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リアクション
第1章 囚われた者達 3
脱出を決めたガウル達は、見張り番から鍵を盗み出す方法を相談し始めた。武器と呼べる武器は敵に奪われてしまっている。力に頼ることは出来そうになかった。
「私に任せて下さい」
五月葉 終夏(さつきば・おりが)が言って、小石を手にした。
何をする気かと仲間達が訝しんで見守る中、終夏はしゃがみ込むと小石を床に打ちつけ始めた。
「音楽家は、音楽で何とかしてみせます」
最初こそ単なる音であったものが、次第に軽快な曲調を刻み始める。打ちつける場所によっても音の高低はあるようで、終夏はそれを巧みに使い分けた。両手に握った小石が刻むリズムは、やがて、「子犬のワルツ」のような曲を奏でた。
「なんだ……?」
見張り番の怪訝そうな声が聞こえた。
壁に立てかけてあった槍を手にして、見張り番が近づいてくる。
「き、貴様ら……っ!?」
鉄格子の奥の終夏達を見て、見張り番が声を張り上げた。ふいに、その怒声がしぼんだ。急に視界がふらついたのだ。それは、終夏が囁くように歌った『ヒュプノスの歌』のせいであった。
「いったい……な、何を……」
まどろみの歌に誘われるまま、見張り番は徐々に足腰の力を失い、ばたん、とその場に倒れ込んだ。終夏の囁く歌も止まる。見張り番は寝息を立てており、これでもう安心だった。
鉄格子から手を伸ばしたブランローゼ・チオナンサス(ぶらんろーぜ・ちおなんさす)が、見張り番を引き寄せ、その腰にあった鍵を手に入れた。
「問答無用で牢に放り込んだんですもの。問答無用で脱出しても文句を言われる筋はありませんわ」
言いながらくすっと笑って、扉の施錠を開く。
ガウル達は迅速に動き出し、牢から脱出を図った。だが、
「貴様らっ!? そこで何をしているっ!」
「しまった……っ」
運悪く他の見張り番がやって来て、ガウル達を発見した。呻くような声をあげたガウル達はその場に留まった。背後は突き当たりの壁である。袋小路に挟まれた状態になり、身動きが取れなくなった。
咄嗟に臨戦態勢を取る。ガウルも拳を握って構える。だが、すっと、ガウルの前にミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)達が進み出た。
「お前達……っ」
「ガウルさんに何かあったら、レン兄が悲しんじゃうもん。絶対、傷つけさせないんだから」
ミレイユがむっとした顔で敵の見張り番達を睨みつける。その隣で、
「そうですよ。ここは私達に任せて、ガウルさんは後ろに下がっていてください」
腰を低くした戦闘態勢を取ったシェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)がうなずいた。
「これだけの人数なら、負けることはないでしょぅ? 敵に足元すくわれるようなことだけはないようにね、シェイドくん」
どこに隠していたのか。相手の影を捕らえると言われている『影縫いのクナイ』を手にしたルイーゼ・ホッパー(るいーぜ・ほっぱー)が、くすっと笑いながら告げる。シェイドはもちろんだというようにうなずいた。
「ブランローゼ、終夏……あなた達は、ガウルの傍を離れないでね」
ミレイユ達と同じように前に出たルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、仲間に告げる。二人はうなずいて、ガウルを挟むように後ろにさがった。
「ルカ、お前は……」
「大丈夫大丈夫。こんなこともあろうかと……ってね」
心配するガウルを手で制して、ルカは自分の谷間に手を潜り込ませた。思わず終夏達が赤くなる。ガウルはむしろ茫洋としていて、平然とそれを見ていた。
谷間から取り出されたのは『ぽいぽいカプセル』である。スイッチを押すと、ぼんっと煙を吐き出すと同時に、剣が現れた。厳めしい見た目をした両手持ちの巨大な剣――『昂狂剣ブールダルギル』だった。
「これでなんとか戦えるわ。心配しないで、ガウル。あなたは……私が守ってみせるから」
じりじりと近づく兵士達を威嚇するように剣を構え、ルカはそう言った。
「あいつら、もう動き出してたのかっ」
世間話をするふりで見張り番を騙して気絶させたアキュートは、牢を脱出して、ガウル達の捕らえられている隣の牢屋へと急いでいた。その途中、見つけたのは、その牢屋の前の騒ぎである。
どうやらガウル達はすでに脱走を企てたらしく、兵士達が集まってきていた。
「むっ、貴様、そこで何してる!?」
「げっ……やばい、こっちも気づかれたっ……」
兵士達が脱走しているアキュートに気づいた。だが、更に、
「いけーっ! 突入だー!!」
この騒ぎに乗じて、なにやら勢いづいた声が牢屋へと飛び込んで来た。アキュートも兵士達も何事だと入り口に振り向くと、そこから現れたのは数名の契約者達だった。
「くっ、増援かっ!?」
兵士の一人が呻いた。自分達を挟み撃ちにする作戦だと思ったらしい。正確には、全てが偶然で重なったことだったが、味方が来てくれたことには変わりない。アキュートは状況をすぐに理解し、契約者達に呼びかけた。
「アキュート、無事だったかっ」
増援の筆頭であるダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が喜びを顔にして言った。
「ああ。だけど、ガウルの旦那達はまだ中だ」
「淵っ、カルキっ! 遠慮はいらん。やってやれ!」
ダリルが仲間達に指示を下す。
「任せとけ。近づいたら潰れちまうぞ!」
重力を操る銃――『G.G』を構える夏侯 淵(かこう・えん)がその銃口で兵士達を捉えた。放たれた重力弾は撃ち込まれた場所の重力を湾曲させる。さらに、夏侯淵はそこに『Gコントロール』をかけた。弾と弾が線となり、囲まれた場所の重力に、脱出不可能の負荷がかかった。
「ふん。小柄だと侮るなかれ、だ」
「淵、危ねぇからそこどけっ!」
次いで、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が夏侯淵をのかすように前に出る。その両拳に漲る魔力が、まるで電光のように輝いた。輝きを纏ったまま、カルキノスの『百獣拳』が炸裂する。魔力を帯びた無数の拳が兵士達を次々と吹き飛ばしていった。
と、そこに――
「ダリルさんっ!?」
「朝斗っ……!?」
さらに地下へと侵入してきたのは朝斗達であった。
美雪や愛羅の姿もある。再会の喜びも束の間、兵士が攻撃を仕掛けてきたため、すかさず、美雪と愛羅がそれを薙ぎ倒した。カタールの刃と『氷術』の煌めきが一閃した瞬間には、兵士達は悲鳴をあげてその場にくずおれていた。
それによって敵も厄介な相手だと認識したのか。さらに数名の兵士達が美雪と愛羅を狙ってきた。
カタールと槍の刃がぶつかり合う。その競り合いの最中に、美雪と愛羅の視線がちらりと朝斗達を見やった。その目はこの場に自分達に任せて、ガウルのもとに向かうことを指示していた。
「ダリルさん、ガウルさんは中に……っ?」
「ああ、ルカも一緒にいるはずだ。早く助け出さなくては」
一部の仲間をそこに残し、残るダリル達は更に中へと突入した。
「ふぐぅっ――!」
「がぁっ――!」
入り口のほうから兵士達の苦鳴が聞こえてきたのは、ルカとミレイユ達が兵と戦い始めて間もなくだった。どうやら入り口側から、他の何者かが来たらしい。動揺を隠しきれない兵が一瞬、意識を逸らしたその瞬間――ルイーゼのクナイとシェイドの蹴りが叩き込まれた。
これで、ついに兵士達の数はわずかになった。残った兵が、気力を振り絞って攻撃を仕掛けようとしてきたとき、
「ルカっ、ガウルっ――!」
ダリル達が現れ、兵を後ろから突き飛ばした。
「ダリルっ!」
ルカの喜びに満ちた声が響いた。
世界が黄金都市から森へと変化したとき、いつの間にかダリル達とははぐれてしまっていたのだ。こうして無事に再会出来たことが、何より喜ばしかった。だが、喜びも束の間、ダリルはガウル達に向き直った。
「ガウル、ここは俺達が引き受ける。お前達は早く武器庫のほうに向かうんだ」
「武器庫?」
「ああ。そこに、奪われた装備が隠されてる。俺達の仲間がすでにそちらに向かって敵兵と戦っているはずだ。ガオルヴ討伐に向かった集落の戦士団に追いつくためにも、早くっ」
ダリルに促され、一瞬迷いはしたものの、ガウル達は素直に従うことにした。
続けてダリルは、ルカに、ガウルと共に行くように告げる。自分達の代わりに、ガウルの傍についていて欲しいと願っていた。
朝斗達が道を作り、ガウル達はそこを突破して、牢屋を脱出した。ガウルが振り返りざまに見たのは、残った仲間達の勇然とした顔だった。
(どうして彼らは……私にそこまでしてくれるのだろう……)
ガウルは一瞬考えた。今はまだその理由が、はっきりとは分からなかった。
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