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あなたが綴る物語

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あなたが綴る物語
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●開拓時代アメリカ 4

 牧場に現れたアパッチはゆうに30人はいた。色砂で戦闘用の塗装をほどこし、羽根と骨でできた飾りを身につけていた。手には弓とウィンチェスター銃。交渉で手に入れたか、奪い取った戦利品だろう。
 牛を買い手に届けるため、牧場に男たちはほとんど残っていなかった。それが彼らにとって幸運だったか不運だったかは分からないが、牧場に残っていた者たちにとってはまさしく不運だったに違いない。彼らは母屋へ集まり、なかにたてこもった。窓に鎧戸を下ろし、家具でふさぐ。そうして2階へ上がった。
 そのなかには夢悠とルーネ、シルフィアもいる。家じゅうの銃と弾をかき集めて、射撃の腕前でライフルと散弾を分けた。できるだけ身をかがめ、外から見えるところが最低限であるよう気をつけて銃口を見せる。ガラスは最初に割っていた。そうしないと銃撃を受けたとき、内側へ飛び散ってしまうからだ。威嚇に何発か撃ったが、籠城することを考えると無駄弾もそうそう撃てなかった。当たったかどうかは知らない。
 木陰、馬小屋、樽、柵、馬車……死角となる物はいたる所にあった。そこから何か動く物がちらとでも見えたと思ったら即座に撃つ。お返しの弓や銃弾が飛んでくる。こちらも撃ち返す。その繰り返しだ。
「助け手はまだ来ない?」
 いら立った声でルーネが言う。
 時計は最初の襲撃で撃ち抜かれてしまい、今が何時かも分からなかった。
「……まだよ」
 こそっと町の方角に開いた窓から外を見たシルフィアが答える。
「暗くなるまでに来てほしいけど…」
 あの牧童が町へたどり着けたかもあやしい。もしも途中で捕まって殺されていたら、ここが襲撃されていることはだれにも知られていないことになる。ルーネは目を閉じ、数を数えた。知りようのないことであせっても仕方ない。
 それよりも夜がきたらどうするかだ。今はなんとか近づけさせないでいるが、暗闇にまぎれられたら全部の窓は守れない。どこか部屋を絞ってそこに移るべきか…。
 しかしアパッチの方は日暮れを待つ気はなさそうだった。
 屋根に重い物が乗るきしみ音がして、足音が起きる。何かを探っているような音だ。
「ルーネ! こっちへ!」
 みしっという音がして、ルーネがいた位置の天井が抜けた。間一髪で夢悠がルーネを腕のなかへ引っ張り寄せ、事なきを得る。
 ほうっと胸をなでおろしたのもつかの間、漆喰と埃をもうもうとたてて落ちくぼんだ天井から飛び込んできたのがあのインディアン、ブラック・スネークと知った夢悠は目を瞠り、体を硬直させた。
 よりによってこのときに!
 彼はルーネを抱いて尻もちをついていた。銃は衝撃で転がってベッドの下だ。手を伸ばしても届きそうにない距離。
 一体どうすればいいんだ――窮地に追い込まれ、ひるんだ彼の耳に次の瞬間銃声が聞こえた。ブラック・スネークの体が揺れて、肩から血が噴き出す。
「ふ、2人に、手を出さないで…!」
 果敢にもシルフィアが両手で銃をかまえて立っていた。その声も手も、どうしようもなく震えていたが。
 ブラック・スネークが怒りに燃えて彼女を振り返る。手斧が高々と振り上げられ、彼女を真っ二つにしようとしたときだった。
「こっちよ!」
 ルーネが転がった自分の銃に飛びついて撃った。銃弾ははずれて壁にめり込むだけに終わったが、ブラック・スネークの動きを止めさせ、注意を引き戻すことには成功した。
 ブラック・スネークの横から聞き慣れない音が起きる。
 それは刀を抜く、鞘走りの音。形見の刀を抜き、白刃をブラック・スネークへと向ける。
 丸太のような腕に握られた手斧を見たとき、一瞬馬車での光景がよみがえって夢悠は恐怖に満たされた。しかし怒りがそれを凌駕した。ついにこのときがきたと心をふるい立たせ、彼はブラック・スネークに斬りつけた。
「うあああああああっ…!!」
 夢悠の雄叫にライフルの狙撃音が重なる。
 どちらが決め手になったのかは分からない。どちらでもいい、とアルクラントは銃を下ろした。シルフィアが無事ならば。
 ブラック・スネークは斃れた。しかしアパッチはまだ大勢いる。セリスたちがはさみ撃ちをしていると知った彼らは母屋の1階に突入をかけた。
「くそっ!」
 何人かは阻止した。しかし何人かは入られてしまった。2階には女子どもしかいない。
「こうなったら俺が――」
 そのとき、流したセリスの視界に、東の崖で何か動くものが入った。
「騎兵隊が到着したのか!」
 万感の思いでそちらを振り仰ぐ。
 次の瞬間セリスが目にしたものは、横向きになって帽子に手をあて、膝を曲げて立つマイキーの姿だった。
 夕日に赤く染められて、無駄にポーズがかっこいい。
「みんな、戦うなんてだめだ! この世界は愛によって構成されているんだよ! ラブ&ピース! それだけがひとのハートを打ち、ひとを動かす原動力にしなくちゃいけない!
 さあみんな! 踊ろう!! 力いっぱい、愛を込めて!!」
 ……もうどこからツッコめばいいのか……。
 セリスはあっけにとられて何も言えず、ただマイキーの不思議な踊りを見つめた。
 だがこれが意外にも、アパッチの注意をひきつけた。マイキーの言葉は彼らに全く通じていなかったが、踊りといった動き、ボディランゲージは言語に関係なくある程度相手に通じるものはある。
 彼らは少し混乱したような表情で踊るマイキーを指差し、何か早口で話し合ったあと。
 一斉に彼を射た。(ある程度通じても、それがどう理解され、受け入れられるかはまた別問題で)
「うわわわわわわわっ」
「マイキー!!」
 崖を転がり落ちたマイキーの元へセリスとマネキが駆け寄る。
「あいたたた……失敗しちゃった。でも、ボクがんばったんだよ?」
「ああ、まあ、それは認める」
「うむ。すばらしい無私の奉仕だった。認めよう、おまえは我の愛人にふさわしいと」
「なに言ってんの、マイラブ。出会ったときからボクたちは恋人さ!」
「愛? 恋人? そんな言葉では生ぬるい! 我らはそれらを超えた関係……そう心の友だ!」
「おお、スウィートハート!」
「……おまえらが何言ってるのか俺にはサッパリ分からないよ…」
 それでも通じ合っているんだから、げにおそろしきは愛の力。かもしれない。
「それに、おまえのしたことも無駄ではなかった」
「えっ?」
 含みのあるもの言いに強い不安を感じて、マイキーががばりと身を起こしたときだった。
 突然夕方の空からピカッと強い光が落ちてきて、スポットライトのようにマネキを照らす。
 いつの間に近付いていたのか。上空にはUFOとしか言いようのない巨大な物体が浮かんでいて、マネキを照らす光はその物体の底から出ていた。

 あ……ありのまま、今起こった事を話すぜ! アパッチと銃で撃ち合っていたはずが、気がついたらジャンルが西部劇からSFになっていた! な、何を言っているのか分からねーと思うが(ry

「マイキー、よくやった。おまえの踊りが彼らを呼び寄せてくれたのだ。これで我はようやく故郷へ戻ることができる」
 マネキは光のスポットライトのなかほどまで浮かんだあと、止まって彼らを見下ろした。
「おまっ! 宇宙人だったのか!?」
「見れば分かるであろう。それ以外の何に見える?」
 ネコの置き物かと。
「……いや、まあ、それも認める」
 ここでネコの置き物とか言ったら、じゃあおまえはネコの置き物がしゃべると思っているのかとツッコまれそうなので、セリスは黙る道を選択した。それはアルクラントも同様だったようで、顔を横向けた先で口に手をあて言葉を飲み込んでいる。
 そしてなぜかアパッチたちがわらわらと出てきて何もない開けた場所で無防備にひざまづくと、空に浮かぶマネキに向かい何事かを唱えながら一心不乱に拝むような動きを始めた。
 セリスの頭のなかをひらめきが走る。
「もしかして、神の像って――」
 言葉の先を奪うように、そのとき突然強風が吹き荒れた。
 耐えられずにだれもがひざをつく。
「マイディア! 行かないで!」
「愛 COME」
「パンプキーーーーーン!!」
 通じ合っているような、最初から最後まですれ違っているような謎会話を残して、マネキはその場から消えた。ほぼ同時にUFOも消えたので、帰って行ったというべきか? とにかくマイキーには生まれ変わりでもしない限り追って行けない星空の向こうへ、マネキは去って行った。
「マイキー…」
 さすがにセリスもマイキーが気の毒になって、なぐさめるようにぽんと肩に手を乗せる。だが振り返ったマイキーは、意外にも泣き笑っていた。
「マイキー、おまえ」
「つらいよ。つらいけど、きっと、この別れも愛のはじまりなんだね!」
 そして涙を拭き取るようなしぐさをして、ロバにまたがると夕日に向かって去って行った。マネキとの出会いと別れで知ることのできた、真の愛を世界に広めるために。
「……は、ははは…」
 目前、展開された一連の出来事は完全に彼の許容できる範囲を大きく上回っていたのか、アルクラントは気の抜けた笑いを発する。
「アルくん? 大丈夫?」
 アパッチの脅威がなくなって、母屋から出てきていたシルフィアが心配そうに寄ってきた。
「やっぱり私にはこういうのは向いてないんだ。そうだ、金を掘りに行こう。今なら金脈もぶち抜けるような気がする…」
 ぶつぶつ、ぶつぶつ。独り言をつぶやきながら愛馬にまたがると、やはり夕日の沈む東へ馬首を向ける。
「あ、待ってアルくん! どこかへ行くならワタシも連れて行って!」
「シルフィア。いや、しかし私は…。それに、エメリアーヌやペトラは?」
「別れるのはさみしいわ! でもアルくんがいなくなるよりずっと耐えられる! それに、ここへ来ればいつでも会えるもの。
 大体今のアルくんは危なっかしくて、1人でなんか行かせられないわ! 絶対道に迷うか荷物落とすかするに決まってる! ワタシがしっかり見ててあげないと、遭難しちゃうわよ!」
 アルクラントはシルフィアを見つめた。一点の曇りもない青い瞳を。
 絶対アルクラントが目的の鉱山までたどり着けず行き倒れると信じている目だ。
「……もしそれでも連れて行かなかったら?」
「追いかけるわ! どこまでも!」
「そして行き倒れたきみを救出するのか。二度手間だな。
 おいで。一緒に行こう」
 シルフィアを鞍の上に引っ張り上げたアルクラントは次に、じっとこちらの様子を見守っているセリスの方を向いた。
「というわけだ。セリス、店に戻ったらエメリアーヌに説明しておいてくれ。あと、これをペトラに」
 と、帽子を脱いで渡すと、彼らもまた夕日を追うように去って行く。
 アパッチたちは神が消えたことを悲しんだが、空へ昇って行ったことにうまい解釈をつけて心のなかで折り合いをつけられたのか、帰って行った。そのなかには夢悠の家族や移民たちを殺した者たちもいただろうが、戦意を喪失して悲しんでいる彼らを見て、夢悠もまた追い討ちをかける気になれなかった。ブラック・スネークは倒したし。アパッチを絶滅させるという強い意志がない限り、それはできない。それにきっと、彼が手を下さずともそう時をかけずそれは起きる気がした。すでに彼らは滅びへの道を歩いている。
「ユメチカ……カリフォルニアへ行くの?」
 ルーネがおずおずと訊いた。
 復讐は終わった。だから彼も、つらい思い出のあるこの地にはいづらいのではないかと考えたのだ。
 振り返った夢悠はルーネの杞憂を吹き飛ばすようにほほ笑んだ。
「それは父さんたちの夢だよ。オレはどこにも行かない。ここに家族の墓もあるし。それに……オレのこと、大切な人だって思ってくれるルーネもいるしね」
「大切よ!」ルーネはとびついた。「ユメチカのこと、すっごく大切に思ってる! 大好き!」
「うん……うん。伝わるよ、ルーネ。ありがとう。オレもルーネのこと、すごく大切だよ」
 この気持ちがルーネにも伝わりますように。
 祈りながら夢悠は彼女を抱き締めた。