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そんな、一日。

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そんな、一日。

リアクション



5


「なんにもない日ってそうそうないわよねえ……」
 独り言のように呟かれた雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)の言葉に、南西風 こち(やまじ・こち)は首を傾げた。随分と不思議なことを言うものだ、と。
 だって、何もない日なんて、ない。いつだって『何か』はあって、それはこちにも予想がつかなくて、だから毎日楽しくて。
 もしも今日、リナリエッタにそういったわくわくがないと言うのなら。
(マスターのために、何かしましょう)
 こちが、作り出してあげる。


「マスター。なんにもない日を祝って、お茶会なのです」
 こちの提案は唐突だった。お茶会、と復唱すると、こくりと首を盾に振る。
「マリアがお茶とケーキの手配を済ませ、ました」
「手際いいわねえ。それに、なんにもない日を祝うって発想も素敵」
 リナリエッタは、そんな発想できなかった。だから、こちの感性に感嘆したし、誇らしくも思った。さすが、私の可愛い子。
「折角なので、工房にいるおふたりのところに行って、ご招待するのです」
「……え? こち、工房に行くの?」
 それだと少し躊躇われた。エイプリルフールの日にへたくそな嘘をついた報いが待っているから。
 ――でもそっか。嘘か。ちょっと残念。
 伏目がちに、どこか寂しげに呟かれた声が、消えない。
 蘇った罪悪感に遠い目をして胸を押さえていると、こちが首を傾ける。
「……いや、です?」
「い、いやじゃないわよ。こちの言うことにいやなことなんてないわ」
 本当だ。いやではない。ただ、とても気まずくて申し訳ない気持ちになるだけで。
(うう、リンスさん……うそつきの私がお茶会に同行することをお許しください……)
 内心で謝ったが、罪悪感は工房についても消えなかった。


「ごきげんよう、お嬢さんとお兄さん。お茶会に、ようこそなのです」
 工房へ入ってくるなりこちは言った。リンスはクロエと顔を見合わせる。
「おちゃかい?」
「はい。なんでもない日を祝う、お茶会、です」
「それ! それわたし、しってるわ。えほんのはなし!」
「はい。おふたりも、お茶会にご招待……です」
 ぺこり。頭を下げて、こちから二通の封筒を渡された。一通はリンスへ。もう一通はクロエへ。招待状ということらしい。手が込んでいる。
「おふたりの配役は、招待客です。お嬢さんと、お嬢さんといつも一緒のお兄さんです」
 再び、リンスはクロエと顔を見合わせた。いつも通りの役があてがわれた。こちは配役と言ったが、なりきる必要もなく自然にそう振舞えるだろう。
「それから、マスターは猫さんです」
「え、猫?」
「はい。セクシーな猫さんです。……せくしーとはなんでしょうか」
「セクシーっていうと……ううん、いいの。こちはまだ知らなくても」
 お茶を濁した言い方で、リナリエッタがこちの頭を撫でた。懸命な判断だったとリンスは思う。
「マリアは、洋服やさんです」
「ふむ。そのままですねえ」
「いやでしたか?」
「いいえ。栄誉ある配役、ありがとうございます」
 恭しく、アドラマリア・ジャバウォック(あどらまりあ・じゃばうぉっく)が頭を下げた。服装と相俟って、様になっているな、と場違いな感想を残す。
「こちは、なんでもない日をお祝いするためにきた、女王様、なのです」
 こちが歩き、テーブルの前に立った。アドラマリアが、言わずともわかっているとばかりにお茶とケーキを並べる。
「さあ、なんでもない日にお茶を、ケーキを、なのです」


「お嬢様より、お姫様は偉い、です」
「そうなの? じゃあ、おともだちになりたいっていうのはぶんふそうおうかしら」
「いいえ。女王は、来るもの拒まず……です。お友達、なりましょう」
「こころのひろいじょおうさまでよかった!」
 こちとクロエのやり取りを見て微笑ましく思いながら、アドラマリアは考える。
 折角、洋服やという配役を賜ったのだ。役になりきって、それらしく動くのもたまにはいいだろう。
 女王様であるこちには、どのような服が似合うだろうか。フリルがたっぷりのドレス? それだとお姫様に近い気がする。だったらティアラやマントで権威を顕わそうか。宝石をちりばめた杖なんかもいいだろう。
 クロエはどうだろう。女王様との対比として、華美な装飾は控えようか。身分を気にしていたし、爵位は低めで。豪華なアクセサリーで飾るのではなく、手作りで温かみのあるものにして……。
 その兄であるリンスは、と視線をやると、丁度彼に見られていたのでばっちり目が合ってしまった。急速に現実感が戻ってくる。恥ずかしくなって目を伏せた。
 そっと目を上げると、もうリンスはこちらを見ていなかった。ティーカップに視線を落としている。アドラマリアは顔を上げ、息をひとつしてから謝った。
「あの……すみませんでした」
「何が?」
「いきなり押しかけてしまって」
「気にしなくていいよ」
「でも、お仕事とか」
「大丈夫だから。お茶会、楽しそうだし」
 肯定的な意見に、大きく頷く。
「わ、私も。私も、楽しそうだなって思って……それで」
 懸念も全て吹き飛んで、ここまで来た。
「うん。いい日になるといい」
「そう、ですね。折角ですからね」
 うん、とやはり肯定が返ってきて、アドラマリアは安堵する。受け入れてもらえて良かった、楽しんでもらえそうで良かった、と。
 再度アドラマリアは思考する。リンスに合う服は、なんだろう?


 お茶会の最中、正直言って心ここにあらずだった。
 迷惑じゃないか。嫌がられていないか。うそを怒っていないか。
 そんなことばかり気になって、そわそわして、落ち着かなくて。
 あてがわれた役になりきるにも羞恥心が邪魔をして、どうにもこうにも中途半端。ふう、と息を吐いて紅茶を飲む。
「……できた」
 その時だった。アドラマリアの嬉しそうな声が聞こえたのは。
 アドラマリアは、いつの間に出していたのかテーブルの上にノートを広げていた。ペンを置き、ノートを見て満足そうに微笑んでいる。
「何?」
「あ、みなさんの衣装を考えていたんです。次のお茶会までに、仕立てようと思って。私、洋服やさんですし」
「……お洋服?」
 はにかむアドラマリアの横からノートを覗く。一ページに一枚。五ページに渡ってデッサンが描かれていた。心が、弾む。
「フ、フリル、少なくないかしら? ほらこう、折角のファンタジックなお茶会なんだし……もっと可愛くてもいいんじゃないかしら。誰しもがため息を吐くような、女の子の憧れって感じのドレスで……あっ、装飾品はいっぱいあるのね。素敵。けどアクセサリーが多いわね、ううんもちろんアクセサリーも大事だし、いいセンスをしてると思う。ただこの、こっちのデッサン。これには日傘と手袋が――あっ」
 つい熱くなって喋りすぎてしまった。可愛いものが好きだって、隠しておかないといけないのに。うそまでついたのに。イメージを、守っておきたかったのに。
 なのに。
「やっぱり、可愛いもの好きなんだ」
 リンスはそう言って、嬉しそうにしているから。
「……ま、あ。嫌いじゃ、ないです」
 自分でも驚くほど素直に、認めてしまった。
 あれほど大事に守ってきたイメージだったのに、どうしてだろう。崩れても、なんてことないことに思える。今日という日のおかげか、それとも相手がリンスだからか。
(どっちでも、いいか)
 これからは、彼の前では隠さなくてもいいんだ。そう思うと気が楽になる。
「リンスさん」
「うん?」
「また、遊びに来させて下さいね」
「いつでもどうぞ」
 何気ないやり取りを、嬉しく思った。