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胸に響くはきみの歌声(第2回/全2回)

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胸に響くはきみの歌声(第2回/全2回)

リアクション

「あなたが何と言おうと無駄よ。ここから先に進ませるわけにはいかないわ」
 朝斗の説得に、ラシュヌはきっぱりと言い切った。
 ただ、武装を解いてまでのその真摯な態度に心を動かされないではなかったのか、最初のトゲトゲしさはずい分やわらいでいる。
 その様子を見て、今なら大丈夫かもしれないと判断したベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が近づいた。
「ラシュヌさん。私はベアトリーチェ・アイブリンガーと言います」
「触らないで!」
「はい。触りませんから、あなたを治療させてください」
 ベアトリーチェはラシュヌを刺激しないように距離をあけて座ると、グレーターヒールによる治療を行う。
 みるみるうちにふさがっていく腕の傷を見つめるラシュヌ。押し当てていた手の下であばらの痛みが薄れていっているのに驚愕気味の目を向けた。
 そんなラシュヌの様子を見て、ティエン・シア(てぃえん・しあ)はアストー01のそでを引っ張った。
「アン、お願いできるかな」
 ティエンのお願いは、アストー01に『ひよこのうた』を歌ってほしいということだった。アストー01はとまどう表情を見せたが、快く受けて、あの陽だまりのなかをよちよちと歩くひよこの歌を歌い始める。
「あのね、ラシュヌさん。僕らは、ここをどうにかするつもりはないんです。
 ただ、会いに来たんです。アンリさまに。5000年後の、未来から。
 会わせてくれませんか?」
 しかしラシュヌは疑いの眼差しを向け、ふいと視線をそらしてしまう。
「なあ」と、陣が言葉を継いだ。「あんたも本当は気付いてるんじゃないのか? 俺たちをここへ導いたマスターデータチップは、この隠された場所じゃなく、表にあった物だ。入り口にはヒントのような金属片があって、その鍵はルドラが知る『ひよこのうた』だった。
 あんたは認めたくないかもしれない。だけど、アンリはだれかにこの遺跡を見つけさせたかったんだ。そしてそのだれかというのはルドラで、その理由は、あんたをここから連れ出してもらいたかったからだ
「黙れ!! でたらめを言うな!!」
 ラシュヌは激怒していた。
 その反応自体が認めたも同然であることに気付いている様子もなく、立ち上がり、今にも陣を掴み殺さんばかりに距離を詰める。
「そこで止まりなさい!」
 彼女の殺意に敏感に反応したユピリアがブーストソードをかまえて陣をかばった。
「それ以上近づくなら私も容赦しないわよ!」
「ユピリア、いい」
「だって陣っ」
「ラシュヌも分かってる。だからあんなに必死になってるんだ」
「うるさい! うるさいうるさいうるさいっ!!」
 ラシュヌは小さな子どものように、陣の言葉に言葉をかぶせて大声で消そうとする。そうすれば事実も消せるというように。
「黙れ! そんなもの、わたしは望んでいない!!」
 その瞬間、図ったかのようにどこか別の場所で重い爆発音がたて続けにおきた。
 最初の爆発は大きかったが、そのあとに続く爆発は小さかった。しかし連続で起きることで長めの振動が彼らのいる部屋を上下に揺さぶる。
「なんだ? 一体」
「お兄ちゃん、あれ見て!」
 ティエンがあせって指さしたのは壁の一面を半分ほど埋める十数個のモニターだった。さまざまな角度で映された遺跡内部の映像。3つのモニターが砂画面となっており、2つが縞模様、2つがどうにか先まで彼らのいた部屋と分かる暗い室内を映している。
 そこでは今硝煙らしきものが広がっていて、ザーフィアの六連ミサイルポッドのほか、機晶爆弾を用いたと分かる穴が開いていた。
「これでおまえたちも終わりね」
 ラシュヌが妙にねじけた笑みでつぶやく。
「なに?」
「おまえたちが来る前に、わたしの死か、あのシステムの破壊によって、ディーバが作動するようにセットし直した」
「ディーバ?」
「なんやそれ!!」
 もう黙っていられないと大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)が、前に立って眉をひそめているフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)を押しのけるようにして身を乗り出した。
「もったいぶった言い方せんと、もっと詳しゅう説明せんかい!!」
「ディーバがこのフロアを破壊すると言ったのよ」
 冷めた目をして、泰輔とは対照的に落ち着き払った声でラシュヌは答える。
「ちょ!? マジか!? それって生き埋めってことかよ!!!」
 アストー01のそばにつき、ずっと様子を見守っていた月谷 八斗(つきたに・やと)が、みるからに落ち着きを失った様子で叫んだ。
「冗談じゃないぜ! いくらここが墓場って言ったって、他人の墓じゃんかよ! どれだけ立派な遺跡だって、いやだ!
 ……って、そうだ!」
 アストー01を振り返り、下から見上げる。
「敵がディーバだっていうなら、あんたの耳で何か聞こえないか? アストー01!」
 言われて耳を澄ましたアストー01は、やがて
「音が」
 とつぶやいた。
「かすかに、何か……」
「これは……歌、声?」
 アストー12もつぶやき、その声の出所を探ろうとするように目を閉じて意識を集中する。
「分かるの? ラフィエル」
「……はい……。あの……こっち、です」
 アストー12は部屋の奥へ歩いて行き、そこにあるドアに触れた。
「セリカ」
「分かっている」
 セリカ・エストレア(せりか・えすとれあ)の放ったチェインスマイトがドアをキーボックスごとたたき割る。キーボックスはバチバチと火花を吹き、ドアは半開きになった。
「やっぱり。この奥から聞こえます」
 その言葉にヴァイスも耳を澄ませてみるが、何もそれらしい音は聞こえない。
「ラフィエル、きみにしか聞こえないようだ。案内してくれる?」
 足手まといだと思っていた自分でも、役に立てることがあった。緊急事態であるのは分かっていても、ヴァイスの言葉にそう思えて、うれしさのあまりアストー12のほおが紅潮する。
「……はいっ!」
「さあ行くぞ。そのディーバとやらを止めなければ!」
「やれやれ、面倒なことだ。が、たしかにこんな所で生き埋めになるのはごめんだね」
 肩をすくめてアルバ・ヴィクティム(あるば・う゛ぃくてぃむ)も3人に従って通路に消えた。
「……くそっ。俺たちも行くで!
 アストー01、きみも聞こえてたんやろ!? どっからや!?」
「ここと、向こうと、向こうです」
「3カ所か」
 泰輔のつぶやきに、またしてもラシュヌが気のない声で告げた。
「まだ時間はあるわ。元来た道を帰って、ここから出るぐらいの時間はね」
「なら止めんかい! きみも生き埋めになるんやで!」
「かまわないわ」
「この……っ!」
「泰輔、彼女のことはひとまず放っておけ。今は「ディーバ」とやらを止めに行くのが先決であろう」
 讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)に腕を掴まれ、泰輔はぎり、と奥歯を噛みしめて、反射的持ち上げていた手を下ろす。
「せやな。
 よし。フランツ、レイチェル、行くで!」
「うん。音楽を破壊に用いる者に、ディーバの名はふさわしくない。こんなこと、許せないよ」
 ここにいるだれよりも不愉快そうな顔をしてフランツは真剣に応えると、泰輔やほかの2人とともに部屋を出て行った。
「私たちも行くわよ!」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、アストー01の指さしたもう1つのドアへ向かおうとする。そんなルカルカをダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が制した。
「待て。
 アストー01たちをここに残して行くわけにはいかない」
 ダリルはアストー01とルドラを見る。
「きみたちも一緒に来てくれ。危険はない。俺がきみたちを守る」
「あ……はい」
 アストー01はためらいがちながらも従う素振りを見せたが、ルドラは背中を向けたままだった。
 その視線を追ってみると、彼はラシュヌを見ている。
「ルドラ?」
「わたしは残る」
 説得している時間はなかった。それに、先の陣の言葉やラシュヌの態度を思えば、この2人の間で決着がついていないのはたしかだ。
「分かった。終わったら、俺たちはすぐここへ戻ってくる。それでいいな?」
「ああ」
「さあ行くぞ、ルカ。時間がない」
 ダリルの聞き分けのよさに、ルカルカは意味が分からない、というように少し眉を寄せたが、最後のひと言にそれもそうだと思い直し、アストー01を守ると決めているアユナや八斗たちを連れてその部屋を離れた。
「残るもう1カ所だが……。
 美羽、行ってくれるか?」
 陣が小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)に訊く。
「えっ? でも」
 チラ、と陣の背中越しにルドラを見た。
 鎌を失ったとはいえ、ラシュヌの戦闘力は侮れなかった。しかもルドラへの敵意を隠そうとしない。
 事の緊急性は彼女にも分かっていたが、そちらへ向かえばいざというときルドラを守れないのではないかという不安が美羽にはあり、踏ん切りがつけずにいたのだった。
「俺やアルクラントたちが残る。ここは俺たちに任せてくれ」
「美羽、行こう。高柳さんの言うとおり、ここは彼らの方が適任だと思うよ。僕たちはディーバを止めよう」
 そう告げるコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)を、美羽は見つめた。
「……分かった」
 発動したゴッドスピードがコハクとベアトリーチェ、美羽を包む。
「ルドラ。あのね。あなたは言葉に出して言ってくれないけど、そんなあなたをずっと見てて……あなたの目的が何なのか、ようやく私、分かった気がする」
 あなたは、ただ、会いたかったんだね。自分を捨てて、気が狂うほどの孤独へ置き去りにした人なのに。
 それでもあなたにとっては生みの親で。

 あなたはただ、会いたかったんだ。

「……あなたの目的を、絶対かなえてあげる。
 でも、さ。目的がかなったら。手伝ってくれたみんなや、体を貸してくれてるタケシに、お礼くらい言いなさいよ。でないと承知しないから!」
 力強く笑って、笑顔を見せて。
 美羽はコハクやベアトリーチェとともに、残るディーバのいる地点へ向かって駆けた。