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【2024VDWD】甘い幸福

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4.大荒野でバレンタインといえば! その2

「よぉーっし! やってやんよー!」

 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、右こぶしで左の掌をパシンと弾き、気合十分、拳を突き上げた。
 彼女の【マイクロミニスカート】を、【シャンバラ大荒野】の風が走り抜ける。
 砂交じりの風をもってしても、美羽の鉄壁のスカートはその中身を覗かせない。
 超ミニスカ格闘王の名に恥じぬため、この【バレンタインデスマッチ】で頂点を極める!
 青い瞳は決意と自信に満ち溢れている。

「さあっ! どっからでもかかってきなさぁーいっ」

 殺しさえしなければルール無用のバトルロイヤル。
 最後までこの大荒野に立っていた者が、バレンタインデスマッチの覇者となるのだ。
 すでにデスマッチは開始されており、参加者たちは大荒野に散って相手を探し求めている。
 美羽の全身は、どこから襲ってくるか分からないライバルたちに備えて、興奮と緊張感からくる快感からか、うっすら鳥肌が立っている。
 美羽の眉がぴくりと動いた。
 後方に敵の存在を感知した美羽は、脳を介さずに体をひねり、地を蹴って飛び上がり、敵の後頭部目がけて跳び蹴りをお見舞いした。

「先手必勝! そこだぁー!」

 美羽の蹴りがクリーンヒットする音と、敵の顔が10メートルほど大地をこする音が荒野に響いた。
 美羽はいたずらっぽい笑みを口に浮かべて蹴り飛ばした敵を見るが、その顔はすぐに驚きに変わる。

「あ、あれっ?」
「何をするのだ、美羽よ……」
「ご、ごめーん、ダイソウ トウ(だいそう・とう)!」

 ダイソウは土まみれになった顔を上げて立ち上がり、駆け寄ってくる美羽を見下ろした。
 美羽はダイソウの顔の土を払ってあげながら、

「いやー、てっきり敵かと思ってー……ていうか、こんなところで何してるの?」

 ダイソウ曰く、

「うむ。このバレンタインデスマッチの開会のあいさつを依頼され、さっき済ませたのだが」
「うんうん! 見てたよ。ありがとうね!」
「終わったので帰ろうと思ったら、道に迷ってしまったのだ」
「ええー……」
「ニルヴァーナに戻る道を探していたところ、ここを通りかかったというわけだ」

 美羽は呆れるが、すぐにハッと顔を上げて言う。

「ダイソウトウすぐ帰っちゃうの? 私が格闘の頂点に立つところ、見てほしかったのに」
「うむ、私も新たな戦いに臨までばならぬからな」
「つまんないのー」
「それにしても美羽よ」

 と、ダイソウの目に鋭さが宿る。

「なぜ本気で蹴らなかったのだ」
「え? 手を抜いたつもりはなかったけど」

 これまでも美羽の戦いを見、たまに攻撃を食らったりしてきたダイソウは、先ほどの蹴りを受けていつもと違うことを見抜いたのだ。

「どうやら、体が温まっておらぬようだな。ウォーミングアップが足らぬようだ」
「ぎく……」

 図星を突かれた美羽は、それが素直に顔に出てしまった。
 ダイソウはマントを翻して言う。

「獅子はネズミを狩る時も全力で臨むという」
「は、はい」
「よいか、格闘王は常に予断を許してはならぬ」
「はい……!」
「お前はこのデスマッチに勝ち残り、その名を広く知らしめる、格闘王としての責務があるのだ」
「はい!」
「そしてパラミタに美羽あり、ダークサイズありと、歴史に名を残す闘士となれ」
「はい、コーチ!」

 何がコーチなのかはわからないが、二人とも妙なテンションになってきている。

「じゃあ、ウォーミングアップに付き合ってよ、コーチ!」
「よかろう。ならば、スパーリングだ」

 ダイソウはさっと美羽から間合いを取り、拳を握って構え、美羽に向けた。

「よいか。獅子はウォーミングアップも手を抜いてはならぬ」

 と言うが早いか、ダイソウが一気に間合いを縮め、拳を美羽に突き出す。
 【行動予測】でダイソウの攻撃を読んでいた美羽は、【ポイントシフト】で難なくそれをかわした。
 ダイソウの眼前には、美羽が残した土ぼこりが舞っているのみである。
 彼がそれを認識することには、美羽はすでにダイソウの背後に回っている。
 美羽はダイソウの脊椎を目がけて先ほどよりさらに力強く跳び蹴りを放つ。
 しかし、

ばふっ

 美羽の蹴りがヒットしたのはマントのみ。
 ダイソウの体はマントをカモフラージュに、消えていた。

「しまっ……」

 美羽がそう言い切る間に、はためくマントが美羽の体を覆い、視界を奪う。
 マント越しに、ダイソウの声が聞こえてくる。

「獅子よ、私も手を抜かぬぞ」
「くっ、ポイントシフ……!」

 美羽がポイントシフトを発動させる直前、ダイソウが美羽を、マントごと蹴り上げる。

「きゃあっ!」

 衝撃とともに、自分の体が宙に浮くのを感じる美羽。
 美羽には、ダイソウの次の一手がすでに読めている。
 今度は上空から自分を蹴り落とし、地面に叩きつける算段であることは、行動予測で把握済みだ。
 しかし、予測はできても体が言うことを聞かなければ意味がない。

(マントを何とかしないと!)

 もがく美羽の上空では、飛び上がったダイソウが彼女を蹴り落とさんと構えている。
 ダイソウが体をひねって足を上げ、美羽に狙いを定めて振り落とそうとしたその瞬間、

「むっ……!」

 爆発に似た激しい音と波動がマントの中から弾け、ダイソウは思わずそれをかわして着地した。
 同時に美羽を覆ったマントはちぎれて四散する。
 ダイソウは着地した美羽を見て、

「ほう」

 と感嘆の息をもらす。

シュワンシュワンシュワンシュワン……

 見れば、美羽の髪は黄金色に染まって天を衝いて逆立ち、彼女の体は金色の闘気が覆って上へ流れている。

「美羽よ、それはなんというオーラだ」
「ふっふっふ。コーチが本気出せっていうからそうさせてもらうよ! これは【黄金の闘気】って言うの」
「なるほど。私も見るのは初めてだ。しかし美羽よ」
「なに? 今更降参はダメだからね」
「その髪、どこぞのライオン丸のようだな」
「変なこと言わないでよっ!」

 とツッコんだ直後、闘気の余韻を残して美羽の姿が消える。
 彼女の動きが目に負えなかったことに驚く間もなく、ダイソウの体がいきなり吹き飛ばされた。
 ダイソウが立っていた場所には、彼を蹴り飛ばしたのであろう右足を上げたままの美羽が立っている。
 美羽はダイソウが立ち上がる間も与えずに彼に追いつき、さらにもう一発、蹴り上げをお見舞いして、今度はダイソウの体が宙に浮く。

「あーたたたたたたたたたたたたたたた……」

 美羽のすさまじいスピードの連続蹴り、いや、百裂蹴り。
 ダイソウの体は宙に浮いたまま、それを全て食らう。

「たたたたたたた……ほわたぁー!!」

 最後の掛け声とともに美羽は足を振りぬき、ダイソウの体が荒野の彼方へと消えていった。
 ダイソウをブッ飛ばした直後、美羽は我に返って闘気を消す。

「あ! 思わずほんとに本気でやっちゃったぁー! どうしよ、ダイソウトウが死んじゃったら私失格だよぉー!」

 慌てる美羽のポケットにある携帯電話が鳴る。
 美羽が出てみると、そこからはダイソウの声が聞こえた。

『美羽よ』
「あ、ダイソウトウ! 生きてた!」
『今の蹴りは見事であった。それならば優勝は間違いあるまい』
「ほんと!? ていうか今どこ?」
『大荒野の上空を飛んでおる。ちょうどよいのでこのまま帰ることにするぞ』
「そ、そうなんだ」
『では美羽よ。必ず優勝すゴスッ どさっ ブツッ……プーッ、プーッ、プーッ……
「あれっ、ダイソウトウ!? ダイソウトウー!」

 美羽が顔を上げてダイソウが飛んでいった方向を見ると、その先には険しく大きな岩山が見えた。

「……」

 美羽が無意識のうちにとっていたのは、『敬礼』の姿であった。涙は流さなかったが、無言の少女の詩があった。