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第一章 再会 3

 レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)が雑貨屋通りのショーウインドウで悩ましげな顔をしていると、シャムスが近づいてきた。
「レジーヌ、何をしてるんだ?」
「あ、シャムスさん。実はその……この銀で出来たプレートメイル……格好良いなぁって」
 レジーヌはもじもじと恥ずかしそうに言った。
 店の名前は『チャールズ装備品店』。店先のショーウンドウには刃渡り二メートルはあるような巨大な剣。竜の姿が克明に描かれた年季の入った盾。真ん中が二つに割れるように出来ている、技巧の凝らされたハルバードなど、見た目に楽しいたくさんの装備品が飾られている。その右側に胴体部だけのマネキンに装着されて置かれているのがプレートメイルだった。
 下の謳い文句を見ると、ははあ、なるほど。『純正な銀で出来た特注のプレートメイル。いまならなんとお買い得価格の¥○○○○○!』と書かれていた(実際はザナドゥの通貨単位で書かれてるのだが、わかりやすいように直すとこんな感じだ。ようするに馬鹿高いってこと)。
 シャムスはあきれたような感心したような顔になった。
「あいかわらず、装備品には目がないな、レジーヌ」
「そ、そんな、ワタシ、年がら年中装備品ばっかり見てるわけじゃないですよ!」
「いや、それはわかってるが。年ごろの女の子が夢中になるようなものじゃないだろ」
 シャムスだってもともとは男と偽っていた女性だ。どちらかといえばレジーヌの気持ちは理解できるほうだが、それにしたってレジーヌの装備品に対する愛着は群を抜いていた。もっとも、それが愛らしいところでもあったが。
「だって、ザナドゥにしかないと言われてる青き炎『コルアンデルの残り火』で焼いた鎧なんですよ! いまならお買い時! これを見なくてなにを見るって言うんですか!」
 レジーヌはいっきにまくし立てた。いつもの彼女とは違う勢いに、シャムスは一歩引いた。
「わかった。わかったから、落ち着け。みんな見てるぞ」
「はっ! す、すみません。こんな、はしたないことっ」
 窓ガラスから装備品をべったり見るのは恥ずかしいことではないのだろうか。そう思ったが、シャムスがそこは黙っておくことにした。代わりに、シャムスは提案してみることにした。
「どうだ? そんなに見てみたいなら、よかったら店の人から話を聞いてみるといい」
「ええ! そんなの、ワタシ、できませんよ! 時間もかかってしまって、皆さんに迷惑ですし……」
「かまわないさ。なんだったら、オレもついていくし。なあ、アム。いいだろう?」
 道を挟んだ向かい側の店にいたアムドゥスキアスが、んっ? と首をかしげながらシャムスたちを見た。話の一部はどうやら聞こえていたらしい。すこしだけ、頭の中を整理する間があったが、アムドゥスキアスはなんの問題もなさそうに笑った。
「うん。大丈夫だよ。ツアコンの舞花さんも、しばらくはここでお土産を見たりする自由行動にするって。遠慮せずに行ってきなよ」
「ってことだ。どうする? レジーヌ」
「え、えっと……あの、それじゃあ、よろしくお願いします!」
 レジーヌは頭が膝につくぐらいおもいっきり頭をさげた。それからシャムスとレジーヌは二人で店に入って、店先に飾られている装備品や、それだけではなく、店内で売られている様々な武器と防具について話を聞いた。ショーウインドウから見えるレジーヌは興奮したり、おどろいたり、ときには装備品にまつわる切ない話をきいて、涙目になったりしていた。
 アムドゥスキアスはそれを通り沿いから見て、楽しそうでなによりだと満足げに笑った。


「いまさらだが謝りたい。本当にすまなかった!」
 目の前で直立した相手からいきなり謝られて、シャムスはさすがに呆気にとられた。相手はエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)という男で、シャムスはこれまでのことを思いかえしてみたが、別にこれといって謝られるようなことをされた記憶はなかった。だが、エヴァルトの態度は真剣そのものだ。
 顔をあげたエヴァルトは、ぽかんとするシャムスをまっすぐ見すえた。
「いきなりこんなことを言って、混乱させているのはわかっている。だが、どうしても謝りたかったんだ」
「いや、わかっているなら、出来れば説明が欲しいんだが。それで? 何をしたっていうんだ?」
「それが、話せば長くなるが……」
 実際、話は長くなった(主にエヴァルトの熱意がこもっていたせいだが)。
 要するにこういうことだ。以前、といってももう一年以上前になるが、リッシファル宣言が採択される理由になったあの忌まわしき大戦で、エヴァルトは伝説のイコンであるエンキドゥを討ち倒すため、レン・オズワルドと一緒にギルガメッシュで出撃した。そのさい、エヴァルトは敵に操られたエンヘドゥがエンキドゥに搭乗しているのにもかかわらず、エンキドゥを撃ちぬこうとしたのだ。エヴァルトはそのときの自分を恥じ、こうして猛省しているのだった。
「本当にすまなかった。あのとき、同乗していたレンの制止がなければ、俺はエンヘドゥもろともエンキドゥを破壊してしまうところだった。この場でいうことではないのかもしれないが、二人に謝りたい」
 エヴァルトがもういちど、深々と頭をさげた。
 シャムスはなるほどと事情を理解した。ただ、さすがにこのままエヴァルトに頭をさげ続けさせるわけにもいかない。エヴァルトにだって男としての、戦士としてのプライドがあるだろう。シャムスは身なりをただして、こほんと息をついた。
「いや、事情のほどは理解した。エヴァルト・マルトリッツ。だが、オレも南カナンを治める領主として、わが妹の命を狙ったものをゆるしておくわけにもいかない。よって、罰をあたえる。おまえには、それを遂行するだけの覚悟があるか?」
 エヴァルトは自分の決意をしめすように、力強くうなずいた。
「もちろんです」
 口調がかしこまったものになった。シャムスの態度を見て、自分にもそれに見あうまでの態度が必要だと思ったのだった。このとき、そこにあったのは誉れたかき領主と戦いに自分を見つける戦士だった。
「おまえに罰を与える。今後いっさい、たとえ何があろうとも、自分の信じた道をいくと誓うがいい。オレの命を守るため、エンヘドゥの命を守るため、自分の信じたものを守るために」
 エヴァルトは顔をあげた。信じられないものを見ている顔だった。
 いうなればもっと、自分にふさわしい重い罰を与えられると思っていたのだ。まさか、そのような言葉をいただくとは。エヴァルトは心をささげるように直立して、右手を胸にあてた。
「不肖、このエヴァルト・マルトリッツ。かならずやその罰を遂行してみせます」
「ああ、期待しているぞ」
 シャムスはエヴァルトの肩をたたいた。
 この男には前をまっすぐに見て突きすすむ、意志の強さと信念の深さが見てとれた。シャムスはそんな男にむごい罰を与えるような気にはなれなかったのだ。エヴァルトはシャムスに礼をすると、その場を離れた。そのさい、アムドゥスキアスのそばにいた相棒の耳を引っぱって連れていくのを忘れなかった。
 ゲルヴィーン・シュラック(げるう゛ぃーん・しゅらっく)という悪魔だ。ケルヴィーンはアムドゥスキアスのそばで、地球、とくに日本に根づよく広まっているアニメ・漫画文化をアピールするのに必死になっていた。DVDとか、漫画とか、小説とか、とにかく持ってこれるものはとことん持ってきて、アムドゥスキアスにすすめていたのだ。
 エヴァルトに耳をひっぱられながら、ケルヴィーンの嘆きが響いた。
「痛いっ! 痛いヨ、エヴァルト! 僕がなにやったっていうのサ!」
「町を統治するお偉い魔神さまに偉そうな口きいてるんじゃねえ。おまえ、敬語なんて使えたのかよ?」
「失礼ダナ!」ケルヴィーンは外国人の片言みたいな口調で怒った。「僕だって尊敬語ぐらい使えるヨ! 領主たる魔神の方々を敬う気持ちくらいあるんだからネ! あ、カナンの領主さん、そちらもDVDとかお一つでどうですか? いまなら書き下ろし小説の特典つきで……」
「いいから、いくぞ!」
「あああぁぁぁぁ」
 ケルヴィーンはずるずると引きずられていった。
「よかったのかい? シャムス」
 アムドゥスキアスがシャムスのそばにやってきた。両手にはアニメのDVDやら漫画やらをたくさん抱えていた。ケルヴィーンからおしつけられたものだろう。シャムスが同情するように見ると、あははははと苦笑いした。
 シャムスは気をとり直して、アムドゥスキアスの質問に答えた。
「いいんだよ、これで。あの男を失いたくはないしな。それに、エンヘドゥは操られていた。正当防衛みたいなものだ。無罪放免だよ」
「やさしいんだね。ボクなら、首をはねちゃうけどなぁ」
 シャムスはぎょっとなった。
「冗談だよ」
 アムドゥスキアスはくすくすと笑う。
「まったく……」
 シャムスは困ったように、ため息をついた。
「おまえの冗談は心臓に悪い」