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そんな、一日。

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そんな、一日。

リアクション



10


 魔法少女の仕事は、みんなの笑顔を守ること。
「覚えてるね?」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)がクロエに訊くと、彼女は神妙な顔でこくりと深く頷いた。
 困っている人には手を差し伸べて。
 時には、悪事にだって立ち向かう。
 それで、みんなが笑顔になってくれたら嬉しい。そんな、献身的な平和の守護者が魔法少女だ


「みわおねぇちゃんがなにをいいたいかわかったわ!」
 クロエはきりっとした表情で言った。なんだと思う? と促すと、ぴっ、と挙手して声を張った。
「パトロール!」
「正解っ!」
 賢い後輩の頭を撫でて、さあ魔法少女の準備をしようか。


 メタモルブローチを用いて、ふたりは姿を変えた。
「魔法少女、マジカル美羽!」
「まほうしょうじょ、プシュケー☆クロエ!」
 びしっ、と決めポーズを決める。一部始終を見ていたリンスがぱちぱち、と拍手した。反応があって嬉しいような、ちょっぴり恥ずかしいような。
 はにかむクロエの胸元に、メタモルブローチをつけてやった。
「あげる」
「えっ」
「魔法少女の心得を忘れてなかったクロエにプレゼント」
「ありがとう!」
 ぱあっと表情を明るくさせ、クロエがブローチを大事そうに両手で抱いた。そんな風に喜んでもらえると、あげた美羽まで嬉しくなる。
 さあ行こう、と工房のドアに手を伸ばそうとした丁度その時、向こうからドアが開けられた。ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が、『Sweet Illusion』の白い箱を片手に持って立っている。
「ティータイムでも、と思って来たのですが……」
「ごめん! これからパトロール……!」
 美羽が両手を合わせて詫びると、ベアトリーチェは柔らかく微笑んだ。
「わかりました、いってらっしゃい。クロエちゃんも、くれぐれも気をつけて」
「はぁいっ」
 見送られ、いざ行かんとするところでもう一度。
「クロエちゃん」
 ベアトリーチェがクロエを呼び止めた。その場で振り返り、たったと駆けて戻って行く。そしてすぐに美羽の元へと帰ってきた。
「ベアトリーチェ、なんだって?」
「このこ、かしてくれたの」
 とクロエが見せたのは、ベアトリーチェの猫型機晶生命体、キャットアヴァターラ・ブルームだった。
「そらとぶほうきになってくれるから、つかってって!」
「ベアトリーチェ〜! ありがとう!」
 工房の入り口で見送ってくれているベアトリーチェに礼を言い、大きく手を振って箒に跨る。クロエも同じように跨ったのを見て、上昇。ゆっくりと速度を増し、空を走らせた。
「クロエ、大丈夫? 早くない?」
「へいきよ!」
 途中途中で声をかけながら、ヴァイシャリーを目指す。
 ほどなくして、眼下に街並みが広がった。高度を落とし、街に異常がないかを見て回る。
「あっ」
 クロエが声を上げた。振り返ると、公園を指差している。美羽が何か言う前に、クロエは下りて行った。空から見た公園には、ひとりで泣いている女の子の姿がある。あの子を見つけたのか。優秀さに関心しながら、美羽も後を追う。
 果たして彼女は迷子だった。ソフトクリームに目を奪われているうちに、母親の姿を見失ってしまったらしい。
「なかないで!」
「魔法少女マジカル美羽とプシュケー☆クロエが来たからにはもう安心!」
 びしっ、と決めポーズを決めると少女は泣き止んだ。クロエとハイタッチを交わしてから、少女の手を取る。
「お母さん、すぐ見つかるからね。大丈夫だよ」
 安心させるように優しく言いながら歩く。少女の名前を聞き、彼女の名前とともにお母さん、と呼びかけると、ほどなくして母親は見つかった。はぐれたあたりを探したが、どうも少女が歩き回ってしまったらしくすれ違っていたようだ。
 丁寧なお礼の言葉に恐縮しつつ、ひとつ解決できたと笑い合っていると、大通りの方が騒がしくなってきた。
 なんだろう。クロエを顔を見合わせる。と、青年がひとり、猛ダッシュで公園へと飛び込んできた。びゅん、と目の前を駆けて行く。
「ちょっ、誰かその人捕まえて! ひったくり!」
 どこか聞き覚えのある、裂帛した声。弾かれるようにして、美羽は箒で飛び上がり追跡を始める。クロエは、捕まえて、と声を上げた人のケアへ回ったようで、逆方向へと飛んで行った。
 空からひったくり犯を追って、急降下。前に回り込んで驚かせる。
 しかし犯人はなかなかに機敏で、さっと踵を返して走り去――ろうとしたらしいが、急に倒れ込んだ。
「……ん?」
 どうした? と近付いてみると、意識を失っているようだ。ぱっ、と上を見上げると、頭上高く、大きな何かが飛んでいるのが見えた。
 なんとなく察しはついた。手を振って合図する。地上からでは、太陽の光が邪魔をして相手がどんな反応をしたのかは見えなかったが、たぶん大丈夫だろう。
 ひったくられた荷物を取り戻し、公園へ戻ると。
「あれっ、コンちゃん」
「どもー」
 クロエと共に、紡界 紺侍(つむがい・こんじ)がいた。偶然だねえと目を丸くしていると、
「そのにもつ、こんじおにぃちゃんのなんだって!」
 驚いた。被害者だったのか。
 ちらり、中身を覗いてみれば、見慣れたカメラやアルバムが入っている。紛れもない、紺侍の荷物だ。
「ひったくられるとか、何やってるのよ」
「やァ、そこでおばーちゃんに道聞かれて。のーんびり答えてたらこれっスよ、びっくりしたァ」
「ひとだすけしてたのね!」
「コンちゃんもみんなの笑顔を守ってたんだ!」
 言いながら、ん? と思う。
 つまり、それって。
「まほうしょうじょ?」
「なる?」
「いやいや、そのなんつーか、お気持ちだけで?」
「遠慮しなくていいのに」
「ね! きっとすてきなまほうしょうじょになれるわ!」
「クロエさんって純粋なだけに怖いスよね。……あー、えェと、なンだ。荷物、ありがとうございました! お礼に一枚どうっスか?」
「ん。いいね! 撮ってもらおう、クロエ!」
「うん!」
 どうにか話題をすり替えようとする紺侍は面白かった。だから許してやることにして、話に乗る。
 本日何度目かの決めポーズで、ぱしゃり。
 この後用事があるという紺侍とその場で別れ、美羽は箒に跨る。
「もう一周して、帰ろう」
「うん! ……あれ、そういえば、はんにんさんは?」
「ん、大丈夫。責任持って犯人を警察に届けてくれた人がいるから」
「まほうしょうじょ?」
「ううん、違う。あの人は」
 みんなの笑顔を守るのではなくて、たぶん、きっと。
「自意識過剰でなければ、私だけの――」
 言いかけて、ふにゃりと頬が緩んで、最後までは言えなかった。
 どうしたの、とクロエが言ったが、なんでもないと誤魔化して飛び上がった。


 飛んで行く美羽たちを、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は警察所の近くから見ていた。
 引ったくり犯は無事に届け終わった。ヒプノシスがよく効いて昏倒していたので抵抗はなく、楽な仕事だったといえる。
 彼女らが旋回した方角から、まだもう少しパトロールを続けることがわかった。また何か、美羽が無茶をしないようサポートできる位置にいたい。
 だからコハクは羽を広げて飛び上がる。
 美羽を、見守っていられるように。
 何かあったら、すぐに傍に行けるように。
(心配しすぎかな?)
 でも、だって、それくらい大切なのだもの。
 仕方ない、とひとり結論を出して、ふたりの飛んで行った方向へと進む。