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 臨時生徒総会終了後、百合園生達は急ぎお茶会の準備を始める。
 生徒総会が行われたため、今日は小学校から専攻科までの全生徒がヴァイシャリーの百合園に登校している。
 良い機会なので、ささやかではあるが、教職員、保護者や一般の人々も招いて、懇親目的のお茶会を行うことにしたのだ。
「茶葉届いたわよ〜。お菓子もそろそろ焼き上がりかしら?」
 茶葉の受け取りに出ていた、教師の祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)が調理室に戻ってきた。
「ありがとー。色々な人来るし、種類沢山あった方がいいもんね」
 ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)が祥子から茶葉を受け取って、中を確認する。
 生徒達からのリクエストを聞き、祥子がなじみの業者に頼んで配達してもらったものだ。
 祥子はまだ試用期間中の教師だが、教育実習も百合園で長く行っていたため、生徒達と随分と仲良くなっていた。
「クッキー、ちょうど焼きあがったところです。上手く出来ましたっ」
 中学生の少女が駆け寄ってきた。
 トレーから移したばかりの、出来たてのクッキーを祥子に見せながらとても嬉しそうに微笑んでいる。
「おっ。初めて作ったのよね? 上手いじゃない〜。可愛いし、とってもいい匂い」
「ありがとうございます。宇都宮先生のお菓子には絶対叶わないので、見かけだけでもって思いました」
「そんなことないわよ。生地作りも見てたけれど、美味しくできている筈だわ」
「はい。皆さんに喜んでもらえたら、嬉しいな。ラッピングもしちゃおっと♪」
 少女は用意してあったラッピング袋にクッキーを入れて、リボンを結んでいく。
「本番のバレンタインでは、プレーンじゃなくて、チョコレートクッキーに挑戦します。教わった通りじゃなくてちょっとアレンジ出来ればいいなぁ」
「誰にあげるの? 白百合団の先輩? 瑠奈お姉さま? それとも優子お姉さまとか……」
「む、むりー。優子お姉さまには近づけない〜」
「ふふふ」
 そんな風に、話しをしながらお菓子作りをしている少女達はとっても可愛らしく、祥子も一緒に笑みを浮かべる。
「こちらも出来上がったみたいね。さすが、本職並みの出来だわ」
 祥子はパッフェル・シャウラ(ぱっふぇる・しゃうら)に頼んで焼いてもらった、ホールケーキ状のデニッシュにナイフを入れていく。
「こう……?」
 パッフェルは祥子と同じように、もう一つのデニッシュを切り分けていく。
「そう、それで、中央にアイスを乗せて、そこにメープルシロップや果物のソースを掛けようかと思うんだけど……どうかな?」
「うん、良いと……思う」
 早速パッフェルは冷凍庫からアイスを取り出して、祥子が言っていた通りに、デニッシュを飾り付けた。
「昭和のはじめくらいに、日本の子女教育に尽力した方がおられてね」
 祥子は誰にというわけではなく、一緒にお菓子作りをしている少女達に語っていく。
「その方は、男尊女卑が当たり前。女性は他家に嫁いで夫や家に尽くすのが当然の時代に、時代に先駆けた現在でも遜色ない教育を行ってらした。それでいて、日本の伝統を体現しておられた」
 生徒達は生地を混ぜたり、こねたりしながら、祥子の話を聞いている。
「「女が結婚することを、あの人はお片づきになったなんて、そんなの駄目ですよ。結婚しようがしまいが、きちんと自分の足でお歩きなさい」って。
 でも、良妻賢母の育成を否定したわけじゃなかった。
 「女が少しばかり学問に励んだからといって家事ができないなどというのは恥です」ってね」
 顔を上げると、その場にいた生徒達の多くが祥子の方を見ていた。
「これは今でも言えること。家事ができなくちゃ駄目って言ったりはしないけど、自分の意見をちゃんともって、良き妻、良き母。そしていい女になれるといいわね」
 そう、祥子がウインクをすると、少女達は笑顔を見せて「はい」と返事をした。
「良き妻……良き母……いい女……なれると、いい」
 パッフェルが出来上がったスイーツを手に祥子を見ている。
「先生もね!」
「先生こそ、新婚さんだしー」
 生徒達もにこにこ、祥子を見ていた。
「あ……うん。他人事じゃないんだけどね。これ」
 祥子は軽く苦笑した。
「私はどんな先生になれるのかしらね……」
 ふうと息をついて、祥子は愛らしい少女達と一緒にお菓子作りを続けていく。

 開始宣言などはとくになく、庭園に設けられたテーブルで、集まった人達は既に歓談を始めていた。
 ネージュは調理室から出来たてのお菓子を運び、ワゴン台車に乗せると各テーブルに配って回る。
「先輩、お茶どうぞ」
 事件に関わった人達には『お疲れ様』の気持ちを込めながら、紅茶やハーブティを淹れて渡していった。
「ありがとね。いただきます」
「ありがとう。一通り運び終えたら、あなたもお茶楽しんでね」
 瑠奈と白百合団副団長のティリア・イリアーノが微笑みを浮かべながら、カップに手を伸ばして、口へと運んだ。
「はい。去年の事件で、あたしも色々な経験をしました。ここに集まっている皆も、現場に行かなかった人も、怖い思いをしたり、心配したり、苦しんだり……それぞれ、皆頑張ったよね。美味しいお菓子とお茶で、今日はゆっくりしてほしいな」
 ネージュのその言葉に、瑠奈とティリアは微笑んで、ゆっくりと頷いてくれた。
「お疲れ様。もう何ともない?」
 続いて、ネージュはサーラにお茶を渡した。
「ありがとう。もう何ともないわ。その節は……ごめんね」
「色々、大変だったね」
 そして、モニカにも。
「大変だったわ。……あの時は、ありがとね。変なことしないですんで、助かったわ」
 くすっとモニカが笑う。
 ネージュも笑顔で頷いた。
 色々あったけれど、怒りも悲しみも憎しみも、今は無かった。

 それからネージュは、隣のテーブルに座っている軍服姿の2人に近づいて。
「お仕事、お疲れ様。どうぞ」
 と、笑顔でお菓子とお茶を渡した。
「ありがとう」
「いただきます」
 普通に感謝の言葉を貰ったけれど、なんだか重いような不自然な空気を感じて。
 ネージュは邪魔をしないように、そのテーブルから離れた。
(笑顔になれますように)
 心の中で祈りながら……。

 軍服姿の2人――セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、公務でヴァイシャリーを訪れていた。
 仕事がひと段落した時に百合園でお茶会が行われるという話を聞き、一息入れに2人で寄ったのだ。
 ネージュが淹れてくれたお茶を飲み、セレンフィリティは大きく息をついた。
 年末に中尉に昇進してからというもの、研修だのなんだのととても忙しくしており、気の休まらない日々が続いていたが、ここへきてようやく落ち着いてきた――ような気がしていた。
 仕事もそうだけれど、セレンフィリティとセレアナ、2人の関係もだ。
 互いを想う気持ちが強すぎた故に生じたすれ違いが、その想いの強さに反比例するかのように増幅して、互いを傷つけ合うような結果になってしまった。
 セレンフィリティは自分が傷ついたことは自業自得として、その傷を受け入れていた。
 それよりも、最愛の人――セレアナを苦しめたことがどうしても心に引っかかっていた。
(結果的に、セレアナだけではなくて……あの青い髪の子も傷つけてしまった)
 青い髪の少女の、苦しげな姿が瞼の裏にこびりついていた。
 彼女が泣きながら放った『お願いだから……目をそらさないで……』という言葉が、今も心に深く突き刺さったままだった。
 自分は、彼女のことをどう見ていたんだろう?
 あの時からずっと、セレンフィリティは考え続けてきた。
(セレアナはあたしのことをずっと見てくれていた。それが当たり前だと思っていた。……あたしだって、セレアナのことを見ている、いや、セレアナのことしか見えない……)
 でも、見ているようで見えてなかったり、見なかったり……していたのかもしれない。
(あの時、確かにあたしはセレアナから目をそむけていた。セレアナのことを見るのがつらかった、あたしのせいで苦しんでいるセレアナを見るのが辛くて……だから、セレアナのことを見るのが怖かった。そんな卑怯なあたしのことを、それでもずっと見つめてくれいていた……)
 カップを見ながら、セレンフィリティは深く考え込んでいた。
 2人は、2人掛けの席で、向かい合って座っていた。
 セレアナの方も、セレンフィリティから目を逸らして、紅茶を飲みながら1人物思いに耽ていた。
(あの子との関係を、セレンは気付いている。気付いているのに、何も言わない……)
 その気持ちも、理解出来た。それだけに辛くてたまらなかった。
 ちらりと、セレンフィリティに目を向けるが、彼女はまだ何か考え込んでいる。
 何か話を……とも思うのだけれど、言葉をかけるチャンスを見失ってしまい、沈黙が続いていた。
 砂糖もミルクも入れていないのに、所在無げにセレアナはスプーンで紅茶をかき混ぜた。
 またちらりと、セレンフィリティを見ると。
 彼女は先ほどと全く同じ顔つきで、同じ場所を見つめていた。
(何を考えているの……? 悲しげに見えるのは、気のせい?)
 セレンフィリティの様子が気になり、セレアナはいつしか心配そうな目を彼女に向けていた。
「あ……ははは」
 視線に気づいたセレンフィリティは顔を上げた途端、軽い笑みを浮かべた。
「セレアナ」
「……ん?」
 そして、目を細めて微笑んで大切な恋人に言った。
「……ありがとう、こうしてあたしのこと、見つめてくれていて」
 どくん、と、セレアナの心臓が跳ねた。
 ああ、私は本当にこの人が好き……。
 そんな想いに囚われながら、セレアナは静かに微笑んで、首を縦に振った。