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リアクション
同じ空の下にて
時を同じくし、エリュシオン帝国北西部、その西端をコンロンと接するカンテミール地方でも、新皇帝誕生の一報に大きな歓声と共に、盛大な祝砲が上がっていた。
ただし、地球をモデルとして発展した中心地では、帝都のような魔法的な演出よりも、花火や電光装飾等によるイルミネーションで彩られており、いたるところに設置されたスクリーンでは特番の放送や、記念イベント等の番組が放映されており、一種独特の空気に満ちていた。
そんな華やかなお祭ムードの中にあってもエカテリーナはやはりエカテリーナだった。
ドミトリエ曰く「万年引き篭もり」なネットゲームの神は、多人数型RPGの世界でお祭を演出……する予定だったのだが、珍しくそれをせずに、彼女にとっての表側に出ていたのは、彼女を訪ねてきた相手がいたからだ。
『わざわざ遠回りの「寄り道」なんて、物好きなのだぜ』
皮肉ではなく、冗談めかしたような口調(の、自動音声)だが、どうやら戸惑っている部分が大きいようだ。
『別にシャンバラに帰ってからでも、ネットで会えるのだぜ?』
ネットの神らしい物言いに、シリウスは「そうなんだけどさ」と言いながら苦笑した。
「ネットではいつでも会えるけど、ちゃんと顔あわせられる機会は、なかなかないだろ?」
シリウスが言ったが、引き篭もりのエカテリーナは、顔をモニターより外に出すことはないし、場所こそ直ぐ傍ではあるものの、例によって例のごとく、居るのはイコンに付属した工房の中である。無言ながら言いたいことは判って
「そういうもんなんだよ」とシリウスはちょっと苦笑した。
「ネット越しに“会う”のと、こうして同じ場所に“いる”ってのは、やっぱり違うもんなんだよ」
「判る、判りますぞシリウス殿」
うんうん、と頷いたのは、いつかの戦いでエカテリーナと共に機晶姫を操っていた四天王の一人だ。頷いているほかの三人も同様、生身である。
「やはりオフの空気感、というのは大事なのだお」
今日は、大規模な新帝即位記念イベントがあり、その主催者サイドとして招かれているため、彼女の乗るイコンはステージ裏の基地のような雰囲気で、彼ら四天王はその手伝いに来ているらしかった。とはいえ、肉体労働はどう見ても向いていない彼らの役目は、主にステージの演出やスクリーンテロップの運用のようだが。
「特に今日は、でかいイベントですから。バイナリスタ氏も楽しんでいってください」
四天王の内で唯一、スーツ姿をした男が頭を下げた、丁度その時だ。エカテリーナ達の元に駆け寄ってきたのは、青いウイッグにエメラルドグリーンのコンタクトをし、アイドル衣装に身を纏った富永 佐那(とみなが・さな)だ。既にステージの準備は万全、といった様子で、エカテリーナの写るモニターに向かって頭を下げた。
「準備できました。スクリーンお願いします!」
『了解。みんなはどうなのだぜ?』
その言葉に、エカテリーナが四天王たちに問いかけると、それぞれが、思い思いのポーズで応えた。
「システムオールグリーン。いつでもいけます」
「オーダーを!」
他のスタッフも同様に準備の完了を告げるのに、モニター上のエカテリーナが不敵に笑った。
『ミッション開始!』
その号令で、ステージが動き出す。ライトが眩しく会場の隅々までを彩り、音楽と共にナレーション、スモーク、と様々な演出が繰り広げられる中で、ステージ上の薄幕の上にプロモーションビデオが流れ始めた。いちいち作戦名やらそれっぽい用語を合言葉にしながら切り替えやスイッチングのタイミングを切り替える四天王の息はぴったりだが、明るくポップなステージ上の様子と裏方の様子とで素晴らしいノリの種類の差である。
「本当に、ありがとうございます」
そんならしい様子に笑っているシリウスの横で、佐那は改まってエカテリーナに向けて頭を下げた。
「今日のこともそうですが……このカンテミールで、今までにない体験をすることが出来ました」
このステージのことだけではない。選帝神の座をかけて、カンテミールでやってきたこと全てに対しての感謝だ。だがその言葉に『お礼はいらないのだぜ』とエカテリーナの音声は笑った。
『第一、お礼しなきゃなのは、ボクの方なのだぜ?』
カンテミールのシブヤ化を防ぐことが出来たのも、選帝神ティアラとある種の共闘関係が築けることになったのも、佐那たち契約者達の助力があったからだ、とエカテリーナは肩を竦めた。
『お兄ちゃんはセルウスのことで一杯一杯だったしww』
そう言って笑うエカテリーナにつられるように少し笑って、佐那はいくらか迷った後「ひとつ、お願いがあるんです」」と口を開いた。首を傾げる素振りのエカテリーナに、佐那は続ける。
「私は……ティアラさんに次ぐアイドルではなく、ゆくゆくはティアラさんと比べられる事もなくなるくらいのカンテミール発の帝国全土をまたにかけられるような、ビッグなアイドルになりたいんです」
その無謀とも言える壮大な「夢」に、四天王たちも思わず佐那に驚きの目を向けたが、それに怯むことも揺らぐこともなく、本気を語っている。余計なことを言わず、言葉を待つ様子のエカテリーナに、ティアラと手を切って欲しいと言うのではなく、時々でいいから、今日のステージを助けてくれたように、プロデュースをして欲しいのだ、と佐那は熱っぽく語った。
「エカテリーナさんに背中を押して貰えたなら、私は更に高く飛躍出来る気がするんです」
そう言ってにっこりと笑うと、佐那は自らの立つステージへ向かって、踵を返した。
「そこからは、私自身の力量で飛び立ちますから」
その言葉を証明する、とばかりに舞台裏の階段を駆け上ると、スクリーン代わりにプロモ映像を投影していた薄幕を突き破る様にして、ステージの上に“海音☆シャナ”が降臨した。
「みなさ〜ん☆ 今日は、シャナの新帝即位記念生ライブに来てくれて有難うございま〜す☆」
思わぬ登場に、ざわめいた観客に、ジャンッと鳴ったファンファーレと共にウインクを投げてポーズをとると、抜群のタイミングで切り替わったスクリーンの前で、佐那はマイクを手に、観客達を見渡した。
「今まではモニター越しでしたが、今日はWEBの海からモニターの中から出て来ての生ライブで〜す☆」
その言葉に、観客が沸き、一段とボリュームを上げて、スピーカーからメロディが溢れた。
「それでは、一曲目。聞いてください――『スキップジャック・フィーバー』!」
そうして、ステージが熱気と盛り上がりに包まれる中、その裏方として動きまわる四天王やエカテリーナたちに、シリウスは眩しげに目を細めた。ここはネット上の戦場ではないし、ゲームのようだった市街戦とも違うが、その挙動はともあれ、彼らの手際も真剣さも変わらない。そんな彼らの邪魔にならないようにしながら「……やっぱお前ら、すごいヤツだったよ」と感慨深げに口にした。
「最初、カンテミールに来た時は、ここまでうまくいくなんて、オレも思わなかった」
ティアラと選帝神の座を奪い合い、一度は負け、それでもカンテミールの本質を譲らず守り通したこと。勿論多くの協力者が存在したからこそなしえたことだが、だからこそ、とシリウスは笑みを深め、四天王たちは照れくさげに、だが誇らしげに感謝のつもりだろう、敬礼をして見せた。
「……オレたちはこれで帰るけどカンテミールのこと、よろしく頼む」
そう、シリウスが言ったその時だ。不意に、ほとんどモニュメントのごとく沈黙していたイコンが動いて膝を僅かに沈めると、その扉がゆっくりと開いた。目を見開いたシリウスたちの前に、所在無げな一人の小さな影……モニター越しには見慣れていた顔の少女が姿を見せたのだ。
「…………」
出てきたものの、まったく口を開こうとはしなかったが、十分だ、シリウスは嬉しげに破願して手を伸ばし、エカテリーナもおっかなびっくりだが、その手に小さく握手した。繊細そうな細く白い手の感触に目を細めながら、シリウスは続ける。
「連れてこれるかわからないけど……もしできたら連れてきたい奴がいるんだ。その時は……あ」
言いかけたシリウスは、その連想で思い出して「後一つ、すごい重要な話があった!」と声を上げた。びっくりして目を瞬かせるエカテリーナに、シリウスは眉根を下げる。
「あのさ……国の相棒用なんだけど、帝国土産でなんかいいの、ない?」
そうして、消え入りそうな声が「ユグドラシル煎餅……とか」と、予想外にベタな代物を口にしていた頃。
全身をブルーからグリーンへと転じたシャナのアンコールの歌声が、カンテミールの夜空に響き渡ったのだった。
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