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リアクション
白百合会探偵社
校内ではぐれてしまった方をお探しではありませんか?
慣れない校舎を人ごみの中探すのは一苦労、すれ違ってしまう可能性もあります。
そんな時は白百合会探偵社にお任せを。
美味しいお茶を頂いている皆様のかわりに、私たちがお探しいたします。
「探偵社なんて御大層な名称だから、何かと思ったら、迷子受付センターじゃない」
アナスタシア・ヤグディン(あなすたしあ・やぐでぃん)が印刷したチラシを、教室入口の受付に補充していると呆れたような声が聞こえて。
彼女が振り向けば、腰に手を当てたブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が背後からこれまた呆れたような顔をしていた。
「……そうですけれど?」
「そりゃ、アナスタシアなら、むしろ、犬か猫探しぐらいでもいいとは思っていたけど……まぁ、本物の名探偵の私の出番じゃないわね」
ふふん、とでも鼻を鳴らしてでもしまいそうな彼女の表情に、アナスタシアは怪訝な顔をした。
「『本物』の……『名探偵』ですって?」
「私が出張るなら……そうね、百合園女学院生徒会長殺人事件ぐらい起きてくれないとね」
「百合園生徒会長……殺人事件……」
そうですの、と納得しかけたアナスタシアだったが、ワンテンポ遅れて言葉の意味に気付いたようで、顔を紅潮させた。
「って、勝手に私を殺さないでいただけます!? それはどういう意味ですの?」
本当の名探偵?なら、それはどういうことですかと言われてもめげない忍耐力と、壁から飛んできたナイフを避けるくらいの身体能力が必要かもしれないが、
「え、死んでる? 細かいこと気にしないでよ。例えよ、例え」
ブリジットはさらっとこともなげに流すと、奥の椅子に座ったアナスタシアの横に腰を下ろした。
「とりあえず、舞、紅茶お願いね」
はい、とパートナーの橘 舞(たちばな・まい)は頷くと、迷子のためのキッズスペースと、こちらは迷い人や迷い人を待つ大人たちのために淹れていたハーブティーのポットを持ってきて、二人のカップに注いだ。
ハタから見れば一触即発そうな雰囲気だが……ブリジットは別にケンカを売っている訳ではない。
「どうぞ。心も身体もリフレッシュできますよ」
「ありがと」「ありがとうございますわ」
舞はポットを置いてから、受付席に座る。
(ブツブツ文句言ってるフリしてましたけど、いつも通りですね)
ブリジットはテーブルの上にまた分厚い本を置いた。それを昨日準備していたのを、舞は見ている。
今日も喧嘩腰かもしれないが、それは彼女が(否定するだろうけれど)ツンデレなだけであって……多分。
「そうそう、この間貸したポアロ全集は読んだわよね? 次はこのホームズ全集を読みなさいよ」
「読みましたわよ。後程お返しいたします。でも、間に挟んであった入部届は残念ですけれど辞退させていただきますわ。生徒会が多忙ですので」
「まぁいいけど」
「それで、今日は何をしにいらしたの? まさか私に本を渡すためではありませんわよね? それとも……」
それは、舞が「白百合会探偵社」のお手伝いに来たからだろうか。
ちなみに、舞の担当は受付だ。彼女は振り返って、
「私の方は、ブリジットの方が探偵好きなので親近感もありますし。それに、自分で自由に作れる庭園とか、出来たら素敵じゃないですか。だからお手伝いしたいと思ったんですよ。
人ごみで人探しとかは得意じゃないですので……注意力が足りないってよくブリジットに怒られますし……そちらの方が探偵っぽいですけどね」
もう一人の受け付け、舞の横にちょこんと座っていた藤崎 凛(ふじさき・りん)も頷く。
「生徒の皆さんが好きなものを植えられる場所なんて、素敵だと思いますの」
(それにシェリルも最近悩んでいるようだから、お花を育てたりしたら気持ちも和らぐのではないかしら?)
凛のパートナーのシェリル・アルメスト(しぇりる・あるめすと)──彼女は今、物思いにふけるように窓の外を見ていた──には最近悩みがあるらしい。もし庭園ができたら、元気を取り戻してくれるかもしれない。
尤もそれは凛が気付いていないだけで、悩みの原因は凛と、シェリル自身の剣の花嫁という種族がひとつの原因であって、凛自身が考えるよりもっと深い事情がありそうだった。
アナスタシアは庭園という単語に、ひとつ頷く。
「百合園に入学して知ったのですけれど、日本の樹木として有名なのは桜ですわよね。校長の名前にも入ってますけれど、とても美しい花を咲かせますわ。それに日本出身の方々には特別趣がある樹木であるように感じましたの。
……でも、そういう植物は出身地によってそれぞれあるのではないかしら? それを植えて育てたり、鑑賞することで、相互理解が深まると思いましたの」
「それは素敵ですね。
でも何故探偵──そういえば、探偵の仕事に興味あるんですか? この間のフラワーショーの時も探偵みたいなことを……」
舞が両手を合わせて静かに深く頷いて、素朴な疑問を投げかける。
それを我が意を得たり、というようにアナスタシアは笑顔を浮かべた。
「小さなことからコツコツと、ですわ。ローマは一日にしてならずですのよ。……といっても探偵になるつもりはありませんけれど」
「そうなんですか?」
「冒険や未知の体験がしたいのですわ。冒険を通して庶民の考えを知ることもできますし、世間を見ることもできますし、それが役に立つことなら猶更良いことでしょう?
百合園に各国の生徒の軋轢というほどの対立はありませんけれど、ちょっとした行き違いはありますもの。ひいては開かれた百合園の為ですわ。
そうそう、物語なら、最近は漂流小説にも興味がありますのよ」
どうやら、世間知らずのお嬢様はちょっとした刺激を欲しているようだった。
彼女たちがそんなことを話していると、本部で迷子の子供たちの相手をしていた鳥丘 ヨル(とりおか・よる)を迎えに、契約者の一組が訪れた。
黒崎 天音(くろさき・あまね)とブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は、アナスタシアを見ると丁寧にエリュシオン風の挨拶をして、
「忙しい所悪いけれど、休憩時間の間誘わせて貰うね」
それじゃあ、食堂に行こうか、と恭しくヨルの手を取った。
「今日はヨル姫の仰せのままに」
その姿はまるで姫をエスコートする従者のようだった。学校の中はヨルの方が詳しいし、それは三人とも承知の上だけれど、そういうシチュエーションも楽しい。
ヨルもまた「ちょっと食堂まで行ってくるね」と言うと、お姫様宜しく天音にエスコートされている。
アナスタシアはぼさぼさ頭で元気なヨルの意外な姿を見送った後、立ち上がった。
「それじゃあ、私もそろそろ人探しに行きましょう。きっと見つかる──私の小さな灰色の脳細胞はそう言ってますわ」
「お姉様、私も行きますわ」
それを追って、凛が立ち上がりかけるのをシェリルが非難めいた眼で止めた。
「リン、何しに行くの?」
「勿論、アナスタシアお姉様の助手として……」
言いかける凛の言葉をシェリルは遮る。
「リンが迷子探し……? とんでもない、どれだけの人出があるか知れないのに君まで迷子になってしまったらどうするんだい?」
「え? 私は本部で待機ですの? シェリルったら……私だって日頃ここに通っていますのに」
むぅ、とほっぺたを膨らませる凛だったが、シェリルの真剣な瞳に納得したように腰を下ろした。
シェリルの真剣さは、それはアナスタシアたちが見れば本心からの心配だけではないような気もしたが、おっとりした彼女は気付かない。だから、こんなことを言う。
「仕方ありませんわ……依頼人の方の対応をする役割も必要ですものね。その代わり、シェリルはしっかりお姉様をサポートしてね」
「分かってるよ、心配しないで」
シェリルは凛の頭を小さな子の保護者がするように撫でると、簡単に連絡の手順を確認する。
シェリルは先に立って飛び出していくと、探偵社メンバーとは携帯で連絡を取り合い、探し人の容姿や特徴を元に聞き込みを始めた。得られた手がかりは凛を通して随時報告し合うのだ。
人探しのついでに「迷子がいたら白百合探偵社に」と場所を記したメモサイズのチラシを配る。これで協力者が増えたら、迷子も見付けやすくなるだろう。