校長室
【2022クリスマス】聖なる時に
リアクション公開中!
貴族の青年と一曲踊り終えた後、ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)はテーブル席の方へと向った。 フリーになった彼女に、多くの著名人が目を向けている。 そんな中。 「ラズィーヤ様」 ドリンクを手に、誰よりも先に声をかけてきた青年がいた。 青年は薔薇のドレスシャツに、黒のビロードのマントを羽織り、顔には黒揚羽に宝石を散りばめた「舞踏会の仮面」をつけていた。 「お久しぶりですわね」 ラズィーヤは微笑んで彼の手から、グラスを受け取って、彼のエスコートで近くのテーブルについた。 「俺……私が誰だか分かるのですか?」 「ええ、顔を隠されていても、お声でわかりますわ。ダンスの約束をしましたわよね」 「光栄です」 マントの青年――南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)は仮面を外して、微笑んだ。 「最近はどうしてますの?」 ドリンクを一口飲み、ラズィーヤは光一郎に尋ねた。 「ニルヴァーナの奥地や、コンロンから帝国の境など、慌ただしく転々としておりました」 光一郎はラズィーヤに、ニルヴァーナでの出来事について話していく。 友人の恋のことも……。 「『身が固く』想う女性を前に『煮え切らない』友人が目に余り背中を押してみましたが、相変わらず二人の仲は目に見えて進展しているように見えずやきもきさせられています。 十年の間に立場を違えた二人、まして公人だからなのか恋路とは他人ごとでも難しいものなのですね」 「そうですね。この場にも、そのような想いを抱いた方が沢山いそうですわ」 ラズィーヤが、ダンスを踊る男女にすっと目を向けた。 彼女の横顔は、息を飲むほど美しくて。 光一郎は鼓動を高鳴らせながら、外套の内ポケットに手を入れる。 「両手を出していただけますかラズィーヤさま」 光一郎の言葉に、ラズィーヤは不思議そうな目を見せながらも、グラスから手を離して彼に両手を向けてきた。 「こうですか?」 「はいそうで……!?」 内ポケットの中が不自然に重い事に気づき、光一郎は別の意味でさらに鼓動を高鳴らせる。 悪い予感を走らせながら、身体をひねってラズィーヤに背を向けて。 内ポケットの中のものを取り出し、確認する。 それは、『ニルヴァーナの石』だった。一緒になにやらメモが入っている。 『これこそ【こいのしれん】である』 書かれていた言葉を見て、光一郎の顔がカッと熱くなる。 (やりやがったな、あの野郎) パートナーのオットーの仕業に違いない。プレゼントをすり替えられたのだ。 (なら即興で勧進帳演じきってやんよ!) すーっと、光一郎は息を吸い込んだ。 「ラズィーヤ様の優しさ美しさ聡明さが天上高く輝ける月とするなら、まだまだ私はこのようなもの」 言って、ニルヴァーナの石をラズィーヤに見せる。 「しかーし。 背丈の成長こそ止まりましたが今でも中身は成長期、瑠璃も玻璃も照らせば光る。学友、親友らとの切磋琢磨のみならず、何よりこうしてラズィーヤ様との絆を感じる機会があることこそが己を磨く励みとなっています」 そして、ラズィーヤのキレイな両手にニルヴァーナの石を置いた。 「次にお会いする時『も』楽しみにしていて下さい」 「……」 ラズィーヤは手の中の石をじっと見て。 くすくす笑みを浮かべた。 「興味深いお話しをありがとうございます。『次』を楽しみにしていますわね」 ばくばく。 ばくばくばくばく。 光一郎の鼓動は緊張で激しく高鳴っており、内心は勿論、全身から汗がふき出していた。 (俺様の汗、移ってなかっただろうか) 心の中では、そんな心配をしていたが顔には出さず、光一郎はささっとズボンで見えないように手を拭く。 「訪れた機会に、感謝します」 そして再び深呼吸をして、ラズィーヤをダンスに誘ったのだった。 次は、高根の花である、この美しく聡明な女性に。 どんな石を贈ろうか――。