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魂の研究者と幻惑の死神1~希望と欲望の求道者~

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魂の研究者と幻惑の死神1~希望と欲望の求道者~

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 第12章 生き続ける選択

『それじゃあ、コネタントさんの家で会いましょう。ピノちゃんがそこに居るから』
 番号が変わっていなければ繋がる筈だ、と近くの病院に入って公衆電話からファーシーの番号に連絡すると、電話に出た2048年のファーシーは過去から来たという優斗にこう言った。ピノちゃんとポーリアさんにも連絡しておくから、ということでコネタント・ピーの家を訪れた彼とテレサ、ミアは、今、驚いた様子のファーシーと、加えて家主に迎えられていた。家主の方は年月の分だけ老けていたが、ファーシーは3人の知っている彼女と全く変わらない姿である。
 優斗がエリザベート達に到着日時を指定したのは、“まだ生きている”彼女達に会う為だった。自ら処分されに行ったというファーシー達を説得し、その死を防ぐのが目的だ。
「いらっしゃい。よく来たね」
「あれ? 何か若い……? 過去から来たって……あれ? 本当に?」
「2024年から時間移動して来たんです。本当ですよ」
「こんにちは、ファーシーさん、コネタントさん」
「こんにちは!」
 どう解釈していたのか、そのままの意味である事を彼女に告げ、テレサとミアも挨拶する。電話が通じた時点で彼女の生存は分かっていたが、実際に会って、3人は安心を新たにしていた。
「そうね、こんにちは……? 久しぶりって言うのもおかしいわよね。あれ? 未来旅行か何か?」
 まだ混乱しているらしいファーシーは、そう言った後に少し寂しそうな顔をして「だったら、今日で良かったかな」とぽつりと言った。そして笑顔に戻って、優斗達を招く。
「あ、そうそう、中に入って! ポーリアさんも来てるわよ!」
 そうして入った家の中では、やはり2024年時と寸分変わらぬ姿をしたポーリアと、短髪の女性が待っていた。どこか怯えた風でもあり彼等の知っているピノとは纏う雰囲気が違っていたが、面影が残っていてそれと分かる。
(……あれ?)
 と同時、優斗はデジャビュに近いものも感じていた。この容姿を持つ女性と、過去にどこかで会った事がある――そんな気がしたのだ。テレサとミアも、彼と同じような表情をしている。
「もしかして……20年? くらい前から来たの? 何だか、懐かしいな……」
 瞬く彼等の前で、ピノは控えめに笑う。だが直後、彼女は目に涙を溢れさせ、その場に立ったまま、「ごめんね……!」と子供のように泣き出した。

「ピノくんには今、うちにいてもらってるんだ。ちょっと、自宅に居られない状況になっちゃてね……職場にも迷惑掛けるからって泊まりたくないみたいでね。うちなら構わないし、居場所がバレる事も無いだろうから」
「せっかく会いに来てくれたのに、ごめんね……あたし、あたし、とんでもない事しちゃって、それで……」
 説明するコネタントの隣で、ピノは泣きながら、しゃくりあげながら何とか話をしようとする。彼女の前に座る優斗達――特にテレサには話しておかないといけないという思いが強かった。今は何事も無くとも、何れ必ず直面する事態を話さずに別れるのは嫌だったのだ。これ以上、後悔するような行動は取りたくない。
「話さなくても大丈夫ですよ。僕達は知っていますから」
 何を言おうとしているかを察し、優斗はピノに優しく言った。驚いて目線を合わせてくる彼女に頷くと、続いてテレサが口を開く。
「皆さん、これから……『処分』されに行くつもりなんですよね? 私達は、それを止めに来たんです」
「……え?」
 ピノが再び驚く一方、ファーシー達は「……!」と身体を強張らせた。返事をしないままに沈黙する彼女達に、ピノは勢い込んで確認する。
「ファーシーちゃん達も……それ、本当!? 隠れるって……生き続けるって、言ってたよね! 心配しなくていいからって!」
「…………」
 ファーシーは俯き、膝に乗せていた手をきゅっと握った。『処分』の発表があった時、自宅に飛び込んできたピノに彼女は確かにそう答えた。謝り、死んでほしくないと慟哭する仲間を前に、国の決定に従うとは言えなかったのだ。ポーリアからも、死ぬ気は無いと聞いている。本心までは、確かめていないけれど――
「……うん。でも、ピノちゃんも、逃げる気は無かったのよね?」
「! だって……! だって……あたしは!」
 死ぬのは怖い。だから、何があっても死ぬ事だけはしないとピノはファーシー達に言っていた。そうはいかない、と心の中では思っていても、止められるのを防ぐ為に。
 実際は『処分』に向かう前にブリュケとイディアに見つかってしまうのだが、それはピノが未だ知らない事である。
「皆さん……それを何処で知ったんですか?」
「僕達の時代に、フィ……イディアちゃんが来たんだよ! それでね……」
 ポーリアの問い掛けに、ミアは2024年ドルイド試験の日に何があったのかを話し始めた。優斗もテレサと共にブリュケの行為と、彼が過去へ跳ぶ際にフィアレフトに言った事について話していく。
 ファーシー達はファーシー達なりの信念の下、『生』を終える道を選んだのだろう。だが、遺された家族達のその後を、彼女達は知らない。子供が憎しみに駆られて犯罪に走ったり、仲違いする事を望む親は少ないだろう。
「ブリュケが……あの子がそんなことを……」
 優斗達が全ての話を終えると、黙っていた4人の中でも一際沈痛な表情を浮かべていたポーリアが誰に向けてでもなく呟いた。いつものふんわりとした空気が消え、悲しみだけが感じられる。言葉が見つけられないようで、ファーシーとは俯いたまま何も言わない。ピノは、また泣きそうになっていた。
「……だから、イディアさん達が不幸にならないよう、隠れて生き残る道を選びませんか?」
 フィアレフト達は、彼女達を止めきれずに諦めてしまった。このまま時が進めば、今ここに居ない子供達はやはり諦めてしまうかもしれない。しかし、優斗に諦める気は毛頭無かった。最悪、気絶させて攫ってでも、彼女達を安全な場所へ連れて行って守り抜く――そこまで、彼は覚悟している。
「それに僕は、個人的にも友人であるファーシーさん達に死んで欲しくはありません」
「……私もです。だから、未来の……この時代の私と一緒に、頑張って生きてください。お願いします」
「僕もだよ! 友達として、死んで欲しくないよ。僕も一生懸命サポートするし、未来の僕もきっと、絶対に同じだよ! だから、思いとどまってくれないかな」
『…………』
 優斗、テレサ、ミアの言葉を聞き、3人は顔を見合わせる事もせずに考え込んでいるようだった。やがて、ファーシーが口を開く。
「……わたしは……イディアを残して行くのがどういう事なのか、解ってなかったのかもしれないわ。ただ、イディアが処分の対象じゃなかった事に安心して……この子は生きていけるんだって、思ってて……」
「そうですわね……生きていれば、それで良いと思っていてその後については考えてもいませんでしたわ。普通に寿命を迎えるのとは、違いますものね……」
 自らの落度を悔やむように、ポーリアも言う。「だったら……」と、希望が見えた気がして優斗達は同時に背もたれから体を離した。だが、そこでファーシーが辛そうに声を出す。
「でも、皆……機晶姫の皆が死んでいくのに、わたしだけ助かるなんて、そんな……そんなの……」
「ファーシーちゃん達は死んじゃ駄目だよ! イディアちゃんとブリュケくんに哀しい思いをさせちゃ駄目なんだよ!」
 2人の話を聞いて、ますます辛そうにしていたピノが叫ぶ。
「過去のあたしが殺されるかもしれないからとか、そういう事じゃないよ。ブリュケくん達には、2人が支えなんだよ。それにあたしも、あたしの所為で2人が殺されちゃうなんて絶対嫌だし、あたしはファーシーちゃん達を殺したくないし……生きていて欲しいと思うよ。これ以上、大切な人が死ぬのは……せめて……せめて、ファーシーちゃん達だけには……」
「ピノくんは、どうなのかな」
「……え?」
「『死んじゃ駄目』っていうその中に、まだピノくんは入らないのかな。僕もやっぱり、ピノくんには元気でいて欲しいよ。何せ、子供の頃から知ってるんだからね」
 自分を省いて話しているのが分かったのか、今までになく真面目な調子で言うコネタントにピノは下を向き、小さく首を振った。
「あたしは、逃げられないよ……。パラミタに住む皆にとんでもない被害を出して、何の罪も無い機晶姫や剣の花嫁達の命を奪ったのはあたしなんだよ。それなのに、自分可愛さに逃げることなんて出来ないよ……」
「……大丈夫ですよ」
 声を震わせるピノに、優斗はそっと話し掛ける。友人達の未来が幸福でいられるよう、彼は全力を尽くす心積もりだった。
「機晶姫の誰も……剣の花嫁も、死なせません」
「え……」
「未来の世界の今の情勢は必ず僕達が変えてみせます。だから、信じて生きて待っていて下さい」
 呆けたように見返して来る彼女と、そしてファーシー達に笑いかける。決意が伝わったのか、ピノは少しして口を開く。
「あたしは……人殺しにならないの……?」
「安心して下さい。皆で協力して、ピノさんが責任を感じなくて済む世界にしますから」
「…………」
 俯いたピノは、どれだけかの間の後、躊躇いがちに「うん……」と言った。

「人目につかない家か……あたしもいっぱい探したんだよね。どうやって見つけたんだろう」
 それから後、ファーシーとポーリアも優斗達の願いを聞き入れ、彼女達はコネタントの家を辞して太陽の下を歩いていた。優斗は2048年の自分と隼人に連絡し、今はその待ち合わせ場所に皆を案内している。自分の事だからテレサを守るために何かしらの対応はしている筈だと考えて電話したところ、使える部屋があるとの返事を貰ったのだ。
 ピノが話すのを聞きながら、テレサとミアはふと思う。
(そういえば、この時代の私は優斗さんとどのような結婚生活を送っているのでしょうか?)
(そういえば、この時代の僕は優斗お兄ちゃんとどんな結婚生活を送っているのかな?)
 少し気になるから聞いてみよう、と皆に目を向けた直後。
「……そうですね、僕は普段から結構隠れ家とか探していますから。その中の一つだと思いますよ」
 優斗がピノに答えた台詞に2人は「え?」と反応する。
「優斗さん、隠れ家を探していたってどういうことですか? 私に隠れて何をしようとしていたのですか? まさか、他の女性をこっそり連れ込んで……」
「優斗お兄ちゃん、隠れ家を探していたってどういうこと? 僕に内緒で何をしようとしていたの? まさか、他の女の子をこっそり連れ込んで……」
「……えっ!? ……ええと、ほ、ほら、アーデルハイトさんもよく言っているじゃないですか『こ、こんなこともあろうかと』って……いや、あの、決してテレサやミアに隠れて女の子と過ごすためではないですよ!」
 まさかの追求に、優斗は大慌てで言い訳をする。だが、テレサもミアも疑いを深くするばかりでそれは何の効果も発揮していなかった。
「……あとで、お話をじっくり聞き出す必要がありそうですね」
「あとで洗いざらい話を聞き出す必要がありそうだね!」
 無情な最終宣告を受け、近い将来に迫る地獄を何とか回避しようと優斗はあれこれと弁解を始める。
「……何だか、あれを見てると何とかなるのかなって気がしてくるわね」
「大丈夫みたいですわね」
「うん。ちょっとだけ元気が出たかな……」
 しかし、その光景はファーシー達にとっては久しぶりの日常でもあった。完全他人事でリラックスする3人に、優斗は涙目で助けを求める。
「み、皆さん助けてくださいー!!」