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若葉のころ~First of May

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若葉のころ~First of May
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●テラスの午後

 ヒラニプラ郊外の、洋館。
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が暮らす家だ。
 広い庭に面したテラスに白い円形のテーブルが置かれている。
「大蛇事件の後始末……えーと、法手続きや処理とか……もなんとか一段落したと思ったら、らアナザーとか浮遊大陸とか色々で、平和な日々……って言う訳には行かないよねぇ」
 グラスに水滴が浮いていた。冷たいミルクセーキ、ルカルカはこれをぐっと呷ると、ぷはー、と一息吐いて、
「もうやんなっちゃうくらい仕事漬け! 危険手当と残業代よこせーよこせー」
 と言ってまたグラスを傾けた。
「本気にせぬようにな、仁科殿龍杜殿」
 同じテーブルで苦笑気味に告げるのは夏侯 淵(かこう・えん)だ。
「いーや、その気持ちはわかるよ」
「グチ言い合えるのも平和な証拠ってやつよね。あーもうしんどかったわー」
 本日、ルカ邸には二人の来客があった。
 仁科 耀助(にしな・ようすけ)龍杜 那由他(たつもり・なゆた)だ。
 八岐大蛇、グランツ教の巻き起こした争乱を振り返れば、この二人が並んで席についているという光景は奇蹟のようだ。少なくともルカはそう思う。……まあ、現実主義者のダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)なら「奇蹟ではなく必然だ」と言うかもしれないが。
 オフィシャルな用件があったわけではない。強いて言えばお茶会だ。ルカは耀助と那由他を招き、淵にダリル、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)も加えた六人でテーブルを囲んでいる。
 館を守るようにしげる林から、いい風が吹きこんでいた。
 話は多岐に及んだ。これまでの数ヶ月を列挙するだけで、ジェットコースターに毎日乗せられているような日々だと言うことがわかるだろう。
「パラミタの生活は落ち着かないからなー。まあ、それがいいんだけど」
「たとえば、どんなとこがいい?」
「そりゃあ、ルカみたいな可愛い子とお知り合いになれることかな」
「ちょっと耀助! 人んちまで来てその家の主人をナンパするってのはどうなの!」
「いやこれはナンパじゃなくて普段思っていたことを口に出しただけだよ」
「ね? 可愛いって言った? ホントに? ホントに?」
「……ルカも素直に喜ばないように。社交辞令だ」
 那由他は目を怒らせ、ルカはなにやらホクホクし、夏侯淵は呆れ顔して耀助はにへらと笑う……まあ、平和な光景であることに間違いはないだろう。
「ルカ、アトラスの話はしないでいいのか」
 馬鹿話には乗らない、といわんばかりに丸っきり会話の外にいたダリルが、静かに告げた。
 そうだった、とルカルカは、あのとき自分が経験したことについて淡々と語ったのだった。
「……アトラスの死はショックだったよ」
 もう笑ってはいなかった。ルカは静かに、悲しむというよりは思い出を抱きしめるように話すのである。
「でも、大陸を支えてドージエに渡したことは光栄だった。今でも体にあの時の感触が残ってる……パラミタ大陸と繋がってる自分と無数の命を感じたわ」
 手を一度だけ握って、開く。
「でもね、自分が人でなくなるような感覚の中で、【鋼鉄の獅子】が守ってくれてダリルたちが支えてくれたから、頑張れたの。『私とパラミタはもっと強くなれる。全部私が支えてみせる、守ってみせる』ってね……」
 ダリルが言う。ルカに口を挟むというのではなく、言葉を引き継ぐように。
「大切な存在が重責に苦しむとき、代われない自分が歯がゆかった。……だが、あのとき俺は、それがルカの役目で世界の選択だと考えた。だから俺なりの方法で守ろうとした」
 耀助が、ふっと真面目な表情を見せた。
 耀助は悟ったのである。ダリルが、自分のことを言っているようで、実は八岐大蛇事件のときの耀助のことを話しているのだと。
「仁科……。よく、頑張ったな」
 ――ほう。
 黙ってそれを聴くだけだったカルキノスが、ここで左目をかすかに見開いた。
 冷徹を通り越して冷酷とすら言われるダリルが、他人をねぎらうようになった。それも、真正面から。二、三年前……いや、昨年と比べてもまるで別人だ。
 もちろん淵とてダリルの変化には気づいている。ただ、指摘しても彼がかわすのはわかっているので、あえてからかうように言った。
「頑張ったと言うが、龍杜殿の方にこそ何か言わぬのか」
「それは俺の役目ではない」
「そうきたか」これには淵も苦笑するしかなかった。これはいつものダリルらしい返しだ。とっても!
「まあ、なんだ。神妙になるのはこの辺にしようかな」
 テーブルのドーナツを取ったルカは、いつもの明るい口調に戻っていた。
「すごく簡単にまとめると、世界はいつも大変なのよ」
「簡単にまとめすぎだろう」ダリルは言うが、否定はしない。
「まあなんだ、耀助、覚えてる? あの夜、『大蛇事件を皆の力で軽ーく解決してさ』なんて言ったけど、実際、終わってみればあっという間だったじゃない?」
「ああ、『軽ーく』って言い回しが俺向きだ、ってところも含めてそうだな」
「私たちずっとこうなのかもね」
「うん。那由他以外」
「なんで私だけノケモノなのよ!」
 頬を膨らます那由他の目の前に、すっとラケットの握りが差し出された。
「テニスやらねぇか?」
 カルキノスである。声でわかるが姿は違う。いつの間にか、擬人化液でやや筋肉質の青年の姿に変身していたのだ。庭の一角に立派なコートもある。
「テニス? いいわね。あたし、こう見えて羽付大会でチャンピオンになったこともあるのよ」
 本当か嘘か知らないが那由他はそう言ってラケットを握った。
 あ、でも袴じゃ動きにくいか……と言う那由他に、さっと淵が女子用のテニスコスチューム一式を差し出した。
「二人が来ると聞いて用意しておいた。いつもはルカたちとばかりで無茶苦茶な試合になってばかりなので、普通の庭球ができそうで嬉しいぞ。ダブルスのチームを組まぬか?」
「いいわね!」
 しかし耀助は立たず、ひらひらと手を振った。
「俺はもうちょっと茶を楽しんでからにするよ。それに、あんま得意じゃないんだよな、テニスって。色男、カネとテニス力はなかりけり、だ」
「えー、テニスってモテの代表的スポーツじゃないのー?」
「そうか知らなかった。だったらルカに手取り足取り教えてもらおうかな〜」
「またあんなこと言ってる!」
 那由他はジロっと耀助を一瞥して邸内に入っていった。更衣室も用意されているという。
「こっちだ」
 と彼女を更衣室まで案内しつつ、ぽつりとカルキノスは言った。
「良かったな」
「……え?」
 那由他は彼を見上げて、その『良かったな』が、これまでのすべてを指して、そして、耀助と軽口を叩き合える現状を指しての言葉であることを理解した。
「ありがとね」

「よーし、俺たちはウォーミングアップだ」
 淵はコートに入ると屈伸運動してサーブの練習などはじめている。サーブ時、打点を高くするためにジャンプするのが夏侯淵流だ。
「淵と那由他がダブルスのチームを組むんなら、ルカはカルキとのチームかなあ」
 ルカルカも言いながら更衣室へと向かった。
 自然に、テーブルは耀助とダリルだけになった。
「仁科、いい機会だ。少し話そう」
「ダリルとは一度、ゆっくり話したいと思ってたよ。モテの極意について、とか」
「光条世界を調査したい、そう考えているのだが」
「うおモテ話完全スルーされた」
「光条兵器の話は嫌いだったか」
「……いや、興味あるよ。実はね、すごく」
 結構、と言うように頷いてダリルは自説を述べるのである。
「最初に言った通り、光条世界を調査したい。俺の……光条兵器の根源だ。剣として一段高い階梯に上れる気がする」
「まだ強くなる気なのか、って普通の人なら言うだろうね。でも俺は普通じゃないからその気持ちがわかるよ。続けて」
「研磨して鍛えるのは俺と言う剣の実在の証だからな」
 ダリルの口元にかすかな笑みが浮かんだ。
「最近判明した。剣は『リセット』が可能だ。これを……」
 と、ダリルは小型精神結界装置をベルトから外して見せて、
「作ったのも、それら干渉への対抗策としてだ」
「対抗策?」
「俺達剣は信号一つで変えられてしまう。……悔しいが現実だ。だからこれは、俺の『あがき』とでも言うべきもの。たとえリセットされても、培った技量は俺という存在の証として残るだろう。……残したい」
「そのことはルカは知っているのか」
「たんぽぽ頭に見えて、ルカは鋭いところがある。はっきりとは認識していないだろうが、ある程度は察知しているだろうな。決してそのことを表にはしないが」
「どうして俺にだけ、そんな重要なことを明かしてくれたのかな」
「お前は情報通だ。関連情報があれば交換したいと思っている。それに」
「それに?」
「いい意味でドライに徹することができるからな、仁科は。俺と同じだ」
「似た者同士ってことか。『俺とダリルって似てるよな?』なんて那由他に言ったら俺、多分ぶっ飛ばされると思う」
 耀助は笑ったが、目は真剣だった。
「いいよ、知ってること、交換しよう」
 このとき二人の間でかわされた会話が、どのようなものであったかはまだ伏せておこう。
 いつか、しかるべきときまで。