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リアクション
■相田 なぶらとフィアナ・コルトの場合
通常、人が人に告白する場合、ある程度良い答えが返ってくる見込みをつけてする。
百人一首でもあるように「しのぶれど 色に出でにけり わが恋は」である。胸にそういう秘めたる強い思いがあれば、表情や仕草に自然とそれらしいものが出てくるもので、それでなんなとく、向こうもそれなりに思ってくれているんじゃないかな? と見当をつける。
つまりは、脈がある、というわけだ。
それでタイミングを見て告白するのが普通で、断られるのを前提に告白する人はそうそういない。
で。
相田 なぶら(あいだ・なぶら)の場合はどうだろうか?
なぶら現在、はパートナーのフィアナ・コルト(ふぃあな・こると)に絶賛片思い中だ。
いや、たぶん、片思いではないとは思うのだが、そこはいまだ想像の域を出ない。
それらしい表情や仕草とか……そんなのあったっけ?
「……どうも俺とフィアナにはあてはまりそうにないなぁ、これ」
この前読んだ本の内容を思い出して、うぬぬ、となる。
もともと気休め程度にと、適当に図書館から借りて読んでいたものだ、役に立たなくても当然だろう。
「フィアナが俺を好きそうな態度ねえ……」
『私はあなたがしてくれたようにあなたを支えていきたい、そう思うのです』
いや、あれは意味が違うだろう。愛情は愛情でも、親愛の情というか。
――うーん……。
考えれば考えるほど、あり得ないような気がしてきた。
駄目だ、マイナス思考はやめよう。
そうしてためらって、告白を先延ばしにして、これまで何かあったか?
答えはNOだ。
知り合ってもう何年も経つのに、最初の一歩が踏み出せないでいたばっかりに、結局そこから1ミリも進展なし。こんなていたらくでは、いつかフィアナを別のだれかにとられてしまうかもしれない。
それだけは駄目だ。
あとから出てきた分際で、フィアナをかっさらっていくなんて絶対承服できるはずがない。
告白すると決めたじゃないか。
フィアナも呼び出した。
あとはとにかく、告白するだけ――……。
「って、あれ? そういや告白って、何て言えばいいんだ?」
か、考えてなかった……!
――がびーーーん。
思わずじっと両手を見たが、当然そこに答えが浮かび上がってくるはずもなく。なぶらは急きょ、フィアナに告白する言葉を考え始めた。
「意を決して告ったら、勘違いされたって話はよく聞くからな。
シンプルな言葉で、短く。くどくどしい言葉は誤解の元だ」
うんうん。
というわけで。
「きみのことをずっと守っていきたいんだ!」
……って、フィアナの方がずっと強いしなぁ。
それにこれだと、さっきのフィアナの言葉と同じで親愛としかとられない気がする。
『ありがとうございます』
とか、さらっと流されそうだ。
「俺のパートナーになってくれ!」
……いやもうすでに違う意味でパートナーだし。
フィアナだったら十中八九そっちと勘違いするだろうなぁ。
『何を言ってるんです? 私たち、パートナーじゃないですか(笑)』
あ、見えた。すごくはっきり見えた。
「この際オリジナリティは捨てて、もうちょっと古風というか、セオリーどおりにいってみるか」
えーと。何があったっけかな……。
「これから毎日俺の作った味噌汁を飲んでくれないか?」
って、たしかに昔から使い古されてきたくらい確実な告白だが、これは男女逆じゃないか?
いや、でも今の家事分担だとこの先も絶対、確実に俺が作る方だし……っていうか、フィアナ、料理どころか家事全般まったくできないし。そんな彼女にこんなこと言ったら、逆に嫌味ととられかねないかも……。
「うーーーーーーーー、どうしたものかー……」
ぶつぶつ、ぶつぶつ。
「何をそんなに唸っているのですか?」
「あー、いや、これからフィアナにプロポーズしようと思ってたんだけど、肝心のプロポーズのセリフが思いつかずに――って、ええええええっ!?」
振り返った先にいたフィアナの姿に、なぶらは思わず後ろに飛びずさるぐらい驚いたが、フィアナはフィアナで瞬時に頭がフリーズするくらい驚いていた。
なにしろ、話があるとしか聞いていない。
家で話さずわざわざ外へ呼び出してということは、きっとそれだけ深刻な内容に違いない、と思っていた。
念のため、何を聞かされても動じないよう、心構えだけはしっかりして行こう、と決めていたのに。なぶらが軽く口にしたのは、そんな心構えなど一瞬で粉々になって吹き飛ぶくらい、まったく想定外の言葉だった。
(…………え。ぷろぽ……え。え、え、え。………………………………ええっ!?)
フリーズした脳が、今度は瞬時に沸騰した。
「……や、やぁフィアナさん。イラッシャッテタンデスネ」
全然気づけなかったですよ。さすがフィアナさん、気配を殺すのが上手だなぁ。
HAHAHAHAHA。
視線を明後日の方角へそらし、自分でも苦しいごまかしをしようとしているなぶらの襟を両手で掴んで引き寄せる。
「なぶらっ! 今のはどういうことですかっ」
「ちょ、フィアナ待て! 待って! 今のは違う! 違うからっ」
「違うって、プロポーズと違うってどういうことですか! 私のこと、もてあそぼうとしてたんですかっ!」
「ち、違うっ。違うんだ、そういう意味じゃなくて!
だから、ちゃんとしようとセリフを考えてたんだけど、いいのが思いつかなくて、それで悩みこんじゃって……」
えーと。
「つまり、そういうことです」
あははははは。
笑ってごまかそうとしたが、当然ながらごまかせる相手でもごまかしていい内容でもなかった。
「はあ!? プロポーズといったらあなたにも私にも、一生に一度の大事なイベントじゃないですかっ! それをそんな、口からポロっと出たようなものですませようだなんて……!」
パッと掴んでいた手を放し、なぶらを放り出す。
「今のなし!」
「え?」
「やり直しです! やり直し! 私は何も聞きませんでした!」
「ええ? でも――」
キッと睨む、殺意のこもった突き刺さるような視線が先の言葉を飲み込ませた。
「御託はいいからなぶらはさっさと準備する!!
私は向こうから歩いて来て、待ち合わせ場所に先に来ているあなたに声をかけます。いいですね?」
「……はい」
「よし。
じゃあ始めますよ」
フィアナはタタタッと数メートル先の角まで走って戻ると、何食わぬ顔で歩いてきた。
「なぶら、どうしたんですか? こんなところに呼び出して?」
いやもう、たいした役者である。
対してなぶらは、まだ先の動揺から完全に立ち直りきれないでいる内心を必死に隠し、けふんけふんと空咳をして、声を整えるフリで時間稼ぎをした。
「や、やぁフィアナ。実は、フィアナに伝えたいことがあって――」
と、ここでなぶらはあることに気づいた。
(うわーあ、考えてたセリフ、今ので全部吹っ飛んでるよ)
って、考えてはいても決まってはいなかったんですけどね。
(………………)
「なぶら?」
ほら続きは? と視線が催促している。
(……こうなりゃ直球勝負、当たって砕けろだっ!)
ぎゅっと目をつぶり、なぶらは叫んだ。
「フィ、フィアナ! お、俺と結婚してください!!」
噛みまみた。
(噛んだ……終わったか……)
嗚呼、よりによってこのときに。
また「やり直し!」のセリフが飛んでくるかと思いきや、何の言葉も返ってこない。
おそるおそる目を開けて見ると、フィアナは少女のように赤くほおを染めて、うつむき恥じらっていた。
まさか自分の言葉でフィアナがこんなふうになるとは。
「結婚……。
…………はい……喜んで……お受けいたします」
殊勝な声でそう言うフィアナに「おおっ」と思った直後。
きらりとフィアナの瞳が光った。
「でも! 夫婦になる以上、夫君としてなぶらにはもっとしゃんとしてもらわないと困ります。
これまで以上にビシビシいきますから、覚悟していてくださいね!」
「……あー、やっぱりそうなるのね」
だけど、受けてくれた。
俺と結婚してくれるって、たしかに言った!
「え? 何か言いましたか? なぶら」
「何でもないっ!」
「きゃあっ……!」
フィアナをすくい上げるようにして抱き上げると、なぶらはそのままくるりと回って、高く高く笑い声を響かせたのだった。
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