校長室
人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~
リアクション公開中!
25 より強い決意を抱いて――Pino Side―― 「楽しかったねー!」 「とっても!」 「うん、すっごく楽しかったよ!」 「ミクちゃん達のライブも可愛いねー!」 「みんな、いきいきしてるわ」 「あたし、出オチじゃなくてちゃんと歌ってる未来ちゃん初めて見たかも……」 『ツンデレーション』のライブを見ながら、ピノは千尋とクロエと、揃えたばかりの衣装のままはしゃぎあった。大好きな友達と一緒に歌って、一緒に踊って、写真なんかも撮られたりして。何だか、本当にアイドルになったみたいで。 ――ううん、みたいじゃなくて、あたし、今日、アイドルになったんだよね! 夢みたいだけど、夢じゃない。 歌って踊るあたしの姿、ファーシーちゃんにも見せたかったな―― ステージから見た限り、観客席にファーシーとラスの姿はなかった。まだ、買い物をしているのだろう。ユニットを組むのも、ライブをするのもいきなりのことだったし仕方がない。 (だけど、この衣装は見てもらいたいな……) そう思って、千尋達に声を掛ける。 「ちーちゃん、クロエちゃん、これからどうする?」 「そうだねー、ちーちゃんはまだライブ観てるよ!」 「わたしはきがえるわ。このふくはかわいいけど、めだっちゃうもの」 「そっかー」 三人で一緒に、ファーシー達の所へ行こうと考えたのだけど。 もうちょっと待っていようかな、とも思ったけれど、このわくわくが止まらないうちに見せに行きたい。ファーシーちゃんはきっと可愛い! って喜んでくれるだろうし、おにいちゃんはもの凄くびっくりするだろうな。あたしの一世一代のステージが見られなくて悔しがるかもしれない。 「じゃあ、あたしは地下二階に行ってくるね! ファーシーちゃん達を迎えに行くよ!」 「地下二階?」 「かいものするっていってたものね。いってらっしゃい!」 また後で合流しよう、と言って、二人と離れる。 楽しすぎて、ピノは気付いていなかった。 デパートの下に、パトカーや救急車が沢山停まっていることに。救急車が、次から次へと到着してはサイレンを鳴らして走り去っていくことも。 決して良いことではないけれど、救急車の音は一日のどこかで一回は耳にする馴染みのものになっていたから。 『トライアングル・パレット』の衣装で、今日買った洋服やら靴やらの袋とバッグを持って、ピノはエレベーターで一階まで降りた。 「……?」 否、一階で降ろされた。それより下の階には、エレベーターが降りなかったのだ。 顔を見合わせながらフロアへと出て行く人々に混じって、歩いていく。何か、穏やかでない事が起きている――それは、エスカレーター近辺に集まる買い物客の雰囲気で解った。野次馬めいた好奇心を見せる人々、不安で表情を曇らせる人々。あの店のチョコが買いたかったのに、と他人事な調子で不満を洩らす誰か。 そして、数名の制服警官。 「……あれ? 君は……」 声を掛けられたのは、その時だった。スーツを着た、若い男が近付いてくる。 「……部下さん」 「久し振りだね。元気にしているようで良かった。随分可愛い服装だね、今日は一人?」 「ううん、友達と、ファーシーちゃんとおにいちゃんと……この下で、何かあったの?」 「ああ……ええとね、何かってほどじゃないんだけど……兎がね」 「兎?」 「まだ、直接は見てないんだけど……」 歯切れの悪い彼の様子は、ピノの心を不安にさせた。目を逸らして安心させる言葉を探しているようだが、それは逆効果でしか無かった。だって、地下二階には――二人が居る。 部下の携帯が音を立てる。それと、がしゃーんっ、という耳障りな金属音が聞こえてきたのはほぼ同時だった。遠くからみたいだけど、結構大きな音だ。 「はい、はい。シャッターを今……えっ、人が集まってる? あっ……ピノちゃん!」 気がついたら、走り出していた。エスカレーターに乗って、動いているそれを数段飛ばしで降りていく。地下二階へのエスカレーター前には、ぼろぼろに破壊されたシャッターがあった。考える間も無く、中に飛び込む。こちらは止まっていたので、普通に階段として駆け下りた。そして、見えた光景は。 「……なに、これ……」 ほぼ密閉されていたからだろう。もの凄い悪臭が鼻を突いた。だが、そんなことはいい。そんなことは、どうでもいい。 兎が、倒れている。血を流して、倒れている。四肢のどこかを欠損させて、どこかをひどく破壊されて、たくさんの兎が、倒れている。すぐに分かった。もう、この子達は……生きていない。 「……!」 近くの兎に駆け寄って、触れてみる。冷たい。動いていない。兎の表情は、どこか哀しげで、寂しげで――苦しそうで。 怒りが、込み上げてくる。どうしようもない、怒りが。それに比べたら、恐怖なんて砂粒程度のものでしかない。けれど。 「誰が、誰が、こんなこと……!」 咄嗟に思った。千尋達を連れてこなくて良かった。彼女達に、こんな酷な光景を見せなくて良かった。立ち上がって後退る。何かを踏んだ。足の裏で、嫌な感触がした。 「いやっ……!」 恐慌に似た感情に突き動かされてフロアを走る。誰か、誰か、居ないのか―― 「ピノちゃん……!」 諒の声がしたのは、その時だった。奥に、人が集まっている。嫌な、嫌な、聞いているだけで心が乱されるような、そんな男の楽しそうな声がする。そこから少し離れたところに、見知った顔がいっぱいあった。少しだけ、救われたような気分になる。 「諒くん! これ、これ、うさぎさんたちが、うさぎさんたちがころっ、ころされっ……。……!」 ぶつかるように、縋るように、諒の胸に飛び込んで。同時に、彼から匂ってくる血の臭いに絶句した。すぐに離れて、改めて彼を見る。手が、特に、利き手が赤い。仕舞われている、刀の柄も。 「諒くん……? 諒くん、まさか……」 「……ピノ」 気まずそうに目を伏せる諒の後ろから、ラスがその背後から声を掛けてくる。その近くでは服に血をつけたファーシーが目を見開いてこちらを見ていた。「どうして……」と言う彼女が、でも兎を殺していないことはすぐに分かった。 命を奪った者と奪っていない者。 決定的に雰囲気が違っているから。 「おにいちゃん……おにいちゃん、も……? ファーシーちゃん……」 救いを求めるように、ファーシーを見る。ここに居るのは、誰? ファーシーちゃん、みんな、みんな、どうしちゃったの? ここで、何があったの? ラスの手が、肩に掛かる。 「ピノ、話を聞いてくれ」 「嫌……! 嫌! ファーシーちゃん……!」 「ピノちゃん、ごめんね。わたしも、わたしも……止めることが出来なかった。兎さん達も助けたかったけれど……どうしようもなかったの。誰も……好きで皆を手にかけたわけじゃない。むしろ、わたしは……わたしは、嫌なことを押し付けて……」 ファーシーの目に涙が溜まる。「何もしなかった」と続けた彼女は、話し始めた。 嫌な声が聞こえてくる。聞いているだけで、不快な声が聞こえてくる。途中で「どこぞのバカ」という言葉を聞いたラスが声の主の顔を踏みつけに行った。 その中で、ファーシーの話は続く。 ここで、何があったのか。 買い物をしていた人達が、どんな目に遭ったのか。 兎達が、どんな目に遭って暴力を強いられたのか。 どうして、命を奪わなければいけなかったのか―― 段々と、納得してきた。 解ってきた。 諒達が、ラスが、皆が、どんな思いで兎達を攻撃したのか。最初は、助けようとしていたのだ。助ける方法を探そうとしていた。殺したくなんて、なかった。 ――でも、兎の心を知って。 そうして、話の中でファーシーが告げたのは。 「せん、にひゃく……?」 心の中で、何かが切れた。