった。……海軍食堂だろうか。
『おいしいよ。時間見つけて食べにおいで。百合園の食堂メニューのさらなる充実の参考になるかも! あと、迷子情報教えてくれれば歩きながら目を配っておくよ』
「さすがヨルさんですわね。 このようなときにも学園の考えて、お腹を壊すほど試食なさるなんて……」
アナスタシアは妙なところで感心している。隣で聞いていた生徒達は、単に食いしん坊なだけなんじゃと思った人もいたが……言わないでおこう。
「確か凛さんは辛い物がお好きだとか? そうですわね……ブリジットさん、今度はテイスティング勝負はいかがかしら?」
「受けて立つわよ」
「……それでは、一旦休憩に出ますから。後はお願いいたしますわね」
こうして彼女たちはよく判らない動機のまま、カレーを食べに行くことにしたのだった。