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Buch der Lieder: 桜んぼの実る頃

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Buch der Lieder: 桜んぼの実る頃

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【空京: 病院】


 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が今日、総合病院を訪れていたのは、あの共鳴事件がきっかけだった。
 共鳴の被害者となったセレンフィリティが絶え絶えに口走った少女の言葉、そして名前――亜里沙・オライリー。
 それらが記憶喪失であったセレンフィリティが思い出した過去の断片であると気付いたセレアナは、事件が終わるといつも通りの“あっけらかん”に戻ったパートナーへ、私が不安なのだと打ち明け、病院に行く様に頼み込んだ。
 そう、セレンフィリティは共鳴の際に言った内容など全て無かったかのように、日々を過ごしている。
 セレンフィリティがそうして再び記憶を閉じてしまった事が妙であるのは勿論の事、セレアナにはもう一つの不安があった。
 セレアナが調べた亜里沙・オライリーに関するデータは、年齢、失踪時期、写真の見た目さえもその少女こそセレンフィリティ・シャーレットだと言っている。
 今の所は平素のパートナーと代わらないが、もしこの亜里沙・オライリーとしての記憶をセレンフィリティが思い出してしまったら?
(その時にセレンは、私の事を忘れてしまうんじゃ……)
 そう考え出すと、セレアナの心は闇色に浸食されるようだった。

 診療を終えたセレンフィリティと廊下を歩くセレアナの暗い表情に、セレンフィリティが彼女の肩を抱いて明るく励まそうとした時だ――。
 ふと目の前が真っ暗になったかと思うと、今迄見ていた空間が全く違うものへ様変わりしている。
 ロリポップ、ジェリービーンズ、グミキャンディ、チョコレート、カップケーキにマカロンと、色とりどり種類も様々なお菓子の洪水は、食欲魔人のセレンフィリティの目を輝かせた。
 我を忘れて“じゅるり”と涎を垂らしかけたが――
「この大きさは普通じゃないわね」
「それ以前の問題よ。
 空間自体代わっているし、今迄ここに居た院内の人も皆消えてる。普通じゃないと言うより異常だわ」
 セレンフィリティが冷静に言ったところへ、小袋を抱えた少女――次百 姫星(つぐもも・きらら)が現れた。目が合った事で姫星は、セレンフィリティとセレアナへ笑いかけ挨拶する。
「どもー、宅配便でーす……あれ?」
 あれ? じゃない。
 マイペースな二人を前にセレアナが嘆息していると、今度は向こう側から別の声がかけられた。
「おーい、大丈夫っスか?」
 キアラ・アルジェント(きあら・あるじぇんと)トゥリン・ユンサル(とぅりん・ゆんさる)スヴェトラーナ・ミロシェヴィッチ(すゔぇとらーな・みろしぇゔぃっち)という三人にとっては馴染みの軍人少女達が、契約者の仲間と共に先程まで病院入り口であった場所から、手を振っていた。


「――小さくてかさ張らないもので助かりました」
 配達中の荷物をポシェットに入れる姫星の様子を、トゥリンが覗き込んでいる。
「今日もバイト?」
「はいっ、宅急便のバイトの途中だったんです。
 宅配の荷物を無くしたり壊したりしたら責任問題ですから、何としても守らないといけません」
「ふーん、真面目だね。時間帯指定とかあるんだっけ。大丈夫?」
「そこなんですよね。だからすぐに今先ほど入った所から出て外に……」
 くるりと振り返った先に見えるのは、板チョコレートで出来た扉だ。マカロンのドアノブに手を掛けて捻り、そっと中を覗き込んだ姫星は、何を見たのか即効でバタン! と扉を閉める。
「やっぱダメですよね〜。素直に探索して出口を探しますか」
「……最近の病院ってのは随分と珍妙な事やってるんだなぁ。
 なんだっけほら、ガキの頃にテレビだったかブルーレイで見た事があるような気がするぞ。
 確か、特撮の宇宙刑事物や殺伐とした魔法少女アニメだったかな?」
 国頭 武尊(くにがみ・たける)が呟いた声を聞いて、肩を落とす姫星。そんな仲間を見ながら、千返 かつみ(ちがえ・かつみ)は館内を見渡した。
「とりあえず、巻き込まれたのが契約者だけでよかったな。
 病人とか怪我人は逃げるの大変そうだもんな」
「病院内にいた者の一部は巻き込まれていないようだが……、
 『ジゼル』ではミルタが死体をかりそめながらも復活させるからな
 ……ここは病院だ。念のため用心はしておけ」
 ノーン・ノート(のーん・のーと)が真面目なトーンで言うのに、椎名 真(しいな・まこと)が「病院かあ」と繰り返す。
「前は結構お世話になったな、負傷的な意味で」
 自分の言葉に苦笑していると、パートナーの双葉 京子(ふたば・きょうこ)原田 左之助(はらだ・さのすけ)
「不思議な空間」
「また派手な……」とそれぞれ感想を述べている。
 向こうでは佐々良 縁(ささら・よすが)が手で眼鏡を作りながら、天井の灯り代わりになった光るキャンディを見上げて声を上げた。
「わー、こらまた見事に面白空間だねぇ」
 こうした軽口叩いていても、彼女の頭にはすでに超感覚の猫の耳が発動しており、周囲の警戒を始めて居る。
「……ナニこの世界。趣味ワルっ!」と、直情的な言い方をしたのはラブ・リトル(らぶ・りとる)だ。
 彼女に続いて歩くウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)は、明らかに害意のありそうな奇妙な空間に、身体の弱いパートナーのグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)を気遣う。
「それにしても、病院に踏み入った瞬間に異空間か」
「あー、まぁ、アレだ。
 何か起こるとは思ったがよ、余程の甘党でも無い限り喜ばんよなぁ、コレ」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の言葉に紫月 睡蓮(しづき・すいれん)が頷くと、かつみと真、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)もそれに同意を示した。
「見た目は可愛くはしてあるけど、マカロンとかぱっくり口開けてきそうだ。
 お菓子だからといって油断しないようにしないと」
「うん、サスガにこのお菓子は食べる気にはならないよな」
「それにこんなバカでかいお菓子、さぞ味の方も大味でおいしくないんでしょうね」
 三人が続けて言ったそれにセレンフィリティが「え!?」と心の底から驚いているのを一瞥して、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は別の部分を警戒する。
 彼女のパートナーのさゆみは極度の――本当に洒落にならないレベルの方向音痴だ。こんな場所で迷子になられてはたまらないと、アデリーヌはパートナーに向き直り
「さゆみは大人しくわたくしの後についてきて下さい」と微笑みつつも、気を引き締める。
「分かってると思うけど」
 キアラが呼び掛けた声に、契約者達は彼女へ注目した。
「そのお菓子には不用意に触ったり近付いたりしないで下さいっス。
 んで、入ってきたところが無くなったんなら、出口を探すっスよ!」
 スビシッ!と天井へ向かって人差し指を向けてもう片手を腰に当てる勇ましいキアラのポーズに、先日彼女と魔法少女の訓練をした小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の微笑みと一緒に尊敬の眼差しを向けているが、トゥリンは怪訝な表情だ。
「んで、その出口は何処よ」
「うっ!」
 分かり易いくらいに詰まったキアラだったが、沈黙が訪れる前にかつみがぼんやりと口を開いた。
「現実の残滓が残っているってことは、出口も同じなのかな」
「そ、そうっスよね! 私もそう考えてたし!
 取り敢えず? 別の出口を目指すっス」
 端末に記録してあった病院の地図を開いて確認するキアラを見て、唯斗はトゥリンに耳打ちした。
「調子乗り過ぎないようにコントロールしてやったほうがいいな」
「そだね。
 キアラは抜けてるから」
「ま、片っ端から当たってきゃそのうち見つかるだろ」
「見つからなかったらサイアクじゃすまないし」
「だなぁ……。
 兎に角さっさと脱出しよーじゃねーの」
 二人がやり取りする間、神崎 輝(かんざき・ひかる)は未だ目の前で起こっている現実が信じられずに、目をゴシゴシ擦っている神崎 瑠奈(かんざき・るな)を見ている。
「調査中の事件と関係アリそうな気もするけどよくわからないですね……。
 その辺は後から考えることにして、とにかく脱出しないとまずそうですね……というか、こんな不気味なところに居たくないです」
「以前も共鳴した者はワールドメーカーになっていた。それと同じ状況なのだとすれば、すでに共鳴してしまった者がこの奇妙な空間を作り出した可能性もある。
 早く脱出して原因を捜し出さなければ」
 ウルディカが言うと、瑠奈は空間の不気味さに、冷や汗をかいて輝の袖をぎゅっと掴んだ。
「ですよね! とりあえず、出口探してさっさとダッシュで逃げちゃわないと危ないですよね〜」
 と、そんな折。
 彼等の耳に歌が響いた。

おお おばかさん おばかさん 自惚れやのおばかさん達
 あなたの望みは 調子に乗った幼い心は 私の歌に飲み込まれて すっかり殺されたのよ


「これは……この間の事件のときも歌が聞こえてましたが、今回も何か関係が?」
 歌は何処から届いているのか。姫星が前に後ろにと視線をやれる限りに見てみても、まるで亡霊のようなそれはどこから響くのか分からない。
「心霊現象は得意ではないが、病院から脱出せねば……皆、宜しく頼む!」
 コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)が皆へ改めて挨拶すると、地図を確認し終えたキアラが、皆の先頭に立って歩き出した。
 それぞれに武器を手に警戒しつつ廊下――と思しき空間を進んで行く中、歌の歌詞を聞きながら姫星がむっとした表情を見せる。
「私は別におばかさんでもないですし自惚れやでもないですよ。
 ただちょっと夢見がちな乙女ってだけです! えっへん!」
「自惚れ屋、おばかさん“たち”。
 ここでのおばかさんたちは、僕らのことなのか、それとも……」
 南條 託(なんじょう・たく)が独り言のように言うのに、隣にいるラブがふんっと鼻を鳴らして人差し指を立てた。
「お菓子と薬混ぜるとか絶対トラウマあるわよこの犯人。
 あたしの推理じゃ病院に入院してるおこちゃまね!
 間違いないわっ!」
 彼女の推理を聞いて、キアラはしばし考えてみる。確かに病院と近しい人間でなければ、こんな舞台は選ばないかもしれない。
「お菓子っていうとーやっぱ女の子って感じもするっスよねー?」
 お菓子
 薬
 病院
 女
 キーワードを受け取って、託はもう一度考えを言葉に出して吐き出した。
 望みに幼い心――それは一体何なのだろうか。
「誰が何を望んで、それを飲み込んだのかなぁ」