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リアクション
第11章 未来到着
「着きましたよぉ〜、2048年ですぅ〜」
用事で外出しているのか、校長室の主は無人だった。大幅とは言えないまでも、2024年と内装の異なる部屋の中は昼の光で満ちている。未来の自分に会ってみたかったのか、「何だぁ、つまんないですねぇ〜」とエリザベートは呟いた。
「今は、お昼の1時頃の筈ですぅ。集合場所と時間はどうしますかぁ〜?」
「そうじゃな、場所をここにするのはまずいじゃろうし……エリザベート、この時代のイルミンスールで空き教室になっている場所は分かるかの?」
「分かりますよぉ、ちょっと待っててください〜」
一方、未来の自分との鉢合わせはしない方がいいと考えているらしいアーデルハイトに言われ、エリザベートは慣れた様子で最新地図を出すと皆に見せる。
「ここなんか、広さ的にもちょうどいいんじゃないですかぁ?」
そうして示された空き教室にアーデルハイトは頷き、続いて校長室の時計に目を移す。
「時間はまあ……日暮れから夜を目安として、後は各々用事が終わったらということでいいじゃろう」
「日暮れか……。じゃあシェリエ、私達は行こうか」
「え? そ、そうね……」
地図のコピーを受け取り、フェイはシェリエを連れて一足先に部屋を後にした。優斗とテレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)、ミア・ティンクル(みあ・てぃんくる)も校長室を出る。残った面々は、どこに行くのか確認するように顔を見合わせる。それぞれが、相談すべき事があるのを感じていた。
「まずは、この世界が平和になっているかどうかを確認する必要があるのお」
「それなんですけどぉ、平和にはなってないと思いますよぉ〜」
アーデルハイトに続き、エリザベートは少し言い難そうに首を縮めた。リュー・リュウ・ラウンに居なかった彼女は、皆が『恐らく平和になっていない』という予感を持っていた事を知らなかった。
「機晶姫や剣の花嫁が全く在籍してないみたいですぅ。皆、除名扱いになってますよぉ。ギフトの名前もありませんねぇ〜」
『…………』
除名という言葉に、校長室の空気が重くなる。
「……ピノさんがいなくなればって言うのも、何かおかしい気がするんだよねぇ」
何となく皆が俯きがちになる中、初めに口火を切ったのは南條 託(なんじょう・たく)だった。リュー・リュウ・ラウンで人型機械達を撃退した彼も、話を聞いて皆と共に2048年を訪れていた。今ちょうど、{SFM0018828#南條 琴乃}に新しい命が宿っている事を考えると、子供が生まれない未来、というのはより一層他人事とは思えない。
「そんな危ういバランスだったらピノさんが行動を起こさなくても崩れていた気がするし、そもそも、誰も何もしなくても崩れていたかもしれないしねぇ」
やはり未来は変わらず、なかなかにひどい世界が実現しているようだった。だが、彼は未来をこんな風にはしたくない。
(……未来人も、学者もどうしようもないよねぇ)
両者とも原因を何かに押し付けるだけ押し付けて八つ当たりしてるだけで、託には彼等が本気で事態を打開しようとしているようには感じられない。
「どうあったとしても、ピノさんを殺せばどうにかなるなんて考えには賛同できないかなぁ。それが現状を打開しようってことからじゃなくて、ただの八つ当たりで実行しようとしてる人が相手なら尚更、ねぇ」
「私も……。ピノちゃんがいなくなれば、というのはナシです。それは、間違ってると思います」
歌菜も真剣な表情で、託に賛同する。2024年のピノが『法律を作らない』と意志を示しても、未来は変わっていなかった。だが、『それなら殺そう』という結論だけは出してはならない。そんな2人の言葉に、反対意見を出す者はいないようだった。少しの間、それを確認するように時間を置き、アーデルハイトはふむと思案気にしてから皆に言う。
「……では、これから外に出て調査をした結果がどれだけ悪くとも、ここに居る誰もが『彼女を殺す』という選択をしないということでいいんじゃな?」
全員の顔を確認し「異論は無いようじゃの」と、彼女は何となく満足そうに笑みを浮かべる。
「とりあえず街でも歩きませんかぁ? 校内じゃ分からないことも多いですからねぇ〜」
座っていたエリザベートが、校長室に居るのはもう飽きた、というように足をぶらぶらさせる。それを機に、皆はこの世界で暮らす人々を目で確かめてみることにした。
空が晴れていても、日の光が差し込んでいても、確実に何かが淀んで曇っている。それが、イルミンスール魔法学校内、そしてザンスカールの街を歩いてセレンフィリティが感じたことだった。誰もがはりぼての空の下を歩いているようないびつさが、意識して見ているとよく分かる。
何も気にせず、注意せず、2024年に居る時と同じ感覚で歩いていたら気付かない変化だろう。だが、確かに人々の笑顔のどこかには翳がある。そして――機晶姫とすれ違う回数は、いくら歩いてもゼロのままだ。
(……なんとか、その、第三の道って奴を見つけ出せないかな……?)
楽観するにはほど遠い状況に、懸命に頭を巡らせる。未来旅行、と聞いたら、普段のセレンフィリティなら「競馬や宝くじや株の情報をゲットして、それで大儲けよ!」とか能天気な事を言うだろう。それを考えると、真剣に問題に取り組む今の姿勢は珍しいと言えるかもしれない。
書店の外に並ぶギャンブル雑誌には目もくれず、セレアナと一緒に歩きながら考え続ける。その中で、リネンがフリューネと皆に向けて話し出した。
「……フィーが嘘を吐いているいるとは思わないけど……気になった点があるの」
街を見て歩くだけでは解消しきれなかった疑問を、リネンは皆に投げかけていく。
「パラミタが人口増加を拒否したというけど……ニルヴァーナはどうなったの? 光条世界は? 地球はまだしも、他はパラミタと隔絶した世界なのに」
「……そうね、ギフトも処分の対象になったというなら、ニルヴァーナが動かない、というのも考え難いわよね。パラミタからニルヴァーナに行けなくなっているのなら話は別だけど」
フリューネも、その点については腑に落ちないようだった。
「もしそうなら、その時点で光条世界には行けないわよね。そもそも、私達が住める場所になっているかどうかも分からないけれど……」
ニルヴァーナに行けなければ、そこから繋がっている光条世界には行けない。何にせよ、確かめる必要はありそうだった。フリューネの言葉について考えながら、リネンは続ける。
「確証は無いけど、フィーの言った歴史には誰かが破滅を誘導してるような……そんな不自然さを感じるのよ」
パラミタ大陸に人口総数の関係で住めないのなら、2024年時点でも行ける異世界へ移住すれば良い。機晶姫達の処分を決定する前に、それを実行するべきだろう――そういった観点から、リネンは未来がこうなってしまった原因と解決策を探していこうと思っていた。
「だから、私は図書館に行って、その辺りの調査をしたいと思ってるわ」
「私達も図書館に行こうと考えていたんです。それなら、同じ行先ですね」
「……図書館……そうね、イルミンスールの大図書室なら、今回の事に関する細かい資料が保存されてるかもしれないわ」
美咲と源三郎がリネンに近付き、セレンフィリティも同意する。ピノを殺すのでも機晶姫達を殺すのでもない第三の道を探す為には、やはり情報収集が必要だろう。
「わ、私も行きます! 気になる事があるので……!」
そして歌菜も、大図書室行きを決意する。未来全体に関する事以外にも、この世界に生きる自分と羽純がどうしているのか気にならないわけではない。けれど、未来のイルミンスール、ザンスカールを見て、彼女は抱いていた怖れを改めて強く感じていた。
……知るのは、怖い。2048年にもし羽純が居なかったら――恐怖に塗り潰されてしまいそうだから。
「羽純くん、一緒に調べよう」
「……ああ、そうだな」
だから、彼女は調査をすることにした。エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)も、単独行動ではなく同行を選ぶ。
「何か新しい情報を得る為には、図書室へ行く必要がありますわよね」
そうして、街へ出た彼女達は、調べ物をする為に大図書室へ行くことにした。イルミンスール魔法学校に戻り、古い紙の香りが漂う図書室に入る。書架を回る前に閲覧スペースの前を通り――
「あれ?」
テーブルに座る集団を見つけて、美咲がまず足を止めた。2024年で留守番をしている筈のピノが、エースとメシエ、大地達3人と唯斗と朝斗、ラスと共に何やら一生懸命に調べ物をしている。本を開いて「うーん……」と唸っていたピノは、彼女に気が付いて顔を上げた。
「美咲ちゃん!」
「ピノさん……どうしてここに? それに、どうやって……」
「ブリュケさんに協力してもらって来れたんだよ! あたしも元気になったからね!」
ピノは立ち上がり、美咲達の前までやってくる。ニコニコと笑っているが、ニコニコ過ぎて怒っているのがまるわかりだ。面と向かって非難しなかったのは、マーリンから置き去りの動機を聞いているからだろう。ここで責め立てれば、他の皆にピノの了承無しで出発した事がバレてしまう。
「すっかり良くなったようですわね。ところで、『ブリュケさんに協力してもらった』というのは……どういうことなんです?」
エリシアが訊いている間に、タイムマシンとエリザベート、2つの方法で未来に来た全員が集まってくる。司書の目ならぬ耳もあるので気を付けながらも、タイムマシンで来た面々はパークスで何があったのかを説明した。最後にピノは、小さめの声で締めくくる。
「だから、今は2046年から何があったのか新聞とか年表とか見て調べてたんだよ」
「それで図書室に……。分かりました。私も手伝いますわね」
ピノが、彼女の子供時代を知る誰かに見咎められる可能性は充分にあった。護衛する為には近くの方が良いだろうと、エリシアは彼女達の手伝いをする事にした。
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