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Welcome.new life town 2―Soul side―

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 第4章 

「おっ、親……父……!?」
 病室に行くと、サトリの顔を見たラスは面白いほどに分かりやすい反応をした。ベッドの上に膝立ちになり、これ以上無いくらいに驚いた表情で固まっている。
「よ、久し振りだな。土産に砂糖持ってきたぞ」
「久し振りって……砂糖って、何で……って……またお前か」
「俺は当然のことをしたまでだが」
 表情を変えることなくしれっと言うシグを、苦々しさを感じるままに恨めしく見詰める。その様子に、セレンフィリティはしょうがないわね、と1つ息を吐いて彼に言った。
「ラス、こうやってお父さんが駆けつけてくれたんだから、少しは感謝しなさいよ?」
「感謝って……」
 出来るか、と思いながら彼女に目を移す。そこで、ラスは初めて気付いた、という顔で瞬きした。教導団の制服を着た2人を、交互に見遣る。
「……水着じゃないとか、珍しいな」
「仕事よ。がっかりした?」
「……別に」
 不貞腐れたように目を逸らすラスとサトリを、セレンフィリティは改めて見比べた。こうして見るとサトリは確かに別人で、しかし、やはり親子なだけあって良く似ている。
「多分、ラスは将来こんな感じのおじさんになるんでしょうね。……ふふ、歳をとっても結構イケるじゃないの」
「は……はあ!?」
「……セレン?」
 間接的にではあるが珍しく褒められたラスが目を丸くし、その口調に獲物を狙う猫的なものを感じたセレアナが、少しばかり嫉妬めいた炎を燃やして声を低める。
「じょ、冗談よ」
「……おにいちゃん?」
 慌てて弁解するセレンフィリティの声と被るように、子供の声が病室に響く。それは、多くの人が集った中でも一際良く通って聞こえた。何かを促し、抗議するような強さと共に、戸惑いと心細さをも含んだ声だ。直後、病室の中が静まり返る。
「ぴ、ピノ……!」
 しまった、とラスは急ぎ、ピノをサトリの視界から隠そうとする。しかし、そんなことが出来るわけもなく、緊迫した空気の中でサトリはピノと目を合わせた。
「おにいちゃんの……お父さん?」
 訊ねてくる声には不安がある。それは以前――ラスが小型結界装置を持った誰かに会いに行った時、連れていって貰えなかった事が関連していたのだが――何が出てくるのか分からない、びっくり箱を前にした時のような気持ちで返事を待つピノに、サトリは安心させようと笑顔を浮かべる。
 確かに顔形は似ている。娘とそっくりだ。だが、髪の色と雰囲気が明らかに違う。抱きしめたくなるような衝動が生まれないかと言えば嘘になるが、幸い、割り切る事は出来そうだった。これならば……大丈夫だろう。
「ああ、そうだ。ラスの父親でサトリという。よろしくな、ピノちゃん」
「…………」
 ピノはぽかん、と、信じられないというような瞳でサトリを見上げていた。本人達よりも、むしろ周囲の方が緊張し、2人を見守る形になる。
「……うん!」
 満面の笑みと共に、嬉しそうにピノが頷いたのは数十秒後のことだった。そこからは、彼女本来の元気さと利発さが伺えて、サトリは胸がきゅんとなると同時にまた彼女を抱きしめたくなる。でもそうはいかないので――
「のわぁ!?」
 代わりに、ラスを抱きしめておくことにした。こうするのも5、6年ぶりだ。そして、状況に即応出来ていない息子の耳に、小声で呟く。
「まだまだだな」
「な…………」
 それだけで意味は伝わったらしく、ラスは絶句する。妹と『ピノ』を分けて考えるのに数年掛かった彼に対し、自分は5分と使わずそれに成功したのだ。100%とまではいかなくとも、98%否95%位は多分恐らく成功している。勝利宣言をしたくもなるというものだ。
「えーと……あ、ここかな」
 少女が入ってきたのは、そんな頃合の事だった。大きめの機晶ドッグを連れた彼女は病室に足を踏み入れた直後、ぱっと嬉しそうな笑顔になってこう言った。
「あっ、おじさん! 元気そうですね」
『…………』
 その瞬間、全員の目が彼女に集中した。にこにことした彼女を前に、室内から人声から消える。
「……親父、知り合い?」
「いや、俺が知ってる子じゃないが……それに、この子……」
 パラミタ人じゃないのか、と、サトリは仔細に少女を見つめる。滑らか過ぎる肌はあまり新陳代謝をしそうにない造り物めいた印象を受けるし、紫陽花色の髪は染めているのではなく地毛に見える。
 2人の会話の間で、少女は「……?」とサトリと数秒目を合わせる。そして更に、はて、というように首を傾げ、それから「あっ!」と飛び上がらんばかりの声を出した。
「すみません! 知り合いに似ていたもので、間違えてしまいました……ごめんなさい!」
 勢い良くお辞儀して、顔を上げると彼女は軽く病室を見回す。
「ファーシーさん達はまだ来ていないみたいですね。抜かしちゃったのかなあ……?」
「……? あっ、ファーシーちゃんのお友達なんだね!」
 それを聞き、全ての謎が解けたとばかりにピノが明るい声を出した。
「イディアちゃんのお誕生日パーティーに行く予定で、ここで待ち合わせてたんだね!」
「待ち合わせていたのは確かですけど……えっ、ここって待ち合わせ場所になってるんですか?」
 パーティー参加者がこの部屋に結集する様子を想像してフィアレフトは聞いてみる。すると、丁度病室に着いたザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が「あれ」という顔をした。
「ファーシーさんが来ると言っていたのでそうだと思ったのですが……違うんですか?」
「知らねーけど……あいつ、どこまで言いふらしてんだ……」
 ザカコと、彼の後から入ってくる強盗 ヘル(ごうとう・へる)を見ながら苦々しくラスは言う。ちなみに、ファーシーに言いふらしたという自覚は無い。彼女は自分の予定を話しただけである。あくまでそれだけである。ザカコは、笑顔で説明する。
「病院と聞いて、最初は一体何が……と驚きましたが、ファーシーさんやイディアが大丈夫なら構わないかと思いまして、こうして来てみた次第です」
「こいつ、『ラスさんなら尚更いいでしょう』とも言ってたぜ」
「おい」
 さらりとしたヘルの補足に、ラスは思わず突っ込みを入れる。
「まあまあ。お祝いのプレゼントのついでにお見舞いも持ってきましたから」
 そう言って、ザカコはりんごを1個取り出した。ラスの手の上にぽん、と置く。
「…………」
 ついでを絵に描いたような見舞い品だ。
「実は智恵の実で……なんて、嘘ですよ」
 飛び出した単語にぎくりとすると、それに気付いたからかは不明だが彼はにこやかに後を続けた。冷静に見ても見なくても、りんごと智恵の実では表面の色が違う。
「ところで……何でこんな事になったんですか? 教えてくださいー」
 じっ、とりんごを見続けていると、ファーシーの友達らしい少女が身を乗り出し気味に訊ねてくる。何がそんなに気になるのか、ただの興味本位か――と思っていたらサトリも思い出したように彼に言った。
「そうだ。死にかけたと聞いたんだが……何があった? まだ怪我をする可能性があるなら、沖縄に強制送還するが……」
「……真夏にんなクソ暑そうな所行ってられるか」
 こちらは、確実にこれが本題だ。誤魔化しきれるものでもなさそうだ、とラスは不承不承話し出した。