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○     ○     ○


「この辺りの建物の造りは簡素だが、文明は今より優れていたと思われる」
 集落にて。民家のキッチンと思われる部屋を見ながら、ダリルが言った。
「優れていたってことは、随分昔?」
「そうだな。シャンバラとつながりが合った場所ならば、古代シャンバラ時代の建造物だと思われる」
「ふうん……」
 ルカルカは写真を撮りながらじろじろ建物を見るが、殆ど焼けてしまていて、今のシャンバラの作りと同じかどうかもさっぱりわからないし、ここは日本だと説明されても、信じてしまいそうだった。
「アレナはどう思う? こういうの使ってた?」
 ルカルカはダリルが興味深そうに見ている、調理器具を指差した。
「はい、魔法エネルギーを利用したコンロですね」
「しかもこれは……省エネ対策が施されている」
「そうなんです。小さな力で大きな事が出来るよう、研究が進められていて……」
 ダリルとアレナは、古代の装置について楽しそうに話しだす。
 ルカルカは口を挟まず、しばらく2人を見守っていたけれど。
「……さて、楽しい話は後にして、調査進めていかないとね!」
 少しして、そう声をかけると。
「あ、はい! 調べます」
 アレナは周りをきょろきょろと見回し始めた。
「古代シャンバラ時代の建造物かもしれないという話、伝えておきました。他の場所の調査に向かった方からも、同じような意見が出ているそうです」
 ユニコルノは通信機を用いた情報伝達を担当し、逐一皆に報告をしている。
「なるほど……」
 ダリルはサイコメトリでこの家、この集落の過去を見ていった。
「人が暮らしていたはずなのに、面影がないよな」
 辺りを見回しているアレナに、康之が声をかけた。
「アレナはこの世界を見てどう思う?」
 康之が問いかけると、アレナは「寂しい、って感じます」と答えた。
 その言葉に頷いてから、康之は語りだした。
「俺は、犯人達の目から見たら俺達の世界はこんな、自分達が知る物のほとんどがなくなった廃墟みたいな光景が広がるように見えてたんじゃないかって思えるんだ。
 だから、色々大義名分掲げて自分達の世界をもう一度蘇らせたかった。なんとなく、そんな感じがするんだ」
「そうですね……。そんな風に見える人も、いると思います」
「仮にそうだったとしてもあいつらの作ろうとしてた世界を認めるわけにはいかねえ」
 康之はアレナに優しい目を向けた。
「だって、その世界でアレナが笑ってる姿が想像できねえ。
 だったら、その世界がどんなに良い場所だったとしても俺は嫌だってきっぱり言うかな」
「でも……。康之さんにとって良い世界で、康之さんが笑っていたら……私も、嬉しくなれるかもしれません。どんな、世界でも」
 康之が、自分を笑顔にしてくれる気がする、と。
 アレナはちょっと恥ずかしそうに、微笑んだ。
「勿論、アレナが笑っていられるように、努力するぜ」
 康之が笑みをアレナに向けると、アレナの微笑みが、より嬉しそうな笑顔に変化していく。

「……アレナ」
 アレナの精神状態が良い時を見計らい、呼雪は彼女に声をかけた。
「はい……。あれ? 呼雪さん、もしかして疲れてますか? 顔色よくないです」
 呼雪に目を向けたアレナの表情は心配そうな表情へと変わっていた。
 軽く頷いて、呼雪は話し出す。
「この調査が終わったら、俺はしばらく地球に戻る」
「……え?」
「少し疲れてしまったのかもな……」
「そう、ですか……。ゆっくり休んで欲しいです。えっと、気休め程度ですが」
 アレナが手を伸ばして、呼雪に触れて、体力を回復させる魔法をかけた。
 呼雪は軽く笑みを浮かべて感謝の言葉を言った。しかし、その顔から疲れは消えない。
「パラミタのこれからの事は気掛かりだが、俺ひとりいなくても乗り越えられる筈だ。お前の事もきっと……」
「……戻ってきますよね? しばらく、じゃなくて、ちょっとには出来ませんか?」
 アレナは瞳が不安げに揺れた。
「ちょっとには出来ないが、またパラミタに来ることは出来るかもしれない。
 そんな目をするな。大丈夫だ。春には優子さんと暮らせるんだろう? 良い方向に向かてくれるよう願ってる」
「アレナさん、私も呼雪に付き添って地球に行きます」
 周辺を調べていたユニコルノが近づいてきた。
「ユノ、さんも」
「こちらで何かあった時には戻ってくるつもりですけれど……今までのように、早く駆けつける事は出来なくなります」
 アレナはびっくりしたような、やや放心気味の表情で聞いている。
「でも……アレナさんが私にとって大切な人なのは、いつまでも変わりませんから」
「……はい」
「いつだって笑っていて欲しい、幸せでいて欲しいと……離れていても、ずっと想っています」
 ユニコルノがその言葉を終えた途端、アレナの目から涙がぽたりと落ちた。
「人の命はとても短い、です。1日1日がとっても大切、です。限られた時間しか、一緒に居られないのに……長い間会えないのは、悲しいです」
「寂しくて仕方がなくなった時には、直接会えなくても、お話する方法ならいくらでもありますから。心は、アレナさんの側にいますよ」
 ユニコルノがそう言って、アレナの手を自分の手で包み込むと、アレナは首を縦に振った。

「詳しいことは判らないけど……地質や地形からして、パラミタの一部なような気がする」
 機晶ゴーグル、探索セットなどを用いてヘルは周辺の探索を行っていた。
 呼雪はそっとアレナ達から離れ、ヘルに近づく。
「もっとこう明確なモノが見つからないと……判断できないけど」
「そうか、樹木や土を持ち帰って、シャンバラで調査してもらうか」
 見える位置にいる機晶ロボットに注意しながら、呼雪が答えた。
「っていうか呼雪、いつの間にこんなところ来てたの? 気づいたらふらっと何処か行っちゃってる時があるから、心配だよ」
「……すまない。心配かけたことは謝る」
「うん。それで……アレナちゃんには伝えなくて良いの? 病気のこと」
「……」
 呼雪は、康之、ユニコルノと一緒にいるアレナに目を向けて、軽く首を左右に振った。
「なら、また会う為にも頑張らないとね」
 ヘルのその言葉に頷いて、呼雪はアレナを見つめ――彼女が視線に気づく前に、目を逸らして、調査と警戒を続けていくのだった。

○     ○     ○


 この世界に昼と夜はなく、訪れた者たちは休憩をはさみながら、数十時間世界の探索をして回った。
 シャンバラで2週間が近づこうとした時、優子と瑠奈はそれぞれ探索をしている者、調査をしている者達に連絡を入れて世界の中心地へと皆を集めた。
「アキラさん、帰りますよ。しっかり」
 ヨンが救護ブースで倒れているアキラを起こそうとする。
「ふにゅ……無理」
 到着して数時間後には復活して、探索に協力し、サイコメトリでの調査も行っていたアキラだが……見えた光景が衝撃的すぎて。見ては倒れて見ては倒れての繰り返しだった。
「テレポートとか無理。無理すぎる……」
「それならここに置いていくぞ。幸い食糧もあるようだし、襲ってくる者もいない。風呂も作ったし、残って調査を行うものがいても良いじゃろう。……迎えに来るのを忘れるかもしれんがの」
「うう、置いていくなー……」
 ルシェイメアの足に、アキラが縋り付く。
「乗り物の酔い止めでよろしければ、ありますよ」
 気休めにかならないだろうと思いながらもジェライザ・ローズは、アキラに酔い止めの薬を渡した。
 倒れている時間も長かったが、彼とパートナーのサポートに調査隊は随分と助けられた。
「ありがと」
 ヨンから水を貰って、アキラは酔い止めの薬を飲んだ。
「無理せんでいいんだぞ。貴様がここに残っていた方がシャンバラは平和かもしれんからな」
「うう、帰るー」
 よろよろと立ち上がり、アキラはルシェイメアとヨンに捕まりながら皆の下に歩いていった。

 アキラ達以外は、既に集合場所に到着していた。
「全員揃いました」
 名簿を手に風見瑠奈が、神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)に報告をした。
 テレポートで皆を連れてきてくれた、システィ・タルベルトは本調子ではないのに、多少無理をしてテレポートを行った為、具合が悪いようだった。
 それでも、一旦戻ることはせず、体を休めながら瑠奈の元に集まる情報の記録を担当していた。
「アレナ、報告報告」
 ルカルカが、複雑そうな表情をしているアレナの腕を肘でちょんちょんと押した。
「あ、はい。……ええっと、この世界ですが、古代シャンバラ時代の、タシガン空峡にあった島の一部、のようです」
 そう言って、アレナはダリルを見た。
「探索で発見した書物だ。焼けてしまっていて読める状態ではないが、カバーに書かれている出版元と出版日だけは、辛うじて確認できた」
 ダリルが優子に、袋を差し出した。
 中には、灰に近い状態の書物が入っている。
 出版元と出版日の確認は、古代の文字を多少読むことが出来るアレナが、行った。
「ね、アレナ。今度古代語教えてぇ」
 ルカルカがまた、肘でアレナをつっつきつつ、言った。
「後にしろよ」
 ダリルが苦笑する。
「そうだな。サイコメトリで街を確認した者も、同じ意見のようだ」
 優子は袋の中を確認した後、ゼスタに預けた。
「封印を解けば、シャンバラに戻すことができるのでしょうが……」
 瑠奈が小さな声で優子に言った。
 この世界には昼も夜もなく、太陽も月もないが、暗くはない。淡い光に覆われているから。
 世界の端には蜃気楼のように揺らめく光の壁が存在していた。
 公にはされていないが、この地は、古代シャンバラ時代、エリュシオンと戦争が起きた時に女王の魔道書により、異空間に封印された世界だと考えられていた。その確証が今回とれた。
(いつか、世界の封印を解いて、シャンバラに戻す日が来るだろう)
 優子はそう思ったが、口には出さなかった。
「さ、帰ろうぜ。回収したものの調査は、戻ってから専門家に任せればいい」
 ゼスタが普段通りの表情で、優子を促す。
「はい。それでは帰還します。近くの方と手を繋いでください」
 瑠奈が皆にそう指示を出した。
 それぞれ持ち帰りたいものを持ち、訪れた者達は手を繋いだ。
 その他、輸送トラックの中には、シャンバラに持ち帰るべきものが詰め込まれている。
 遺体、遺品もその中に収容されていた。
 アレナが魔力増幅の杖を預かり、テレポートを行う魔術師の魔力を上げる。
 1人目の魔術師は、探索を行った人々を。
 2人目の魔術師は、輸送トラックを。
 そして、システィも最後に瑠奈とアレナ、それから持ち帰りたいものと共に、テレポートを使ってシャンバラに帰還した。